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あれこれあれこれ その5

 ナカンコンベの商店街組合の建物の中にあります応接室の中で待つことしばし。
 レトレが、トルソナを連れて部屋の中に入ってきました。
「ランチーパには、少し無理を言って1時間だけこちらに来て頂く許可をもらったですです」
「レトレ、本当に無理を言ってすまない」
 僕はレトレに頭を下げるとトルソナへ視線を向けました。
 トルソナは、ボロボロの外套を頭から被っています。
 おそらく、その下は荷馬車の中で来ていた紐のようなビキニの衣装なのでしょう。
 うつむきながら、その外套を両手で握りしめて体を隠すようにしています。
「あのさ……トルソナ」
「は、はい……」
 僕が声をかけると、トルソナはびくっと体を震わせながら上ずった声で返事をしてきました。
「レトレからも聞いたんだけどさ。なんか事情があって借金をしてるんだって」
「……」
「無理にとは言わないけどさ、もしよかったら理由を聞かせてくれないかな? あの時、なんで僕に声をかけてきたのかも気になるし……」
「……」
「……うん、無理にとは言わないけど……もしかしたら、何か力になれるかもしれないと思ってさ……」
「……」
 僕があれこれ言葉をかけている向こうで、トルソナはうつむいたままジッとしています。
 ジッとはしているのですが……ガタガタ小刻みに震えているようです。
 話していいものかどうか判断しかねている……そんな感じでしょうか……
 
 そのまま30分が経過しました。

 トルソナは、ずっとガタガタ震えていたのですが、やっと意を決したらしく顔をあげました。
「……あの……わ、私、3人姉妹の長女なんです……両親が早くに亡くなったので、私が商会で働きながら妹達の面倒を見ていたんです……その、妹達が先日、流行病(はやりやまい)にかかってしまいまして……お店から給料の前借りをさせてもらって、その治療費にあてようとしたんです」
 そう言うと、トルソナ目から涙をこぼしました。
「……商会の会長さんは、快く前借りをさせてくださった……そう、思っていたのです。ですが違ったんです。そのお金は商会が裏でやっていたヤミ金融から借りたことになっていたんです……翌月からその返済分として私の給料はほとんど取り上げられてしまいました。妹2人をお医者様に見せることは出来たのですが、今度は私達3人が生活していくことが出来なくなってしまったんです……
 その時、会長さんにある話を持ちかけられたのです……『タクラって人がやってるコンビニおもてなしに店員として潜り込んで、店の情報を横流ししてくれれば悪いようにはしない』って……でも、私、そんなことしたことないし、どうやっていいかわかんなかったし……声をかけたタクラ店長さんは、なんかいい人っぽいし……」
 そこまで言うと、トルソナは号泣し始めました。
 後はもう、言葉になりませんでした。

 これでようやく状況が把握出来ました。
 コンビニおもてなしへの侵入に失敗したトルソナは、風俗店で働いてヤミ金融への返済と生活費を稼ごうとしたってことなんでしょう。
「……しかし、僕の店に潜入するよう指示するなんて。その店は何を考えてるんだ?」
 僕が首をひねっていると、トルソナはヒックヒックと嗚咽をもらしながら、僕を見つめて来ました。
「……あ、あの……タクラ店長さんに恥をかかされたと言ってました……その仕返しをするんだって、ポルテントチーネ会長……」
「ポルテントチーネって……じゃあ、トルソナが働いていた商会ってポルテントチップ商会なのか?」
「あ、はい……そうです……って、あ……これ、内緒にするように言われてたんだっけ……」
 慌てて口元を押さえるトルソナですが、まぁ、これでようやく全てが把握出来ました。

 ポルテントチップ商会のポルテントチーネといえば、例の債権の一件で僕に負けたヤツです。
 このことを根に持っていたんでしょう。
 だから、人がいいトルソナの弱みを握って、店の内情を探らせ……多分、そのうち営業妨害なんかもさせるつもりだったんでしょう。
 ただ、トルソナの人が良すぎて、僕を騙くらかしてまでして店に潜入することが出来なかったのが、ポルテントチーネの誤算だったということでしょう。

 僕は、トルソナから借金の契約書を見せてもらいました。
 元金は、およそ100万円/僕が元いた世界換算です。
 問題は、その金利です。
「は? 10日で1割!?」
 つまりあれです、トイチってやつですね。
 と、いうことは10日で利息が10万円。月だとおよそ30万円ってことになります。
 トルソナの給料は、早朝から深夜までこき使われて月20万円。それに残業手当がついてちょうど30万だったそうです。
 これでも、正規の残業分の手当は支給されていない感じですね。
「さすがにこれはひどいんじゃないか……」
 僕がそれを見て絶句していると、その契約書を横から覗き見ていたレトレが
「店長さん、もしよかったらこの一件、私に任せて頂けませんですです?」
「え? レトレにかい?」
「はいですです。この話でしたら簡単にまとめることができるですです。何より、商店街組合としてもちょっと見過ごせない案件ですです」
 レトレはそう言うと、にっこり微笑みました。

 ここからのレトレの行動は迅速でした。
 トルソナの荷物をランチーパへ回収に行きまして、荷物の中から給与明細を受け取ったレトレは、衛兵を従えてポルテントチップ商会へと出向きました。
 僕とトルソナは商店街組合で待機です。
 レトレは30分もせずに戻ってきました。
「はい、これですです」
 レトレが、トルソナに笑顔で差し出したのは『借金完済証明書』と書かれた書類でした。
「え?……な、なんで?」
 それを見たトルソナは放心しながらレトレを見つめています。
 そんなトルソナに、レトレはにっこり微笑みました。
「トルソナさんが本来受け取れるはずだった残業手当を借金と相殺することで話をまとめてきたですです。あ、風俗店の方も雇用契約解除手続きをしておいたですですから、あっちに戻る必要ももうないですです」
 そう言うと、レトレは短パンのズボンから取り出した笛を口にあて『ピー』っと吹き鳴らしました。
 その音を聞いた組合の中の蟻人達が一斉にレトレの前に集合しました。
「いいですです?これから我々はポルテントチップ商会の家宅捜索に向かうですです。ポルテントチップ商会には違法労働強要・賃金ピンハネ・無許可のヤミ金融経営が認められますます。徹底的に調べ上げるですです」
「「「ですです~!」」」
 一斉に気勢をあげた一同はそのまま商店街組合を後にしていきました。

 で、商店街組合には、留守番の蟻人数人と、僕とトルソナだけが残されました。
「……私、風俗店で働かなくてもいいんでしょうか……」
「どうも、そうみたいだね」
 僕がそう言うと、トルソナは再び泣き始めました。
「よがったぁ……もう、あだじ……どうしよかとおもってたんでずぅ……男の人との経験なんかないでずじぃ……ひっく」
 鼻水まで流しながら泣いているトルソナに、僕はハンカチを手渡しました。
 それを受け取ったトルソナは、ずび~っと豪快に鼻をかんでいきました。
「あ、あの……あ、洗ってお返ししますので……」
「あぁ、いいよそれぐらい……それよりもさ、トルソナ」
「はい?」
「改めて、僕の店で働いてくれないかな? もうポルテントチップ商会にも戻る必要もなさそうだしさ」
 僕がそう言うと、トルソナは目を丸くしながら僕を凝視してきました。
「あ……あの……わ、私は、その……て、店長さんを騙そうとしてですね、その……」
「あぁ、そうだけどさ、それを全部正直に話してくれたじゃないか。そこまでしてくれた人がこれ以上悪いことをするとは思えないしさ」
 僕は、そう言いながらトルソナへ笑いかけました。
「最初はバイト扱いだけど、働き具合で正社員に昇格することも可能だ。残業手当も完備してるし週に2回はお休みがある。希望すれば社員寮に入ることも出来るよ。寮費は給与から天引きさせてもらうけど、三食食事付きだ。所定の寮費を支払ってくれれば、妹さん達も一緒に寮に入ってくれて構わないけど、どうかな?」 
 僕の言葉を聞いていたトルソナは、目を丸くしたまま、
「……あの、て、店長さん……ホ、本気で言われてます?」
「ん? もちろん本気だよ。まぁ、もちろんトルソナがよければの話だけどさ」
 僕がそう言うと、トルソナは深々と頭を下げ
「あ、あの……ふ、ふつつか者ですがどうか末永くよろしくお願いします!」
 そう言いました。

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