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 Ⅱ 数奇によるユグドラシルの結合


 頭の中に声が聞こえて。それはお母さんもいっしょだったみたい。でも、そんなことができるのは……だれ?
「音の錬金術師さん?」
「『音の』は今、曲を作っているから出てこないと思うわよ」
「なんの曲? 聞いてみたいなー」
「鳥の声、葉擦れの音、風鳴り、この世に存在する音すべてよ。あの子のライフワークなの」
「えぇ!? あれって『音の』さんが作ってるの?」
「そうよ。小さすぎる音を調律したりして人を導いたりするの」
「ほぇー」
『まーまー。あたしもー』
「またきこえたぁ!」

「おやおやおや。随分と賑やかになりましたねぇ。ミリアム」

「もう! いっぱいでてくるぅ!」
「……お久しぶり。サンジェルマン」
「おや。このやりとりは既にしたはずでは?」
「それはどの世界線かしら」
「さぁて。花月が12の世界だったような気がしますが?」
「この子がいない世界線は覚える価値がないわ」
「『この子がいる世界線しか覚える価値がない』でしょう? 随分と曖昧な言葉を遣うようになられた。罪の子に絆されたのですか? 真実のミリアム」
「アイリス。少しだけ、ちびゆぐちゃんと遊んでいて?」
「ふぇ」
「その声の主よ」
『ままー』
「えぇ!? ちびゆぐちゃんなの!?」
「ふむ。面白い。世界樹の子にそのような名を与えたのですね。今回のアイリスは朗らかですねぇ。ヘーラーの片鱗もない。期待できそうですねぇ」
「で、あなたはだれぇ!?」
「おやおや。名乗り遅れましたな。罪の子。今のあなたは私とは初対面でした。わたくしはサンジュリア。どうぞお気軽にユリアとお呼びくださいまし」
「さんじぇるまんさんじゃないの?」
「いえ。その名は捨てました。面白くありませんでしたから。そして、あなたは私と何度も会っています。そしてこれからも何度も会い。そしてまた、何度も会うのです」
「????」
「アイリスは『同時存在世界線』をまだ理解できないわ。混乱させないで」
「おやおや。そうですねぇ。ではこう覚えておいてください。アイリス。私の名前はユリア。刻の錬金術師にして宝石の錬金術師にして……」
「だから……」
「おぉっと失礼。お詫びにこれを差し上げましょう。アイリス」
「なにこれ?」
「それは『刻のルーペ』ユグドラシルの子を覗いてご覧なさい」
『ままー?』
「おぉ! すごーい。おっきいユグちゃんだー」
「おやおや。ユグドラシルを知っているのですか?」
「うん。ともだちー」
「ふ……ふふふふ……ユグドラシルですら、あなたの手にかかればご友人なのですね」
「うん。ユグちゃんにはね、祝福してもらったの」
「そうですか。それはよござんした」
「ほらアイリス。もうおしまい。ちびゆぐちゃんはね、その芽を優しくなでてあげると、うれしいのよ」
「こう?」
『んー。きもちー。ままー』
「ほんとだ!」
「ふふ。ほら、向こうで話しておいで」
「うん!」
『わぁ! ぴょんー』
「あはは。ほらほらぴょんぴょん」
『あはははー』
 ちびゆぐちゃんが嬉しそうにしているのが伝わってくる。ユリア、さん。なんだろう。ぜんぶを知っているような、それでいてなにも知らないような感じの人。お母さんとよくにた雰囲気だけど、なにかが違う。優しい人……なのかな? でも、なんだろう。おやおや。っていう言葉、あれを聞く度に少しだけ、嫌な感じがする。
 私は、隣の部屋。ドアのとなり。お母さんたちの声が聞こえるように、ちょっとだけすきまを空けて。気持ちよさそうにふわふわ揺れるちびゆぐちゃんをなでることにしたの。
 立ち聞き……座り聞きは良くないことだけど。私も、お母さんのことを知りたいから。
「さぁ。少し早い再会になりましたなぁ。愛しミリアム」
「21時間32分43秒早いわ」
「おやおや。『一は二となり、二は三となり、第三のものから、第四のものとして、全一なるものの生じ来たるなり』可能な限り、あなたの公理にあわせたつもりですが?」
「あなたが全一だとおっしゃりたいの?」
「まぁさか! あなたへのリスペクトにございますよ」
「はぁ……相も変わらず、ひょうひょうとしていますね。安心しました」
「ミリアムくらいですよ。こんなわたくしを理解してくださるのは」
「だから、マリアです。ミリアムは集合思想体総称」
「だから、ですよ。あなたはユダヤ婦人のマリアであり、メアリーであり、マリヤであり、真理であり、観世音菩薩であり、マリー。わたくしとの近似としてはエリザベス一世でしょうか。ねぇ。処女王様?」
「っ……だからあなたと会うのは嫌なのよ。統べてが起きたとき、統率がとれないわ」
「もう。邪険になさらないで。して。叡智、欲するはアイリスのためですか?」
「えぇ、もちろん。ただし少しばかり形を変えてもらわねばなりません」
「はて。どのような形相へ?」
「えぇ。近いうちに私はアイリスに導かれることになります」
「はぁ、因果なもので」
「そうしなければ、あの子は私を産めませんから。そこで、あなたにはやってもらいたいことがあります」
「はて。次に軸が重なるのがいつかも分からないのに?」
「28896」
「ほう。そこまで割り出されていますか。いやはや、公理とはやっかいなものですねぇ。これでは刻の旅人を名乗る資格もありません」
「ただ、年、月、日、時、分、秒。そのすべてが曖昧です。というよりは全的です」
「でしょうねぇ。当の私とて存じ上げておりません」
「この世界線での時間計算であうかどうかも、わかりませんね。あなたには32通りの世界線があるのでしょう」
「よくご存じで。2が5度絡み合い、あなたの公理に当てはまったときのみですからねぇ」
「はぁ。そうね、話を進めていいかしら」
「もちろん。私とて暇ではありません」
「どうせダイヤの瑕を治すくらいでしょう」
「これは一本、いや二本とられましたねぇ。漢字にして暇と瑕は二本の線の違いにしかありませんから」
「意図的ではないわ」
「偶発にして自然。確率にして偶然。しかしあなたはそれを導けるお人です。マリア。して、要求はアイリスにマリアを体験させる。ということでよろしいので?」
「えぇ。私がこの世界から消えたとき、アイリスが迷わぬように」
「そんな大切なことを、私のような放蕩者に任せてよろしいので?」
「クララがいるわ。いざとなったら。水の権能『明鏡止水』であなたをとどめるわ」
「おやおや。それは恐ろしい。しかし、アイリスはあなたを導けるのでしょうか」
「えぇ。それは私の子を産むために必要なプロセスです。それは水から大気を創り出すのと同じように。誰も、水を蒸発させることを恐れたりしないでしょう」
「いやはや。トリビコス(三つの蒸留)はあなたの十八番(おはこ)でしたな」
「えぇ。成さねばならないことは、成すのです」
「しかしわたくしは善良なる意志の持ち主でして。みなが望まねばそれを成さぬと決めているのです。つまり、そちらのお嬢さんは如何かな?」
 私は、また泣いていた。最近、そんなことが多いなぁって思いながら。ちびゆぐちゃんにその涙を拭いてもらった(土に染み込んでいっただけだけど)から、大丈夫……だと思う。
「お母さん、導くっていうことの意味。今の私には……わかるよ」
「……えぇ。それならば、出来るわね」

「私に死を与えることが」

「っ……」
「終わらない生に、終わりを与えられるのは虹の女神であるあなただけ」
「そん……な……」
「ニュクスに頼めばよいではないですか」
「冥府が飽和します。私はあまりに多くの人を内包しすぎています」
「あぁ。確かに。処女王をはじめ、すべての報われない女性たちの包括存在。愛しいマリア。憎らしいマリア。可哀想なマリア。残酷なマリア。狡猾なマリア。裏切りのマリア。慈悲のマリア。自己犠牲のマリア。お優しいマリア」
「どういう……こと……ちゃんと分かるように教えて!」
「おやおやおや。アイリス。それはよくないよ。見ては……」
 私は、刻のルーペでふたりを見た。でも、そうしたら。私の頭の中にいろんな景色が流れてきた。火の海、刃、墜ちる、埋まる、串刺し、お花畑で毒花を食べる、身体を蒸留する、銀にひたす、動物に食べられる、木の一部になる、貫かれる、餓死する……恋人に殺される。
「あぁぁ!!」
「アイリス!」
「おやおやおや……この程度で絶叫なさいますか。導きの意味が分かるというだけで、器は未完成なのですねぇ。そんなことではマリアの追体験など到底不可能でしょう」
「ユリア! あなた謀ったわね」
「おやおや。それはあなた方が勝手に行ったことであり私は確立の中で揺れ動く数字でしかありませんよ」
「本当の言葉で話しなさい。私に翻訳は必要ありません」
「『well, well, well』とでも言えばよろしいので? それとも『well, well』でしょうか」
「うぁ……あぁ……」
「やめなさい、ユリア!」
「おやおやおや。私はなにも……」
 ユリアさんの、おや。おや、おや。という言葉あれを聞く度に、変な感じはしてた。でも、分からなかった。また、新しい景色……ううん、違う。新しい死が流れてくる。もう、やだ。もう……!
「死んじゃいたい……」
「アイリス!」
 頭の中で、バチンとなにかが弾けた。お母さんに抱きしめられているのは、わかる。すごく、すごく強く。花でできた身体がほどけていくのも、ぜんぶ、ぜんぶ理解できる。そう、理解した。理解してしまった。
 ――私は、アイリスなんかじゃない。私の名前は、真愛(まな)。そう、私はふたりの……。
「私は……詠む『【虹の女神アイリス】である私よ。アイリスとしての真愛。真愛としてのアイリス。アイリスとしての花。花よ花。この混沌たる世界において存在を、花と帰さ……』」
「やってみるしか……詠唱割り込み【虹の女神アイリス】の権能【伝令】を阻まん』だめよ……アイリス……まだ……まだなの……」
「……ふぇ?」
「アイリス……?」
「あたま痛いのなくなった。お母さんが治してくれたの?」
「は……あぁ……よかった……アイリス……でも……どうして私の詠唱が……?」
 
「ニュクス!! 謀ったな!!」
 
 お母さんに抱きしめられながら、ユリアさんを見る。さっきまでのきれいなお顔がぐにゃりと歪んで。とても、怖い顔になる。そしてユリアさんの背中から黒。黒の闇が広がった。でも、怖くない。優しい闇。
『そう憤るでないぞ、ペテン師。まだこの子らには使命がある。器を作ることはこちらとしても利があるのでな』
「私の行く先々のすべてを邪魔しやがって!!いつか、いつか!!貴様らのすべてを卑金属に変えてやる!!」
『好きにせい。貴様は少しはやりすぎだ。事を急いてはし損じると習わんかったのか。無能が。あぁ、そもそも貴様は貴石の首飾り詐欺からなにも学んでおらぬ者だったの。人として、錬金術師として恥と思え』
「闇に隠れ、こそこそと動き回る臆病者の話など聞くか!! 私は、私を吊し上げた者すべてを卑金にするまで止まらない!!」
『はぁ……ほんにうるさいの。マリア。安心せい。これは私が預かる』
「おねがい……ね……」
『罪の子がこちらに来るとき、それと同じく叶うのだろう。それで手打ちだ。私とお前は少なからず同等である』
「えぇ」
『あまり特異点を増やしたくないのでな。眠れ。私のゆりかごで』
「くっ!!」
 ユリアさんが、ずぶずぶと闇に飲まれていく。右からどんどん沈み込んでいくように。きれいなドレスも、傘もぜんぶ。そして最後に目だけが残って。私をじっと見ていた。
 そして、黒のドレスに真っ白の肌。夜の錬金術師ニュクスが目の前に現れた。
『罪の子。あの景色は、どうだった』
「えっと……怖くて……痛くて……その……」
『そうか、先の詠唱は』
「えいしょう?」
『ふむ。不認知か。その程度の影響ならば、問題なかろう。よい。朗らかにな。私は存外、お前を好いておる』
「ふぇ!?」
『またの。夜はお前を守るだろう』
 黒い闇はするするすると小さくなって消えて。私はその場で、へたんと座ってしまった。なんだか、すごく疲れた。
「大丈夫よ……アイリス……」
「……うん」
「さぁ。食事にしましょう。疲れたでしょう? ベッドで横に……」
 
「『まだ、話は終わっていません。マリア』」
 
「いいえ。もうおしまいなのよ」
「やだ! お母さんを殺すってなに!? 私は、マリアを傷つけることを望みません」
「……口調、記憶、意思の混乱が見られるわ、アイリス。時が来たら、理解できるから。今のあなたにはまだ早いの」
「っ! それ……ばっかり……」
「『我、花の錬金術師として命ず』」
「お母さん!」
「『ユグドラシルを介し、アイリスの記憶を編集せよ』」
「っ!」
 ちびゆぐちゃんが、ぱっと光り出した。その光は私を包んで、私たちがいる部屋を、そして世界を包んでいった……。
「ごめんなさい。あなたを守るには、これしかないの」

 ――ダイヤの瑕と生命の瑕 END――

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