記憶を失った青年・綾斗は、夕暮れの路地をさまよううち、奇妙な街――〈クロスステッチ〉に迷い込む。そこは裁縫の匂いが満ち、誰もが糸や布を扱う、小さく静かな街だった。彼が胸に抱えていたのは、襟元が裂け、刺繍が途中で途切れた一着のコート。どこで手に入れたのか、誰のものなのかも思い出せない。だが、刺繍の糸に触れた瞬間、鈍い鼓動のようなものが指先に走った。
綾斗は、裁縫工房の女性・ミナと出会う。ミナは語る。――この街には「終わりを編む職人」が存在する、と。人の一生の最終の瞬間を、糸に刻んで送り出す役目。刺繍には、亡くなった者の記憶と願いが宿り、残された人の心をやわらかく縫い合わせる力があるという。綾斗の持つコートも、“誰かの終わり”を編みかけたまま止まっていた。
不思議なことに、綾斗は針を握ると、知らない手つきで糸を進めてしまう。まるで刺繍が自分を導いているかのように。さらに、糸の先にある“記憶の欠片”が断片的に脳裏へ流れ込む。笑い声。泣き声。約束の言葉。そして、影のような人影――“影の客”の存在。
影の客は、未完の終わりを回収し、街に“本当の終わり”をもたらす存在だという。綾斗が刺繍を完成させれば、街に大きな変化が訪れる。だが、そのコートには、たった一人の死者の終わりだけでなく、綾斗自身の“終わり”が縫い込まれているかもしれない。
綾斗は、編むことで誰かの悲しみを癒すことができるのか。それとも、刺繍をほどいて過去を断ち切るべきなのか。街が守る“秘密”と、綾斗が失った“記憶”が、静かに糸で結ばれはじめる。
終わりとは、失うことか、それとも繋ぐことか。
綾斗が最後に編む一針は、誰のためのものなのか――。
- 第1話 糸の街に落ちる影
- 更新日:2025年11月11日
- 第2話 記憶の綻び
- 更新日:2025年11月11日
- 第3話 赤い糸の行方
- 更新日:2025年11月11日
- 第4話 影の客、訪う夜
- 更新日:2025年11月11日
- 第5話 白い階段の下
- 更新日:2025年11月11日
- 第6話 細工町の笑い縫い
- 更新日:2025年11月11日
- 第7話 初めての喪失
- 更新日:2025年11月11日
- 第8話 欠けを数える手
- 更新日:2025年11月11日
- 第9話 名を綴じる日
- 更新日:2025年11月11日
- 第10話 杭の抜き差し
- 更新日:2025年11月11日
- 第11話 呼び杭
- 更新日:2025年11月11日
- 第12話 括弧の外
- 更新日:2025年11月11日
- 第13話 扉の立つ音
- 更新日:2025年11月11日
- 第14話 名の返し
- 更新日:2025年11月11日
- 第15話 終わりを編む日
- 更新日:2025年11月11日
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