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ナカンコンベでVS その1

 いきなり走り出したドンタコスゥコに引っ張られた僕は、ドンタコスゥコ商会の真ん前にある建物の前に引っ張ってこられました。
「この建物がどうかしたのかい?」
「まぁまぁ、お入りくださいですねぇ」
 建物を見上げている僕にそう言うと、ドンタコスゥコは建物の扉をあけてその中へと入っていきました。
 僕も、後からついて来たスアやみんなと一緒に、ドンタコスゥコの後について建物の中へと入って行きました。

 建物は何かのお店だったらしく、僕達が入って来た大きめの扉がその入り口だったようです。
 で、その中がすぐに店舗のようなのですが……
 店内らしいその部屋の中には、棚がズラッと並んではいるのですが、その中の品々はすべてなくなっていました。
 それも、綺麗になくなっているというのではなく、乱雑にかき集めて持って行った……そんな感じでして、棚の下にはこぼれ落ちたらしい品物が乱雑に転がりまくっています。
 レジに使用されていたと思われるカウンターへ行くと、その後方の棚の中も同じような状態でして、かき集められるだけかき集めていったって感じが一目でわかります。
 カウンターの周囲には、かなり多くの紙切れが散乱しています。
 どうやら、この店の営業に関する書類のようですね。
「この店なんですがねぇ……どうやら夜逃げしたようなんですよねぇ」
 ドンタコスゥコは、そう言うとため息をつきました。
「いえね、雑貨屋だったんですけどね、このお店。以前から資金繰りに困っていたようでしてねぇ……うちの商会もお金を都合してあげたりしていたんですが、黙っていなくなってしまったようですねぇ」
「あぁ……そうなんだ」
 この建物の中の様子を一目見た僕は、多分そうなんだろうと思いましたけど、実際に聞かされると、なんか胸にグッときますね……
 商売ですから、良いときばかりじゃありません。
 経営に失敗すればこうなってしまうこともあるわけです。
 それは、僕も元いた世界で散々見てきましたからわかってはいるんですけど、こうして実際にその現場を見てしまうとちょっと複雑な気持ちになってしまうわけです。
 そんなことを考えていると、ドンタコスゥコが僕の元に歩み寄って来ました。
「どうですかねぇ、店長さん。物は相談なのですが、この建物をコンビニおもてなしの店舗として買い取る気はないですかねぇ?」
「え? こ、この建物をかい?」
「そうなんですよねぇ。この店の経営者が夜逃げした以上、商店街組合主導で明日にでも債権者会議が開かれますんでねぇ。先程も申し上げましたようにですね、我がドンタコスゥコ商会はこの店に金を融資していた債権者なんですよねぇ。なので債権者会議に参加する資格を有しているんですよねぇ。店長さんがこの建物を後で私達が支払った金額で買い取ってくださるというのであれば、債権者会議でこの建物を債権代わりに入手してもいいんですがねぇ?」
 ドンタコスゥコはそう言ってくれたのですが……僕は少し腕組みして考え込んでしまいました。
 いえね……これは僕が日本人だからでしょうか、新たな街で新たな店をオープンするのに、前の経営者が夜逃げした建物でっていうのに少し抵抗を感じたんですよ。
 で、僕がそのことで悩んでいると、ドンタコスゥコは、
「そうは言ってもですねぇ、こんな役場に近い建物に空きが出るなんて滅多にないことなんですよねぇ。それに新規に建物を探そうにも、このナカンコンベでは空き店舗待ちをしている商売人が山のように商店街組合に登録している状態ですからねぇ。それを待っていたら2年や3年はかかりかねないですからねぇ」
「あ~……そうなるのか……」
 ドンタコスゥコの話を聞いた僕は、再度腕組みしたまま考え込んでいきました。
 確かに、ドンタコスゥコが言うように、この建物はナカンコンベのど真ん中に近い場所にあります。
 役場も近いですし、建物の前の街道にも人が溢れています。
(……このタイミングで、この話が降ってわいたっていうのは……運命なのかもしれないな……)
 僕が、そう考えていると、そんな僕の腕をスアがクイクイっと引っ張りました。
「……旦那様、良いと思う、よ」
 スアはそう言うと、にっこり微笑みました。
 その後方で、パラナミオ・リョータ・アルトも笑顔で僕を見つめています。
「店長、ここなら屋根の上に魔道船の乗降タワーを作るのも容易だぜ」
 店の外から建物の外観を確認していたルアも、店に入るなりそう言ってくれました。
 僕は、そんな皆の顔を見回していくと、視線をドンタコスゥコへ向けました。
「わかった。ドンタコスゥコ、この建物をコンビニおもてなしで買い取るからよろしく頼むよ」
「はいです、おまかせくださいですねぇ」
 僕の言葉に、ドンタコスゥコは胸を張り、ドンと右手で叩いていきました。

◇◇◇

 臨時の転移ドアをドンタコスゥコ商会の中に設置させてもらった僕達は、一度ガタコンベへと戻りました。
 で、早速ファラさんのいるティーケー海岸へ転移ドアで移動していき、先程の話をファラさんと詰めていきました。
 店を買い取るための資金を準備しないといけませんからね。
「そうですねぇ……材料の仕入代のこともありますので、すぐに準備出来るのはこれくらいですねぇ」
 そう言って、ファラさんが提示してくれたのは、およそ1億円/僕が元いた世界換算でした。
 ドンタコスゥコからは『まぁ、8千万円/僕が元いた世界換算もあれば大丈夫でありますねぇ』そう聞いていましたので、僕は安堵した次第です。
 ファラさんに現金の準備をお願いした僕は再びガタコンベへと戻りました。
 すると、ちょうどドンタコスゥコが転移ドアから顔を出してきました。
「あぁ、店長さん、ちょうどよかったですねぇ。債権者会議が明日の夕方に決まりましたですねぇ」
「夕方なら、僕も店が終わっているから、顔を出そうか?」
「それがありがたいですねぇ。建物の所有権の移転をすぐにその場で済ませられますからねぇ」
「わかった、じゃあ時間までにそっちに行くよ」
「はい、よろしくお願いしますねぇ」

◇◇◇

 その翌日……
 債権者会議の会場である商店街組合に2階にある大会議室に、僕はドンタコスゥコと一緒に座っていました。僕が腰に着けている魔法袋の中には、ファラさんから預かった1億円/僕が元いた世界換算の金貨が詰まっていますので、ちょっとドキドキな感じです。
「……どんなのか、興味がある、の」
 そう言ったスアも同席しています。
 この会議に債権者として集まっていたのは僕達を合わせて全部で20組でした。

 会議の冒頭に、司会進行役の蟻人が説明してくれた話しによると、この債権者会議はナカンコンベ商店街組合の規定に沿って行われるとのことでして……
 まず債権の総額を商店街組合が集計します……で、これはすでに出来ているそうです。
 それに対し、残っている資産を商店街組合が調査し、総額を捻出します……これも完了しているそうです。
 通常であれば、その資産を一度商店街組合が買い取り、それを債権者で分けることになるんだそうです。
 当然、資産額が債権額に満たない場合もありますが、その場合は債権者の債権額の割合に応じて資産額を分割して支払いが行われることになります。要はたくさん金を貸していた人ほど取り分が多くなる仕組みですね。
 で、この例外として、債権者が債権総額を全て支払うことで資産だけを手に入れる事が出来る仕組みも存在するそうです。資産額が債権額を下回っていた場合、この方法を誰かが申し出てくれれば、他の債権者は損をしなくてすむわけです。
 で、今回の案件ですが……

 夜逃げした経営者のせいで生じた債権額は総額で6千万/僕が元いた世界換算程度でした。
 これに対して、あの建物を含めて商店街組合が捻出した資産額は5千万円/僕が元いた世界換算でした。

 つまり、資産額が債権額を下回っていたんですよね。
 それを受けてドンタコスゥコが、
「我がドンタコスゥコ商会が債権をすべて買いとりますのでねぇ」
 そう宣言しました。

ドンタコスゥコは、債権者1人1人に対してそれぞれの債権額よりも若干多めに支払うことで納得させようとしいました。それでも、総額では予定予算の範囲内です。その条件で、18組までは納得してくれたんです。

 が

 問題が起きたのは最後の1組でした。
「私達も債権を買い取りたいのよねぇ。っていうか、あの建物がほしいのよねぇ」
 その椅子に座っている女は、足を組んだままそう言いました。
「うぬぅ……譲ってはいただけませんですかねぇ?」
「えぇ、譲るわけにはいかないわねぇ」 
 ドンタコスゥコとその女は、視線をぶつけ合いながら火花を散らしています。
 で、その光景を見ていた、この会議の議長を務めている蟻人のレトレという女性が
「ナカンコンベ商店街組合の規定によりまして、より高額な金額を提示した方へ債権買い取り権利を譲渡することにするのですです」
 そう言ったのですが、その言葉を聞いた途端に、その音は椅子から立ち上がりまして、
「では、このポルテントチップ商会会長のポルテントチーネはこの額を提示いたしますわねぇ」
 そう言って差し出した紙には、

 3億円/僕が元いた世界換算

 って書かれていたんです。
 その数字を視認した僕とドンタコスゥコは、瞬時に目を丸くしていきました。
 僕が準備していた金額の3倍です。
 払える訳がありません。

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