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薄氷上の日常5

 そろそろ街に出てみる事にした。というのも、前回山を登ったおかげか調子が良かったので、たまには外にでも出てみようと思ったからだ。
 そうなってくると、気になるのが街の様子。ボクが暮らしている拠点の建つ首都プラタですら満足に観ていないというのに、街は他にも在るのだから、そろそろ少しぐらい散策してみたいと思ったのだ。
 ただ、ここで問題になってくるのが、以前に建国祭で顔出ししたので、その影響で国中にボクの存在が知られる事となったという事。それは少しばかり変装したぐらいでは心配になるぐらい。認識阻害の効果が薄い種族も居るし、服装などで変装しても分かる人には簡単に分かるらしい。
 ではどうするか、となったところで出された案は、誰かの目を借りるというもの。つまりはフェンやセルパンの目を通して街の観光をするというもの。
 しかし、それでは普段と大して変わらないのではないか。そう思ったので、その案は却下した。別に街の様子を観るだけならばそれでも構わないのだが、それだと結局は地下に籠ったままなので意味がないような気がしたのだ。
 次がプラタのように何かに意識を載せて身体を変えるという案。だが、これもフェンやセルパンと視覚を共有するのとそこまで変わらないような気がしたので、却下した。そもそも意識だけ人形に移すなんてやり方知らないからな。まぁ、案を採用したらすぐにでも教えてくれただろうが。
 それでも、やはりこの身体で外に出たいのだ。外の空気を感じ、この目で街並みを見てみたい。外の空気を吸いたいだけなら、前回同様に山などの人気の少ない場所でもいいのだから。
 だが、そうは思ってみても問題は無くならない。大々的に顔見せをしたので、何処で誰に見つかるか分かったものではないのだ。
 認識阻害や服装などの見た目の変化以外にも色々と偽装はしてみるが、それでも万全ではない。とはいえ、見つかったらその時はその時だといえなくもないのも事実。多少騒ぎなるかもしれないが、それでこの身がどうなるというモノでもないだろう。
 そういう訳で、そこまで重く考えずにプラタ達と話し合った結果、色々と偽装するのは当然として、護衛としてシトリーが付く事になった。シトリーは姿形だけではなく根本から変化させられるので、こういう時には非常に役に立つ。参考に出来ればいいのだが、残念ながらそういうモノではないらしい。
 何はともあれ、それから日時なり寄る場所なりを決めたら完了だ。
 そうこうして何とかこぎ着けた今日である。準備をした分ワクワクしていたのだが、いざ今日になってみると、雨だった。まぁ、だからといって取りやめる訳ではないのだが、何だか悲しい気持ちになってしまうのは致し方ない事だろう。
 ただ、この雨のおかげで自然と雨具を使用出来るので、雨具で顔を隠す事が出来た。周りも雨具の使用で周囲へと意識が向きにくくなったので、結果としてよかったのだろう。
 しかし、ザーザーとそれなりの勢いで降る雨の影響で露店は一つも出ていない。店外で食べる場所にも誰も居ないので何だか寂しい。

「雨の日というのも随分と久しぶりだな」

 そういった事を抜きにしても、外に出ていないので雨もどれぐらいぶりか。この肌に張り付く湿気も懐かしい。雨の勢いもそれなりにあるので、この少し息苦しい感じもまた懐かしいものだ。
 雨の音で周囲の音もあまり聞こえないので、何だか独りになったようにも思える、隣をシトリーが歩いていなければ、特にそう思ったかもしれない。
 今日のシトリーの姿はいつもの少女の姿ではなく、大人の女性の姿であった。何処で参考にしたのか、輝くような鮮やかな青色の髪を腰まで伸ばし、目鼻立ちのくっきりとした整った顔の女性。背丈はボクより遥かに高く、二メートル近い。
 手足もすらりとして長く、それでいて露出している腕は引き締まっている。よくよく見れば、首元に縦に並んだ細く短い横線が幾つかみられる。
 それを見て、何処かで見たような気がするなと内心で首を傾げたところで思い出した。そういえば、海の住民が陸に上がる時にそんな跡がある者が居たなと。つまりは、今日のシトリーは海の住民を参考にしているという事だろう。プラタの話だと、今では陸に上がっている海の住民はそこまで珍しくはないようだし。
 そうなると、今のシトリーにとってはこの雨は気持ちのいい物なのだろうか? 海の水と雨の水では違うのだろうが、そこのところはどうなんだろう。
 そんな疑問が頭に浮かびつつ改めて見たシトリーは、最初にそうだと教えてもらっていなければ絶対に分からなかっただろうなと思った。少女の姿が頭に焼き付いているというのもあるが、今のシトリーは仕草も大人らしい感じなのだ。
 魔力の質などはボクではまだそこまで詳しく分からないが、ここまで印象が違うと分かる訳ないか。流石は変装が得意なだけはある。
 因みに、魔力の質などは事前にプラタから問題ないと言われていたので、問題ないのだろう。ここまで来ると、もう凄いとしか感想が出てこないな。
 そんな完全に別人となっているシトリーと共に街を歩く。今回歩くのは首都プラタではなく、初期の頃に出来た街の一つ。現在は工業都市シトリーという名前の街で、名前の通りにシトリーが管理している街だ。
 今日の護衛がシトリーという事で、シトリーの強い要望を受けて実現した訳である。
 まぁ、こちらはあまり足を運んだことがなかったので丁度いい。現在の街並みは工場や工房が多く見られるが、それでも住居や商店街もちゃんと存在している。今居るところがその商店街なので、雨の中でも人通りは多い。
 見た感じ全体的に大柄な住民が多いが、逆に小柄な住民もまた多い。他の街ではよく見かけるその中間辺りの背恰好をした住民は少なめだ。
 その辺りをシトリーに訊いてみたところ、力仕事をする者は大柄なものが多く、小物の加工などの細かな作業をする者は小柄な者が多い為らしい。
 扱う物によって得意な種族が居るらしく、その種族特性という訳だとか。もっとも、その種族以外がそれを扱ってはならないという訳ではないので、必ずしもそういう訳ではないらしいが、傾向としてどうしてもそういう風に傾くらしい。
 そういった街の中身はさておき、街全体の造りとしては、基本はどの街も同じだ。防壁で囲われた内側の中央に一際大きな拠点を置き、そこから四方に大通りが伸びる。
 基本となるその部分は何処も同じで、違うのはターシス族の集落のような小さな寄り合いか、海の住民達が住んでいる水中都市ぐらいだろう。
 そこからは、もう街によって色々と変化している。例えばここ工業都市シトリーだが、大通りにより四つに分割された各区画は、主に武具を生産している鍛冶区、装飾品などの小物や布製品から鍋などの日用品まで幅広く手掛ける雑貨区、鍛冶区と雑貨区で製造された品から食料品まで扱う商業区、主に住民が住んでいる居住区の四つだ。現在居るのがその内の商業区という訳。
 この区画だが、街によっては更に扱っている商品によって細かく分けている場合もあって、特色がよく出ている。
 雨の中、店の様子を外から窺うと、やはり扱っているのはこの街で造られた品が多い。値段も他の街よりも幾分か安い。逆に食料品などの他の街に頼っている品は他の街よりやや割高か。
 まぁ、全体としては報告通りに他の街と差はあまりないといったところ。
 傾向としては飲食店が少ないらしいが、歩いているとポツリポツリとそれらしい店を見掛けはするので、ここで暮らすとしてもそこまで苦労はしないだろう。
 住民の顔は雨のせいで確認しづらいが、暗くは無いとは思う。少なくとも、店の人は元気そうだ。
 雨なので判断しづらいが、道も奇麗だと思う。
 まだ狭い範囲しか見ていないが、いい街なのではないかと思った。報告では治安も良いようだし。
 警邏の兵とも時折すれ違うし、物騒な雰囲気も漂ってはいない。シトリーの管理はちゃんと行き届いているようだ。まぁ、そんな偉そうな事を地下に引き籠っているだけのボクが言う事でもないのだが。
 そうして商業区を見て回った後、昼食を食べて職人の区画である鍛冶区と雑貨区を見て回る。しかしいくら案内付きとはいえ、一日で街を全て見て回る事など出来ようはずもない。なので、夕方ぐらいに一旦帰ることにした。
 シトリーも転移魔法が使えるが、せっかくなので工業都市シトリーの拠点に寄って夕食を頂いた後、そこを経由して首都プラタの拠点へと帰る事にする。拠点間の中継地点はセルパンの管轄なので、ついでに挨拶をしていこうという腹積もりだ。行きはプラタが直接送ってくれたからな。
 それは事前にシトリーにも説明しているので、夕方になった段階で拠点に向けて歩いている。
 明日もここへと来る予定なので、その時には商業区も規模の大きな方ばかりではなく、規模の小さな方も回ってみたいな。だけれども、そうなると二日でも足りなくなってしまう。街は何処も大きいので、主要部分だけ見て回るだけでも三日か四日は欲しいところ。急げば二日ぐらいで行けそうだが。
 今回は二日を予定しているので、当然急ぎ気味。それに合わせて見回る部分もより厳選しているので、正直もう少しゆっくりと予定を組めばよかった。とはいえ、何が起きるか分からない今の情勢下ではあまりのんびりもしていられないからな。
 拠点に到着すると、早速夕食を摂りに食堂へと移動を開始する。拠点の造りも概ね同じなので、迷う事はない。そもそもシトリーに案内されている訳だし。
 それにしても、普段はプラタに案内されているから、シトリーに案内されるというのも新鮮だ。というか、そろそろ擬態を戻せばいいのに。

「シトリー、もう拠点内だしいつもの姿に戻ったら?」
「ん? ・・・ああ、そういえばそうでした」

 忘れていたらしいシトリーは、そう言うと直ぐにいつもの姿に戻る。一瞬とはいえ、ぐにょりと身体が歪むので見ていて驚いてしまう。それにしても、大きくなったり小さくなったりと本当に変幻自在だな。
 姿を戻すのを忘れていたようだし、その辺りは違和感がないのかもしれない。そんな事を考えていると、食堂に到着した。いつもならここからシトリーが食事を持ってきてくれるところなのだけれども、今日はどうするのだろうか? シトリーに席に案内されながら、ふとそんなどうでもいい事が頭に浮かんだ。
 席についてからもシトリーは傍を離れず、今日街を見て回った感想を互いに話していく。
 そうしていると、扉を叩く音が室内に響いた。それにシトリーが応じると、扉が開いて通路から人型の何かが配膳用の台車を押して食堂内に入ってくる。それは水を人型にしたような無貌の者であった。
 そんな姿ではあるが足取りはしっかりとしているので、見ていて不安は無い。
 台車をボクの近くまで押してきた無貌の者は、そのまま目の前の机に配膳していく。
 用意された料理は、手が込んでいるのであろう料理であった。それでも量はそれほど多くはないので、問題はなさそうではあるが。
 配膳を終えて無貌の者が食堂を出ていった後で並べられた料理を食べてみると、普段食べている料理よりは味付けがやや濃いめ。ここではこれが標準なのだろう。多分。そう思うと、何だか特色があって面白い。
 そんな食事を終えると、少し食休みを挿んでから転移場所まで移動を始める。

「今日は楽しかったね~!」

 その移動中、シトリーが満面の笑みで話し掛けてくる。食堂でも話していたが、余程楽しかったようだ。

「そうだね。色々なモノが見られて面白かったよ。もっと時間を取ってゆっくり見てもよかったかもね」

 実際、街の大本の造りは同じでも他は全くの別物なので、見ていて新鮮で飽きがこなかった。
 なので、もっと時間を取ればよかったというのは本音である。ただ、今の情勢じゃあね・・・。
 工業都市シトリーの様子は、そこに居る人も首都プラタではそこまで頻繁に見掛ける事のない種族が多く、その種族が店を営んでいるのだ。それだけで趣が異なるのは誰でも理解出来るだろう。
 店の外観から品揃え、値段だって同じではない。工業都市シトリーは大小両端な種族が多いので、そんな種族専用の店なんてものまで数多く在ったほど。
 大きい種族用の店は入り口も大きく、入ってみれば商品もまたかなり大きかった。
 小さい種族用の店は入り口からして小さかったのでボクでは店内に入れなかったが、代わりにシトリーが小さな分体を生み出してくれて中を確認してくれた。
 それから店の人の許可を取って商品を何点か外まで持ってきてくれたが、小さい種族向けだと本当に小さく、服なんてボクの胴体の半分ぐらい大きさの服から、誰が着るのか小指の先ほどの小さな服まであったほど。
 商業区だけでもそれだけ色々とあったのだ、鍛冶区や雑貨区でもそれはそれは色々とあった。やはり基本的な住んでいる種族が偏っているだけあり、それに合わせている分、何処でも大きい種族用と小さい種族用に分かれている。無論、その中間層向けの店も在るのだが、数は少なかった。工房や鍛冶場は別の街にも出荷している分、そうでもなかったが。
 そういった店や工房などを軽く見て回っただけなので、時間を取ってゆっくり見て回りたいと思うのもしょうがない事だろう。
 まぁ、それを言うなら住んでいる街である首都プラタからかもしれないが。

「そうだね~。明日もあるけれど、次はもっと長く時間を取って欲しいな~」

 ねだるような子どもっぽい口調ながらも、何処か少し甘ったるい感じもして、なんとも返答に困る。死の支配者を巡る情勢が落ち着けば、それぐらいはいくらでも時間を捻出するのだが。基本的にボクは暇だし。
 それでいいのかとも思うが、今更ボクに何が出来るというのか。
 ボクに出来る事など、魔法なんかを教える事ぐらいだろうが、それもプラタの方が上手いからな・・・。ボクは一体何が出来るのだろうか? そんな悩みも未だに答えは出ていないが、それは今は横に措こう。

「もう少し余裕が出来ればそれもいいね」
「本当!? 約束だよ~!!」

 パッと輝くような笑みを浮かべて念を押してくる。何だかんだとシトリーも強かなものだ。まぁ、結構長く生きているらしいからな。

「そうだね。情勢が落ち着いてくれればいいんだけれども・・・」

 約束するのは構わないので、シトリーの言葉に頷きを返しながらも、つい弱音が漏れてしまう。
 現在の死の支配者側とこちら側の戦力差はどれぐらいなのだろうか。昔であれば、死の支配者一人相手に総力戦を仕掛けても勝てなかっただろうが、あれからかなり成長したので、差は縮まっているとは思う。そう信じたい。
 実際はどうなんだろうな。死の支配者本人ではないが、死の支配者側と戦ったソシオの強さが知りたいところ。結局先の戦いは外側から観測するしかなかったらしいし。
 プラタも最後に会ったソシオはかなり強くなっていたと言っていたが、今はどうなのか。そのソシオと会ったのは戦いの少し前らしいから、丁度いい比較対象になるとは思うのだが、プラタでも正確には把握出来なかったとか。それでも、少なくとも当時はプラタでは到底勝てなかっただろうという事らしい。
 では、模擬戦とはいえプラタにも勝ちが覚束ないボクではどうかと言えば・・・今ならもしかしてぐらいはあるかも? 何でもありならプラタともいい戦いが出来そうな気もするんだよな。
 そんな事を頭の片隅で考えつつ、シトリーとも会話を交わしていく。その中で工業都市シトリーでの見どころなどのおすすめを教えてもらった。どうも別の街の住民向けに、観光するならここ! という案内も既に作られているらしい。
 そうこうしている内に転移装置が置かれている転移部屋に到着する。転移部屋は利便性よりも第一に安全性が考えられていて、拠点の中でも少々奥まった場所に設置されている。それでもある程度は利便性も必要なので、使用頻度の高い仕事部屋から少し離れているぐらいの距離に収まった。
 もっとも、転移部屋は出口と入り口が異なっているので、入り口は比較的近い位置に在る。
 そんな転移部屋の前に到着すると、シトリーは勢いよく部屋の扉を開く。中には誰かが居るという事もない。
 転移部屋は、転移装置が置かれているだけなので結構狭い。もしもここで暮らすとなると、寝る場所を確保するだけで苦労しそうだ。
 そんな狭い部屋の中央には、腰丈程の高さの棒が立っている。足下には円形の足場が在り、それを囲うように一部が欠けた輪っかが重なったような物が取り付けられている。
 シトリーに手を引かれてその上まで移動する。二人が乗るには狭いのだが、密着すれば何とかなるぐらいの広さはあるので問題はない。
 二人で乗ると、シトリーが転移装置を起動させる。意識の漂白と一瞬の浮遊感の後に到着したのは、セルパンの管理している中継地点。ここも最近新しくしたらしく、以前来た時とは見た目が異なっている。利用者が増えたので規模も大きくしたらしいし。
 転移して直ぐの部屋もとても広い。それでも白一色で目が痛いが。
 部屋は変わらず一室につき一つの転移装置と対応している。なので、同じ転移装置から来た者以外とこの場で鉢合わせる事はない。出入りも一方通行なので、向こう側の管理をしっかりしていれば待ち伏せされるという可能性はほぼ無いだろう。
 一緒に転移したので、すぐ隣にはシトリーの姿。転移慣れしているのだろう、ボクの視界が戻る前には既に普通の状態であった。それとも、シトリーやプラタは視界が白くならないのだろうか? そうであればなんとも羨ましい。転移にも大分慣れてきたとはいえ、視界が白くなるのは中々慣れないものだ。
 後はあの一瞬の浮遊感も身体の中が浮き上がるようで少し不快感がある。まぁ、害がないのは解っているのだが、それでも気持ち悪さがあるのだからしょうがない。
 何はともあれ無事に転移出来た訳だ。シトリーから離れた後、一緒に部屋を出る。扉も大きな扉で、大柄な種族でも問題なく通れるだろう。
 その大きな扉の内側にはボクぐらいの体格の者用の扉も取り付けられており、その更に内側には小さな扉も取り付けられていた。三種類の扉が重なって一つの扉になったようなその扉のおかげで、様々な種族に対応しているようだ。
 扉を潜ると、その先は小部屋になっていた。以前までは直ぐに手続きをする広い場所になっていたが、この辺りも変わったようだな。

「ここは?」

 小部屋に入ると、気になったのでシトリーに尋ねてみる。
 入ってきた扉が自動でしっかりと閉まったのを確認していたシトリーは、こちらを見て一瞬何を問われたのか分からないといった感じで首を傾げたが、直ぐに理解したようで説明をしてくれた。

「この部屋は、今居た転移装置が置かれている部屋への侵入を防ぐ為の部屋だよ~。ここは片方の扉を閉めなければ、もう片方の扉が開かないようになっているから、誰かが扉を開けたのを見計らって侵入しようとするのを防ぐ為に設置したらしいよ~」
「へぇ、なるほどね」
「勿論、この部屋自体も一方通行だから向こう側から開かないようになってるんだけれどもね~」

 得意そうに胸を張ってそう告げるシトリー。その可愛らしい仕草に思わず笑みが浮かぶ。
 もう少し詳しく話を聞くと、小部屋自体も結構頑丈らしい。それに、転移装置が在る部屋とこの先の手続きをする中心となる部屋は、この小部屋以外では繋がっていないようで、小部屋を経由しないと、どうやってもどちらへも行けないらしい。
 まあそもそも、ここが何処に建てられているのかボクは詳しい事は知らないのだが。
 そういう訳で、転移装置に関しては安全性がより向上したらしい。その分利便性はやや低下したようだが、安全性の方が大事だからな。少しぐらいは我慢してほしい。
 小部屋を出ると、その先はかなり広い場所に出る。以前もかなり広かったが、それと比べても格段に広いのが分かるほどに広くなっている。
 それに驚きつつも、それ以上にそこを利用している者の数に更に驚く。以前はそれほど人は多くはなかったのだが、現在は少しよそ見して歩いていたら確実に誰かにぶつかるだろうほどの密度だ。

「はぁー・・・こんなに人が居るんだねぇー」

 開いた口が塞がらないとでも言えばいいのか、その数にはただひたすらに驚きしかない。無論、街に出ればこれ以上の人を見る事が出来るが、利用する者が限られている場所でとなると驚きしかない。
 それだけ中央で働く人が増えたという事だろう。人口の増加もだが、色々と仕事量が増えたからな。
 そんな中で何もしていないというのは心苦しいものがあるが・・・そこはもう気にしたらいけないような気がしてきた。いや、気にした方がいいのは解るのだが、ボクは何も出来ないからな・・・死の支配者の件が片付いたら、それからどうしよう。
 いやまぁ、そう簡単に片付く問題でもないから気にするだけ無駄だとは思うのだけれども。
 それでも、今後を考えれば思わずにはいられない訳で。とはいえ、やはり今考える事ではないよな。解決する目途も立っていないし、何よりまだ事も起きていないのだから。
 それに、今その事を考えると中々思考が終わりそうもないので、この考えは頭の片隅にでも残しておこう。
 ボクがそんな事を考えている内にシトリーが手続きを済ませてくれる。ついでにセルパンへの取次もしてくれたようだ。
 シトリーに案内されるがままに場所を移すと、以前までとは違った場所に案内される。そこはどんな種族にも対応する為か広い部屋であった。
 大きな机に大きな長椅子。どれも質素な見た目ではあるが、物の質がいいのがよく分かる。
 部屋に入ると、大きなヘビの魔物が待ち構えていた。無論それはセルパンなのだが、身体が相変わらず大きい。
 フェンもだが、セルパンも身体の大きさをある程度自由に変更出来る。それでも、最小の大きさになってもボクよりも少し大きいのだが。まぁ、元の大きさを知っているだけに、現在の大きさでもかなり小さくなったなとは思うのだけれども。
 先に部屋に入ったシトリーが、手を上げてセルパンに挨拶をする。

「やあやあ、久しぶりだね~!」

 その元気のいい挨拶にセルパンは挨拶を返すが、やや鬱陶しそうな感じだったのはしょうがない事だろう。シトリーは毎回こんな感じなのだから。
 それから、シトリーの後に中に入ったボクに向けてセルパンが恭しく頭を下げて挨拶してきたので、それに挨拶を返した。
 互いに挨拶を終えると、セルパンに勧められて椅子に腰掛ける。よく見ると、その隣には小さな机と長椅子が用意されていたが、そちらはボクにも小さいので座れそうもない。
 種族の大きさに対応する為か、段差のある大きな方の長椅子に腰掛けたボクの向かい側には、セルパンが器用に椅子に腰掛けている。まあ座っているというか、身体の一部を椅子に乗せているといった感じではあるが。シトリーはボクの横に座っている。
 それから三人で話をする。主に顔を合わせていなかった期間に何をしていたのかについて互いに語っただけだが。まぁ、ボクは変わり映えの無い日常なうえに大して語る事も無かったので、主に聞き役であった。
 シトリーとセルパンはたまに顔を合わせていたようで、互いに現在何をしているのかの情報共有はなされていたようだ。おかげで二人によるこれまでの話といった感じが強かったが、それもたまにはいいだろう。
 話を終えると、シトリーと共に外に出る。セルパンも今では中継地点の管理だけではなく、街の一つを管理しているからな。あまり長居しても悪いだろう。
 申請は事前にシトリーが済ませていたので、そのままの足で目的地への転移装置が設置してある部屋へと移動する。申請した時に渡された札を小部屋の扉前に設置されている装置の中に入れると扉が開くようだ。
 札には大きく数字が書かれているだけだったが、それは小部屋の上の方に書かれている数字と同じだったので、部屋の場所を示しているのだろう。以前までとは随分と変わったものである。
 それから、来た時と造りが同じの別の小部屋を通って、転移装置が在る部屋に入る。部屋の造りや転移装置自体は行きと同じだ。
 行き同様にシトリーと一緒に転移すると、首都プラタの拠点に到着した。転移装置の置かれている小部屋に到着すると。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

 待っていたらしいプラタが出迎えてくれる。

「たっだいまー!!」

 それにボクではなくシトリーが応じるも、プラタは相変わらずこれを無視して、挨拶と共に下げた頭を上げてボクの方に視線を向けている。
 このやり取りも慣れたもので、ボクもそれを気にせずプラタに挨拶を返す。その後はプラタの先導で部屋の外に出ると、そこでシトリーとは別れた。
 暫くプラタと共に拠点内を歩いた後、プラタの転移魔法で地下へと転移する。なんで歩いたのかはよく分からないが、何か意味があったのだろう。
 自室に戻ると、直ぐにお風呂に入る。明日も朝早くから工業都市シトリーに行くので、お風呂から上がったらさっさと寝ないといけないな。
 そういう訳で、お風呂も短時間で済ませて就寝の準備をしていく。それを済ませたら今日はもう寝るだけだ。何も無い日というのも存外新鮮なもので、それでいて心地よい疲労感に包まれているようなので、これは良い眠りに就けそうであった。





 翌朝いつもよりも早めに目が覚めると、準備を済ませて朝食を食べる。時間に余裕があるので、その後の食休みにプラタと話をしながらのんびりと過ごしていると、シトリーが迎えに来た。

「ジュライ様、行くよ~!!」

 その元気のいい掛け声と共に部屋にやってきたシトリーと共に昨日来た道を・・・通らずに、シトリーはその場で転移魔法を展開させる。

「あ」

 その瞬間、近くで漏らしたプラタのその声が何故だか妙に耳に残った。それが何か言いたかっただけなのか、それとも突然のシトリーの行動に驚いただけなのかは分からなかったが。

しおり