バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第315話 殺し屋ダンディズム②

 とある休日の早朝。第三死神寮のリビングに、パシンという乾いた音が鳴り響いた。一度ならず、二度三度と鳴り響いた。この土日の朝恒例の座禅瞑想会終了後、死神ちゃんは参加者一同を見渡して顔をしかめた。


「お前ら、今日は一体どうしたんだよ。雑念多すぎだろ」

「いやだって、気になりすぎるんだもん。――(かおる)ちゃんの、お輿入れにまつわるエトセトラ」


 死神ちゃんは不快感をほんのりと露わにすると、苦々しげにボソリと言った。


「前から思っていたんだが、その〈お輿入れ〉という言い方、やめてくれないかな。それって、女性が嫁ぐ時の言葉だろう」

「いやでもさ、文頭に〈嫁に〉という言葉のあるなし関係なく、薫ちゃんは〈もらわれていく〉が正解な気がするんだよ」

「そうそう。マコさんをはじめとする誰かしらのお世話のもと、ヌクヌクと甘やかされ成長し、立派なおっさん幼女となって――」

「人を勝手にドナドナするんじゃあねえよ。ていうか、どいつもこいつも好き勝手、散々なことを言いやがって。寮を出ていくことが決まっても、お前らだけは絶対に遊びになんか来させないからな!」


 死神ちゃんが不機嫌に口を尖らせると、一同は必死に謝り倒した。一通り落ち着いたあと、興味津々とばかりに一人がポツリと言った。


「この前の男子会では詳しく聞けなかったけど、お相手は結局誰なの?」

「一人なの? 全員なの? その姿(なり)でお付き合いって、具体的にどんな感じなの? プラトニックなの? やることしっかりやっちゃってんの?」


 諦め悪くグイグイと失礼な質問をしてくる同居人の一人に苦い顔を浮かべると、先ほど「お相手は?」と聞いてきた同居人が再び「とりあえず、お相手は?」と再び聞いてきた。死神ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、語気を強めて言った。


「悪いが、出て行くまでは絶対に言わないからな」

「何でよ、ケチ臭いな」

「俺単体だけでも幼女をネタに何かとイジられまくるんだ、相手が判明したらそっちにも幼女ネタで野次が飛ぶだろう。新生活を始めてもそういうのは一定量あるんだろうが、始める前からずっとネタにされ続けるとか、それだけは、本当に勘弁して欲しいから」

「薫ちゃん、男だねえ」


 ニヤニヤと笑う同居人たちに、死神ちゃんは再び鼻を鳴らした。しかし、彼らは一向にニヤニヤ笑いを止めはしなかった。死神ちゃんは眉根を寄せると「まだ、何か」と尋ねた。すると彼らは大きくうなずいて「実は」と話し始めた。


「俺ら、口では『彼女欲しい』とか『一発やりてえ』とか言ってたけど、結局は言って終わりだったんだよな。〈生き直しさせてもらえるだけありがたい〉と思って、妥協していたっていうか。それを理由にして、努力を怠っていたっていうか」

「でもさ、住職がめげることなくアタックし続けた結果、あの麗しの爆乳を手に入れて。薫ちゃんもいつの間にかお付き合いとかしちゃってて、プロポーズしたとか言い出して」

「マコさんも、まだ決定ではないとはいえ、別の課に異動するらしいじゃん? そういうの見聞きしてたら『ああ、死神課所属でも、好きに恋愛していいし、他に天職があるなら異動申請を出して良いんだ』って思えるようになって」

「そんなこんなで〈死神課寮の居住者をハッピーな方法でゼロにしてやろう計画〉を無謀にも立ち上げたんですよ、俺ら。というわけで、凄腕スナイパーの十三様にオンナを一発必中でオトすテクニックを今一度教えて頂きたいんです」

「相手によって受け取り方は様々なんだから、一発必中の方法なんかないよ。それに、諦めないための心の持ち方は住職に聞けばいいし、天職の見つけ方はマコにでも聞けばいいんあじゃあないか?」


 それじゃ、と言って死神ちゃんはリビングから出ていこうとした。すかさず、一人が死神ちゃんを羽交い締めにし、二人、三人と死神ちゃんに抱きついた。


「前に、もふ殿に『お主らの生活の中で、最も活かしようがない』と辛辣なこと言われたけど! そのときに教えてもらったテクをきちんと活かして、彼女ゲットしたヤツも先日お出まししたし! 俺らもそれに続いていきたいんだよ!」

「最終的な部分はテクじゃあないって、俺らだって分かっちゃいるよ! でも、導入部ではやっぱり必要かなって!」

「ほら、住職! お前も薫ちゃんにお願いしろって! いつまで経ってもお胸にタッチで満足ってわけにもいかないだろ、お前も!」

「お願いです、十三先生! 男の中の男・十三先生にしかできないことですよ、これは!」


 むさい男どもにギュウギュウとスシ詰めにされ、死神ちゃんは面倒くさそうにしかめっ面を浮かべていた。しかし、彼らが「十三先生!」と連呼するのに気を良くしたのか、死神ちゃんはニヤリと笑うと「諸君、そんなに知りたいかね。いいともいいとも」と調子づいた。


 死神ちゃんはフフンと得意気に笑うと、共用リビングの一角で、男達の輪の中で熱弁を振るった。(おとこ)の美学的なことも絡めて、真剣に語って聞かせた。聴衆たちも、必死にメモをとりながら正座で聞き入っていた。


「であるからにして――」

「よくは分からないけれど、とてもおもしろそうね」

「え……?」


 聞き覚えのある声がして、意気揚々としゃべり続けていた死神ちゃんは話すのをピタッとやめた。周りのみんなと一緒に声のあった方へと視線をやると、そこには何故かソフィアがいて、キラキラとした目で死神ちゃんを見つめていた。
 ソフィアはハッと顔を赤らめると、慌てて住職にパタパタと走り寄った。


「呼び鈴を鳴らしたかったのだけど、どこにあるのか分からなかったの。勝手に入ってきてしまってごめんなさい」

「あー……。いや、謝る必要はないよ。出し忘れてた俺が悪いから。――今日は結構冷えるから。エントランスで待ちぼうけして、寒かったんだろう?」


 住職はバツが悪そうに頭を掻いた。寮長室を空ける際は、来客対応用の呼び鈴を設置することになっている。昨夜から今朝にかけてはマッコイが夜勤で、その間の寮の管理は住職が代理で務めていた。朝起きたらまず呼び鈴を出しておくというのが仕事のひとつであったのだが、彼はすっかりそれを忘れて座禅瞑想会に参加していたのだ。
 来客者名簿に記帳せず入ってきてしまったことをなおも申し訳なさそうにするソフィアに、住職は一層申し訳なさそうにした。出し抜けに、リビングにいた住人の一人が「今日はどうしたの?」とソフィアに声をかけた。すると彼女はにっこりと笑みを浮かべて言った。


「今日はね、小花さんとマコさんと三人で食べ歩きをするの。今度、グルメ王者としてのお仕事があるから、それの練習をしたくて。お出かけの時間にはまだ早いんだけど、遊びに来てもいいよって言うから来ちゃった! 天狐ちゃんも来たがっていたんだけど、宿題が終わらなかったみたい。残念だわ。――みなさんは何をしていたの?」


 小首を傾げるソフィアに、住人の一人が座禅瞑想会について説明した。興味深げに耳を傾ける彼女に、他の住人がニヤリと笑って「それから、薫ちゃんに〈男女のお付き合いについて〉の手ほどきを受けていた」と言った。どうしてそういう話になったのかを聞いたソフィアはパアと表情を明るくすると、嬉しそうに声を弾ませた。


「まあ、素敵! 前にソフィアが()た光景が、とうとう本当になるのね!」


 住人たちが不思議そうに首を傾げると、ソフィアは「自分の目には〈その者の真の姿〉や〈その者の未来〉が映るのだ」ということをたどたどしく説明した。住人たちはギラリと目を輝かせると、こぞって〈未来〉を見てもらおうとした。困惑の表情で苦笑いを浮かべるソフィアと同居人たちの間に割って入ると、死神ちゃんは呆れ眼であごをしゃくった。


「はいはいはい、離れろ離れろ。お前ら、聖女様のお力に頼らず、自分で道を切り拓けよ」

「何だよ。薫ちゃんだって、視てもらったんだろ? それでお付き合いやプロポーズを決心したんじゃあないのかよ」

「俺は視てもらってないよ。詳細は省くが、ソフィアがその力に目覚めたときに、ちょっといろいろとあってな。それに、付き合い始めたのはそのときよりも前だし、今回のことも、別にそのことが関与はしていないよ。――夏の送別会のあとに住職と話をして、ちょっと思うことがあって。きっかけはそれだから」


 こちらの世界にやってきて、第三のみんなと家族のような生活を送り、死神ちゃんは「家族って良いな」と思うようになった。天狐が泊まりに来るようになり「家庭をもっていたら、こんな感じだったのかな」「家庭っていいな」と思うようになった。〈家庭への憧れ〉はどんどんと膨らんでいった死神ちゃんは、憂鬱ながらも幸せのある生活では満足できなくなった。もっと幸せになりたいと思ったのだ。


「そういえば、薫ちゃん、事あるごとに『家族って良いな』『家庭って良いな』って言ってた気がするな」

「それで意を決して、お付き合い一周年の記念にプロポーズに踏み入ったってわけか」

「俺らも是非ともそれに続きたいもんだな。――というわけで、先生。話の続きをお願い致します」

「いやいや、ソフィアが遊びに来たんだから、この話はもうお終い」

「ソフィアも聞きたいわ!」


 ソフィアは彼らの盛り上がっていた〈オンナの口説きテク〉を純粋に〈人と人との円滑なコミュニケーションのとり方〉と解釈したようで、目をキラキラと輝かせて死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんは難色を示したが、同居人たちと一緒になってソフィアが〈早く話して!〉という笑顔の圧力をかけてきたため、諦めのため息をついて口を開いた。


「いいか、男性諸君。親密度を上げていくためにはボディータッチは重要だ。しかしながら、現在の親密度を考慮しないだとか、過度にやるのはよろしくないな。よく〈女性は頭を撫でられるのが好き〉というのを勘違いして、親しくもないのに女性の頭に触れる輩がいるが。絶対にやめろよ。逆に嫌われるからな。まずは何と言ってもコミュニケーション。タッチはその次。巧みな会話術で心を掴んだと思ったら、カフェから出て次の目的地に向かうというときにでも、それとなく手を握れ。これがファーストタッチだ。いいか、くれぐれも頭に行くなよ。まずは手だ」


 そう言いながら、死神ちゃんはソフィアの手をとって握りしめた。ソフィアは嬉しそうにニッコリと笑い、手を握り返してきた。死神ちゃんは彼女の天使の微笑みにほっこりと相好を崩すと、男性諸君に向かって言った。


「手を握り返してくれるというのは、好感を持ってくれているという証です。どこまでなら相手に心と体を開いてもらえるかをしっかりと考え見極めながら、コミュニケーションをとり、次の行動を選択しましょう。少々強引な選択をしてしまって相手が難色を示したら、無理に突き進むのではなくひとマス戻って。またサイコロの振り直しをしましょうね」


 熱心にメモを取る同居人たちにそう言いながら、死神ちゃんはニコニコと笑みを湛え続けるソフィアの頭を優しく撫でた。ソフィアは気恥ずかしそうに肩をすくめると、満面の笑みで言った。


「なんだか、お父様に撫でられてるみたい」


 嬉しそうに声を弾ませるソフィアに、死神ちゃんの笑顔は固まった。死神ちゃんは頬を引きつらせると、心なしか〈心ここにあらず〉な感じの声でポツリと返した。


「まあ、そうでしょうね……」

「なんだよ、薫ちゃん。家庭を持ちたいわりに〈お父さんみたい〉には傷つくのかよ」

「いや、だって……」


 ほんの少しだけ心が灰になった死神ちゃんの側では、ペドが完全に灰と化していた。小さなお子様に対してやましい気持ちを抱えている彼にとって、聖女様の尊い微笑みは猛毒だったらしい。「再生が終わる前に、袋に詰めろ!」となどと言っているわりに楽しそうな同居人たちと、申し訳なさそうに顔を青くして右往左往するソフィアを眺めながら、死神ちゃんは住職にすがりつき「俺って、そんなにおっさんかな……」といじけたのだった。




 ――――以前も感じたことだけれど。小さな子どもの素直な反応って、どんなキルスキルよりも効果が高いと思うのDEATH。

しおり