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オネの弁当 その3

 僕が元いた世界でいうところのおせち料理にあたるオネの弁当の予約を開始して数日。
「店長殿、お久しぶりです」
 コンビニおもてなし本店に、ゴルアとメルアが揃って顔を出しました。
 2人は、ガタコンベの近くにあります辺境駐屯地の隊長と副隊長です。

 ちなみに、この辺境駐屯地と言うのは、王都から遙か離れた辺境の土地の平和を守るために王都が派遣している騎士団が駐屯している場所なんです。
 まぁ、辺境都市というのは毎年王都にそれなりのお金を納めていますので、その見返りというか特典の1つってことになっています。
 それでも駐屯している騎士の数が少ない上に、1つの駐屯地が受け持っている辺境都市の数が多いもんですから全部には手が回っていないため、各都市は独自に衛兵を雇ってもいるんですけどね。まぁ、その衛兵雇用にかかった費用の補助金がもらえますのでいいんですけど。

 で、そんな辺境駐屯地の皆さんですが、最近はよくガタコンベに遊びにこられています。
 非番の人達が中心ですが、おもてなし酒場にやってきてはスアビールを心ゆくまで堪能し、そのままおもてなし酒場の2階に宿泊して、翌朝温泉風呂に浸かって駐屯地に戻るというのが一種の流行になっているみたいです。
 で、ゴルアとメルアの2人ですが、しれっと『久しぶり』とか言っていますが、この2人もその流行にのっかって結構な頻度でおもてなし酒場を訪れているという報告を、おもてなし酒場を取り仕切っているクローコさんから受けています……まぁ、武士の情けで知らないふりをしておいてあげますが。

「ゴルアもメルアも久しぶりだね。今日はスアビールをまとめ買いかい?」
 僕は、あえて2人に話を合わせて言葉をかけました。

 ちなみに、1人5本の本数制限を設けて販売しているスアビールですが、辺境駐屯地の代表者が買いに来た時に限り、辺境駐屯地に駐屯している騎士の数かけることの5本を上限にして販売してあげています。
 だいたい週に1,2回代表者が購入しに来ていますので、その本数は店売りとは別にして常に確保してあるんですよね。
 
 で、そう声を掛ける僕に、ゴルアは
「もちろんそれも買って帰らせていただくのだが、今日はそれ以外にも用事がありまして……」
 そう言いながら店の奥にあるルア工房の商品棚に向かって一直線に駆けていきました。
「ゴルアお姉様、ありました!これですわ!」
「おぉ……団員達の話は本当だったか……」
 そう言いながら、2人が見つめていたのは『アカソナエ』の武具でした。
 
 先日仕入れたエビランの殻を使用して、ルアが作成したこのアカソナエですが、店には見本品が一式飾られているんです。
 兜から膝当てまで全身を覆うフルプレートと、おそろいの盾。
 盾は、ノーマルサイズの物に加えて、シールドバッシュに使用出来る重騎士仕様の物も飾られています。
 で、その見本を見ながら、ゴルアとメルアの2人ってば、

 顔を上気させ
 荒い息を繰り返し

 このままその場でいけないことでも始めてしまうんじゃないかってほどに興奮しまくった様子なんですよ。

◇◇

 たっぷり小一時間アカソナエを見つめ続けて、ようやく正気に戻ったゴルアの話によりますと……
 このアカソナエの武具は王都の騎士団の中でも伝説の武具として語り継がれているそうで、かつて勇者とともに戦った騎士団が使用した物と伝承されている武具の一部が王都の博物館に展示されているのみで、それを所有している者は皆無なんだとか。
 現代でもアカソナエの材料であるエビランを入手することが困難極まりないため、当然そのエビランの殻を使用して作成されるアカソナエの武具もほとんど流通していないそうなんですよ。
 で、ゴルアは、おもてなし酒場から戻った騎士団の者達から
『コンビニおもてなしにアカソナエが展示されていました』
 と聞き、いても立ってもいられなくなってやってきたそうなんです。

「て、て、て、店長殿! こ、こ、こ、このアカソナエを購入したい!いや、させてください!どうかお願いします」
 そう言うとゴルアってば、その場で僕に向かって土下座をしました。
「いや、まぁ、実際売り物だし、そりゃ売りますから土下座する必要はないってば」
「ほ、本当ですか!このゴルア、このご恩一生忘れません!」
 そう言うと、ゴルアは僕の手を両手で掴みながら感涙を流しています。

 で、このアカソナエですが、あくまでも見本として陳列していた段階なので、まだ売値は決めていませんでした。
 ぶっちゃけ、ルアもまだ作業賃をいくら上乗せしようか思案している最中だったもんですから、店に陳列してあったアカソナエも、まだ値段をつけていなかったんです。
 で、早速ルアに店にきてもらって、ゴルアとメルアも交えて相談した結果。

 フルプレート一式にノーマル盾を付けて、ゴルアの給料3ヶ月分ってことになりました。
 
 ルアが設定したこの金額って、それでも超破格値だったみたいなんですよね。
 この金額を提示されたゴルアも
「その十倍でもまだ安いくらいではございませぬか?」
 そう言いながら困惑していましたしね。
 で、それに対してルアは
「あくまでもゴルアとメルアだからってことだよ。あんたらは大事な酒飲み仲間だからさ、お友達価格ってことで。あぁ、王都で聞かれたらちゃんと10倍の値段を支払ったって言うんだぞ」
 そう言って笑っていました。
 ここで、ゴルアとメルアってば
「おぉ、心の友よぉ」
 って言いながらルアに抱きついていました。

 で、このアカソナエ。
 使用者のサイズに合わせて作成する必要がありますので、ゴルアとメルアはそのままルア工房に移動していき、採寸していました。

 ちなみにですが……
 この辺境の駐屯地で勤務していると、給料を使う用途がほとんどないそうなんですよ。
 せいぜい、コンビニおもてなしに来て買い物をするか、おもてなし酒場で酒を飲むかくらいだそうでして……それでもまぁ、非番の日が月に4日しかありませんので、たまに羽目を外してもたかが知れているわけです。
 しかも、辺境に勤務しているため辺境手当など色々給与的にも優遇されているらしく、5年も辺境駐屯地勤めをしたら王都で家が建つと言われているほどなんですよ。
 まぁ、そのかわり辺境駐屯地に勤務している間は身分が昇格することはまずなく、5年も辺境駐屯地で勤務していたら、その間王都で勤務をしていた同期の者達との間に越えられない壁が出来ているくらいに役職に差が生じているそうなんですけどね。
 まぁ、そんなわけで給料3ヶ月分くらいの貯蓄はしっかりしていたゴルアとメルアは、翌日には代金を持って来てルアに支払っていました。
 ちなみに、彼女の部下達も
「せめて胸当てだけでも……」
「私は胸当てと籠手を」
 非番の日に店にやって来ては、アカソナエの武具を分割購入し始めました。

 この分ですと、ゴルアの辺境駐屯地の騎士団が、全員アカソナエで武装することになるのも、そう遠い話ではなさそうです。

 で、そんな中、コンビニおもてなしの店内に張られているオネの弁当のポスターを見たゴルアとメルアが再び目を丸くしました。
「て、て、て、店長殿!この弁当の真ん中に鎮座しているのは、ま、ま、ま、まさかエビラン!?」
「うん、エビランの子供の塩焼きだけど?」
 僕の返答を聞いたゴルア……その場で泡を吹いてぶっ倒れてしまいました。

 うわ!? 今度はどうした!?

 僕に介抱されてようやく意識を取り戻したゴルアによりますと、
「エビランは、我ら騎士団にとって究極の縁起物とされております。一生のうちに一度でも口に出来れば、8代栄華が続くと言われているのですよ」
 だそうなんです。
 ちなみに、ブリリアンにその事を聞いてみると、
「いや、平民階級では聞いたことがありませんね……というか、エビランの名前すらそもそも聞いた事がありませんし」
 とのことでして、これはやはりアカソナエの材料となるエビランゆえの伝承といいますか、その武具を超神聖視している騎士団だからこその言い伝えといった感じです。

 が

 当の本人達にすれば、ここで見つけたが百年目的な状態なわけですよ。
 
 ゴルア達辺境駐屯地の全員がこのエビランの子供の塩焼き入りのオネの弁当を予約しました。
 複数購入する者達も少なくなく、中には
「帰省するので、実家へのお土産に」
 ってことで、簡易魔法袋と合わせて100個近い弁当を予約した人もいました。

◇◇

 てなわけで、思わぬ流れでオネの弁当の予約数が飛躍的に伸びました。
「しかし、あのアカソナエってそんなに貴重な品だったんだなぁ」
 その夜、僕は自室の机でオネの弁当の注文数を集計しながら、ゴルアとの会話を思い出していました。
「当時の品が、王都の博物館にしか残っていないっていうのもあれだけど……百年以上昔の武具が残っている方がすごいってことなのかな」
 そんな事を呟いている僕の横でスアがボソッと言いました。
「……あれは、レプリカ、よ」
「はい?」
「……本物にはね、ここに私のサインが入っている、の」
 そう言いながら、スアは自分の魔法袋の中からアカソナエのフルプレートを取り出して、その一角を指さしていきました。
 そこには、スアの言う通り『ステル・アム』って、スアの旧姓が刻まれています。
 ……っていうか、ちょっと待ってください。
「……あの、スア……このアカソナエって、ひょっとして、魔国軍と戦った騎士団が使用したっていう……本物?」
「……もしかしなくても、そう、よ」
 スア、しれっとそう言いました。
 ……え~、つまりアレですか?
 王都の博物館にも存在しない超貴重品が、今僕の目の前に……あるって、こと?……ははは。

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