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薄氷上の日常9

 鍛冶場の者達からの制止を無視して外に出ると、何だか解放感を覚えた。やはり閉塞的な空間であの状況は息苦しかったからな。
 後ろからまだ声がするが、歩きながら伸びをする。
 それにしても、中々面倒な事態になったな。閉塞的な空間というのも息苦しいとは思ったが、外の世界も煩わしいものだ。ボクには地下空間が性に合っているのかもしれない。
 元々引き籠っていたのだからそれも納得だが。国主ってこんなのでいいのだろうかと思わなくもないが、考えたところでしょうがない。今までが今までだった訳だし。
 鍛冶場に来たのが夜になったばかりぐらいだったので、外は完全に夜であった。それでも待っていた時間はそう長いものでもなかったので、まだ宵の口と言えなくもないだろう。世間的には、おおよそ夕食を終えたかどうかといったところか。
 シトリーの話通り鍛冶場はこれからが本番のようで、そこかしこから漏れた明かりが道を照らしている。おかげで夜だというのに明るい。
 カンカンと音がするのは、少し離れた場所から。シトリーに話を聞いてみると、鍛冶場は主にそちらに集中していて、この辺りは規模の大きな鋳造所が多いらしい。
 先程出た鍛冶場は、その鍛冶場が集まっている場所の端の方で、現在居る場所からやや進んだ場所から鋳造所が多い場所に入るという。
 鋳造所は道に沿って入り口が並び、大きな入り口だというのに扉の類いはない。窓も壁に穴が開いているだけなので、風通しを第一に考えられているのかもしれない。
 こちらはカンカンと音がする鍛冶場とは違い、ゴウゴウという炎の音が聞こえるだけで、そこまで煩くはない。代わりに炎の赤々とした明かりが道を照らしている。鋳造所が集中している場所に入ると、気温が一気に上がった。
 現在の季節的には丁度いいが、外でこれであれば、中はかなり暑いだろう。通りがかりに入り口から中に視線を向けてみると、半裸どころかほぼ全裸のような者も珍しくはなかった。それでも特に炎の近くで作業している人達は火の粉でも飛ぶからか、厚着をしているように思える。それだけで、とても苛酷な環境だなと頭が下がる思いがした。
 もっともボクやプラタ達であれば、そもそも鉱物を加工するのにそんな大掛かりな設備は必要ないのだが。それだけの技術を有する者となるとそれほど多くはないのだろう。

「それで、これからどうするの? 拠点に戻るの?」

 拠点への道を進んでいるので、先頭を歩くシトリーに尋ねてみる。

「そうだね~。もう夜だし今日は帰ろうか~」

 シトリーは残念そうにそう言う。まぁ、最後があれではね。その背中が何だか寂しそうだったので、改めて今度時間を作る事を伝えることにした。

「まだいつとまでは言えないけれど、また改めて時間を作るから、その時は街の案内を頼むよ」

 そう言うと、前を歩いていたシトリーがバッと振り返る。

「本当!?」

 その驚いたような期待するような表情に「本当だよ」 と返すと、シトリーは満面の笑みを浮かべる。その辺りは死の支配者次第ではあるのだが、現状では近いうちに改めて、というのもいいかもしれない。
 しかし、鍛えなければならないというのもあるからな。現状ではまだ死の支配者まで届いていないと思うし、それにそろそろ次の段階に進めそうな気もしているんだよな。
 この世界とは違う理を扱うのにも慣れて来たというのも大きい。理解力はまだまだ足りていないとは思うが、それでも以前のような失敗はほぼ無くなった。たまに上手くいかなくともなんとか対処出来るようにはなったし。
 機嫌よく前を歩くシトリーを眺めながら、変装の方も違う理の魔法を応用すれば誰にもバレない魔法にならないだろうかと思いつく。それと同時に、今日は急ぎだったし、行き先も決まっていてボクが行く事も事前に連絡していたらしいから特に変装していなかったが、それでもほとんど騒ぎにならなかったなと思い出した。
 こうなると変装の必要性を考えてしまうが、街の大通りにでも出ればまた違ってくるのだろう。それに、この辺りは職人街という事もあり、世事には疎いのかもしれない。あの鍛冶場の女性のように。
 まぁ、あの工房の代表はそっち方面にも精通していそうな雰囲気ではあったが。やはり人を使う立場ともなると、その辺りもしっかりしておかなければならないのかもしれないな。
 鍛冶場の方の代表と思しき男性も、ある程度はその辺りは把握していそうな感じではあった。少なくとも、プラタとシトリーだけではなくボクの方もしっかりと認識していたな。事前に連絡していたとはいえ、建国祭の時の映像を覚えていたのかもしれない。
 とはいえ、そこまで把握していたのであればこそ、何故徹底的に周知させなかったのか疑問だが・・・やはり抜けていたのかな?
 それにしても、あの鍛冶場の監視についてはプラタとシトリーがしっかりやっているだろうから妙な事は出来ないだろうが、それでもあのままでよかったのかな? あそこまで厳しい処置をするのであれば、警備の兵ぐらいは呼ぶべきだと思うのだが。どちらにせよ死は免れない訳だし、自棄にならないとも限らない。・・・ま、二人に限ってそんな事は万が一にもさせないだろうが。





 拠点に戻ると、プラタが言っていた通りにプラタの転移魔法で首都プラタの拠点に帰る。
 本当は鍛冶場を出て直ぐの予定だったのだが、鍛冶場を見学出来なかったので、代わりに少し鍛冶区を見て回ったらしい。
 街も昼と夜では表情が異なるからと、昼間と比べて人の減った大通りを普通に歩いて帰った。そこまで気を遣う必要もなかったのだが、気持ちは嬉しいのでお礼は言っておいた。
 工業都市シトリーの拠点から首都プラタの拠点までの転移は一瞬で終わる。転移した先は地下の自室であった。そこで思い出してプラタに尋ねる。

「そういえば、ここって転移で外に出られないようになっているの?」
「・・・はい。その通りで御座います」

 一瞬間を空けてプラタは頷く。緊張しているのか、何だか張り詰めた雰囲気だ。
 別に気にするほどの事でもないのだがと思いはするが、逆の立場であったならば、無断で居住空間に何かしら手を加えた挙句、それが原因で相手が危うい事になったと考えれば、確かに緊張もするだろう。それに、現状はまさにそれについて詰問されている気分だろうし。まぁ、その危うくなった本人にしてみれば、それについては気にしていないのだが。今後は注意してくれるようだし。

「それはボクが行使しても?」
「いえ、ご主人様単身でしたら問題なく転移可能です」
「ふむ。なるほど」

 とはいえ、ボクは基本的に見える範囲でしか転移しないので、離れた場所に転移したとしてもこの地下空間内ぐらいだろう。なので、その辺りは正直どちらでも意味はないのだが。転移自体、転移装置無しではほとんど行わないし。
 ま、邪魔されないならそれはそれでいいが。

「誰かが地下空間に転移するのは問題ないの?」
「各拠点から特定の人物のみ可能です」
「それは可能でも、出ていくのは不可能なの?」
「いえ、その場合も単身で出ていく場合は問題ありません。それか、ご主人様以外の者とでしたら転移は許可しています」
「ボク以外?」
「はい。シトリーの場合ですと、シトリー単身もしくはシトリーが私を連れていく場合は問題なく転移は発動します」
「そのプラタの代わりにボクだったから妨害が入ったと?」
「はい。ご主人様の場合ですと、私以外が連れだす場合は妨害するようにしております」
「なるほど。それで今回のことが起きた訳か」
「はい。まだ調整が不完全だったようです。もう少し厳密に定義して、強化しておきます」
「うん、まあ今後に気をつけてくれればそれでいいよ」

 分かっているのか分かっていないのかよく分からないが、それでも何かしらの対策はするだろう。これで今後は同じ事は起きないと思う。とはいえ、何だか中途半端な気もするが、元々はボクを案じての事なので強くは言い難い。それでも対策だけはしてくれるらしいので、それでいいかとも思うが。
 何にせよ自室に戻ってきたのだし、とりあえずお風呂に入ってのんびりしたい。今日は色々あったので、いつも以上に疲れたな・・・外はやっぱり面倒だ。
 それでも近い内にシトリーとの約束は果たしたいので、お風呂に入る前に外の状況についてプラタに話を聞いておこう。

「そういえば、今の外の様子はどうなっているの?」

 今のところ何も報告が上がってきていないので、慌ただしくはなっていないとは思うのだが・・・。

「包囲は変わらず緩やかなままで、敵の様子も同様です。ですがその更に外側、元々何かしらの国家が在った場所に新たな住民と思しき存在を確認しています」
「新たな住民?」
「はい。種族としましては不明。似通った種族は居るのですが、完全に一致する種族は確認出来ていません」
「その住民は新しい種族って事?」
「可能性はありますが、似た種族が居ますので、何処からか枝分かれして変化した種族かもしれません。ですが、確認している種族は複数の種族を掛け合わせたような特徴をしておりますので、やはり新種という可能性が高いかもしれません」
「ふーむ。複数の種族を掛け合わせたね・・・そもそも、そこは現在は死の支配者が支配している領域だよね?」
「はい」
「という事は、その住民は死の支配者が用意したって事なのかな?」
「その可能性は高いかと。死の支配者の軍をやり過ごせた者は海の中に少し居るだけで、陸の上では確認出来ておりません」
「そこまでか・・・であれば、その住民は死の支配者が手配した可能性が高いという訳か。一体何の為だろう? ここを攻める為にしては悠長に過ぎると思うし」

 プラタの話を聞きながら、腕を組んで考える。新しい住民がどれほど集まっているのかは訊けば分かるだろう。しかし、プラタがこう言うという事は、多くはないが少なくはない人数が集まっていると思って間違いない。
 では、その状況で何をするか。可能性の一つとしては建国だろうか? 自分達だって似たような事をしたのだからな。
 だが、軍の拠点じゃなくて街を造るとなると、その思惑が気になってくる。こちらと国交を結ぶ為とかの平和的なやり取りの為だとは思えないからな。攻めてくるにしても街である必要はないし。
 では何が目的かと考えるも、答えは出てこない。やはり単に新たに国を創っていくというだけなのかもしれない。全てを呑み込んだ後がそのままというのも寂しいところだし。
 しかし、そうなると死の支配者が目指している方向性について解らなくなる。この国を囲っていた軍隊を少し退かせて包囲を緩やかなものにしたうえで、近隣に新たな国を築こうとしているという事は、今までの武力に拠る平定を止めたという事だろうか? そうであればいいのだがと思うが、まだ国を築くかどうかも推測しているだけだからな。
 とはいえ、もしもそうであれば、こちらとしては受け入れるつもりではあるが。争いばかりが全てではないだろうし、国が一つしかないというのも寂しいものだ。

「その確認している者達の数はどれぐらい?」
「おおよそ千を超えるぐらいではないかと」
「ふむ、なるほど」

 大体一つの集落ぐらいの規模と言えばいいのだろうか。国というには数が少ないが、勢力としては少数ながらも無視出来ないだろう数。もっとも、戦闘員と非戦闘員の比率でその辺りは変化しそうだが。
 ただ、プラタでも知らない種族というのが気にかかる。わざわざ死の支配者が用意した者達だと思われるので、もしかしたらとんでもなく強い者達という可能性もあるだろう。
 それが考えすぎや杞憂であるのならばいいのだが、そうと決まった訳ではないからな。
 現状の死の支配者とボク達との関係性は、敵対とまではいかないが、それに近い位置にあるのではないかと思う。実際、つい最近まで国を囲まれていた訳だし、今でもかなり緩やかながらも遠巻きに軍が点在している。だが、まだ戦端までは開かれていないので、決定的に決別した訳ではないと思うのだ。
 しかし、その状況で突然仲良くとはいかないとは思うのだが・・・どうなんだろう? 力関係とかでその辺はよくある事なのだろうか? 国同士のやり取りなんて知らないからな。ここが出来て直ぐに他の国は無くなったし。
 まぁ、この辺りはプラタも判断に困っているようだし、現段階においては今後の推移を注視する辺りが無難だろう。プラタもとりあえず報告だけしておくといった感じだろうから。

「その者達は何をしているの?」
「近くに在る森を伐採して家を建てたり、畑を耕してみたりと、定住する前準備のような事をしております」
「ふぅん? その段階なのに、千を超える数が居るの?」
「はい」
「その間の食糧は? 畑を耕したら翌日には収穫できる訳ではないし、その森で狩猟でもしているの?」
「狩猟や採集もしているようですが、主に死の支配者側から食糧を支援しているようです」
「なるほど」

 死の支配者の拠点はここから遥かに遠くの場所にあるのだが、転移を使えばすぐだし、近くの軍から物資を持って来させてもいいだろう。国家のような集団はこの国を除けば、死の支配者の軍以外にはこの近辺に存在しないので、他に持って来られる場所もないだろうし。

「死の支配者のところでも食料の生産はしているんだね」

 それは当然なのかもしれないが、死の支配者の国は死者が大半を占めていると思っているので、それが何だか意外に思えて、ついそう口にしてしまう。

「そのようです。どれほどの規模かは不明ですが」

 死の支配者の本拠地が在る周辺は、プラタでも視る事が出来ないらしいからな。であれば、詳しい事が解らないのもしょうがないだろう。かなり危険な場所なので人を送る訳にもいかない。どんなに頑張って忍んでも、死の支配者には確実にバレると思うし。

「という事は、やっぱり国を興そうとしているのかな?」
「観察した限りでは、その可能性が高いかと」
「なるほど。とはいえ、まだよく分からないからな。邪魔するというのは、死の支配者の意図がまだ分からないから止めた方がいいだろうし」

 仮にこれが友好的な意図からの行動であれば、邪魔した場合には取り返しのつかない事態になるだろう。そうでなくとも敵対は確定。こちらの準備はまだ途中だしな。何よりボクがまだ自分で納得のいく強さに至れていない。
 そんな状況では、下手に手を出す訳にもいかないだろう。だが、もしもこれが後々大変な事態を招く事だとしたら、準備云々を待たずに妨害した方がいいだろうからな。

「そうで御座いますね」

 プラタも考えるようにしながらも同意してくれる。直接とは違うだろうが、そのモノを視た当人としても判断に迷う光景だったのだろう。

「現在世界は、この国とソシオさまの支配域以外はほぼ死の支配者の支配している領域です。もう少し詳しく述べますと、妖精の森と巨人の森、それと海の一部もまだ支配域には入っていないようですが」
「ふむ」
「そして、発見した一団が居たのは、ここから少し離れた場所。死の支配者の支配域です」
「そうだね」

 この近くに妖精の森も巨人の森も海も無いからな。ソシオの支配地域が一番近いが、それでも間に荒野を挟むので結構離れている。

「その一団の周辺には死の支配者の軍は確認出来ませんでした」
「そうなの?」
「はい。物資を運ぶ際にも少し離れた場所に集積しているだけで、一団には近づきません」
「ふむ」
「なので、その意図は不明ながらも、軍とは別の部分で動いている可能性もあります」
「なるほど。支援は必要だからするが、接触はしていないと」
「はい」

 それはそれで判断に迷う。もしも本当に荒事とは無関係な位置で進んでいる計画だとしたら、やはり邪魔する訳にはいかないだろうし。
 少し考えてプラタと話すも、とりあえず予定通りに引き続き監視を行うという事になった。まぁ、他にやりようがないからな。
 その他には何か死の支配者側に動きはないかと確認してみるも、そちらは今のところ無いらしい。だからこそ不気味なのだが、まあ何にでも備えるに越した事はないだろうから、それを言ってもしょうがないだろう。
 であれば、近いうちにシトリーとの約束を果たしても問題なさそうだと判断したが、念の為にプラタに確認しておく事にした。

「じゃあ、近いうちにシトリーとまた街歩きをしても大丈夫そうだね」
「はい。今の状態であれば問題ないかと。しかし、いつ事態が動くともしれませんので、可能な限り早めに実行に移される方がよろしいでしょう」
「そうだね。なら早速だけれども、明日か明後日なんてどうだろう? シトリーに訊いてみない事には何とも言えないけれど」
「どちらでも問題ないとは思いますが、確認だけしておいた方がよろしいかと」
「うん、ちょっと話してみるよ」

 プラタが頷いたのを見ながら、シトリーに魔力を繋ぐ。上手くいくかと少し心配したが、問題なくシトリーと繋がった。

『ジュライ様、どうしたの? 何か忘れ物でもした~?』

 僅かに驚きながらも、シトリーは直ぐに応じてくれる。まぁ、向こうの拠点で別れて然程時間は経っていないからな。

「ちょっと確認をね」
『確認?』
「急な話で悪いけれど、明日か明後日にまた街巡りをしようかと思っているのだけれども、どうだろうか? 問題ないなら、また二日続けてでもいいけれど」
『両方大丈夫だよ~!! じゃあ明日からまた街を案内するね!』
「うん、よろしく。もう少し時間が必要だったら、もう一日ぐらいは時間を作るからね」
『分かった~!! また明日も迎えに行くよ~!! ・・・ちゃんとプラタに転移の妨害を直しておくように連絡はしておくよ』
「ははは、分かった。それじゃあね」
『また明日~!』

 機嫌が良いシトリーと話終えると、聞いていただろうが、プラタに明日からまた街巡りをする事を伝える。それとシトリーから連絡があると思うけれど、明日シトリーが迎えに来るらしいから、今日中には転移の妨害部分の修正をお願いと言っておいた。
 プラタはいつも通りにお辞儀をして、「畏まりました」 と応えたので、これで大丈夫だろう。
 さて、もう夜だし、さっさとお風呂に入って疲れを落とすとするかな。





 妖精の森は、世界の西側に位置する広大な森である。森は主に沢山の精霊が守護しているが、森の主は名前通りに妖精。
 現在は一体となったその妖精だが、それでも問題なく森を管理していた。
 死の支配者の侵攻がほとんど無かったので、森の中はほぼ無傷。おかげで植生豊かな森の中は、植物だけではなく動物達でも満ちている。
 そこに少し前から一人の天使族が住み着いていた。共連れとして大きな魔物を一体連れて。
 中性的な顔だちに物静かな雰囲気のその天使族は、一日の大半を森の中に設置した椅子に腰掛けて過ごしていた。
 そんな天使族の身の回りの世話をするのは、共連れの大きな魔物。鳥のような見た目ながらも、顔は人のそれ。

「ここにはいつまで居るつもりだ?」

 不遜な感じの物言いで、世話を焼きながら魔物が天使族に問う。
 それに目だけを向けると、天使族は直ぐに視線を動かして、うーんと少し考え込む。しかしそれも僅かな間だけで、直ぐに口を開いた。

「森の主の許可は取っていますので、このままいつまで居てもいいとは思いますが・・・そうですね、そもそもここ以外に行き場はないと思いますが?」
「探せば何処かしらあると思うが?」
「そうでしょうか? 世界は既に終焉を迎えたようなものだと思いますが」
「まぁ、言いたい事は解る。何処に行っても死者だらけだからな」
「ええ。むしろここが無事なのが不思議なぐらいです」
「・・・それはそうだが、ここでそれを言うのもどうかと思うぞ?」

 魔物は周囲に目を向ける。一定の間隔で奇麗に並ぶ木々の他に、美しい女性が何人か少し離れたところから天使族達の様子を興味深げに窺っている。その雰囲気から察するに、監視というよりも物珍しさから見に来ているといった感じか。

「問題ありませんよ。森の主も疑問に思っている事でしょうから。それに、精霊達は珍しい外からの来訪者であるアテらの動向を眺めに来ているだけで、その辺りは別に気にしませんよ」
「それはそうかもしれないが・・・」

 微妙な顔をした魔物に、天使族は小さく笑う。

「見た目や態度に反して、貴方は相変わらず真面目ですね」
「む」
「それにしても、随分と久しぶりの外ですが、やはり物足りませんね」
「ならば周囲の散策でもしてみるか? 森の中とはいえ、意外と違いがあるものだぞ?」
「それも素晴らしい提案だとは思いますが・・・分かっているというのに、わざわざそう言うのも貴方らしい」
「むぅ。別にあの小僧が居なくとも寂しくはないがな。元々そう頻繁に訪ねてきていた訳ではなかっただろう?」
「それはそうですがね。彼の話がそれだけ楽しかったのですよ」
「そうか・・・だが、生きているかどうかも――」
「生きていますよ」

 魔物の言葉を途中で遮り、天使族は強く断言する。それは大きな声でも荒げた訳でもなかったが、魔物は一瞬寒気を感じて小さく震えた。

「あの妖精が傍に居る時点で問題はないでしょう。それほど長く接した訳ではありませんが、あの妖精の彼への執着は相当なものでしたからね。何が起きようとも護るでしょう。それに、彼自身も強いですから」

 そう言うと、天使族は意味ありげに魔物の方へと視線を向ける。

「ぬぅ」

 その視線に、魔物は唸るように声を漏らす。かつて魔物はその相手と戦って負けているのだ。なので、相手が強い事は天使族よりも身に染みて知っているのかもしれない。
 しかし、それでも魔物としての矜持でもあるのか、魔物は直ぐにふんと顎を上げて偉そうにする。

「あの時は小僧一人ではなかったからな。それに対した我は一人。数の差も考慮に入れると、そこまでの差は無かったと推測出来る」

 そんな魔物に、天使族は微笑ましげにふふふと笑う。そこには、まるで子を見守る親のような温かさがあった。だが、魔物には気恥ずかしくもあるようで、またしても唸った。

「であれば、問題ないですね。貴方と同等以上の強さがあるのですから」
「む・・・ま、まぁ、そうであるな」

 渋々といった感じで同意すると、

「では、小僧を探しに旅でもするか?」
「それもまた魅力的な提案ですね。そうですね、彼の傍だともっと世界が色彩豊かになるかもしれませんが・・・」

 魔物の提案に天使族はそこまで言うも、その先は苦笑めいた表情で呑み込んでしまう。
 それでも魔物には伝わったようで、理解を示すような声音で続きを口にする。

「森の外を旅するには些か心許ない、か」
「そうですね。個々の力はそれ程でもないのですが、その分数がかなり居ますからね。戦い続ける事になるのは必定。ですが、それでは保たないでしょう」
「我は大丈夫だが」
「間断なく戦えば魔物でも疲労はしますよ」
「ぬぅ」

 天使族の言葉に、魔物は唸る。そんな様子に天使族は小さく笑みを浮かべた後、真剣な表情をした。

「それに、最近はどうにもきな臭い」
「ん?」
「貴方は感じませんか? この世界の流れを」
「世界の流れ?」

 天使族の言葉に、魔物は首を傾げて周囲を見回す。しかし、これといって何かが気になるというものはない。精霊達の視線にももう大分慣れてしまった。
 しかし、そんな魔物の様子を気にするでもなく、天使族は話を続ける。

「最近、世界の流れが速くなっている気がするのですよ」
「そうなると何が起きるのだ?」
「そこまでは分かりませんが、良くない前兆のような気がします。何か大きな力が動いているかのような」
「ふむ」

 魔物は天使族の話を聞いて改めて周囲に意識を向けてみるも、やはりこれといって何か気になる事があるということもなかった。

「それと、それに連動するように森の外でも動きがあるようですね」
「どのような動きだ?」
「強き個体への集約でしょうか。力を一ヵ所に集めているようですね。それを何ヵ所か確認出来ますので、強い個を創っているのかもしれません」
「魔物創造という事か?」
「いえ。これはおそらくその上の次元の何かでしょう」
「魔物創造の上の次元? なんだそれは」
「分かりません。何か強い力を新しく感じるとしか」
「ふむ・・・それは天使族特有の感覚なのだろうか?」
「どうでしょうか。アテは他の種族に精通している訳ではないので。しかし、天使族以外では聞いた事がないですね」
「なるほど。ならば、天使族特有の能力という可能性が高いという事か。そして、現在世界にはおそらく主しか天使族は存在しない」
「国が亡んだらしいですからね。それに、こんな世界で生きていくのも大変でしょうし、その可能性は高いでしょう。ただ、アテがこうして生きている以上、一人ぐらいは他に生き残っていてもおかしくはないと思いますが」
「まぁ、それはそれとしてだ」
「そうですね。今は世界に変化が在るという事が重要ですから」
「さて、この世界は何処に向かっているのやら」
「分かりません。ですが、良い方向ではないでしょう・・・そしておそらく」
「おそらく?」
「この流れを起こしているのは外の世界を支配している者だと思いますので、それをしている意味を考えますと、おそらくその支配者に対抗出来得る何者かが存在していて、近いうちに雌雄を決しようとしているのではないかと」
「ふむ。では、我々はどうする? ここで傍観を決め込むか?」
「アテらが行って力になれるとは限らないので悩みどころですね」

 天使族は視線を上に向けると、小さく「さて」 と呟く。今度のうねりは今までの比ではないほどに大きい。
 少し前も大きなうねりがあったものの、それでもここまでの規模ではなかっただろう。そうあの時は。

「個と個の戦い、もしくは小集団同士の諍い程度といった感じでしたか」

 その時の事を思い出し、天使族はそう推測する。それを踏まえて考えると、今度の流れはおそらくもっと規模の大きなものとなるだろう。それこそ、この世界の行く末を決定づけるような大きなものに。

しおり