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第355話 住職はつらいよ②

「大丈夫! お前ならやれるよ! 誰がなんと言おうと、俺はお前を信じてる! だから、さあ!」


 住職が寮の管理権限を渡されてから少しして、寮の住人たちは廊下に垂れ下がっているランタンを懸命に励ます彼を見かけた。誰かが「灯りが切れてるところがあるから、どうにかしてくれ」と申告したらしく、住職は灯りを取り戻すべく必死にランタンに話しかけていた。
 死神寮の外観や内装は西洋の古い家のようなデザインとなっている。そのため灯りもランタンなのだが、だからといって松明や蝋燭を燃やしているというわけではない。しかしながら、中で何かが揺らめいているように見えるのだ。なので、住職は〈社員食堂の火の番をイフリートさんがしているように、寮の灯りも何かしらの精霊が関与しているのでは〉と思い、話しかけてみるという手段に出たらしい。


「なあ、あいつ、いつまであそこでランタンを励ましてるつもりなんだ? かれこれ一時間はああしてるだろう」

「なんか、できることならマコさんに助けを求めずに自力で解決したいんだって」


 現場を通りかかった死神ちゃんが同居人に呆れ気味に尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべてそう答えた。――だとしても、マニュアル的なものがあるだろうから読めばいいのに。そう思いながら、死神ちゃんは同居人と一緒にリビングへと入っていった。


「もう。何で管理マニュアルを確認しないのよ。アンタ、もしかして、取扱説明書や手引書は確認しないタイプなの?」


 しばらくして、買い物から帰ってきたマッコイが呆れ返りながらランタンの手入れを住職にして見せた。どうやら、寮の灯りは普通に電気でついているらしい。ビットご自慢の超科学により魔法的な電気が通っているのだが、ランタンの耐久年数もかなり長いため灯りが灯らなくなるということもほとんどないのだという。だから、ランタンの不具合に今まで遭遇したことのなかった住職はそのカラクリを知ることはなかったのだ。


「とりあえずやってみるというチャレンジ精神はとても素晴らしいですけれどね、取説があるものは見てみましょうよ。そうしたら、無駄が省けるから」

「そうだな……。最初からそうしていれば、一時間以上もランタンに熱血メッセージを送り続けて、周りから失笑を買うということもなかったよな……」

「そもそも、そんな時間をかけるものでもないでしょう? 自力で何とかしようとするのはいいことだけれど、そこまで時間をかけるくらいなら、聞いてちょうだいよ」

「はい、すみません。次からはそうします……」


 住職はしょんぼりとうなだれながらも、マッコイに教えてもらいながらランタンの手入れを自分でもやってみることにした。

 彼は寮長を引き継いでから、一生懸命に何かをしては空回りをしていた。破戒僧を拗らせて鬼へと堕ちたという生前を持つ彼は、力に溺れて暴れまわるという不良気質だったがゆえに細かいことや()()()が大の苦手だった。別に頭が悪く学がないというわけではないのだが、頭を使うよりも先に体を動かしたくなってしまうのだ。そのため、今回のような恥ずかしい失敗をしでかしてしまうことが度々あった。
 管理業務は意外と細かく作業があり、デスクワークもたくさんあった。彼の知っている〈寮長〉たちは、過去も現在も、のほほんとしている者が結構多かった。だから、彼だけではなく誰もが〈管理業務で大変なのは死神としての実務にかかる部分だけであり、寮の管理は特にすることがないから片手間で同時にできるのだろう〉と思っていた。
 しかし、実際は結構なハードワークだった。班長として一括で管理を任されているがために、寮の管理も業務の一環として任されているのだが、よくもまあ今まで副長を置かずに班長一人でこの膨大な仕事をこなしていたものである。住職は班長職を狙っていたが結局選ばれず、マッコイをやっかんでいた昔の自分を恥じた。そして、六ヶ月で全ての業務を覚えることが果たしてできるのだろうかと不安に思った。


「あらいやだ、そんな不安がらないでよ。アタシはごく普通の会社勤めなんかしたことがないから、アリサに聞いてみたんだけれども。大抵どこの会社も試用期間三ヶ月の間に業務を覚え込ませたり、一年かけてじっくり育てたりするらしいわよ。つまり、最低でも三ヶ月あれば、ある程度は使い物になるってことでしょう? だから、六ヶ月間きちんと真面目に業務に取り組めば、ちゃんと独り立ちできるようになるわよ」

「そういうもんか? 本当に、そうなれるかな。俺、班長向いてないんじゃあないかな……」

「なれるわよ。むしろ、ならなきゃ。だって、アンタ、一日でも早く〈復活〉したいんでしょう?」

「うん、だって、子ども欲しいし。そのためには、いつまでも待たせるわけにはいかないから」

「アンタなら大丈夫だと思ったからアタシは副長にアンタを推したし、後任にも選んだのよ。だから、頑張って。役職手当で給料がアップする分、復活も近くなるんだから」


 住職はうなずくと、おみつへの愛のために研修の日々に打ち勝とうと気合いを入れ直した。しかし、年度末に入って班長としての業務の予習や新入社員を迎えるための準備が始まると、彼は再び根を上げ始めた。新人研修を円滑に行うために模擬研修を何度か行ったのだが、生徒役を買って出てくれた同居人たちからの評価がいまいちだったのだ。
 頭を抱える住職に、クリスが苦笑いで言った。


「大丈夫だよ。住職の研修は、グレゴリーさんや軍曹よりは分かりやすかったよ。あの人たち、体で覚えろタイプだから、マコ姉みたいに手取り足取り丁寧には教えてくれなかったんだよね」


 住職はその一言で気持を持ち直すと、新年度に備えた。

 新年度になると、住職の肩書きは〈死神課第三班副長〉から〈班長〉へと変わった。役職の面では、完全にマッコイから引き継ぎが完了した状態になったのだ。しかし、彼の研修期間はまだあと三ヶ月は残っている。ここで脱落して短い班長人生とならぬよう、気を引き締めていこうと住職は気合いを入れ直した。
 新人を迎えるという日、彼はマッコイから〈こちらの世界に来たばかりの者の中でも性格矯正を受けた者は特に、こちらの世界の生活に馴染むまでの数日から数ヶ月は荒れることがある〉と説明を受けた。この説明は準備期間中にも聞いており、また住職自身も経験があることなので理解と把握はきちんとしていた。


「アタシもアンタの研修者として一緒に立ち会うけれど、アンタが助けを求めるまでは何があっても動かないから」

「あれだよな、もしも暴れるようなことがあった場合には、手荒なことをしてでも止めていいんだよな?」

「ええ。凶悪犯だった子とかだと、魔道士様にはいい顔しておいて、こちらに来てすぐにやんちゃし始めることがあるのよね。性格が落ち着いてきたら安定して暴れることもなくなるんだけれど、はじめのうちはどうしてもそういうことがあるから」

「任せろ。新人の履歴書を見た限りでは、戦闘経験者ではないらしいから。パワー勝負には自信があるし、そもそも素人に負けるなんて破戒僧が廃るからな。仮に暴れられたとしても、お前の手を煩わせること無く収めてやるさ」


 そう胸を張って挑んだ新人のお迎えだったが。暴れた新人をねじ伏せたのは住職ではなく、なんと死神ちゃんだった。
 死神ちゃんはクリスのとき同様、偶然その場に居合わせた。そして新人は幼女が先輩だということに馬鹿にされたような気持ちになり、死神ちゃんを蹴飛ばした。お腹を思いきり蹴られてうずくまった死神ちゃんを見て住職が動転していると、起き上がった死神ちゃんが新人に対して諜報員時代に仕込まれた格闘術を仕掛けたのだった。


「おいこら、新人。この世界の住人をな、見かけだけで判断したら痛い目に遭うんだぜ。覚えておくんだな」


 小さな幼女にねじ伏せられた新人は、いろいろとショックだったようで一週間ほど自室に引きこもった。平謝りする死神ちゃんに「大丈夫だ、問題ない」と返しながらも、住職は半ば半泣きで新人のケアに当たった。


「性格を矯正された反動で引きこもるヤツは今までもたくさんいたがさ、まさか幼女に投げ飛ばされたのがショックで引きこもるだなんて。そんな事例はもちろん無いから、どう対応したらいいか分からなかったよ……」


 ひとまず新人研修を終えることができたころ、住職はマッコイと反省会を兼ねた〈お疲れ様飲み会〉を開いていた。酒を煽りながらしょんぼりと肩を落とす住職に、マッコイは同情の言葉をかけた。


「でも、これからも(かおる)ちゃんに対してそういう反応をする新人は現れると思うわよ。アタシがいる間に、一通りのアクシデントが起こるといいわね」

「不吉なこと言わないでくれよ!」

「あら、だって、側ですぐに教えてくれる人がいる間に一通りそういうことを経験しておけば、一人になったときに困らないでしょう」

「そうだけどもさあ……」


 住職はため息をつくと「薫ちゃんが幼女姿から解放されて常におっさん姿でいられるようになったら、こんな事態も起きないだろうに」とこぼした。新人を迎えるというのは毎年のようにあるわけではない。しかし、お迎えをするたびに〈何故、幼女がいるのか〉を説明しないといけないのは面倒くさいと住職は思った。また、マッコイがいなくなったら、死神ちゃんの幼女スイッチが入ったときにあやすことができる筋肉が一部位減るのだ。


「俺、体を鍛えること、やめないよ……。薫ちゃんが満足のいく上腕二頭筋を維持できるように頑張るよ……」


 住職が何やらまた迷走しはじめたのを、マッコイは心配そうに表情を曇らせた。そして住職がよく分からない使命感を燃えたぎらせ酒を煽るように飲み干すのを見つめながら、本当にあと三ヶ月で独り立ちしてくれるのだろうかとマッコイは若干不安に思ったのだった。




 ――――住職の迷走は凄まじく、彼主導のもと〈マッスル同好会〉が発足したという。活動の主眼が〈筋肉神の御心を満たす〉だったこともあり、死神ちゃんは本気で「外堀を埋めるようなことは止めてくれ」と思ったそうDEATH。

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