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「まあ、なんて美しいのかしら」祖母は、私がヨンベの家から持ち帰った魔法薬の小瓶に目を奪われたようで、ため息まじりにそういった。「いいものをいただいたわね」

「これをキャビッチに?」ケイマンがきく。

「すばらしい」サイリュウもため息まじりにいいつつ、首をふる。

「シルクイザシか……見たことない植物だな」ルーロは材料の方に興味があるようすだった。

「本当にきれいなお薬ね。さっそく使ってみるの?」ハピアンフェルは、小瓶のまわりをくるくると回りながらきいた。

「うん」私は元気よくうなずいた。「やってみる」瓶を持ち上げる。

 瓶にはコルクの栓がはめこまれてあり、私はそれを引きぬこうとした。

 けれどそれはかなりかたくて、私の力ではびくともしなかった。

「かしてごらん」すぐにケイマンが手をさしのべてくれた。

「あ、うん」私は緑色の小瓶をわたそうとしたけれど、そのとき金色の爪の手がものもいわずにその小瓶をするっとさらっていったのだ。

「え」思わずその手の主を見たけど、私はすぐに目をそらした。

 その緑髪の鬼魔もとくになにもいわないまま、少しのあいだ瓶を目の前にもちあげ、少しふったりして観察し、それからやっぱりなにもいわないままコルクの栓をすぽん、とぬき取り、こんどは鼻のちかくにそれをもっていってくんくんとにおいをかいだ。

 私は、そっちの方をなるべく見ないようにしてはいたんだけど、目のすみにそいつがそういうことをしているのがどうしてもうつってしまうのだった。

「ふうん」緑髪のやつは低い声でそういい、少しのあいだ私を見ていたけれど、私がなにもいわないのでとなりのケイマンに、小瓶とその栓を手渡した。

「よし、じゃあさっそくやってみよう」ケイマンがうなずく。「ポピー、キャビッチを出してくれるかい」

「うん」私はちいさくうなずいて、テラスの椅子の上におろしていたリュックからキャビッチを一個とり出した。これは学校の授業で投げた残りで、うすい黄色の、私のてのひらサイズのものだ。重さはそんなになく、たぶんごくふつうの力をもつ、標準的なキャビッチだった。

「じゃあ、はい」ケイマンが小瓶を私にさし出す。

 私は少し緊張しながら、緑色と金色の混ざった色の液体を、ほんの一滴、キャビッチの上に垂らした。

 なにが起きるんだろう。

 けれど見たところ、キャビッチにはとくになんの変化も起こらなかった。色が変わるわけでも、ふるふると動き出すわけでも、ヨンベのおじさんのときみたいに葉っぱが一枚ずつはがれてたて並びに整列しはじめることも、なかった。

「ポピー」祖母がそっという。「誦呪を」

「あ」私は思わず肩をすくめ、ちいさく咳ばらいをして「ピトゥイ」と唱えた。

 すると。

 その黄色いキャビッチはとつぜん、ぴょーんとテラスの天井ちかくにまで飛び上がったのだ。

「うわ」

「おお」

「あら」

「えっ」全員がいっせいにそれを見あげて声をあげた。

 キャビッチはそれから、ケイマン、サイリュウ、ルーロ、そして緑髪のユエホワの頭の上を、一回ずつくるりと回りながら順ぐりに通りすぎていった。

「えっ」

「なんだ」

「これは」鬼魔たちはおどろきの顔で、自分の頭の上を回るキャビッチを見あげて声をあげた。

「まあ」祖母が目をまるくする。「もしかして全員分の呪いをひといきに解こうとしているのかしら」

「えっ」その言葉に私も目をまるくし、全員目をまるくした。

 それと同時に、黄色いキャビッチはしゅるん、と音をのこして消えた。

 全員、ぼう然とそれを見守っていたが、やがて祖母が

「じゃあ、みんなお互いの名前を呼びあってみましょう」とうながした。

「あ」

「そうか」

「ケイマン」

「サイリュウ」

「ルーロ」

「ユエホワソイティ」この名前はハピアンフェルが誰よりもはやく呼んだ。

 しーん、となった。

 なにも、起きない。

 ということは。

「おお」

「解けた」

「呪いが消えた」

「すげえ」

「まあ」

「すてき」全員が、信じられないといった顔でまばたきも忘れ口々にいった。

 私自身も、まったく信じられない気持ちでぼんやりしていた。

 これは、なにかの間違いではないのか?

 こんなに、あっという間にしかも全員分がひとつのキャビッチだけで、うそみたいに解けてしまっていいものか?

 なにか、まちがって使ってしまっているとか、このあとなにか大変なトラブルが巻き起こってしまうとか、そういうことではないのか?

「ポピー」祖母が呼んだ。

 私は顔を上げ、ぼう然としたまま「はい」と答えた。

「信じられないほどのすばらしい効果です」祖母はまじめな顔でしずかにいった。「けれどこれはあくまで、薬の力。あなた本来の魔力によるものではないということは、必ず肝に銘じておくように。今後も、決して鍛錬を怠るようなことがあってはなりません。そしてまた、あなたの友だちに対して、自分を特別な存在として扱うことを要求するようなことも、決して許されません。いいですね」

 私はうつむきながら聞いていた。「はい」ちいさくうなずく。

 皆、それ以上は言葉を口にすることもなかった。



 その後、アポピス類の学生三人もその薬をぜひ試してみたいというので、私たちは小瓶をもって森の方へ出かけた。

 鬼魔たちはあれこれ話しこみながら、祖母の畑からもってきたキャビッチに薬をふりかけていたようだったけれど、私は彼らから離れた場所で、一人すわりこんでいた。なので、彼らのキャビッチがどんな効果を見せたのか、または見せなかったのか、知らずにいた。

 ときどき「おおっ」とか「うわっ」とか「うーん」とか「ばかちがうよ」とかいっている彼らの声を、タルパオの幹の向こうに聞きつつ、その太い根っこの上でぼんやりとほおづえをついていると、

「ポピーメリア」

と、小さな声がふんわり聞こえてきた。

「え」私は顔をあげた。「ハピアンフェル?」

 姿は見えない。最初に会ったときと同じく、気配だけだ。

 だけど両手をくっつけて丸めると、ハピアンフェルはふわりとその中に入ってきて、私の手の中で白く光りながら「森のようすを見にきたの」といった。

「そうなんだ」私は微笑み、まわりの森の木々を見回した。「そういえばここのところ、アポピス類たちが近づいてくることってないよね」

「ええ、森の木たちが教えてくれるのよ」ハピアンフェルは答えた。「鬼魔が近づくと私に信号を送ってくれて、そしてガーベランティが――ツィッカマハドゥルというのかしら、木々に魔法をかけて、追いはらっているの」

「え」私はおどろいた。「そうだったんだ」

 やっぱり、祖母はすごい――祖母は強い。

 そんな想いが心の中に強くあらわれたけれど、私の顔はよろこびをあらわしてはいないようだった。

 ハピアンフェルが「どうしてそんなにかなしそうな顔をするの?」ときいたからだ。

「――」私はちょっとだけびっくりしたけれど、でもあわてて笑おうともしなかった。

 なぜだろう――たぶんいろんな気持ちが、心の中であれこれつみかさなって、とても重く感じていたからだと思う。

「大人はなにもわかってなんかくれない」私はうつむいたままそういった。

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