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薄氷上の日常6

 転移時特有の視界の漂白と一瞬の浮遊感を味わったところで、視界に色が戻り始める。暗い場所から明るい場所に急に出たようなこの感じは、やっぱり何度体験しても苦手だ。

「あれ~?」

 視界に色が戻っている最中、耳にシトリーの不思議そうな声が届いた。

「ん~・・・ああ、そうか」

 それから程なくして視界が戻ったところで、シトリーは自分が抱いた疑問に答えを得たらしい。
 一体何の事だろうかと思いながら、戻った視界で周囲を見回してみると。

「・・・・・・えっと、ここは・・・山?」

 思っていた場所と違う光景に混乱するが、直ぐに落ち着いて状況を確認していく。まず、頭上には青空が広がっているので、どうやらここは屋外らしい。
 次に、周囲はごつごつとした岩肌を晒していて、寂しい色合いをしていた。緑はほとんど確認出来ない。
 最後に、正面に見上げるほどの岩が聳えていた。岩山とでも言えばいいのか、岩で出来た山が目の前にあった。というか、おそらくここはその岩山の只中なのだろう。
 そうして周囲を確認している間に幾分か落ち着いてきたので、早速隣に居るシトリーに問おうと顔を向けるが、そこに遠くから何やら喧騒が届いてくる。発生源から離れているようで然程大きくはないが、そこには人の声も混じっているようだ。
 思わずそちらに顔を向けるも、現在位置からでは何も確認出来ない。
 僅かに思案するも、今は情報収集の方が先だと思い直して、シトリーへと顔を戻す。

「それで、ここは何処なの?」

 そうボクが問うと、シトリーは「あっははー」 と楽しげに笑う。しかしその表情は、やっちまったなーとでも言いたげに思えた。
 とりあえずそれらは無視して、今は何かを知っているらしいシトリーからの答えを待つ。よもやここが工業都市シトリーだとは言わないだろう。
 それから少しして、シトリーはため息でも吐きそうな声音で答えた。

「ここはね~、多分鉱山だと思うよ~」
「鉱山? なんでまた?」
「多分、あの地下に転移の妨害が施されていたんだろうね~」
「転移の妨害?」

 シトリーの答えに、ボクは首を捻る。
 転移の妨害と言うが、プラタは頻繁に転移で地上と地下を行き来しているし、シトリーだって転移で地下まで移動したのだろう。であれば、妨害も何もないと思うのだが。
 そんな疑問を理解して、シトリーは何とも言えない微妙な表情でその疑問に答えてくれる。

「そう、転移の妨害。これはあくまで推測でしかないけれど、地上から地下に移動する分には問題ないんだと思うんだよ~。まぁ、これも国内限定とか何かしらの縛りはあるだろうけれど」
「うん」
「だけれども、地下から地上へ転移する場合だけは妨害するようになっているんだと思う。ジュライ様の扱いは知らないけれど、それを仕込んだであろうプラタぐらいしか転移での行き来は出来ないようになってるんじゃないかな? 例外は転移装置ぐらいかも」
「そうなの?」
「あくまで推測だよ~」

 普段プラタに頼んで転移してもらっているので、その辺りはよく知らない。ボクが一人で転移するにも転移装置を使用するからな。まだ一人での目視出来ない場所への転移は不安がある。
 なので、その妨害とやらの条件に今まで引っ掛からなかったのだろう。でも、何で地下から地上へだけ妨害が? それに疑問に思い、シトリーにその事を問い掛けてみた。
 そうすると、非常に分かりやすくとても答えたくなさそうな表情をされた。幾分か呆れも混じっているような気もする。
 それでも、もう一度何故かと問うと、シトリーは普段とは違う低い声で小さくぽつりと呟いた。

「そんなの、ジュライ様を閉じ込めるために決まってるじゃない」
「え?」
「・・・・・・まぁ、安全面の考慮とかもあると思うよ。だからまぁ、あまり深く考えない方がいいと思うんだよ。何事も知りすぎるとろくな事はないのだから」

 初めて聞く悟ったような大人びた声音で、シトリーは諭すようにそう告げる。
 割と衝撃的な話ではあったが、そう考えれば納得・・・出来るかな? 正直、こうして外に出たい時には出られるし、閉じ込められているという感覚は全く無い。シトリー曰く、あくまで推測らしいし、忠告通り気にし過ぎもいけないのかもしれない。
 そう思い、とりあえずその考えは一旦頭の片隅に置く。今はそれよりも、現状の確認の方が優先だ。

「ここに来た経緯は理解出来たけれど、それでここは何処の鉱山なの?」
「ん~・・・ジュライ連邦からそれほど離れていない鉱山だとは思うよ。ジュライ連邦が所有している鉱山の一つだと思うし」
「そうなんだ」
「うん。この遠くに聞こえる喧噪も、ここで働いている者達のだと思うし」
「なるほど。という事は、そこに行けば無事にジュライ連邦に戻れるという事?」
「そうだね。こことジュライ連邦は転移で繋がっているはずだし。何だったら今は死の支配者の包囲も緩んでいるから、そのまま陸路でも空路でも向かう事は簡単だと思う。その場合、時間はかかるけれど」

 そう説明しながら、シトリーは周囲の一点を示しては指を動かしていく。話と併せて考えれば、その指が示す方向がこの鉱山に作られている集落の場所や、ジュライ連邦の方角なのだろう。

「後はここからぼくが転移魔法を使用するか、かな~」

 シトリーの説明を聞き終えて、とりあえずそこまで遠くに飛ばされた訳ではないようで一安心する。これが見知らぬ場所とか、死の支配者の軍の最中とか、それこそ死の支配者の前とかでなくてよかった。
 妨害による影響という事で、目的地がおかしくなったのだろう。しかし、それでも転移魔法が使えたシトリーの技量の高さは凄いと思う。おそらく、これはプラタも予想外だったに違いない。
 それでいて、強引な発動になって転移先が乱れながらも近場に転移させたのだから、シトリーがかなり成長しているのが窺える。
 これはシトリーに感謝した方がいいのだろうかと思ったが、よくよく考えればシトリーが元凶でもある訳で、なんとも言えない気分になった。その技量の高さには感謝しておくが。
 そういう訳で、シトリーが再度転移魔法を使用するのに抵抗はない。というか、流石にここにはそんな転移妨害の魔法は無いと思うし・・・無いよね? 一応確認してみるか。

「ここには、その転移を妨害する魔法はないんだよね?」
「一応似たのはあるけれど、地下に在ったのとは違うかな~。こちらのは、ジュライ連邦間に関しては干渉してこない類いの阻害魔法だから」
「なるほど。なら、大丈夫・・・だよね?」
「ここから首都プラタか工業都市シトリーに戻るぐらいなら問題ないよ~」
「そっか。なら心配ないね」
「うん」

 シトリーに確認を取ったところで安心する。これならば、また同じような目に遭う事はないだろう。
 まぁ、大人しくここの集落に設置されているという転移装置を利用すればいいだけの話なのだが。などと考えながら安堵していると。

『・・・さま・・・じん、ま』
「ん?」

 酷く不鮮明な声が届く。直ぐにそれが魔力を介した声だとは理解したが、何でこんなに不鮮明なのだろうか? この状況で声を届けてくる相手はプラタしか居ないので、多分相手はプラタだろう。意識を集中させてみると、不鮮明な声音に焦りを感じる。

「プラタ?」

 相手の声が聞こえたので、声を魔力に載せてこちらからも送る。繋がっているのは解るが、不鮮明な理由は解らない。多分焦っているから魔力が乱れているのだろうけれど。
 そうして声を送っていると。

「プラタから連絡が来たの~?」
「うん。途切れ途切れだけれども」
「ふ~ん?」

 隣からシトリーが声を掛けてきた。
 魔力に声を載せて送るといっても、実際に声に出す必要はない。正確には声というよりも意思を載せているのだからな。
 しかし、実際に声に出して会話した方が慣れている分、やりやすいのだ。それに、黙したままの会話も味気ない。地下で一人で居る事が多かったので、寂しさを感じていたのかもしれない。それに、今は別に声を出しても問題ないからな。シトリーに聞かれても別に問題はないし。それどころか、情報の共有化は非常時には大事なことだろう。突然相手が黙ったら困惑してしまうし。
 だが、シトリーとしては然して興味も無かったようで、曖昧な声を出した後は明後日の方向に顔を向けている。何か気になるモノでもあったのだろうか。

『・・・さま? ご主人様! 御無事でしたか!?』

 そうこうしている内に、不鮮明だった声音が突然鮮明になった。やはり焦っていたのかもしれない。
 それに応じてみれば、安堵したプラタの声音が届く。いつまでも心配させていてもいけないので、とりあえず状況の説明を行っておくことにした。
 説明を聞いたプラタは、安心したように『そうでしたか』 と声を漏らした後、何かを考えるように僅かに黙する。
 暫くすると、謝罪の言葉がやってきた。

『申し訳ありません』
「転移妨害の事? 別に気にしてはいないよ」

 全く気にしていないという訳ではないが、それでも些末な事だとは思っている。なんであれプラタには世話になっている訳だし、何だかんだと結局はボクの為に色々やってくれているので、今回もその一環なのだろう。シトリーもそのような事を言っていたし。

『寛大な御心に感謝致します』

 そう言ったものの、多分プラタとしてはまだ自分を赦せていないのだろう。それについてはこれ以上こちらからどうこう言える事でもないからな。
 それから、これからの予定について話していく。といっても、まだ詳しく決めてはいないのだが。

『では、私もそちらに向かいます』
「そこまでしなくても・・・」
「いえ、そういう訳にも参りませんので」

 正確な場所については分からないながらも、シトリーの見立てについては説明していた。なので、プラタであれば直ぐに来られるとは思っていたが、向かうと言った次の瞬間には目の前に現れていたのは少し驚いた。これにも慣れていたので表には出さなかったが。
 ただ、ボクの返す言葉は聞いていてもプラタの言葉までは聞こえていなかったシトリーは、少し驚いたように僅かにびくりとしていたが。その様子は中々に珍しかった。
 少し驚いたシトリーは、すぐさまプラタに抗議をする。

「もう! 相変わらずいきなり出てき過ぎだよ!! いくら心配だといっても、ジュライ様にはぼくも一緒なんだからね!!!」

 照れ隠しなのか何なのか、胸を張ったシトリーは頬を膨らませてそう勢いよく捲し立てると、プラタにズビシと音がしそうなほど鋭く指差した。

「御身に何事もなく安堵しました」

 しかし、プラタはそんなシトリーに気がついていないのか、こちらに頭を上げた後にホッとした表情を浮かべる。

「む~!!」

 それにシトリーは不機嫌そうに唸るも、プラタはシトリーの方を僅かも気にした様子は無い。

「何処か不調は御座いませんか?」
「いや、大丈夫だよ。怪我もしてないし、場所以外は部屋にいた時と同じだよ」
「左様ですか。それは何よりです」

 心配しているプラタにそう返せば、それでプラタもやっと落ち着いたようで、そっと息を吐き出した。
 そうして落ち着いたところで、視界の端にでもシトリーが映ったのだろう。不意に視線がボクからシトリーの方へと動く。

「おや、ちゃんと居たのですね」
「むむ!!」
「相変わらず軽挙が過ぎますよ。もう少し落ち着いて行動しては如何ですか?」
「むむむ!!!」

 呆れたようなプラタの言葉に、シトリーの眉間にしわが寄る。それも段々と深くなっていっている。それでも何も言い返さないのは、少なからず反省する部分があったからだろう。
 しかし、それにも限度というものがあるようで、プラタが続けてもう少し落ち着きを持ちなさいという旨の言葉を発すると、シトリーの周囲がピリピリとした空気に変わっていく。
 それにプラタは駄々っ子でも見るような困ったような視線を向けるも、それで許す気は無いようで、わざとらしく「はぁ」 と大きくため息をついた。

「むむむむ!!!!」

 それにシトリーは唸るように声を出すと、とうとう堪えきれなくなって口を開く。

「そもそも!! プラタがあの場所に変な細工をしなければこんな事にはならなかっただろう!! それにこうしてジュライ様は無事な訳だし、更には咄嗟の事とはいえ、ちゃんと安全な場所に転移先を定めておいたんだから、そこまでプラタに言われる筋合いは無いと思うな!!!!!」

 憤慨したように声を荒らげるシトリーにプラタは呆れた様子を崩さないながらも、その主張に静かに耳を傾けている。

「切っ掛けというのであれば、軽率に私の守護している領域で転移魔法を使用した貴女の方ではありませんか? それに、ご主人様の無事は如何な状況であれ最優先の事柄です。その当然の行動を、さも大手柄だとでも言うように主張されましても・・・」

 それは静かな声音ではあったが、それでもシトリーの主張に少しイラっとしたのか、傍から見ているボクからすれば、売り言葉に買い言葉である。
 かといって、ここで二人を止められるのはボクしか居ないので、このまま静観という訳にもいかない。
 だが、どうやって間に入ればいいというのか。悩みはするが、このままここでまごついている訳にもいかないので、とりあえず間に入る事にした。

「二人共落ち着いて」

 何を言うべきかと考えていたが、一歩前に出たら自然とそんな事を口にしていた。よくある言葉ではあるが、そんな事も思い至らないとは、ボクも冷静ではなかったのかもしれない。
 そう自覚したところで、何だかどんどん落ち着いていく感じがする。今回の事は不幸な事故といったところだ。プラタはボク関連だとやりすぎたりと割と冷静ではなくなるので、今回もそんな感じなのだろう。
 シトリーもシトリーで自分の不手際だと理解しているだけに、プラタの指摘が堪えたのだろうと思う。
 ではどうするかだが・・・うん、とりあえず二人を落ち着かせるところからだな。

「今回の件は色々なモノが重なった不幸な事故であって、誰が悪いというモノでもないだろう。それにこうして何事もなかった訳だし、そこまで問い詰めるほどでも、気にするほどでもないよ。それでも気になるのであれば、教訓として次に活かせばいいし」

 とりあえず何かそれっぽい事を言ってみる。実際何も無かった訳だし、今後注意してくれればそれでいい。それに。こういう言葉での説得は苦手だ。ボクはそこまで頭の回転がいい訳ではないのだから。
 まぁ、それでも今回は両者を落ち着かせるというのが目的なので、とりあえずそれっぽい事を言っていれば大丈夫だろう。
 そうであってくれないと困るのだが、元々二人はボクと違って頭がいいので、これで十分な気もしている。

「・・・・・・ご主人様がそう仰られるのであれば」
「・・・・・・そうだね」

 何か言いたげながらも冷静さが戻ってきたのか、二人は矛は収めてくれた。
 それに内心でホッとしつつ、話が戻らないように直ぐに別の話題を振る事にする。

「それで一旦戻ろうと思うのだけれど、集落はあっちに真っ直ぐ行けばいいのかな? 折角鉱山まで来た訳だし、その前に今日は予定を変更して鉱山の見学でもしてみたいのだけれども・・・」

 考えてみれば、ボクはジュライ連邦から外に出たことがない。というか、拠点間を転移で移動したのを除けば、首都プラタ以外には海擬きの湖の街を少し移動したぐらいなんだよな。
 そう考えれば、工業都市シトリーもやっと歩いた新しい街ながらも、今回は偶然とはいえ更に外に出た訳だから、これを機に少し外の様子を見て回ってもいいだろう。工業都市シトリーを見て回るのは後日でもいい訳だし。

「え~! 昨日の続きはしないの~?」

 そう思っていると、昨日に引き続き街の案内をする気満々だったシトリーから不満の声が上がる。それも当然だろうとは思うので、謝罪と共に後日時間を設ける旨を併せて伝えておく。
 それを聞いたシトリーは、まだ不満そうではあったが、それでも一応納得してくれた。今日も今日で何かしら段取りをしてくれていたのだろう。そういえば、昨日工房や鍛冶場を明日訪ねるとか何とか約束していたようなしていないような・・・その辺りの段取りも済ませていたのかもしれない。
 うーん。であれば、そちらを優先するべきか? でも、こういった機会も少ないからな。現状ではプラタが許可してくれないし。
 とはいえ、もしも段取りしてくれていたのであれば、そちらもないがしろには出来ないというもの。そういう事であれば、現在はまだ朝なので、昼ぐらいまでここを見て回ってから、午後は工業都市シトリーに向かってもいいか。鉱山を午前中だけで見て回れるとは思わないが、それでも少しは見て回れるだろうから、それで満足するとしよう。
 早速その事をシトリーに提案してみると、目に見えて機嫌が直った。それどころか、ならばさっさと見て回ろうと先導までしてくれる。
 転移で飛ばされた場所から鉱山で働く者達の為に築いた集落まではそう遠くなく、シトリーの先導に従って進むと十分ほどで到着した。途中にごつごつした岩場があって進みにくかったので、距離としてはもっと近いだろう。しかし、そんな場所が在るが故に、こちら側へはあまり人が来ないようだ。
 そうして到着した集落は、山小屋のような木を組み上げただけの簡易的な建物ばかりが建ち並ぶ場所であった。それでもしっかりと整理されてはいるようで、建物の配置は整然としている。
 一部街で見かけるようなしっかりとした造りの建物も確認出来るも、そちらは監督している者達や兵達の詰め所らしい。
 離れた場所には防壁のようなものも見えるし、ちゃんと防衛面でも整えられているようだ。プラタに聞いた話によると、兵士のほとんどが防壁の方に詰めていて、ここの兵士は数が少ないらしい。それでも集落や坑道内を見回るには十分らしく、困った事態には現在のところはなっていないのだとか。
 集落内に入って軽く見回ってみるも、人の数はかなり少ない。建物の数はそうでもないのだが、人は兵士ぐいらいしか見当たらなかった。
 それを疑問に思って隣を歩くプラタに問い掛けてみると、どうやらここの住民は現在行動内で採掘している最中らしい。考えてみれば、あの場所で状況確認やら会話やらで結構時間を使ったので、現在は昼前。丁度仕事をしている最中でも不思議はない。
 納得したところで、シトリーに空き家に案内される。他の家同様の見た目なので、中身も同じなのだろう。
 家の中に入ると、一人で暮らすには広い空間であった。しかし、他に部屋は二つしかなく、一つは厠でもう一つが寝室らしい。お風呂は共同風呂が集落の中心にあるが、必要なら街に戻ってもいいらしい。その辺りは転移魔法のおかげで結構緩いらしく、街から通いで働いている者まで居るのだとか。
 訊いてみると、やはり家自体はどこも同じ造りらしく、数に限りが在るので家によっては二人から三人で暮らしている家も多いようだ。その辺りは家族と一緒に暮らしていたり、仕事の時の同じ班で固まって暮らしていたりと様々らしい。
 この空き家は最近まで壊れていて、先日修繕が済んだばかりらしく、もう次の居住者が決まっているという話だった。
 ここで働いている限り家賃などは無いようなので、街で暮らすよりも、という事もあるとか。
 居間だけではなく奥の方の部屋の方も確認してみたが、寝室は三人で十分寝られるぐらいに広く、意外と快適そうだ。個別にお風呂が設置されていなかったり、周囲にお店がなかったりで生活するうえでの不便はあるが、そこは転移魔法で何とかなるだろう。ここの転移装置は利用料を取っていないらしいし、鉱山と街の間ならば、鉱山労働者やその関係者である証明書を提示すればすんなり利用出来るという話だ。
 その証明書も、手のひらぐらいの大きさの軽いやつなので、持ち運ぶのも苦ではない。本人かどうかの照会は装置が置かれている施設で自動でやってくれるので、本人以外が使用出来ないようにしているのだとか。
 そういった訳で、案外生活面でも快適かもしれない。お風呂は・・・その辺りに許可を貰って造ってもいいのではなかろうか。許可さえ出れば、だけれども。
 因みにここの鉱山と直接繋がっている街は、商業都市セルパンと工業都市シトリーの二ヵ所だとか。どちらも採掘した鉱物を持っていく場所らしいが、商業都市セルパンに関しては採掘物の持ち込み先というよりも、住民の要望があったからという部分が強いらしい。
 そうして一般家庭の家を見学した後は、鉱山の中に少しだけ入ってみる事になった。転移装置は詰め所に在るらしいので、どうせ帰りにそちらは寄るという判断から、せっかく来たからには坑道もという話になった訳だ。
 ただ、時間がそれほどないので、ごく浅い部分だけだが。とりあえず雰囲気だけでも。という事らしい。それでも初めての体験なので楽しみなのだが。
 ワクワクしながらシトリーに案内されてやってきた坑道の入り口は結構明るく、しっかりと補強されている。中も明るいようで、そちらも天井や壁が補強されているのが分かる。
 地面の道には中央に鉱石を運ぶ入れ物を動かす金属製の道が通されており、なんとも聞いていた通りの感じを醸していて、それだけで更にワクワクしてきた。
 シトリーの案内の下、ボク達は坑道内に足を踏み入れる。
 歩みを進めると足音が少し坑道内を反響するが、それほど大きくはない。
 外よりは若干温度が低い気がするが、実際のところは分からない。まだ入り口部分だからしょうがないが。
 坑道内は何処までも続いているようで、明るいのに奥の様子は窺えない。直進ばかりではないのだからしょうがないが、直線でも結構先まで続いている。
 途中で道が枝分かれしている部分も確認出来るので、鉱山内を複雑に道が走っているのかもしれない。
 それにしても、ボク達以外誰の姿も確認出来ない。音もしないので、大分奥まで掘り進んでいるのかもしれないな。
 しかし、入り口付近に誰も居ないのは不用心ではないだろうかと思うのだが、訊けば入り口のところは魔法道具で護られているらしい。それと、坑道内では転移は出来ないようになっているとも教えてもらった。余程の緊急時にならない限り、これは解除されないらしい。
 そうした事を教えてもらいつつ、暫く三人で坑道内を歩いていく。
 明るく静かな坑道内は、散歩道のようにも思えてくる。足下は注意が必要ではあるが、それでも整えられているので森の中よりは安全そうだ。
 空気は少し埃っぽい感じがするも、不快感を覚えるほどではない。だが、密かに期待していただけに、何だか期待外れではある。
 入り口からは遠くに見えた最初の分かれ道までやってきたところで引き返す。時間が無いとはいえ、何だか残念な結果である。いつかもっと奥の方へ行ってみたいものだ。
 引き返して坑道を出ると、日が大分高い位置にまで昇っていた。そろそろお昼時といった感じ。
 その普段感じない太陽の眩しさに、思わず目を瞑る。長い間地下に籠っていたので、こうして日光を浴びるのはいつぶりだろうか? 昨日は雨が降っていたからな。
 そう考えれば、今日が雨でなくてよかった。雨であれば、転移してきて直ぐにびしょ濡れだっただろう。
 坑道を出た後は集落の方に戻り、そのまま詰め所を目指す。
 詰め所は、警備の兵士や監督役の役人が詰めているだけに、集落内でも一際大きな建物だ。そこだけ明らかに建築技術が異なっているのが分かるほど立派な建物。
 外観は周囲に馴染ませようとしたのか非常に地味な色合いで、立派な外観の割には印象に残らない。
 詰め所は周囲を柵で囲っており、閉ざされた門の傍には兵士が一人立っている。
 兵士の恰好は全身鎧なのだが、それが何だかとても軽そうに見えるのは、ほとんど白のような銀色という色合いのせいだろうか? そういえば、首都プラタの警備兵の鎧はどんなのだったか・・・記憶に無いな。今度しっかりと確認しておこう。
 そんな事を思いながら近づいていると、兵士がかなり慌てているのが分かった。おそらく内部との連絡用なのだろう、門の脇に取り付けられている魔法道具を叩く勢いで押しては、兵士は魔法道具が繋がった先の相手へと何かを必死に訴えている。
 周囲が静かなので、その声も直ぐにこちらの耳へと届いたが。

「そう、そうだ! そのシトリー様とプラタ様がやってこられたのだ!!」

 みたいな事を何度も言っている。相手もよほど混乱しているのか、直ぐに話は終わらない。それにしても、やはりプラタとシトリーの知名度は凄いのだな。
 そうボクが感心していると。

「全く、度し難い愚物ですね」
「教育がなってないね~」

 隣と前からそんな言葉が聞こえてくる。
 プラタはとても不機嫌そうに。シトリーは非常に呆れたように。
 それを確認して、ボクは何かあっただろうかと首を傾げるも、その答えは出ない。

「んん?」

 しかし、二人の機嫌が急降下しているのは分かるので、何かはあったのだろう。それも言葉から察するに、あの兵士が何かをしたようだ。それと、そのままにしていてはいけない事も理解しているので、とりあえず理由を訊く事にした。

「えっと、何かあったの?」

 プラタとシトリーを交互に見遣りながら尋ねると、前を歩くシトリーが答えてくれる。

「あの兵士がね、ジュライ様について何も言わないんだよ~。まず始めに気にすべきは、ぼく達なんかではなくジュライ様なのにね~」
「ああ、なるほど」

 シトリーの説明に、思わず納得する。つまりはいつもの事だ。

「末端の兵士にまで期待しなくてもいいと思うけれど・・・」

 ボクが公の場に顔を出したのは建国祭の時ぐらい。いくら国中に放送されたといってもそれほど長い時間ではないし、強く印象に残るような恰好や話でもなかったと思う。それにあれから時も幾らか経過しているので、忘れていてもおかしくはないだろう。服だってあの時とは違うし、実際に話をした訳でもない。
 それで顔だけ遠目に見て、ああ国主の・・・みたいな反応が出来るのが一体どれだけ居るというのか疑問である。少なくとも、ボクは無理だな。
 それに、だ。甲冑姿の兵士は四足歩行なので、明らかに異種族だと分かる。異種族の顔を少し見ただけで覚えろとは、流石に酷だと思うのだが。

しおり