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「お母さんの赤ちゃん産みたい!」
「むり、なのよねぇ。あなた、ホムンクルスだもの」
「へ?」
「赤ちゃん作れるのは人間だけ。まだ、そんなに精巧に作れないのよねぇ。ごめんねぇ」
「ほ?」
「ふふ。いいじゃない。そのかわり私たちはずぅっと、いっしょよ」
「あ……うん……そ、そだね……」
 アトリエ『マリアの花束』で、私は呆然としていた。
 今日もお客さんは多くって。半分以上はきれいでかわいくて優しいお母さんに一目会いたいという不純な動機ばかり。このお姉さんは、昨日も石けんを買いに来た。というか、毎日買いに来る。そんな、毎日なくなるはずがないし。そうなのです。お母さんは女の人にモテモテなのです。それも、姫騎士団『エーデルワイス』の団長さんや花屋さん(お母さんもお花を育てているので)、パン屋さん、冒険者さん。だから素材には困らないという利点はあるけど、いかんせん私はイライラするのです。
「お母さんは人じゃない、です。恋とか、してもだめ」
「ぷっ」「あはははは」「ふふふ」
 湧き上がる笑い。苛立ちが止まらなくて地団駄を踏むのだけど。小さな子どもの見た目、そんな私がやったところでお母さんをひとりじめしたくて、駄々をこねている子どもにしか見えなくて。
「まちがっては……ないんだけど……」
 頭を撫でられながら、キャンディー、パン、バレッタとか、たくさんもらって。手に持った花かごはいっぱいになった。私は怒ってるのに。それがかわいい、らしくて。やだなぁ、なんて思ったりしていた。
 お昼ご飯の時間になるとさすがに人は減った。
 私はリビングでお母さんの膝の上、シチューを目の前にする。いつもの光景だった。だけど、もう私は知ってしまったから。内心モヤモヤした感覚のままで。ぼーっとしていると、お母さんがほっぺたをぷにぷにする。
「やーめーてー」
「ふふ。ぼーっと、してたから」
「ホムンクルスだったら、これ食べる必要ないよね」
「あら……お口に合わなかったかしら……いつもおいしそうに食べてたじゃない」
「ううん。好き。おいしいもん。それに、お母さんが作ってくれたものだから」
「ふふ。うれしい」
「でもでも、食べなくていいじゃん」
「ねぇ。アイリス。食事って、栄養補給のためだけかしら」
「……ちがう」
「ふふ、でしょう? ほら、ふてくされないで。食べましょう。はい、あーん」
 お母さんはあいかわらずマイペースで。私はとりあえずスプーンに載ったミルク色の液体を流し込む。おいしい。普通においしいの。シチューの味が分かるのはホムンクルスとして普通なのかな。
 改めて、お母さんの事を考える。
 一児の母、といった感じで。優しいお顔。ほわほわしてる。ミルクティー色の髪に、小さな花がぽっぽって咲いている。ちなみにこのお花はお母さんの気分によって色や形が変わるらしくって、とってもかわいい。そう。そのお花こそがお母さんの錬金術。私を作った、禁忌の術と同じものらしい。
「錬金術って、なんなの」
「『ある物質を、ある物質へと変換する術』かしら」
「髪の毛のお花は?」
「私の雰囲気を元素変換してるみたい。ちなみにこれは私のコントロール下を離れてるから。勝手に出るの」
「へ?」
「ふふふ。魔力……と言えば伝わるかしら。一定量を超えると、身体から溢れるのよ。例えば。火の錬金術師であれば小さな火。水の錬金術師であれば、浮遊する水の玉とか」
「そうなんだ。じゃあ、お母さんは花の錬金術師なの?」
「ふふふ。正解」
「うん? じゃあ、私は? ホムンクルスって人体錬成術だよね。同量のタンパク質がいるって習ったような気がする」
「よくお勉強してるわね。あなたは、花よ。背中にちっちゃな羽があるでしょう?」
「うん。私、小鳥なのかなぁって思った」 
「それも、花よ」
「うそぉ」
「ふふ。お母さんは嘘つかないでしょ? ねぇ、アイリス。古い言葉に『何れ菖蒲か杜若』というのがあるわ。これは百花繚乱の替え言葉。だから、アヤメとつけたかったのだけど。現在使用されている言語形態的に沿えばアイリス。だから、あなたは現存する、すべての花々の遺伝子を組み合わせた、花のホムンクルスよ」
「へ」
「あら。難しかったかしら」
「う、ううん。話は、わかった。たぶんだけど。えっと、私、お花なの?」
「えぇ。ほら」
 お母さんが私の服をめくる。表面は柔らかいこどもの肌。けれど、お母さんが指先をくるくるすると。その部分がほどけて。いろいろな花がふわぁっと開く。なんだかくすぐったい。
「なななななな!」
「ふふ。アイリス、きれいな色だわ。幸せな証拠ね」
「い、いいいい?」
「お母さんといると、幸せってことにしておくわね」
「それは、あってるけど」
「あなたを構成するお花は、気分や気候、私の力。様々な要因で変化するわ。それこそ、元素還元理論ね。平均して十種以上が咲いているから。健康体だわ」
「え? なにそれ」
「あら。あなたが寝ている間に、メンテナンス、トラッキングしてるわよ。かわいいかわいいお肌に、ちょんちょんって……ね」
「へ! へんたい!」
「あらぁ。お母さんが娘の健康診断をするのは義務みたいなものじゃない」
「いやいやいや。確かに、そうかもだけど……えーっと……こう言うのも変なのかな」
「ふふ。なぁに?」
「産んだわけじゃないでしょ。じゃ、じゃあ……お母さんじゃ……ないんじゃ……」
「産んだわよ。ちゃんと、お母さんの身体の中で育てたわ」
「……うん?」
「アイリス。あなたは『フラスコ培養』ではなくて『精霊体培養』ってこと。お母さん花の錬金術師なんだから。体内で花を培養することくらいできるわよ」
「は、はぁぁぁぁぁ……!?」
「私たち錬金術師は、生殖により子を成せるわけではないわ。もう、身体構造はそれぞれの元素系に還っているの。精霊みたいなものね。だから。赤ちゃん産んでみたくって。構造を創ったわ。それこそ錬金術師の本領発揮というところね。ふふふ」
「いや、ふふふって……すごいこと言ってるよね」
「それをすごいことだと思うということは、人の子として育っている証拠ね。偉いわ。アイリス」
「そんな……じゃあ、なんでホムンクルスだって教えたの。私、人間だと思い込んでいた方がよかったよ」
「うーん、成り行きかしら」
「えぇ!?」
「ふふ。じょうだん。きちんと意味があるの。今はまだ、お友だちと同じくらいの年齢で背も考え方もいっしょよね?」
「うん」
「でもね、もうすぐ、あなたは人間と年が違(たが)うわ。お友だちと、お友だちでいられなくなるの。もう『背が小さい子』としてごまかす事はできなくなるわ。その時、私たちはそっとその場を去るの」
「え……」
「百合の花が次の夏に同じ場所に咲かないように。別れてはまた出会い、期限が来るまでの時間を愛おしんで生きる。それは、永遠を生きる私たち錬金術師の原初の孤独」
「『老いることも死ぬこともできない』という痛みよ」
「っ……」
「私を愛してくれた人。その人たちはね、老いていくの。けれど、私は永遠。もちろん、姿形は変えることができる。あなたも、いずれね。けれど、その本質は変わらない。私と言う存在も、本当に愛した女性がいたわ。その時はまだ、動く刻の中で生きていた。彼女の成長にあわせて、姿が変わったわ。でも、彼女は四十年で亡くなった。今の姿はねその人に出会う前。人間で言うと生まれて二十年くらいかしらね。彼女と同じ年齢の姿でいることが辛くなったの」
「どうして?」
「さぁ。どうしてかしらね……もう忘れてしまったわ。彼女の四十年というのは、一生であり。ひとつの生。でも私の四十年は瞬きの一瞬。花が咲き、枯れ。種となるように儚い一瞬で。もう、あの子の顔も思い出せないわ」
「悲しい……? お母さん……」
「きちんと説明するとね。その話が、いつの私のことだったかも忘れてしまったの」
「どういうこと……?」
「今のあなたには、難しいわ。これを理解するのはサンジェルミと刻が繋がる頃よ」
「う、うーん……」
「ふふ、いつか理解するわ。その時に知ればいいの。それは置いておいて、あなたを創った理由ね」
「うん」
「お母さん、寂しくなってしまったのね。だから、これは私のわがままよ。アイリス。いつでも言いなさいね。生殺与奪は私の手の中に。その生は永遠であり、いつでも終われせられるわ。しかし、私にしか権限はないの。この世界の理の中で唯一、私の中だけに」
「……ってことは、いやになるまではこのままでいいってことだよね」
「ふふ。そういうことよ。さすが私の娘ね。あなたが望むまではその命は永遠だわ」
「いっしょにいるよ。お母さんと」
「ふふ。優しい子ね。でも、娘以上に。ひとりの女性としても愛してしまいそう」
「それでも……いいかも……」
「そう、ありがとう」
「えっと、そうなったらなんて呼べば良いの? お母さん、だけじゃさみしいな」
「そうね……花の錬金術師として具現したから……」

『マリア・フローレンス』

「マリア、でいいわよ」
「えっと。『トリビコスの蒸留器』『湯浴みのバン・マリエ』『金脈蒸留ケロキタス』のマリアであってる?」
「そうそうそう。よく勉強したわねぇ。ミリアムとしてのマリアはそうね。あれ、苦労したのよ。ヘルメス文書の方が人気があって。私のなんて、取扱説明書扱いよ。ひどいわ」
「……すごい人の娘になったんだね。わたし」
「ふふふ。そうよぅ」
「じゃあじゃあ、こどもは? すぐ創れないの?」
「そうねぇ。禁忌としてだけれど、方法はないことはないのよ。ただそれには素材も、私の技術も、協力者も。何もかも足りないのよねぇ」
「……足りないって事は、できないわけじゃないんだ」
「あら。バレちゃった。まだ『原初の種』しか持ってないのよ。ほら私、花の錬金術師でしょ。『花の真理』には辿り着いたんだけど。その他がねぇ」
「さらっとすごいこと言ってる気がする……」
「ふふふ。そうねぇ、真理追究はもうみんな飽きてるから。時代遅れなのよねぇ。水の錬金術師クララも『水の真理』には辿り着いてるし」
「い、いっぱい言われてもわかんない。えっと、その『原初の種』はどんな物なの?」
「ホムンクルスの種よ。あくまで花のホムンクルスとしてだけどね」
「……すごいよね。それ」
「えぇ。すごいわよ。これ。もうひとり、作れるもの。ホムンクルス」
「えぇ……」
「妹、ほしくない? また産んであげるわよ」
「い、いい。嫉妬しちゃう」
「ふふ。そう」
「それを私に入れたら、産めないの?」
「そうねぇ。原初の種に関しては『ホムンクルスとして成長する因子を凝縮した元素塊』というものだから、あなたの中に入れたら吸収してしまうのよねぇ。それこそホムンクルス二人分の力を持つことになるから、器が壊れちゃうの。それをすると、アイリスは『世界としての花々』に成り代わってしまうのよ。つまり『行き過ぎた拡大による存在の抽象化』ね。水を蒸発させれば湯気になるけれど、それが空気と混ざったらもう見えなくなってしまうのと同じね」
「う、うん」
「だから『精霊体の構造を理解。かつ、花へと干渉できる者』つまり私くらいしか宿せないのよねぇ」
「……じゃあ、私のお花とかをお母さんがもらって。私の子をお母さんが産んでくれるっていう形じゃだめなの?」
「うーん……それもできるけれど、アイリス自体が私から創られているから。とどのつまり『素体の重複』になるから。それこそさっき言ったとおり、吸収する形になるの。どちらかというと姉妹なのよねぇ。その定義でも良ければいくらでも産んであげるわよ」
「うーん……違うなぁ。私は、お母さんとの子どもがほしい。私も、産んでみたい」
「それは、人の子をほしいということ?」
「ううん。違うよ。ただ、なんだろう……お母さんとの子どもがほしい。そう思ったの」
「そう。まだ理由として認識できないレベルの願望なのね」
「変、かな」
「変ね」
「うぅ……」
「あなたがおかしい、という意味ではなくて。あなたの存在がそう思うことが、ね」
「どういうこと?」
「本来、ホムンクルスとは、自由意思で動く者ではなくて。生成した者の意思を遂行するものなの」
「そうなの?」
「だから、あなたがお菓子をつまみ食いするのも、本来であればおかしいことなのよ」
「し、しししししてないよ!? レーズンひとつまみぐらいだよ」
「ふふふ。してるじゃない」
「あ」
「私、つまみ食いするほどレーズン好きではないもの。嫌いでもないけれど。ということはつまり。創造者の願望を超えた思考原理で発想しているいうことで『ホムンクルスを超えた存在』になろうとしている予兆なのね。だから、もしかしたら私との子どもを産めるかもしれないわ」
「ほんと!?」
「もっと、勉強が必要だけれどね。今すぐにすべてをわかる必要はないわ。ただ、そのためには『身体構造の培養機能』を初めとしたいろいろな課題があるから。ひとつひとつ、探していきましょうね」
「うん」
 そう言ってお母さんは手記に書き留めていく。
 私はそれをただ見つめて、私たちの物語は始まっていく――
 
 ――情報化社会と呼ばれた時代は、過去になった。全世界規模の人口過多、科学の暴走、先進技術の過発展、人類遺伝子の継承限界による崩壊。ありとあらゆる結末はやがて人間という存在を葬った。
 しかし、草花。そして大地、動物はその存在を保有した。
 認識することが不可能なほどの長い年月をかけて。土壌や動物たちの多様性は人間が与えた傷を修復した。
 そして、前時代とは別の理が世界を創った。
 精霊体である。過去に存在した記録達は収束し。あらゆる粗情報から産まれたのは神と錬金術師。
 動物たちは意志を持っている。
 植物たちは考えることができる。
 つまり、次に生まれる人間よりも先に信仰を持った。そしてその信仰対象が自然現象への畏怖としての神。そして科学・化学現象に対する畏怖は錬金術師を創った。
 それらの非動物的存在達は意志を持って世界に干渉することができた。
 その中に「人を生み出す」権能。つまりは『すべての母』としての力を持ちし神が存在した。その存在については【人間が残したあらゆる文献の集合体】という曖昧な存在であり、現在通称としてはヘーラーと言う形で、創造主を欠いたこの世界を統べている。だが、彼女は干渉を良しとせず、ただただ自らの楽園のみで生きることを本分とした。
 故に人は制限の中の自由で神と錬金術師、そして生きとし生けるすべてと共存している。
 もしくはそれ以外もあり得た。なぜならこれは、私マリア・フローレンスの主観であり、原初の人間を見たわけではなく、ただ存在するものを確認しただけなのだから。生物進化における自然選択がほんの気まぐれに再び人を作った可能性も大いにあった。
 ただひとつ揺るぎない事実として、この世界線には性別という分別がない。もとい、歴史的記述からすれば男性という性は存在せず。女性という性のみが存在する。すなわちそれは――人は新たに生まれなおすことにした――ということだった。他存在達に見守られながら。過去の過ちを繰り返さぬためにもうひとつの世界を歩むことにしたのである。
 私がこの世界に冠した名は『トロイアル』。
 もう一度、何度でもやり直すためのトロイメライ。
 これは、錬金術師、人、神。その存在を超えた、たったひとりの小さなホムンクルスが子を望む。そんな物語――

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