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第12話 アイテム士

怯えたキャリーちゃんが俺の背に隠れ瑛子から距離をとる。

「ふ、ふぇぇ……」

瑛子は俺の小突きにも全く怯むことなくニコニコしながらキャリーちゃんに迫っていく。
くそっ、勇者の耐久厄介だわ!
誰だよ、このバカにチート与えた奴⁉︎

「あーん……もう……怖くないっスよ〜〜キャリーちゃん?さあ遊びましょうねーー⁉︎」

「ふ⁉︎ふぇぇ〜〜⁉︎」

「ふふふ、鬼ごっこっスかぁ〜⁉︎お姉さん得意っスよ?そういうの!」

キャリーちゃんが俺の周りをぐるぐる回るように逃げ回り俄然テンションの上がった瑛子がその後を追う。
ちょ……やめろって!あぶねーな!

「おい!エイコ!いい加減にしろ!」

「はい、はい、キャリーさん、ごめんね?もうすぐ落ち着きますからね」

俺はエイコを抱き止め糸井さんが怯えるキャリーちゃんを抱え上げた。
本当に小さいなキャリーちゃん。
しかしまるで理性の消し飛んだ子犬だわこいつ。昔から何かに夢中になると周りが目に入らない。

「か、帰りゅ!アイテム士やっててこんな屈辱ははじめてです!お家に帰りゃせてもりゃいましゅーー‼︎」

キャリーちゃんが糸井さんの腕の中で噛みながら泣き喚いた。
真っ赤な顔に涙目でかわいい……
じゃなくて帰られたら困るよなあ……

ヤヨイさんと糸井さんが慌ててキャリーちゃんを宥め説得に入ってくれた。
俺はエイコを一睨みする。

「ごめんなさいっス……」

エイコは今度こそ反省した様子でシュンとなって謝罪した。



「いいですか⁉︎アイテム士はえらいのです!犬っころやニャンコロみたいな扱いしちゃだめなのです!わかりましたか⁉︎」

「はい、キャリーちゃんさんごめんなさいっス!」

「ナツキさんと言いましたね⁉︎あなたはうんうんの前と後に『さー』とつけるのです!わかりましたか⁉︎このアホ毛さん⁉︎」

「わかりましたっス!キャリーちゃんさん!」

「わかってなーーい‼︎反省するのです‼︎」

プンプン怒ったキャリーちゃんの前で正座した瑛子が怒られている。
しかし可愛らしいキャリーちゃんを見ながら瑛子はニコニコしながら返事している。
そんなに応えてないな、あれは。

「アイテム士は貴重な職業で今現在この村にはキャリーさまお一人だけしか居ませんでした。迷い込んだストレンジャーの中には重いから、とご自分の装備をここで売っていかれる方も多いのですがナツキさまの装備は大変希少なものとお見受けします。あなたがお持ちになっていたほうがいいかと思い、今回の手配をさせていただいたのですが」

ヤヨイさんが瑛子とキャリーちゃんをちらっと見る。
つまりは瑛子のために誂えられたわけだ。
本人がその場を壊そうとしてどうする。まったくこのアホ毛娘は。

「すいませんっス……」

意味がわかったのか流石の瑛子も恐縮する。

「王都までも一緒なのでどうか仲良くなさってくださいね」

俺たちもキャリーちゃんに改めて挨拶を述べる。
彼女は13歳にして「1級アイテム士」の資格を持つ優秀なアイテム士らしかった。
この資格で生活の糧も自分で稼いでいるらしい。俺より年下なのにえらいなあ。

「では新王都セタランナまでの付き添いの依頼、改めてお受けするのです。よろしくなのです」

先ほどよりは幾分落ち着きを取り戻したキャリーちゃんはそう言って快く俺たちの装備品の運搬の仕事を引き受けてくれた。ありがたい。

キャリーちゃんは机に並べられた俺たちの装備品に向き合う。

「これで全てですね?ではいっぺんにやっちゃいます」

キャリーちゃんが両手を合わせるとそこを中心にぼうっと白い光が発生した。これが魔力ってやつだろうか?

「カード化マテリアライズ!」

彼女が小さくそう唱えると光が机上の俺たちの装備品に向けて広がり包み込まれる。
やがてすぐに光が収まると机の上からは俺たちの装備品は消え、代わりに数枚のカードが机上には散らばっていた。
カードを手にしてみるとそのカード化されたらしい物の姿が写真のように描かれ、また端の方にその名前も描かれており何がどのカードに封印されているのかわかりやすかった。
なるほど、すっごく便利だ。重宝される訳だ。

「さて、それぞれ不足は無いかカードを確認してほしいのです。間違いはないか確認するのは大事なのです」

俺たちは信頼してるがこういうのは信用第一らしい。
それにカード化された装備たちにも興味がある。一応1つ1つ手に取って確認してみた。

「おぉ……すごいっスねー!あれだけあった物があっという間にペラッペラのカードに変身っス!さすがキャリーちゃんさんっスね!」

「テヘヘ……照れるのです」

キャリーちゃんは褒められてあれだけ警戒していた瑛子にもはにかんだ笑みをみせる。ちょろい。







※補足説明
アイテム士とは……
生物ではない「物」であれば何でもカード化して持ち運べるスキル「マテリアライズ」を使える唯一の職業。
8000人に1人くらいがアイテム士の適性を持つと言われる。
(ちなみにユグドラルの総人口は約1200万人)
流通や経済にとって大変貴重な能力であるため、国家によってその地位は確保されている。
特殊な訓練を受ける施設や専門の学校まで用意されており、資格試験によって1級から3級までのアイテム士が存在する。
アイテム士はその能力の特殊性ゆえ貴重なアイテムを預かることも多いので低めのステータスをカバーするための戦術や武術を叩き込むのはこの職で食べていくためには必須。

1級アイテム士であれば1日の契約につき3000ギル程度の報酬が相場である。
(この世界の一般的な庶民の平均月収が約3000ギル)
ギルドや団体がお金を出し合って年俸制や月契約で雇うことが一般的であり、今回のキャリーちゃんのようなケースは稀である。
(ちなみにキャリーちゃんは今回の仕事を「お客を送り届けるまで」という契約で格安の800ギルで受けてくれた)

















−−約30年前 ルルーブ歴751年7の月 妖精の国カームランド

碧々とした樹々が見渡す限り辺りを覆い青い光が葉から溢れる。
青い月光が照らす樹々の影の元にちらほらと人型の影が歩いているのが見える。
その人影の耳は長く尖り月光に照らされる髪が薄い光に反射してとても美しい。
ここはエルフの国カームランド。
エルフという種族は自然と調和した生活を営み大地と空とともに生きる者たちである。
人ほどの規模ではないが彼らも国家というものももっており文化もあった。
カームランドの長であるケットシーの家では今宵も小さいながらも酒宴が開かれていた。

「さあ呑め!呑め!ブライアン!酒も肴もたんとあるぞ!」

「おおすまんな!シーよ!しかし遠慮はせんぞ!ブハハハハ!」

木のテーブルに差し向かい2人の男が運ばれてくる酒と肴を待つ。
ホストは妖精王ケットシー。
細面の長身に銀色に淡く光る髪を肩まで伸ばした端正な顔立ちの男であった。年齢は20代と言われればそう見えるしまた40代にも見える、不思議な容貌をしていた。

客であるもう1人はブライアン・バーゼル。
黒い巻き毛の髪を肩口まで伸ばし精悍な灼けた顔つきに知性を湛えた薄緑色の瞳を持つこの男は元の世界では医学博士や弁護士資格などを持ち様々な分野で活躍する「現代のダ・ヴィンチ」との異名を持つ変わり種の学者として知られていた。
このユグドラルでは偶然ゲートをくぐり3年前にこの世界にやってきた実質的なストレンジャーのリーダーでもある。
彼は二月ほど前に「ストレンジャーの兵500名を率いエルフの国と戦え」という王からの無茶な命令で遠路はるばるこのカームランドまでやってきた。
ではなぜそんな命令を受けた彼がエルフの王と酒を酌み交わしているのか。

「しかしお前は変わった男だの。単身お前がここへやってきたときは何事かと思ったわ」

「学者は好奇心が売りでな。向こうにはいないエルフがいると聞いてこの目で見てみたくなったんだよ。いやあいきなり矢を射かけてこられて肝を冷やしたぞ」

「当たり前じゃ!この森は元来人を受け入れぬ。お前が余りにバカ野郎だから受け入れてやったのだぞ?」

彼は命令通りに兵を率いエルフの国カームランドとの国境まで到達すると単身妖精王の館に乗り込み国に無断で「自らの軍とカームランドとの和平条約」を結んでしまった。
気が合った2人はそれからというもの毎晩のように酒を酌み交わしている。
エルフの造る酒は素材の味が自然に近くとても美味いのだ。

「散々な言われようだな!ま、言われ慣れてるが」

ぽりぽりと頬をかく。
ちなみに連れてきた兵たちもエルフの村の近くでキャンプを張り生活の面倒を見てもらっている。
バーゼルたちの持参した城からくすねてきた宝物と兵たちの労働という対価を支払う条件の元であるが。

「ダイコクのお刺身とフマル羊の胸肉香草焼き、それとヨーデイの果実酒です」

美しいエルフの娘が用意できた酒と肴を彼らのテーブルに運んできた。

「よし来た来た!おいハリー!そんなところで俯いてないでお前も呑め!食え!」

バーゼルが声をかけた先、少し離れた柔らかい敷布の上に座り込んでいた体格のいい男が顔を上げた。

「御二方、そんなに呑気に構えていてよろしいのですか?そろそろ狂王は勘づきますよ。我らが矛を交えていない事に」

朗らかな2人とは違い深刻な表情で懸念を示す。
彼はハリー・スペンサー。
学者であるバーゼルの警護中に共にユグドラルに迷い込んだ元の世界では現役のアメリカ軍人である。
今はこの世界ではバーゼルの副官を務めていた。
彼は呑気な2人のリーダーに以前からの懸念を続けて伝える。

「そうなればトバイケル軍の追っ手が来ます」

「相変わらずおまえは固いなあ。そんなことじゃあこの世界で長生きせんぞ⁉︎ま、そん時はそん時だ。あの狂王バカぶん殴って簀巻きにしてやんよ。前から気に入らなかったんだあの狂王バカ」

「……やっぱり私も頂きます。アタマ痛くなってきたんで」

バーゼルの余りにも能天気な返答にハリーは頭を抱える。
これが本当に『ダ・ヴィンチ』とまで言われた天才なのだろうか。
この男との付き合いは3年ほどになるがハリーは未だにこのノリには馴れない。

「おういいぞ!呑れ!呑れ!」

バーゼルの歓声にハリーはため息をつく。
その時だった。エルフが1人宴席に慌てた様子で駆け込んできた。

「失礼致します!宴の最中で申し訳ありません王よ!しかし先ほどトバイケル出身と思われる人間の男女2名が我が国に浸入しようとしていたところ捕らえました。彼らはブライアン・バーゼルに会わせろと言っており現在臨時の牢の中に収監しております。どうかご指示を」

この情報に流石のケットシーも酒を注ぐ手を止めた。

「……ほう。ついにきたか。噂をすればなんとやら、じゃなあ。おーいどうするブライアン?」

「あーーあ……俺の桃源郷が終わっちまったよ……ここはメシは美味いし女の子も可愛いってのによ……まったくあの狂王バカめ……ちっと小突いてやろうか」

うーーん、とバーゼルは両手を伸ばしストレッチをする。
まだまだ呑気な様子だが少しだけ問題に向き合う気になったらしいバーゼルにハリーは尋ねた。

「行きますか?その牢へ」

「いいや、ちょっと待て。なあアンタの目から見てその男女・・ってのは悪そうなヤツにみえたか?いやアンタの勘でかまわねえぜ」

メッセンジャーである青年のエルフにバーゼルは問うが彼は困惑の表情を浮かべ言い淀む。

「……いいえ悪い人間には見えませんでした。本人は貴方の追っ手では無いと主張していますが」

「よし、そいつらをこちらに連れてきてくれるか?構わないなシーよ」

「ああ、構わんが相変わらずじゃなあ……刺客だったらどうすんじゃおまえ……」

「なーに、そんきゃそんときよ」

やがてすぐに縄で両腕と腰を縛られた男女がエルフの兵によって宴席に引き出されてきた。
2人の身なりはみすぼらしく疲労の色も窺える。

「おう、お前さんたち。刺客には見えねえなあ。こっち来て呑るかい?よーーし構わねえ縄をほどいてやってくれよ」

「……いや、しかし」

エルフの兵たちは戸惑う。

「構わんよ。ほどいてやってくれ」

ケットシーが苦笑を浮かべ兵たちに指示すると仕方なしに彼らは捕虜の縄を解いた。

「どうしたお前さんたち。迷い込んだか?そんなことはないよなあ。名指しだもんな。俺に何か用か?」

バーゼルは2人をじっと見つめ観察する。敵意や殺気は微塵も感じられない。
しかし2人とも思いつめた表情だった。
やがて男の方が口を開く。

「……私はトバイケルの元衛兵アンディと申します。狂王の勘気に触れ処刑されかかったところを命からがら逃げだしこの女と共にここまでやってきました。ここにやって来た目的はただ1つ。貴方を見込んでお願いしたい。どうか王都に進撃し、狂王を討っていただきたい」

アンディはバーゼルの目を真っ直ぐと見つめ一息に言い放った。
バーゼルは小さく笑い、手元のグラスに酒を注いで彼に差し出した。

「いきなりだなあ。まあ一杯やれや」

「ブライアン、やはり危険です」

ハリーは罠の匂いを感じバーゼルに警告する。
しかしバーゼルははっは、と笑い先を促す。

「話は聞いてやろうや。ま、それからだ。アンディよ、あの狂王バカは元々狂っちゃいたがさらにおかしくなったってのか?詳しく話してくれよ」

アンディは差し出された盃を固辞すると話を続ける。

「王は……王は狂いました。完全に。罪もなき領民を魔への供物に捧げるほどに。数ヶ月前はまだエドワードはただの『暴君』でした。だが今のヤツは血に飢えた悪魔です」

アンディは目の前で起きた惨劇とこのひと月で狂王が為したと言われる凶行についてバーゼルに語った。
ナラーティアによる処刑が行われてからひと月。
エドワード王はこの遊び・・に興じること甚だしく、初めのうちこそ罪人や反逆の名目でとらえた人間を贄に用いていたがそれも尽きると妙な言いがかりをつけ罪のない都の人間や周囲の村の人間などを攫い儀式の贄に用いていた。狂王の狂気はこのひと月で更に加速していた。

「前からおかしいとは思っていたがそこまでイカれてやがったか……あのジジイ」

バーゼルが酒を呑む手を止め眉を顰める。
エドワードは以前より狂王と言われその暴虐は大陸中に知れ渡っていたが今アンディの口から語られた情報はその噂以上の凄まじさであった。

「これを……元護衛隊隊長サイモンからの手紙です」

アンディが懐より油紙に包まれた手紙を取り出す。
アンディが別れ際にサイモンより託された手紙である。

「サイモンだと」

ハリーが顔を顰め警戒の色を更に強める。
親衛隊隊長サイモンの悪名は彼らも耳にしたことがあり会ったこともある。
陰気な男で常に人を見下した笑いを浮かべる嫌な男である。

「やはり罠では……あの男も狂王の手先である可能性も」

「まあ待てや」

ハリーの警告を再三に渡ってバーゼルは遮る。
穏やかな表情でバーゼルはアンディに問いかけた。

「彼はなんと言っていた?おまえにこの手紙を渡す前に」

アンディは少し考え込み言葉を選ぶ。
彼自身サイモンのことを信頼していない。
しかし彼が狂王へ向ける殺意は本物だった。
アンディは見たまま感じたままをバーゼルに伝えることを選んだ。

「『この国にあの王はもう要らない、いや居てはいけない』と。そして『ナラーティアの黒の書は魔王を呼び出す』とも言っていました。……不実な男ですが少なくとも私にはその言葉と狂王への殺意は本気であると感じられました」

「そうか……」

バーゼルは暫しの間考え込むようにアンディの言葉を反芻しながら手紙を開く。
やがて手紙を読み終えると立ち上がりパキパキと肩の骨を鳴らした。

「シーよ、金と兵たちを貸してくれんか?ちょっとトバイケル滅ぼしてくるわ」

「いいけど耳を揃えて返せよ。お前は踏み倒しそうだからな」

ケットシーは如何にも可笑しいといった様子でグラスの酒をグイッと飲み干す。

「心配すんなよ。倍返しにしてやるからよ!」

高く笑い声をあげながらバーゼルはいい笑顔でケットシーの方を振り向いた。

「すいません給仕の方、濃いめのアルコールいただけますか」

ハリーは頭を抱え込み何かを諦めたかのように酒席に着く。
今日はたんと呑みたい気分だった。
明日からは忙しくなる。

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