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第354話 死神ちゃんと神様③

 死神ちゃんが五階の最奥に降り立つと、遠くのほうからピロッピロピロッピロと〈祝福されたアイテムを装備することによって自動的に発生する回復の音〉がしつこく聞こえてきた。どんどんと近づいてくるその音に顔をしかめた途端、死神ちゃんの視界は白く柔らかなもので埋め尽くされた。


「ああああああああああああもうマジ可愛いああああああああああああああ」

「ぐ、る、じ、い!」

「一階に連れてくううううううう! マイスイートラブリーエンジェル・ソフィアたんの横に〈お友達〉として並べたあああああああああああああああい! そして私の〈ソフィア界〉をより一層華やかなものに――」

「だからっ! 苦しいっつってんだろうが!」

「あんっ!」


 何とか肉まん責めから脱出すると、その豊満でぽよんぽよんなやつの側面を(はた)いて死神ちゃんは怒りを露わにした。そして、何故か嬉しそうに嬌声を上げた彼女を睨んで怒鳴りつけた。


「ホント、お前には美しいとか清らかとか、微塵もないよな! 名前負けもいいところだよ!」

「何を言っているの! ソフィアたんは世界一、いえ、宇宙一清らかで美しいでしょう!」

「お前こそ何言ってるんだよ! クラールスはお前の名前であって、ソフィアを表すものじゃあないだろうが!」

「私の姪っ子愛は伊達じゃあないわよ! 私は全ソフィアたんの〈お姉ちゃん〉! つまり、私の全てはソフィアたんのためにあるの! だから、私の名前だってソフィアたんに捧げ――」

「うるさい、黙れ!」

「あんっ!」


 死神ちゃんは苛立たしげに顔を歪めると、先ほどとは逆の方向から肉まんを叩いた。肉まんをぷるぷると震わせながら恍惚の表情で彼女が喘ぐと、遅ればせながらステータス妖精さんが現れた。妖精さんは気まずそうに信頼度低下のお知らせをしたあと、そそくさと去っていった。その妖精さんと入れ違うように、彼女の属するパーティーメンバーが現れた。そのうちの一人が、とてもしょんぼりとした表情を浮かべてポツリとこぼした。


「昔は、我のために素晴らしい踊りを捧げてくれたというのに。全てを我に捧ぐと言うておったのに」


 死神ちゃんは、しょんぼりとうなだれるケツあごのおっさんを愕然とした面持ちで静かに見つめた。すると、彼女はきょとんとした顔で不思議そうに首をひねった。


「もしかして、死神ちゃん、このおじさんと知り合いなの?」

「そういうお前は知り合いじゃあないのかよ」

「探索時にパーティーを組んでる仲間の一人がさ、ちょっと(くに)に帰らなくちゃならない用事ができて、臨時メンバーを募集したら来てくれたのよ。どこかで会ったことがあるような気がするんだけど、思い出せないのよねえ」


 死神ちゃんは心の中で「お前が巫女として奉仕していた相手だよ」と静かにツッコミを入れた。ケツあごはなおも寂しそうにしょんぼりと肩を落としていた。

 彼女は聖女ソフィアの叔母である。巫女として神に踊りを捧げる日々を送っていたら、踊ること自体が楽しくなってしまい、踊り子としての修行を兼ねて冒険者となった。
 彼女は極度の姪っ子好きで、そのせいで〈小さな人〉を見かけてはしょっちゅう〈ソフィア界〉なる幸福の世界へと旅立っていた。死神ちゃんも、彼女と遭遇するたびに〈ソフィア界〉に旅立つ彼女から被害を被っていた。


「で。さっきこの死神幼女を一階に連れて行くと言っていたがさ。そうするとなるとかなりのロスになるぜ」


 嫌がる死神ちゃんを再び羽交い締めにしたお姉ちゃんに、仲間が面倒くさそうに顔をしかめた。お姉ちゃんは死神ちゃんに頬ずりをしながら「どうせ死ぬときは死ぬのだから、そのまま連れていけばいい」と返すと、意気揚々と六階へと降りていった。
 六階に到着すると、彼らは休憩をとるべく社交場へと入っていった。


()らよ、我の施しを受けよ」

「えっ、剛土(ごっど)さん、本当にいいんですか!? ここ、凄まじく高額なんですよ!? だから俺ら、ほんのちょっとのお水で我慢しようと思っていたのに!」

「よい、よい。好きなものを頼むといい」

「やだ、剛土さん。熟練の君主ってだけでなく、とてつもなく羽振りがいい。もしかして、冒険者職が君主ってだけでなくて、どこかの土地の領主様だったりして! おだいじんだわ! おだいじんさまなんだわ、きっと!」

「それにしても、この羽振りの良さ、本当に神級だよ!」

「はっはっはっ。なにせ、我は神であるからな」


 面白い冗談を言うと笑いながら、一同はケツあごに感謝した。お姉ちゃんも一緒になって「まるで神だわ!」と持ち上げていた。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、小さな声でボソリと呟いた。


「だから、お前らの神なんだよ。このケツあごは」

「お嬢さん、こいつは何の茶番なんですかい?」


 死神ちゃんがため息をつくと、マンドラゴラがお茶を差し出しながらげっそりと肩を落とした。ケツあごを中心にどんちゃん騒ぎを始めた冒険者一同をドン引きで見つめる根菜に、死神ちゃんは〈これが神のおわす場所である〉と教えてやった。
 一行は十分な休息をとり終えると、必要品の買い足しをして回った。ケツあごが不思議そうに首をひねり、あごを擦っていると、お姉ちゃんが心配そうに声をかけてきた。


「剛土さんは消耗品の買い足しとかしなくて大丈夫?」

「何故であるか?」

「いやだって、今から先端目指して探索するから」


 ケツあごはその言葉を聞いて、サアと顔を青ざめさせた。このダンジョンは、灰色の魔道士が人間に与えた試練である。そのため、この世界の創世神であるケツあごといえども手出しをすることができなかった。死神ちゃんはケツあごをじっとりと見上げると、小さな声でボソボソとケツ顎に話しかけた。


「おい、どうするんだよ」

「我はてっきり、五階のサロンで癒されたり六階の社交場でおだいじんしたり、ダンスホールで踊り明かしたりと、戯れに興じるだけだと思っていたのだ。だから、我の希望の星・ソフィアちゃんの叔母である彼女と久々に戯れようと――」

「えっ、剛土さんってやっぱり私と会ったことがあるの!? ソフィアのことをよく知っているってことは、教会のお偉いさん!? えー、うそ、全然思い出せないよー!」


 お姉ちゃんは話に割って入ってくると、そのままソフィアのあれこれについて語り始めた。ソフィアがダンジョンに常駐するようになってから、彼女も、そして彼女の兄である〈おしゃべりさん〉もダンジョン内教会に入り浸るようになった。そんな二人を、ソフィアは「修行として冒険者をしているなら、冒険しなきゃ駄目でしょう」と咎めたらしい。それにより、可愛い姪っ子にだけは何が何でも嫌われたくなかった彼女は、再びダンジョンの最奥を目指そうと奮起したのだそうだ。
 こう見えて、彼女の探索パーティーは最もダンジョンの奥地に足を踏み入れているパーティーのひとつだった。しかし、彼女たちは〈恐怖の浄瑠璃人形〉に追い掛け回されたことがトラウマとなり、奥に進むことを躊躇していた。しかし姪っ子愛に突き動かされた彼女が「このままではいけない」と声を上げたことで、本日とうとう探索を進めることにしたのだという。


「そんな大事なときに一人欠員が出ちゃって。でも、地図を埋めておけば、その後も安心だし。だから歴戦の猛者っぽい剛土さんがヘルプに来てくれて、本当に助かったのよ」


 にこにこと笑顔を浮かべるお姉ちゃんは、真摯な眼差しでケツあごを見つめた。ケツあごは視線を泳がせながら「うむ」と声を上ずらせた。死神ちゃんは一層強く睨みつけると、ケツあごに囁いた。


「で、どうするんだよ」

「う、うむ……。何とかごまかさねばならぬな……」


 しかし、ごまかす必要なくケツ顎は探索チームから撤退することになった。彼らは奥に進んでいく途中で、再び浄瑠璃人形に追いかけられた。暗がりの中キリキリと音を立てて変形する木の人形に一同が悲鳴を上げると、ケツあごも彼らと一緒になって硬直した。
 ガパアと口を開け目にも止まらぬ速さで間を詰めてくる人形にケツあごはフッと笑みを浮かべると、彼はそのままスウと姿を消した。その様子を見て、一同は阿鼻叫喚の悲鳴を上げた。


「剛土さんがやられただと!?」

「熟練の猛者だと思っていたのに! 神級の速さでリタイアしたな!」

「そんな悠長なことを言っている場合か! 首を守れ! 切り落とされるぞ!」

「いやああああああ! やっぱり無理! 怖いし気持ちが悪い!」


 泣き言を垂れながらも、彼らは何とか人形を克服した。そして六階の中枢にたどり着くと、彼らは愕然と膝をついた。そこにはリドルが仕掛けられていたのだが、要約すると〈四つの属性魔法石を集めて、空の上でアレコレしてこい〉というものだった。


「ちょっと待て。これはアレか? ここまで来ておいて、今まで通り過ぎてきた階層に戻れってことか?」

「どうして同一階層で全て済ませることができないの!? なんて難攻不落!」


 お姉ちゃんも、仲間たちと一緒になって悲嘆に暮れた。そして彼女は癒やしを求めて、死神ちゃんを抱き寄せようとした。しかし、彼女が抱き寄せたのは死神ちゃんではなく、変形前の浄瑠璃人形だった。


「いやああああああ! また出たああああああ――ッ」


 浄瑠璃人形は彼女の腕の中でキリキリと音を立てると、そのまま彼女を血祭りにあげた。仲間たちは血塗れの恐怖人形に絶叫しながら、当分六階には立ち入らないと誓ったのだった。

 後日、ケツあごはソフィアに連れられて天狐の城下町で伝統芸能鑑賞を嗜んだそうだ。しかしながら、ケツあごはずっとソフィアの影に隠れてビクビクとしながら浄瑠璃劇を見ていたという。




 ――――その怖さ、神級なのDEATH。

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