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第13話 さよならベンダンヴィレッジ

「ではお気をつけて。よろしければまたお越しくださいね」

「何から何までお世話になりました!ご厚意は疲れ切った身体に染み入りました。本当にありがとうございました。またいつか会いにきますね」

馬車の用意が整い、俺たちは村長夫妻とコウくんリンちゃんとその父母をはじめ村民何名かのお見送りを受ける。
来た当初はひどい目にあったがこの村ではまた来てもいいかな、と思えるくらいの厚遇を受けた。俺たちは感謝している。
村長夫妻とは自然に握手を交わし俺たちは別れの挨拶をする。

この国の新王都セタランナへは御者一名を含めヤヨイさん、キャリーちゃんが付き添ってくれることになっていた。

今日のヤヨイさんは無地の黒いシャツに白いロングパンツを履いていてその装いはシックな彼女にとても似合っている。

「じゃあ、ヤヨイ気をつけてね。お客様とキャリーちゃんをよろしく頼むわね。無事に帰ってくるんだよ」

村長さんの奥さんがヤヨイさんの手を握り別れの挨拶をしている。

「奥様、私に心配はいりません。それにお客様もキャリーさまも私が責任を持って送り届けますから」

ヤヨイさんの表情は相変わらずだが、奥さんの気遣いに少し優しい表情になっているようだった。


そうして名残惜しいが俺たちは幾人かの村人たちに見送られながら王都への旅路へと着いた。
ここから王都へは道も整備されていて馬車で3時間ほどだそうだ。思ったより近い。
御者も一流の腕前のベテランさんを用意してくれたそうだ。
馬2頭が牽引する幌付きの馬車は御者の手綱で王都への街道をゆく。
馬車に乗るなんて初めてだ。現代社会では馬車に乗る機会なんてそうそうない。
瑛子なんかニッコニッコで馬車の旅路を楽しんでいるようだし、糸井さんも興味深そうに窓の外を眺める。
流れる風が頬に心地よい。

「キャリーちゃんは何持ってるんだ?オモチャか?」

「お、おもちゃじゃないです!これはレーダーなのです!」

キャリーちゃんが何か丸い水晶のついた円盤のような機械を弄っていたので何をしているのか尋ねてみた。
どうやら田舎道は治安が悪いので山賊避けに生体魔力反応を探る探知機で安全を確保しているらしい。今のところは何も危険はないとのことだ。

空は青く山々が遠くに聳え田舎の長閑な風景がどこまでも広がる。
伸びやかな小鳥のさえずりが馬車の振動と相まって眠気を誘う。

「うーさーぎーおーいしーナーベーナーベー♪」

「グロいな!『うさぎが美味しい』って言ってないからな⁉︎その歌は?」

「え?マジっスか⁉︎」

瑛子がトンチキな歌を歌い一瞬で俺の眠気が吹っ飛んだ。
発想がエグい。

そうしていると何やらキャリーちゃんがヤヨイさんに耳打ちし2人が思案しているようだった。

「なにかあったんですか?」

気づいた糸井さんが2人に尋ねる。

「暫く先に地形が悪くレーダーの反応によると山賊が待ち伏せしている可能性があるポイントがあるらしいのです。でもご安心ください。この馬車は御者の腕も良いのです」

ヤヨイさんは糸井さんの質問にそう応えてくれた。



※補足説明
ベンダンヴィレッジ
新王都セタランナから東南約15kmほどに位置する小さな村
約2万ha 人口3000人ほど
主な産業はセッタラ牛やベンダン豚などの食肉産業
ストレンジャーがユグドラルに迷い込んでくる迷いの森の近くに存するためこの村の重役は迷い人の保護を行うことが義務付けられている
主にストレンジャーやその子孫で構成されているがユグドラル出身の者も希望すれば受け入れている

















−−約30年前 ルルーブ歴751年7の月 カンソンの村


「うあぁぁぁぁーー‼︎やめろ!やめてくれぇぇぇぇ‼︎」

「お願いします!この子は!この子だけはどうか……‼︎」

ある寒村で人々が逃げ惑い月の無い夏の夜空に悲鳴がこだましていた。
追いかけているのはエドワード王の命令を受けた直属の兵士達だ。
彼らは逃げる老若男女を容赦なく殴り飛ばし次々と捕らえていく。
やがて捕らえられた村人たちは縄で縛られひとところに集められると張ってあった陣幕から黒い法衣を纏った妖艶な女と周りの衛兵とは着ているものが違うと一目でわかる初老の男が現れた。

「ご苦労じゃったな、貴様ら!そしてカンソン村の諸君!貴様らは今宵栄えある生け贄及び余興の主役に選ばれた!感謝しながらあの世に旅立つがよい‼︎」

村人たちは男が何を言っているのかわからなかった。
やがて村人の1人が前に歩み出て男に質問する。

「も、もしかしてあんたはエドワード王で……?」

「ふん、下賤めが。王たる余に口を聞くか。だが良かろう。今宵までの命よ。如何にも余がエドワード・ルブジネット!トバイケルの皇帝である!」

エドワードは男を見下すように答えた。
その答えに村人たちの間に騒めきが起こる。
狂王が狂っていることは風の噂で耳にしていた。
−−−生け贄だと?今宵までの命?

「……あのうどういうことで」

更に先ほどの男がおずおずと質問する。
当然意味がわからない。

「フン!理解できんか下郎が!分かりやすく言ってやるとこれから貴様らは悪魔の刻印を刻まれ贄となる。あの世に旅立つのだ。光栄に思うがいい。余の愉悦の糧となれるのだからな!」

王の思いもかけない言葉に村人の間に動揺が走りやがて怒号と悲鳴に変わる。
狂王が何を言っているのかわからないがどうやら今夜自分たちが処刑されるのは間違いないようだ。
意味がわからなかった。

「ふざけるなっ‼︎狂王!処刑だと⁉︎俺たちが何をしたっ⁉︎」

前に出た男が暴れ出す。しかし縄目を受けた彼の抗議は狂王には届かず衛兵にたちまち取り押さえられた。

「……ふん。親切で答えてやったものを。理由か?そうじゃなあ、特にはなかったよこの村には。何も落ち度はな」

エドワードは憮然として居住まいを正す。
その仕草がさらに村人たちを苛立たせる。
村人の1人が叫ぶように問うた。

「ならば何故だ⁉︎何故俺たちは贄になる⁉︎」

「強いていうなら」

エドワードは白い顎髭に手を当てて考えるようにして弄る。
そして笑顔とともに言い放った。

「今宵、賽の目がこの村を差したからじゃなあ。運のいい奴らじゃ。魔王の糧となるがよい!」

「ふざけるなぁぁぁぁぁ‼︎」

村人の幾人かが縄目を受けながらも暴れだした。
自分たちには何の落ち度もない。
たかがサイコロの目・・・・・・で我々が贄に選ばれただと?
このまま黙ってくたばってたまるか。

「ふふふ、愛いやつらよ。生きのいい獲物ですね。王よ、そろそろ始めますか」

傍のナラーティアが不気味な笑顔を浮かべ前に歩み出た。
−−−王はこの女に出会ってから更に狂った
そんな噂がこの村にも流れてきていた。
村人たちはナラーティアに殴りかかろうともするがその動きがぴたり、と止まる。

「う、動けない……」

「何をしたっ!魔女め‼︎」

「ふふふ。うるさいから動きを封じ込めさせてもらった。バカどもめ。暴れても同じことよ」

ナラーティアの魔術によって動きを止められた村人たちは歯噛みする。
怨嗟に満ちたその目はナラーティアをますます増長させるだけであった。

「よしいいぞ。そろそろ準備をはじめい!」

「御意!」

動けない村人たちにナラーティアはナイフで紋様を描いていく。
それは先日処刑された者たちに施されたものと同じく悪魔への供物となった証であった。

老若男女分け隔てなくナラーティアは悪魔の刻印を刻んでいく。
睨みつける者、すすり泣く者、神に祈る者
反応はまちまちだったが村人全員の身体に刻印を刻み終える。

「さて準備は出来ました。もう少し眺めていたい光景ですが酒は熟し過ぎても美味しくはありません」

ナラーティアは妖しい笑いを浮かべこれから始まる惨劇に身を震わせる。
恐怖ではなく歓喜の震えである。

「では」

狂王の目の狂気の色が更に強くなる。
その笑みは怖ろしくもはや人間のものとは思えなかった。

「はじめよ!」

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