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シフト狂想曲 その1

「あ、店長様でいらっしゃいますか?」
「……んあ?……び、ビナスさん?」
「はい、ビナスでございます。あの店長様、急なお願いで申し訳ありませんが、明日から数日お休みを頂いてもよろしいでしょうか?」
「んぇ? どうかなさったんです?」
「はい、旦那様のお仕事のお供でちょっと異世界へ出向くことになりまして」
「あ~、そりゃ大変ですねぇ。ご苦労様です」
「はい、ありがとうございます。では戻り次第コンビニおもてなしとエンテン亭のお仕事に復帰いたしますね」
「はい、わかりました」

……

 そして僕はむくりと起き上がりました。
 ここは巨木の家の中……その中にある家族の寝室です。
 僕の左ではパラナミオがスヤスヤと寝息をたてています。
「……さっきの……魔王ビナスさんが出て来たのって……夢か」
 そんな結論に到達した僕は、再びベッドに横になっていきました。

◇◇

 翌朝です。
 いつものように夜明けとともに店の厨房へと移動した僕は目を丸くしました。
 常に僕より早く出勤している魔王ビナスさんの姿がありません。
「……まさか、昨夜のあれって……魔王ビナスさんからの思念波だった……とか?」
 僕は、乾いた笑いを浮かべました。
「魔王ビナスさん……翌朝からお休みってのを、こんな方法で連絡してくるのは、ちょっと困るわぁ……」

 確かに……僕が元いた世界でもいました。
 バイトで雇った学生の子達がいきなりシフトをドタキャンするっていうの。
 しかも、時間になってもこない……電話をしても出ない……
 で、翌日全く悪びれた様子もないまま出勤してくるもんだから
「昨日、どうしたんだい? シフトだったでしょ?」
 って聞くと
答1「あ、寝てましたぁ、さーせん」
答2「あ、彼氏にいきなり呼び出されてぇ」
答3「あ?うぜーんだよ。いちいちごちゃごちゃ言うなって」
 まぁ、だいたいこの3パターンのどれかの反応が返ってきてたんですよねぇ……
 で、これを平気で繰り返す子ほど早く辞めちゃってね……

 まぁでも、今回の魔王ビナスさんの場合、思念波とはいえちゃんと事前に連絡はくれていましたので、まだマシといえばマシでしょう……
 それに、魔王ビナスさんとかわしているバイト用の雇用契約書にも
『休暇を申請する際には必ず事前に連絡し店長の許可を得ること』
 とだけしか明記してなかったし……事前と言えば事前、にならないこともないわけですし、そう考えると魔王ビナスさんは別段責められるようなことをしていたとは言い切れない気がしないでもないわけで……う~ん……

 とまぁ、そういうわけで……雇用契約書の内容を見直すのはまぁ改めてということにしまして……まずは今日という日を乗り切らないといけません。

 厨房では、すでにスイーツ担当のヤルメキスが、バイト……じゃなかった、ゴージャスサポートスタッフのキョルンさんとミュカンさんと一緒にヤルメキススイーツの作成を始めています。
 テンテンコウ♂も、黙々とパン焼き作業を開始しています。
 この4人はすでにフル回転していますので、僕の作業を手伝ってもらうわけにはいきません。

 となると……

 僕の視線は厨房の中央におかれている台の方へと向けられていきました。
 そこには、弁当にせっせせっせとご飯をつめているルービアスの姿があります。
 ご飯は、店備え付けの業務用炊飯機で炊きあがり時間指定してありますので、作業を開始するタイミングで炊きあがっているんです。
 
 ちなみにこれ、僕が元いた世界にいた頃から使用している代物です。
 コンビニおもてなしを太陽光発電によるオール電化にしていたおかげで、電気の存在しないこの異世界でも普通に使用出来ているんです。蓄電池で昼間発電した余剰電力を夜中に使用出来る仕組みにもなっていますしね……その分初期投資がすごいことになったんですけどね……ははは。
 でもまぁ……あのとき思い切ってオール電化にしといたおかげで、こうして異世界でもいろんな器具を使用出来ていますので、ホントよかったなぁ、と、心の底から思っているわけです。

 で、ルービアスはその太陽光発電の恩恵で炊きあがったご飯をアルミモドキ製のを弁当箱につめる作業を受け持っています。
 それが終わると、僕と魔王ビナスさんが作り上げていくおかずを、これまたせっせせっせとつめる作業をしてくれるんですよね。
 で、僕はそんなルービアスの肩をポンと叩きました。
「ルービアス、今日はこっちも手伝ってくれないか?」
「はい?試食の準備ですか?おまかせください!今日もばっちり宣伝してみせますよ」
「あ~、じゃなくてだね」
 僕はそう言いながら、ルービアスを魔石コンロの前に移動させました。
「て、店長さん……こ、これは?」
「あぁ、すまない。今日のおかずの串揚げを作るのを手伝ってくれるかい? 串揚げ用の材料は昨日下準備してあるんで、これを……」
 そう説明していた僕なんですが……そんな僕の目の前で、ルービアスはすごい量の汗をかき始めていました。
 ……そうでした……僕が元いた世界で言うところの鰻にあたりますウルムナギのルービアスはですね、極度に緊張するとこうしてぬるぬるの汗を異常にかくんでした。
(あ~……こりゃダメだ)
 コンロ作業をすると聞いただけで緊張しまくっているルービアス。
 ルービアスってば、一度コンロで自分が焼けかけたもんですから、あれ以来この作業を苦手にしていたんですよね……結構時間も経ってるし、そろそろいけるかな、と思ったのですがこの調子だとアウトみたいです。

 と、まぁ……そんなわけでルービアスにはやり慣れている弁当詰め作業に戻ってもらいました。
 この作業ならルービアスも緊張することなく頑張れますんでね。

 と、言うわけで、僕は腹をくくりました。
「しょうがない、僕が2人分やろう」
 そう言うと、僕は2つある魔石コンロの真ん中に立ち、その両方を同時に点火していきました。

◇◇

「じゃ、もらっていくわねぇ」
 なんか、厨房の入り口あたりで各支店へ荷物を運搬しているハニワ馬のヴィヴィランテスの声が聞こえました。
 僕は、そんなヴィヴィランテスに向かって
「お疲れさま~」
 って声をかけた……はずなんですが……自分でもその声を発することが出来たのかどうかよくわかりません。
 えぇ、それほど疲労困憊の状態だったわけです。
 まさに、最終ラウンドを戦い終えて真っ白な灰になったあの某ボクサーみたいに……

 で、まぁ、そんなわけでどうにか今日という日は乗り切る事が出来ました。 
 とはいえ……魔王ビナスさんは数日休むって思念波で伝えてきていましたので、その数日をどうにか凌がねばなりません。
 ……スアに手伝ってもらうにしても……何でも出来るスアですが、どういうわけか料理だけは超苦手分野らしくて、何を作ってもうまく出来ないんですよね……最近ようやくサンドイッチくらいは出来るようになったのですが……あ、中にはさむ具材の準備は全部僕がするんですけどね……つまり挟むだけと言いますか……
 あと、コンビニおもてなしの店員の中で料理のサポートが出来そうな人と言えば、2号店の元メイド達か、3号店の木人形達、あと4号店のクマンコさんかクローコさんあたりでしょうか。
 とはいえ、2号店の元メイド達にはおもてなし酒場の宿屋部門を受け持ってもらっていますし、3号店の木人形達は元々少数精鋭でやってもらっている上にあの店だけは24時間営業していますので、この2店舗からおいそれとこっちのヘルプに来てもらうわけにはいきません。
 で、4号店の2人ですが、まずクマンコさんは子だくさんなので、朝は子供さん達の世話をしないといけないって聞いていますし、クローコさんは超絶朝に弱いんで……
 コンビニおもてなし以外で思い当たる人と言えば、オト街のラテスさんなんですけど……あの人も自分でお店をやってますし、そもそもラミアのあの巨体でこの厨房に入ってこられると、他のメンバーが作業にならないわけです、はい。
 ツメバの奥さんのチュンチュに聞いて見る手もありますけど……チュンチュってすぐに切れるからなぁ……

 ……と、まぁ、散々あれこれ悩んだ挙げ句、僕は『バイト急募』のポスターを作成しました。
 で、早速ポスターを各店に配布しようと準備しているとですね、
「あぁ、店長殿、ちょっとよろしいか?」
 そんな店内に、辺境駐屯地のゴルアが入って来ました。
 ……って、ゴルア、ちょっと待て。
 なんでお前の後ろにメイデンがいるんだ?
 しかもそいつ、体中を拘束されたまま、なんか恍惚とした表情を浮かべてないか、おい?

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