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第331話 死神ちゃんと名付け下手③

 ダンジョンに降り立った直後、死神ちゃんの目の前を冒険者が流れていった。


「おあとがよろしいようでええええええええ!」

「あんさん何言うてますのん! 全然よろしくなああああああああ――」


 厚く氷の張った湖の上の、いわゆる〈移動床〉状態となっているところを目にも止まらぬ速さで滑っていった冒険者とそのお供は、その先にある氷の割れ目へとドボンと落とされた。お供はギャアギャアと喚き散らしながら、氷水の中で必死に羽をはばたかせた。


「死ぬー! 死んでまうー! わてはこの身を焦がさんばかりに燃え盛る炎が消えたら、死んでまうんやー! 誰か、助けてー!」

「暴れるなよ、唐揚げ! お前が暴れると、俺が水から上がれな――」

「死ぬ―!」


 主人のことを気にすることなく暴れまわっていた唐揚げとやらは、そのままパアと光に包まれて消えた。しかし直後に氷上に姿を表して、彼(?)は羽を動かしてまるで額の汗でも拭うかのような素振りを見せると、フウとため息をついた。


「あー、えろう目におうたー。不死鳥(フェニックス)でなければ本当に死んでまうところだったわー」

「それ以前にお前、召還契約でこっちに来てるんだから死にようがないだろう! そういう〈お約束〉になっているんだし! しかも何勝手に帰って、再召喚してもないのに勝手に来てるんだよ!」

「あんさん、そんなにしゃべる元気があるんだったら、早う上がってき。ごっつう冷えますやろ? わての炎で暖めてあげるさかい。な? 早う」

「自分が助かったからって、もう他人事!? 何なの!? お前、本当に何なの!?」


 死神ちゃんは激しく言い合いをしている召喚士とフェニックスに近づいていくと、召喚士のほうに手を差し伸べた。召喚士は死神ちゃんの顔を見もせず「あ、どうも」と言って手を取ると、急いで氷水の中から上がった。そしてフェニックスで暖を取り顔色に生気を取り戻したところで、助けてくれたのが死神であるとようやく気づき、盛大に顔をしかめた。


「お前、ふてぶてじゃないか! どうしてこんなところに!」

「いや、それはこっちのセリフなんだが。何でこんなところでコントなんかやってるんだよ、お前ら」

「コントなんかやってないわ!」

「いやいや、やってただろうが。ちなみに、微妙におもしろかったぜ」

「いやあ、お嬢ちゃん、おおきになあ。せやけど、わてらがやっていたのは漫才の練習なんですわ。――漫才はウケへんのに、普段のやり取りはコントとみなされてドッカンドッカンいくんは、なんでなんやろなあ」


 フェニックスがケタケタと笑うと、召喚士が苛立たしげに〈強制送還〉の呪文を唱えようとした。フェニックスはやかましく悲鳴を上げながら「いややー! 帰さんといてー!」と羽をはばたかせた。
 この猿のようにキーキーとうるさい召喚士は冒険者としての実力はそこまで高くはないが、術士としての腕がよく、そのため上級の精霊や悪魔と複数名契約していた。しかし、腕は良いが口が悪く、さらには契約相手に名付けるネーミングがひどすぎるため、それが原因で契約解除をされることがしばしばだった。
 彼の名付け下手がどれほどかというと、鳥相手に唐揚げなどという大変不謹慎なネーミングを行うほどである。しかし、唐揚げ的にはこの壊滅的なセンスがおもしろいらしく、死神ちゃんがうっかり「もう、その名付け下手を芸にしてしまえば?」と提案してしまったこともあり、彼らは今となってはすっかり芸人として活動しているようだった。


「わてら、すごいんでっせ。主にダンジョン内を活動の拠点としてるんやけど、ネタのキレが良いときなんかは、観客の冒険者はんたちの気力がグンと回復するらしいんですわ。それとな、ネタ見せだけでなくな、毎日お疲れのみなはんに応援の掛け声をかけさせてもらうこともあるんやけど、やる気が満ち溢れるのか、攻撃力増加の支援魔法をかけたときのような赤い(もや)が冒険者はんにまとわりつくんですわ」

「芸がもはや魔法と同等の力を持っているって、それはすごいな……。新しく冒険者職ができそうな勢いだな……」

「占い師が冒険者職として認められているくらいやから、芸人もいけますやろ! せっかくやし、今度ギルドのお姉ちゃんに掛け合ってみましょか? でもって、旦那、あんさんが芸人の第一号となるんや! ダンジョン史に名を残せまっせ! いやあ、輝かしい! それにしても、みなはんのお役に立てて、おひねりガッポリもろうて、良いことづくめですわー」

「俺はダンジョン史に名を残すなら、普通の冒険者として、ダンジョン踏破者として名を残したいんだよ……。仲間とも、そう誓っているんだよ……。だのに、円滑なコミュニケーションとやらを学ぶための一環で始めただけのことだというのに、どうしてこうなったんだ……」


 召喚士は頭を抱えると、深刻な表情を浮かべて俯いた。死神ちゃんは何とも言えない微妙な表情で頬を引きつらせると、どうしてこんなところで練習をしていたのかと尋ねた。すると、いまだうなだれている主人に代わって、唐揚げが首を左右に揺らしながらあっけらかんと答えた。


「そりゃあ、お嬢ちゃん。ドッカンドッカン笑かすことでホットホットにできるよう訓練しとったんや。腹の底から笑うたら、体も温まりますやろ」

「いやいや、そこは防寒対策して物理的に温まれよ。ダンジョン内・極寒地区の寒さを舐めるなよ」

「せやかて、魔法で寒さ耐性を上げることもできるんやから、いけますやろ!」

「ネタ出しやネタの練り直し作業を、まるで新たな魔法を創造するのと同じように言うんじゃあねえよ!」

「いややわー。さっき、お嬢ちゃんも〈芸がもはや魔法と同等の力を持っているって、それはすごい〉と認めてくれたばかりやないかー」


 唐揚げが大仰に泣き真似をし始めると、死神ちゃんは〈こいつ、どうにかして〉と言いたげな苦い顔を浮かべて召喚士を見つめた。召喚士は〈どうしようもない〉と言うかのように頭を振ると、一層肩を落として俯き大きなため息をついた。
 唐揚げはひとしきり騒ぐと、死神ちゃんに〈ネタを見て〉と迫った。死神ちゃんが渋々うなずくと、唐揚げは意気揚々とネタを披露し始めた。


「どうもー! 〈マイナスD〉ですー!」

「マイナスD?」

「あら、お客はん。わてらのコンビ名、気になりました? これね、遠い国のおとぎ話を由来にしとるんですよー」


 唐揚げは主人にちらりと視線を送った。しかし主人は乗り気でないようで、不服そうにふんぞり返っていた。怒った唐揚げがくちばしでつつくと、召喚士は嫌々ながらコンビ名の由来を投げやりに話し始めた。


「鬼退治に行くのには、犬と猿と鳥が必要なんですよ」

「そうなんよねえ。わてらの他に、あとDOGがいてくれたら、わてらも鬼退治できるんやけどねえ」

「ていうか、俺は猿じゃねえ!」


 ここで一旦漫才を止めると、彼らは死神ちゃんの様子を伺った。どうやら、普段はここでドッカンドッカン笑いが起きるようだ。しかしながら、死神ちゃんは顔色ひとつ変えることなく、腕を組んでふんぞり返っていた。そして小首を傾げると、心なしか眉根を寄せてポツリと言った。


「むしろ、桃太郎がいないだろうが。マイナスなのはDだけじゃあないじゃあないか」

「いやーッ! 鬼っ子! 鬼っ子がおるー! そこは空気読んで笑って! お願いー!」


 唐揚げが大げさに悲嘆に暮れると、周囲からドッと笑いが起こった。どこから集まってきたのか、いつの間にやら人だかりができていたのである。気を良くした唐揚げは、軽妙にボケを連発した。それにツッコミを入れるのは、召喚士ではなく何故か死神ちゃんだった。観客の一人は投げ銭を飛ばしながら、唐揚げに向かって声をかけた。


「そこのお嬢ちゃんの髪の毛の色、桃色じゃあないか! よかったな、桃太郎がちゃんといて! これでようやく本当に〈マイナスD〉だなあ!」


 死神ちゃんはいつものツッコミ癖を発揮してうっかり漫才に混ざってしまい、召喚士のお株をすっかりと奪ってしまっていた。そしてそのほうがウケがいいようで、普段彼らが漫才を行う時よりも多い観客数となっていたらしい。死神ちゃんも召喚士も〈何でこんなことになってしまったんだ〉と言いたげな苦い顔を浮かべていた。しかし、唐揚げは結果的にたくさんの人に喜んでもらえるというのが嬉しいらしく、一生懸命愛想を振りまき、リップサービスを飛ばしまくっていた。


「いやあ、ほんまね! あとはおさるが召喚士としての腕をもっと上げて、複数召還できるようになってね、お犬様をご召喚してくれたら――」

「犬と猿は犬猿の仲だから、呼んでも来てはくれないかもな」


 死神ちゃんがハンと鼻を鳴らすと、再び観客がドッと笑った。死神ちゃんはまたもやうっかりツッコミを入れてしまったことに、自責の念に駆られた。
 冒険者たちが楽しそうに笑い声を上げていると、それに釣られてモンスターがやって来てしまった。しかし、いっぱい笑ってやる気十分な冒険者たちはそれらを易々と撃退した。しかし、モンスターはさらに数を増やしてやって来た。怖気づいた冒険者たちに覇気を取り戻させようと、唐揚げはけたたましい鳴き声を上げて言った。


「さあさあ、応援の気持ちを込めて、わてのご主人が一発芸をしまっせー!」


 急にネタを振られた召喚士は慌てふためいた。唐揚げは〈これも修行〉とでもいうように、召喚士をつついて戦場に押し出した。思わず、モンスターも冒険者たちも戦いの手を止めて彼に見入った。彼は恥ずかしそうにもじもじとすると、意を決して叫んだ。


「ふ……布団が吹っ飛んだー!」


 一瞬で、場の空気が凍りついた。そしてあろうことか、魔法攻撃を行うモンスターに沈黙の効果がかかった。思わず閉口したくなるほど、ギャグがつまらなかったらしい。


「すごいな、お前……。まさか、そこまでスベリを極めているだなんて――」

「やめろ! 賞賛の眼差しで見るな! 逆に心が抉れる!」


 死神ちゃんにまじまじと見つめられて、召喚士はワッと泣いた。しかし、主人が微妙に傷ついているということもお構いなしに、唐揚げは調子に乗ってさらに芸を見せようと提案してきた。召喚士は嫌々ながら〈名付け下手芸〉を披露することにした。
 モンスターたちはもはや悪口といっても差し支えない、辛辣なあだ名付けにダメージを受けたようだった。戦闘最中の冒険者たちからは「モンスターの物理・魔法両方の防御力ががくんと落ちた気がする」という声が上がった。死神ちゃんは一層、召喚士を〈信じられない〉という目で見つめた。
 最初は嫌々だった召喚士は、お褒めの言葉を頂いたことによって調子に乗り始めた。ノリノリで名付け下手を披露する彼に、冒険者たちも「いいぞ、もっとやれ」と囃し立てた。しかし、彼の悪口によってモンスターの防御力がすり減っていくのに比例して、彼に対しての怒りのボルテージは右肩上がりだった。瀕死の重傷を負ったモンスターは攻撃の相手を冒険者たちではなく召喚士に変更すると、最後の力を振り絞って襲い掛かってきた。


「防御力も落ちきって、そんなヘロヘロになったヤツなんか怖かないね! 俺がとどめを刺してやる!」


 召喚士はニヤリと笑うと、モンスターを殴り倒すべく杖を構えた。しかし、捻り潰されたのは彼のほうだった。どうやらモンスターは、あまりの憤りのせいで彼に対しては攻撃力が格段に上がっていたらしい。
 それと同時にモンスターを倒し終えた冒険者は、ぽかんとした顔を浮かべていた。そんな中、唐揚げは「おあとがよろしいようで」と言いながら、自分の世界へと帰っていった。死神ちゃんも「はい、撤収!」と冒険者たちに号令をかけると、その場からフッと姿を消したのだった。




 ――――お笑いナンバーワンの道はまだまだ遠いようDEATH。

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