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【おまけ】転生筋肉神ちゃんは、やっぱり毎日が憂鬱なのDEATH?(前編)

 恵子(けいこ)は母親の大きなお腹を見つめながら、待ち遠しいと言わんばかりにニコニコと微笑んだ。どうしたの、と尋ねられて、彼女は愛おしそうに母のお腹を撫でた。


「だって、私、もうじきお姉ちゃんになるんだもん! 早くこの子に会いたいよ!」

「生まれてきたら、ケイちゃんもお世話手伝ってね」

「うん、もちろん!」


 嬉しそうに含み笑いを漏らす娘に、母は「そう言えば」と声をかけた。きょとんとした表情を浮かべた恵子は、母の「お隣さんのところにも赤ちゃんができたんですって」という言葉に大興奮した。お隣さんとはとても仲良しで、まるで家族のようなお付き合いをしているのだ。そのため、恵子は〈妹か弟が、さらにもう一人できるんだ〉と思ったようだ。
 恵子は輝かんばかりの表情で、母親に懇願した。


「ねえ、私、お母さんたちがいないときでもしっかり二人を守れるように、強いお姉ちゃんになりたい!」


 恵子の熱意に押され、両親は〈何か、彼女に習い事をさせてあげよう〉と決めた。身重の母に代わって、父が恵子のお習い事選定作業に付き合った。いろいろなところを見学して回った結果、彼女は柔術を習うことに決めた。母はもっと女の子らしい習い事をすればいいのにと若干思ったようだが、父は「今時の魔法少女だって素手で殴り合うくらいだから、女の子が格闘技系の習い事をしたっていいと思う」と言って恵子の決断を容認してくれた。こうして、恵子は〈強く逞しい子〉の道を歩み始めた。

 しばらくして、恵子は妹と対面した。母のお乳に一生懸命吸いつく妹の眞子(まこ)は、それはそれは可愛らしかった。この小さな妹を何が何でも守ろうと、恵子は再度〈強くなること〉を誓った。
 さらにしばらくして、お隣さんのところにも赤ちゃんが生まれた。(かおる)という名前の男の子だ。両親が言うには、眞子と同じ学年になるという。今、恵子は小学校に通い始めたから、二人が小学生になるころには自分は中学生になっている。妹たちと一緒に小学校に通いたかった恵子は〈自分は一緒には通えないけれど、この二人は一緒に通えるんだ〉と思い、ほんの少しだけヤキモチを焼いた。でも、そんな思いは一瞬だった。何故なら恵子にとって、薫もとても可愛らしい存在だったのだ。恵子は眞子のお姉ちゃんになったときと同様に〈強くなること〉を誓った。

 恵子は柔術の道場に通いつつ、眞子と薫の面倒をよく見た。彼女はとても良いお姉ちゃんだった。時が経ち、眞子と薫が三歳くらいになると、彼らは〈お姉ちゃんと一緒のことがしたい〉と言い出すようになった。結果、恵子は小さな二人と一緒に柔術の道場に通うこととなった。小学校は一緒には通えないけれど、道場には一緒に通えるということに彼女は嬉しく思った。
 薫はどんどんとやんちゃな男の子に成長していったが、眞子は武術を嗜んでいるにもかかわらずとても泣き虫に育った。しかし、眞子が泣く理由のほとんどは、優しさから来るものだった。(それでも、泣きぐせがついてしまったのか、転んだだけでも泣いてしまうこともあり、姉としては心配だったが)
 恵子は愛くるしい二人がじゃれ合うのを眺めながら、これからもしっかりと二人を守っていこうと、さらに強くなることを誓った。

 眞子と薫が小学校に入学して少ししたころ。薫が眞子に意地悪をして、眞子を泣かせてしまったことがあった。そのときに、恵子と眞子と薫の三人は稲荷神社にて不思議な少女と出会った。


「おぬしら、久しぶりじゃのう。――わらわともう一度、お友達になってはくれぬかえ?」


 少女はそう言うと、なんと獣耳とふかふかの尻尾を出したのだ! 三人は驚いて言葉を失ったが、恐怖などの嫌な感情は抱かなかった。というのも、この少女を見ていると、何故だかとても懐かしい気持ちになるからだ。


「ちゃんと面倒見るからーッ!」


 ある日、恵子は中学生にあるまじき駄々のこねかたで親に訴えを起こしていた。狐の少女――天狐と出会ってから、三人は度々稲荷神社で彼女と会い、遊んでいた。その際に眞子と薫が学校であったことを天狐に話して聞かせるのだが、天狐は〈英語のアリサ先生〉という単語を聞くなり、悔しそうに「わらわも学校に行くのじゃ!」と言い出した。それを聞いた眞子と薫は、嬉しそうに「天狐ちゃんも一緒がいい」と賛同した。
 恵子は天狐が女の子ということもあり、仮に一緒に住むなら薫の家よりも自分のところのほうがいいだろうと思った。だから可愛い弟妹と天狐のためにも、意を決して両親に話そうと決めた。だが、〈狐の女の子と友達〉なんていう非現実的なことを、両親が理解してくれるのか。そんな不安を抱えながら、今までの経緯を一気に捲し立て、眞子や薫のように私がしっかりと面倒を見ると言って訴えた。しかし恵子の心配を他所(よそ)に、両親はあっさりと「いいよ」と答えた。

 次に天狐にあったとき、三人は〈両親の了承を得られた〉と伝えた。天狐は大層喜び、眞子と薫の手をとってキャッキャとはしゃいだ。その日さっそく、恵子と眞子は天狐を連れて帰った。両親は笑顔で天狐を歓迎した。


「あ、でも、天狐ちゃんの部屋、どうしよっか。眞子と一緒でも大丈夫?」


 母がそう言って首を傾げると、天狐はどこからともなく、手乗りサイズの小さな祠のようなものを出した。これさえあれば、自分の家と眞子たちの家とを簡単に行き来できるのだとか。


「お夕飯にお呼ばれしたり、お泊りするときは早めに教えてくれれば良いと、お(うち)の人に言われたのじゃ! じゃから、朝、眞子と一緒にここから登校して、帰ってきたら祠を通じてわらわは自分のお家に帰るのじゃ!」


 こうして、天狐は眞子と薫の学校に転入生としてやって来た。天狐はうまい具合に耳と尻尾を隠していたが、髪や目の色までは変えられないようだった。そのため、帰国子女を装った。非常勤で週に一度やって来るという〈英語のアリサ先生〉は、天狐を見るなりギョッと目を剥いて驚いたという。そして天狐はというと、アリサ先生にニヤニヤとしたドヤ顔を返したそうだ。

 天狐は朝、祠を通じて眞子たちの家のリビングにやってくると、恵子と眞子が朝食を食べている横に並んでジュースを飲んだ。(天狐は家で朝食を食べてきているのだ)そして玄関に置かせてもらっている靴を履き、恵子、眞子、薫の三人と一緒に学校へと向かった。
 帰ってきたら眞子の部屋で、眞子と薫と一緒に宿題を片づけた。そして時には夕飯にお呼ばれしたり、お泊りをして眞子や恵子と仲良く眠りについた。休日には、眞子たちや薫の家族と一緒に旅行に出かけたりもした。しかし天狐は休日のほとんどを「お仕事がある」と言って自分の家で過ごしていた。三人は「若いのにお仕事だなんて、大変だなあ」と天狐を(おもんぱか)った。

 天狐と眞子と薫は楽しい小学校生活を送った。しかし、小学校を卒業するというころ、薫の家族が仕事の関係で海外に行くということが決まった。中学が別々になるどころか、薫と離れ離れとなってしまうということに眞子は泣きじゃくった。
 薫の家族はいずれ、日本に戻ってくるつもりがあるという。その際にはまた恵子と眞子たちの〈お隣さん〉に戻りたいということで、家を売却せず貸出をすることにしたそうだ。


「薫、向こうに行っても柔術は続けなよ。そしたら、ビザの関係で帰国するってとき以外でも、国際大会とかで会えるだろうから」


 恵子がそう言うと、薫は大きくうなずいた。恵子は、大きな大会に出るほどの実力者になっていたのだ。薫は「ケイちゃんに負けないように頑張る」と彼女と約束をした。
 薫は、天狐から恵子と眞子の家にも置いてある〈小さな祠〉を受け取った。これさえあれば、天狐といつでも会うことができると彼は喜んだ。そして彼は眞子の頭を撫でながら、ニッコリと笑って言った。


「これでお別れじゃあないんだからさ、泣くなよ。それに会えなくったって、てんこを通じてずっと繋がり続けられるんだしさ」


 眞子は涙を拭いてうなずくと、薫とその両親にしばしの別れを告げた。

 天狐は眞子と中学も一緒に通った。天狐は出会った当初〈自分は成長が遅く、十年に一度のペースでしか年を取らない〉と嘆いていたのだが、眞子や薫と同じペースで背が伸び、成長していっていた。中学校に上がってもそれは同じで本人は不思議がっていたが、同時に〈眞子と着せ替えっこして遊べるから嬉しい〉と喜んでいた。また、小学校でお世話になっていた非常勤講師の〈英語のアリサ先生〉は、眞子たちが中学に上がるのと同時に中学へと異動となったらしい。おかげで、二人は中学校でもアリサ先生のお世話になった。
 天狐は時おり、薫の元へと遊びに行った。その際に眞子は手紙を書いて天狐に託していたのだが、思春期を迎えた薫は恥ずかしがってきちんと返事をしなかった。ネットを介しての動画チャットでも、眞子と恵子は薫の両親とは顔を合わせていたが、薫は「いいよ、恥ずかしい」という声だけが聞こえるという状態だった。少し寂しい気もしたが、天狐から〈彼は元気である〉と聞いてはいたので、二人はそれで良しとすることにした。

 眞子に転機が訪れたのは、中学二年のころだった。大学に進んだ恵子が怪我をして、柔術引退の危機に瀕したのだ。しかし彼女は素晴らしい施術師と、トレーナーと、栄養管理士に出会ったことで奇跡的に復活を遂げ、第一線で活躍する選手に返り咲いた。その様子を側で見ていた眞子は、選手を支える側の人間になりたいと強く思った。
 彼女は〈トータルして何でもできるようになりたい〉と思い、そのためにはどういう進路をとろうかと考え始めた。結果、大学は栄養学科のあるところを選択し、高校はそこを受けるのに有利なところに行くことにした。また、学校に通いながら施術の勉強も並行して行おうと決めた。もちろん、選手の気持ちなどを忘れないためにも、週一という緩いペースではあるが道場にも通い続けることにした。

 天狐は眞子のすぐ側で、彼女の凄まじいまでの行動力と決意を目の当たりにした。そして達成に向けて惜しまぬ努力を続ける彼女に感化されたのか、中学卒業のころに天狐にも変化が訪れた。


「天狐ちゃん、その姿、どうしたの!?」

「おおう……。わらわもびっくりなのじゃ……」


 その変化とは、物理的に訪れた。なんと、今まで少女の姿であったのが成熟した大人の姿へと変化したのだ。本来の狐であれば、まず成熟をし、そして彼女の実年齢と同じくらいになってようやく妖狐になるための修行が始まる。しかし、天狐は〈生まれたときから妖狐〉という特殊な経緯を持っていた。そのため、妖力を抑えるのが精一杯で、心身の成長をしている余裕がなかった。だから、成長速度が凄まじく遅かったのだ。
 それが、薫と眞子と恵子の三人に会うためにと〈おべんきょう〉を頑張ったおかげで、三人と再会するころにはほぼ妖力のコントロールができるようになっていた。だから、尻尾と耳を両方とも隠すという高度なテクニックを使うことができたのだ。そしてその高度なテクニックを使い続けながら学生生活をし、今までの生活よりもたくさんの人と一度に触れ合うことを経験したことで、内面の成長もグンと進んだ。


「まだ中学生だというのに将来を見据えて行動するマッコを見ていての、わらわもマッコを見習ってしっかりせねばと思ったのじゃ。そしたらの、大人になってしもうたのじゃ! ――うぬう、困ったのう……。これではマッコと一緒に高校に行けぬではないか!」


 天狐は成熟したら、地主神を務める母の仕事を手伝うことになっていた。だからもう、彼女は眞子と楽しい学生生活を送ることができなくなってしまったのだ。
 しょんぼりとうなだれながら、天狐は眞子に〈週に一回は必ず遊びに来るから〉と約束した。



   **********



「ねえ、眞子。天狐ちゃんとは定期的に会っているんでしょう? 彼女、元気にしてる?」

「ええ。本当は同窓会にも来たがっていたんですけど、ちょうど抜けられない仕事が入ってたらしくて。残念がっていたわ。また機会があったら、みんなにも会いたいですって」

「そうなんだー! 私も天狐ちゃんに会いたいって伝えといて! ――あ、ねえ、それからさ。東郷君はどうしてるの? たしか、成人式の時の同窓会にも来てなかったよね」


 成人式から五年後の記念同窓会にて、眞子は同級生から天狐と薫についての質問を受けていた。彼女は首を傾げると、苦笑いでしどろもどろに言った。


「薫ちゃん? さあ……。ご両親とは定期的に連絡を取り合ってるんだけれど、薫ちゃんとは疎遠になってしまって。あ、でも、姉さんは何度か会ってるのよね。柔術の国際大会で。元気にしてたみたいよ」

「写真は? あるなら見たい!」

「毎回毎回、試合時間の関係で撮れなかったみたい。あーあ、アタシも会いたかったなあ。――あ、そう言えば。お隣に今日、引っ越し業者が来ていたんだけれど。また新しく借りた人がいるのかしら?」

「東郷君のおじさん、おばさんからは何も聞いてないの?」

「ええ、特には。だから、短期貸しで他の誰かが引っ越してきたのか、それともお隣さんが帰ってきたのか、知らないのよ。お隣さんが帰ってくるにしても、薫ちゃんが一緒かどうかも知らないし」

「何、俺がどうかした?」


 眞子と同級生の会話に、突如男性が割って入ってきた。眞子たちが驚いて男性を凝視すると、男性は照れくさそうに笑いながら頬を掻いた。


「今、うわさに上がっていた、東郷薫です。どうも久しぶり」


 薫は眞子と再会すると、手紙をもらっていたのに返さなかったことや、動画チャットに顔を出さなかったことを詫びた。そして、思春期男子特有の恥じらいであったということと、それを脱した辺りからは何かと忙しくて自分のことで精一杯だったと説明した。眞子は「姉や天狐から〈元気にやっている〉と聞いてはいたし、別に怒ってない」と返した。


「そう言えば、お前、もう道場は辞めちまったのか? 大会でも見かけなかったけど……」

「ああ、アタシ、選手よりも〈支える側〉になりたくて、そういう系の実績を積んでいける企業に就職したのよ。選手の感覚を忘れないために、趣味程度では続けているわよ。――薫ちゃんはまだ続けているの?」

「ケイちゃんみたいにプロ選手になるのもいいかなとも思ったんだけど、いろいろと考えて就職したんだよ。それからは、道場に通うのが時間的に厳しくなって。でもいつかまた競技に戻りたいと思うこともあるだろうから、二十四時間制のジムに登録して体だけは維持してきたんだよ」

「だから、そんなにマッシブなのね……」


 眞子は苦笑いを浮かべながら、薫の太い首筋に浮かぶ胸鎖乳突筋や、スーツの上からでも分かる厚い胸板を眺め見た。薫は自慢の筋肉を見られていることに気がつくと、半ば自慢げにニヤリと笑った。眞子はそんな薫にクスリと笑うと、改めて「おかえりなさい」と言って彼の帰国を喜んだ。
 どうやら、薫の両親が帰国するのはもう少し先のようで、彼だけ先に帰ってきたらしい。向こうで就職し、いつかやって来る〈両親の帰国〉を見据えて日本支社に異動願を出していたところ、〈両親の帰国〉よりも彼への異動命令のほうが先に通ってしまったのだとか。だからしばらくは、薫は一人で生活するそうだ。そのことを眞子の両親も恵子も、そして天狐も知っていたのだが、眞子を驚かせるために秘密にしていたらしい。
 眞子の両親は〈朝晩だけでも、うちにご飯を食べに来る?〉と提案していた。そしてそれを一切知らされてなかった眞子は同窓会の翌朝、リビングに顔を出すなり盛大に悲鳴をあげた。寝ぐせのついた髪にノーブラ・ノーメイクというだらけきった格好で薫と鉢合わせたのだ。


「ちょっと、母さん! どうしてそんな大切なことを、教えてくれなかったのよ!」

「あれ? あんたには言ってなかったっけ? 恵子には伝えてあったんだけど」

「姉さんは今、遠征中でいないじゃない! それなのに、姉さんだけ知ってても意味がないでしょう。アタシにもちゃんと伝えてよ!」

「もう本人目の前にしてるんだし、いいじゃないの」


 ケラケラと笑う母の言葉にハッと息を飲み込むと、眞子は悲鳴をあげてリビングから出ていった。少しして、そこそこ身なりを整えた眞子が不機嫌な表情を浮かべて現れた。薫は苦笑交じりに、眞子に声をかけた。


「お前、今日、仕事は?」

「土日祝はお休みなの。だから、今日はオフだけれど」

「じゃあ、もし特に予定がないんだったら、いろいろと案内して欲しいんだけど。まだ家電も揃えてないし、それに、十年以上も離れてたからこの街もここそこ変わってるだろうし」


 眞子は渋々了承すると、まずは必要品を買い揃えるためにと家電量販店や生活雑貨の店へと薫を案内した。
 眞子は休日、リサーチと称して食べ歩いたり施術店を巡ったりしていた。仕事にも繋がることだし、何より、これは彼女にとって大好きなことだった。特に食べ歩きは、彼女の最大の癒やしだった。そのため、それだけは譲れないとばかりに、昼食は眞子の好きにさせてもらった。どうやら薫も食べることが大好きらしく、一緒になって楽しんでくれた。また、いろいろとフィーリングが合うようで、どんな話題を振っても会話が弾んだ。図らずも、眞子にとって楽しい休日となった。


「まだ買い揃えたいものもあるし、良かったら来週も付き合ってくれよ。食事も、こんな美味い店ができてるだなんて思わなかった。おすすめの店、もっと教えてくれよ」


 こうして、眞子と薫は毎週どこかしらに出かけていくようになった。何回目かのお出かけのとき、眞子はせっかくだからディナーを試してみたいお店に行きたいと思った。少しいいお店だったため、一人では入りづらかったのだ。しかし、今ならこの食べ道楽に付き合ってくれる人がいる。これは今行くしかないと、眞子は思った。
 うわさ通り、食事はとても素晴らしかった。眞子は〈明日さっそく、家のキッチンで味の再現をしてみよう〉と心の中で呟いた。
 腹ごなしに少し辺りを散策しようということになり、二人は見晴らしのいい場所へとやって来た。綺麗な夜景が堪能できるとあって、周りはカップルだらけだった。これ見よがしにイチャイチャとしている者もおり、眞子は思わず苦笑いを浮かべた。


「何だか、凄いわね……。ていうか、こういう場所はやっぱり、デートで来るところよねえ」


 彼女の言葉に、薫は困惑の表情を浮かべた。眞子は不思議そうに首を傾げたが、周りに気を遣うことなく夜景を堪能できそうな場所を見つけると、そちらに走っていって柵に手をかけた。薫はあとをついていくと、柵に手をかけて夜景を眺め始めた彼女を包み込むようにして立った。驚いて硬直した彼女の頭に顔を寄せると、彼はとても気恥ずかしそうにボソリと言った。


「俺、デートのつもりで誘ってたんだけど」

「は!?」

「少なくとも二回目からは、そのつもりだったんだけど」

「はあ!?」


 勢い良く振り返ってきた彼女の顔は、思いのほか近い位置にあった。彼女は顔が近いことなど気にしていないのか、それともそんな余裕がないのか、驚嘆顔のまま固まっていた。薫はそのままちゃっかりと、彼女の唇に自身のそれを軽く重ねた。それでも彼女が拒絶反応を見せることはなく、彼は〈告白にOKしてもらえた〉と言わんばかりに嬉しそうに相好を崩した。すると、眞子が顔を耳まで真っ赤に染めあげて素っ頓狂な声で叫んだ。


「何で!? 意味が分からない!」

「はあ!? この期に及んで!?」


 思わず、薫も声をひっくり返した。

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