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プレオープン その2

 開店してから2時間。
 他の本支店同様、朝7時に開店したコンビニおもてなし5号店は大勢のお客さんで賑わい続けています。
 昨日までの2日間行った試験販売の効果がいかに大きかったか、ということでしょう。
 特に昨日はドンタコスゥコ商会の催事場を借り切ってかなり本格的に行いましたしね、そこにいらしてくださったお客様達が口コミで情報を広げてくださったのでしょう。
 やはり、この世界での一番の宣伝は口コミってことですね。

 僕が元いた世界では、地元のケーブルテレビでCMをさせてもらったり市報にチラシを入れさせてもらったりしていましたけど、あれってほとんど効果がなかったんですよね……そもそも来店するお客さんの数が相当少なかったですし、近隣にあった他の大手コンビニが大人気でほとんどのお客さんがそっちに流れていましたから何をしても太刀打ち出来なかったといいますか……
 でも、この世界では、やったらやった分見返りがあります。
 だから、すごくやり甲斐があります。
 ただ、このナカンコンベは大都市です。さすがにコンビニはないでしょうけど、雑貨屋や商会は山のようにあります。コンビニおもてなしがこの調子で繁盛していけば当然他の店も対抗策を講じてくるでしょうしね、今が好調だからといって手を抜くわけにはいきません。
 今、来店してくださっているお客さん達に満足して帰って頂けるように頑張らないと……
 僕は、そんなことを考えながら店の入り口で誘導灯を振りながら笑顔でお客さんの誘導を続けていました。
 店の入り口前に列を作っているお客さん達ですが、店の壁がすべてガラス壁になっていますので、皆さん漏れなく店内を眺めています。
「すごいな……こんなガラスの壁の店なんて始めて見たよ……」
 お客さん達は感嘆の声をあげながらその壁を見つめ続けていたのですが、そのガラス壁の一枚に唐突に映像が表示され始めました。
 そこに映し出されていたのは、店の地下にあるパン工房の様子でした。
 テンテンコウ♂と、トレイナとトラーナ姉妹の3人が一生懸命パンを作っている様子が映し出されているのですが、そこに、焼き上がったばかりのパンが映し出されると同時に、その画像に魅入っていたお客様達が一斉に生唾を飲み込んでいきました。
「うわ……こりゃたまらん」
「は、早くパンを買わせてくれ」
 お客さん達の中からそんな声があがり始めています。
 で、このガラス壁の画像なのですが店内からも見ることが出来るようになっています。
 店内でこの画像を見たお客さん達は
「……や、やっぱりパンをもう少し買おう」
「お、オレも」
「私も!」
 口々にそんなことを言いながら、パンコーナーに引き返していく人々が続出しています。
 昨日まででしたらすぐに売り切れてしまいかねませんが、今日からは地下のパン工房でどんどん追加作成出来ますからね。しかも今までの作業スペースよりも広いので、一度に出来上がる量も今までの比ではありません。
 どんどん増産されていくパン。
 それをどんどん買っていくお客さん。
 結局この日、パン工房は閉店近くまでフル稼働し続けました。そうやって大量にパンを作成しまくったのですが、それがすべて完売するというすごい状態だった次第です。
 ガラス壁に作成状況を投影させて宣伝した影響がすごかったわけです、はい。
 
◇◇

 午後6時。
 他の本支店より1時間長く営業した5号店も、閉店時間がきました。
 まだお客さんの列が若干残っていましたが、ずるずる長引かせるわけにもいきません。
「皆さん、大変申し訳ありませんが、本日は閉店です」
 僕は、列のお客さん達に頭を下げました。
 お客さん達は、すごく残念そうな顔をされています。
 そこで、僕は列のお客さん達に焼きたてのパンを1個づつ無料で配りました。
 ルービアスと2人で、列のお客さん一人づつにパンを配りながら
「今日は申し訳ありませんでした」
「またお越しくださいね」
 そう、声をかけていきました。
 すると、お客さん達は、
「まぁ、閉店時間になったのならしょうがない」
「明日はもう少し早く来るよ」
 笑顔でそう言ってくださいました。

 僕は、ルービアスとともに店の前で何度も頭を下げながらお客さん達を見送っていました。
 すると、そんな僕の元に数人の人達が歩み寄ってきました。
 その中の1人の女性が歩み出ると、僕に向かってにっこり微笑みました。
「あなたが店長さん?」
「はい、私がコンビニおもてなしの店長、タクラですが」
「あのさ、ちょっとお話したいんだけど、少しお時間もらえないかな?」

 僕は、3人の男女の方々を5号店の奥にある応接室へ案内しました。
 ポルテントチップ商会の一件がありましたので、用心棒代わりとしてグリアーナにも同席してもらっています。
 応接室に入ると、先程僕に話かけてきた女性が改めて僕に向かって笑顔を浮かべました。
「初めまして。私、このナカンコンベで食道を経営しているナスアって言います」
 ナスアと名乗ったその若い女性は、狐人さんのようですね。黄色い耳と尻尾が印象的な方です。
 そのナスアと一緒にやって来ていた残りの2人は彼女の食道の店員さんなんだとか。
「そのナスアさんが、コンビニおもてなしになんのご用でしょうか?」
 僕がそう言うと、ナスアはいきなり頭を下げました。
「初めて尋ねてきておいてこういうお願いをするのは失礼だっていうのは百も承知なんだけどさ……あのガラスの壁とさ、あそこに画像を投影するやつをアタシ達の店にも導入したいって思ってるんだ……でね、あれを作った業者を紹介してもらえないかと思って……」
 ナスアがそう言うと、他の2人も
「「お願いします」」
 そう言いながら深々と頭を下げました。

 ナスアの話によりますと……
 ナスアは祖父の代からこのナカンコンベで「ピアーグ」という小さな食堂を経営しているそうです。
 ですが、近くにピアーグよりも大規模な食堂が出来てしまい、最近はそっちにお客さんを取られてしまい、経営が危機的状況に陥っているんだとか。
「……このままじゃ店が潰れちゃうの。そこでさ、壁をこの店のように全面ガラスにして、そこに厨房の様子を表示したりすれば集客出来るんじゃないかと思ってさ……どうか助けると思って」
「えぇ、いいですよ」
「そりゃ、そう簡単に教えてはもらえないとは思う……あんな奇想天外な宣伝を思いつくなんて、すごいことだと思うし、それをいいとこ取り使用としてるのは百も承知なんだけど、どうか無理を聞いて……って……え? 今、なんて?」
「えぇ、ですからご紹介しますよ」
「……え? いいんです? そんなにあっさりと……」
 ナスアの申し出をあまりにもあっさり承諾したからか、ナスアは鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしています。

 まぁ、でも、これには僕なりの考えもあったわけです。
 このナスアが誠実に本当のことを話てくれていたこと。
 これが一番の決め手でした。
 事情を話していた際のナスアは必死でしたし、他の2人も同様でした。
 そういう人達のためなら力になってあげたいなと思ったわけです。
 あと、実際に施行することになるのはルア工房です。
 ルア工房の宣伝にもなるかもな、とも考えたわけです。
 僕は、グリアーナに、屋上で魔道船の乗降タワーの工事をしているルアを呼びに行ってもらいました。
 そんな僕の前で、ナスア達は目から涙をこぼしながら笑顔を浮かべていました。

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