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「さぁさぁみんな大好きドンタ……」「エイト商会でございま~す!」 その2

 え~……唐突に場面はおもてなし酒場へと移ります。
 
 と、いいますのも、イエトに片手ネックハンギングツリー状態にされていたドンタコスゥコがですね
「ひょひょひへひへひはふほはへひゃあはへへふへ、はひょほはへはひょほう」
 ……頬をイエトに押しつぶされてるもんですから、何を言ってるのかさっぱりわからなかったのですが
「あぁ、あれは『ここで勝負をしたら店に迷惑がかかりますねぇ、場所を変えましょう』って言ってるんですよ」
「あ、あぁ、そうなんですか……ところであなたは?」
「あ、お気になさらないで。通りすがりのドンタコスゥコ商会の店員その1です」
「あ、そうですか、ホント助かりましたドンタコスゥコ商会の店員その1さん」
 と、まぁ、そういうわけで、ドンタコスゥコの申し出にイエトも応じまして、場所がおもてなし酒場へ移動になったわけです。

「で? ここを決闘場所に選んだってことは、勝負は飲み比べってことでよろしいのかしら?」
 店の中央にある席に座っているイエトは、ニコニコ微笑んでいます。
 ちなみに、この席に着く前に、
「ちょっとお手洗いに……」
 そう言ってトイレに行き、戻って来たイエトの顔は綺麗さっぱりしていました。
 先ほど僕が見た、あのそり残しの髭も綺麗になくなっていたわけです。
 と、いうわけで、イエト男性疑惑について確認する間がなかったのですが……勝負が飲み比べとなると話は別でしょう。
 ただでさえ小柄なドンタコスゥコです。
 イエトが普通の女性だったとしても、普通の女性の体格をしているわけで……しかし男かもしれないっていうのに腰ほっそいなイエトって……で、すでに体格的に相当不利なドンタコスゥコなのに、その相手は男性だとなると普通に考えてドンタコスゥコに勝ち目はまずありません。
 さすがにこれは、と、思った僕は
「あ~、あの、この勝負だけどさ……」
 そう言って立ち上がりかけたのですが、それをドンタコスゥコが右手で制しました。
「店長殿、女にはですねぇ、危険をかえりみずにですねぇ、やばいと分かっていても戦わなくてはならない時があるんですねぇ」
 そう言ってニヤリと笑みを浮かべました。
 ……ってか、いいのか、マジで……
 そんな僕の心配を余所に、ドンタコスゥコとイエトは店の中央の席に座り、互いに視線をぶつけ合い始めました。

 ……っていうか、別に両商店が仲良く仕入すればいいんじゃないのかなぁ、と思うんですけどねぇ
 そんなことを思っている僕ですけど、もうその言葉が聞き入れられそうな雰囲気ではありません。
 2人の周囲には、いつの間にかすごい数の人集りが出来ていました。
 よく見ると、
「さぁ、2人ともしっかりガンバルでござる!」
「楽しませてほしいキ」
 狩りから帰って来たばかりらしいイエロとセーテンもその中に混じっているではありませんか。
 しかも、まだ正式な開店前だというのに、酒飲み勝負の噂を聞きつけた街の皆さんまでどんどん押し寄せてきています。
 そんな中、事態を聞きつけて早めに出勤してきてくれたオトの街のネプラナがどんどん酒の入ったジョッキを机の上に並べていきます。
「……スアビールではないのですねぇ」
「贅沢言わないで。 酒飲み勝負でガバガバ消費されたら他のお店で販売する量にまでかかわってくるじゃない。それにこのタクラ酒だって美味しいんだからね」
「まぁ、そうではありますが……」
 なんか、露骨に不満そうな表情を浮かべているドンタコスゥコですが……このやりとりをもって、イエトが男性云々っていうのを詮索する気が無くなった、ちょっと心が狭い僕です、はい……タクラ酒、美味しいじゃないか、そんなに嫌そうにしなくても……ブツブツ。
「では、勝負はドンタコスゥコさんが申し出られたように、どちらかが気絶するまで飲み続け、どちらかが気絶した時点でより多くのお酒を飲んでいた方が勝ち、ということで間違いありませんね?」
「はい、そうですねぇ」
「えぇ、異存ありません」
 ネプラナの言葉に、ドンタコスゥコとイエトは互いにその顔に不敵な笑みを浮かべながら頷きました。
「じゃあ、よーい……はじめ!」
 ネプラナの合図で、2人は同時に酒を飲み始めました。
 ってか……ドンタコスゥコが、いきなりすさまじいです。
 ペース配分などおかまいなしに、ガンガン飲んでいます。
 ドンタコスゥコの前には、空になった器がドンドン並んでいますが……
「馬鹿ですわね。そんなペース、いつまでも持ちませんわよ」
 そう言いながら、イエトはペース配分を重視しながら、それでもかなりのペースで酒を飲み続けています。
「……あらやだ、このお酒すごく美味しいですわね」
 そうやってお酒の味を味わう余裕まであります。
 タクラ酒を褒めてくれたイエトの株が僕の中で急上昇した、まさにその時でした。
「げふぅ……」
 開始と同時にすさまじい勢いで酒を飲み続けていたドンタコスゥコが、ガタッと席から立ち上がりました。
 で、ドンタコスゥコは自分の前とイエトの前にある空になったジョッキの数をフラフラしながら数えています。
 まぁ、いまの時点では、序盤から無茶なペースで飲んでたドンタコスゥコの方が勝っているに決まっています。
 で、それを確認したドンタコスゥコは、その顔にニヤリと笑みを浮かべました。
「この勝負、私の勝ちですねぇ」
「はぁ? 何を仰っていますの? 勝負はまだこれから……」
 イエトが声を荒げるその前で、ドンタコスゥコは両手を天に向かって突き上げました。
「こ、こんびにおもてなし~~~……」
 と、なんかどっかのイタリアの種馬なボクサーが奥さんの名前を叫んだ名シーンみたいに僕の店の名前を叫んだかと思うと、ドンタコスゥコはそのまま後方に倒れ込み、そして完全に沈黙しました。
 そりゃ、あんな無茶な飲み方をしてたらこうもなりますよ……まったく、こんなに早くに酔いつぶれて気絶して……自分から勝負を挑んでおきながら……

 ……ん?

 ちょっと待ってください……
 僕は、ネプラナへ視線を向けました。
「ねぇ、ネプラナ」
「はい?」
「この勝負のルールって、どうなってたっけ?」
「あ、はい……えっと『どちらかが気絶するまで飲み続け、どちらかが気絶した時点でより多くのお酒を飲んでいた方が勝ち』……って……あ!?」
 どうやらネプラナも気付いたようです。

 そう

 この勝負はどちらかが気絶した時点で終了。
 その時点でより多くの酒を飲んでいた方が勝ちなわけです。

 そして今、ドンタコスゥコが気絶しました。
 勝負開始からまだ5分も経っていませんが、気絶しました。
 つまり、勝負は終了。
 今の時点で、より多くの酒を飲んでいた方が勝ちなわけで……

 ……ドンタコスゥコ……自分からこのルールを持ち出したところを見ると、最初からこうするつもりだったのでしょう。
 ドンタコスゥコ……なんて怖い子……

 で、ドンタコスゥコの姑息な罠にはまり、自分の敗北が決定したことを自覚したイエトは、顔面蒼白です。
 で、錯乱した状態で僕に歩み寄って来ました。
「な、なぁ、店長さん! こんなズル、ありえないよな!? この勝負なしだよな!? 絶対仕切り直しだよな!? な!?」
 イエトは男言葉丸出しで、かつ、完全に男の声を発しながら、僕の襟首を両手でねじ上げ必死の形相です。
 ってか、マジで喉が苦しいんですが……

 と、その時です。

 僕の目の前からいきなりイエトの姿が消えました。
 同時に、店の外の川に何か大きな物体が落下したような音が聞こえました。
「……旦那様に、何するの、よ」
 そんな僕の横には、転移魔法で出現したスアがいました。
 スアは、イエトを外の川の中に魔法で放り投げたようです、はい。
 で、そのまま僕の足に抱きついて来たスア。
「……旦那様、スア、役にたった?」
「あぁ、助かったよ、ありがとうスア」
 僕はそう言いながらスアの頭を撫でていきました。
 スアは、そんな僕の手に、嬉しそうに頭をすり寄せています。

 そんな僕達の正面では、完全に白目を剥いているドンタコスゥコが倒れ込んだままです。
 その口元には、してやったりといった笑みが浮かんでいました。

「ところで、こんな無茶な酒の飲み方はダメダメでござるよ。貴殿達は絶対にしないでほしいでござる」
「イエロ、誰に話してるキ」
「いや、気にしなくて大丈夫でござるよ」
 そんな会話を交わしているイエロとセーテンの周囲では、ドンタコスゥコの勝利を賞賛する歓喜の声が上がりまくっていたのだった。

しおり