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第312話 死神ちゃんと残念⑧

 ダンジョンに降り立ってみると、そこは五階〈極寒地区〉だった。地図上に表示されている〈担当のパーティー(ターゲット)〉の位置はすぐ近くだったが、そこに赴いてもそれらしい人影は見当たらなかった。死神ちゃんは首を傾げると、再度辺りを探して彷徨(さまよ)った。やはりそれらしい冒険者は見当たらず、死神ちゃんは腕を組むと顔をしかめた。


「おっかしいなあ……。地図ではいることになっているんだが……」


 そんなことをブツブツと言いながら、死神ちゃんは辺りをもう一度見回した。そして雪だるまを見つめると、もしやと思い近寄ってみた。特に吹雪いているということもなくバランスが悪いというわけでないにも関わらず、雪だるまは心なしかもぞもぞと揺れていた。


「えっ、もしかして、これ!?」


 苦い顔を浮かべた死神ちゃんは、雪だるまの胴体に軽い蹴りを入れた。すると、中から「助けて」という声が聞こえてきた。ガタガタと揺れながら「助けて」と繰り返す雪だるまを愕然とした面持ちで見つめると、死神ちゃんは慌ててそれを取り壊しにかかった。このまま凍死されるよりは、さっくりと灰化達成して帰りたかったからだ。
 雪だるまの表面は氷のような頑丈さに仕立てられていた。魂刈で一生懸命に削ぐこと数分、ようやく亀裂が入り雪だるまはボロボロと崩れ落ちていった。中からドサリと音を立てて倒れ込んだ男性エルフの頬を叩きながら、死神ちゃんは必死に呼びかけた。


「おい、生きてるか? まだ生きてるよな? ――おっ、とり憑き完了した! よし、じゃあ、もう死んでいいぞ!」

「もう死んでいいぞじゃあねえよ!」


 エルフは回復魔法の緑の光をまといながら、勢い良く起き上がった。死神ちゃんは舌打ちすると、ため息混じりに面倒くさそうに言った。


「何だよ、急に元気になりやがって。残念は残念なりに残念な最期を遂げるかと思っていたのに」

「残念連呼してるんじゃあねえよ! ていうか、やべえ! 早く掘り起こさないと!」

「何を」

「クロをだよ! あいつ、変温動物じゃん! 放っておいたら、冬眠通り越して死んじまうよ!」


 エルフの側には、不自然に盛り上がった場所がたしかにあった。どうやらそこに、相棒の黒い竜人族(ドラゴニュート)が埋まっているらしい。必死にそこを掘り起こすエルフをじっとりと眺めながら、死神ちゃんは思わず「お前ら、揃いも揃って本当に残念だよな」とこぼした。


「ふう、危うく死ぬところだった……」

「ああもう、マジで焦ったよ! まさか〈極寒地区〉入ってすぐのこんなところに、ユキジョロウがいるだなんてさ! 誰か、奥から引っ張ってきたな、こりゃ」


 ため息をつきながらフウと頭を垂れる二人に、死神ちゃんは「本当に、残念だな」と呆れ果てた。二人は声を揃えて「残念と言うな」と憤った。
 このエルフは、事あるごとに残念なことが身に降りかかる何とも残念な盗賊である。クロと呼ばれた竜人族は、知力を司る〈黒い竜人族〉だ。残念の仲間だけあって、知力が高いはずであるにもかかわらずオトボケをかますという残念な君主だ。
 どうしてこんなところで雪だるまになっていたのかと死神ちゃんが尋ねると、残念がげっそりとした顔でボソリと言った。


「先月は収穫祭でしたね」

「ああ、そうだな。そう言えば、お前、郷里で南瓜の収穫を手伝わされていたんだっけ?」

「何で、お前がそれを知っているんだよ。――ああ、クロから聞いたんだな。……そうです、南瓜の収穫を手伝わされておりました。なにせね、その農家、ちっとも働かないでやんの! 俺だって、ダンジョンに潜って探索したりアイテム掘りしたりしたかったのに! あいつ、怪しい南瓜でファッション業界と武具業界でトップを()るとか何とか言って!」

「はい……?」


 死神ちゃんが顔をしかめると、残念はとある〈角〉について毒づいた。何でも、彼はいわゆる〈都会派エルフ〉なのだそうだ。つまるところ、エルフの里出身の〈エルフ至上主義な田舎エルフ〉ではなく、他種族と共存するエルフなのだという。というのも、彼の父が教会に身を置く司祭だそうで、その関係で彼も多種多様な種族が住まう村で生まれ育ったのだそうだ。
 彼の村で一番多いのはノーム族だそうで、そのため農耕が村の一大産業なのだそうだ。彼が手伝いに駆り出された農家さんのお宅もノーム族で、彼はそこの娘さんとは幼馴染同士なのだとか。小さなころから散々迷惑を被り続けた彼は、過去どれだけ彼女のせいで残念な目に遭ったかを語り、そして今回の収穫祭でどれだけ被害を受けたかを捲し立てた。そして一息落ち着くと、きょとんとした顔で付け加えた。


「あ、ちなみに村って言っても、ここからすぐ近くのところでさ。職業冒険者たちのベッドタウンにもなっているくらいなんだよ」

「だからしょっちゅう、ダンジョンを耕しに来ているのか、あいつは」

「あー……。お前、やっぱり知り合いなのか、あの角と。そんな気はしてたよ。あいつさ、マジで迷惑じゃねえ?」

「ホントな、いい加減にして欲しいよ。先日なんか、無理やり南瓜を被せられてな。数日ほど外れなくて苦労したよ」

「人に散々〈残念〉って言うわりに、お前も随分と残念な目に遭っているじゃんか……」

「うるさいな! 残念に残念だなんて言われたくない!」


 死神ちゃんと残念がいがみ合っていると、クロが唐突に口を開いた。


「そんなわけで、我々は〈お疲れ様会〉とやらをしにやって来たのだ」

「お疲れ様会?」

「この〈極寒地区〉には温泉とやらが湧いているそうなのだ。その湯に浸かればたちまち病や傷が癒え、しかも幸運に恵まれるのだそうだ」


 死神ちゃんが興味深げに相槌を打つと、残念がにやりと笑った。


「もう誰にも〈残念〉だなんて言わせない! 何故なら、俺はこれから幸運に恵まれ放題になるんだからな!」

「その台詞がもはや残念なんだが……」

「だから、残念って言うなよ!」


 残念が地団駄を踏むのを、死神ちゃんはヘッと鼻を鳴らしてあしらった。

 彼らはさっそく、情報を頼りに温泉目指して進んでいった。しばらくして、雪景色の美しい幻想的な雰囲気の温泉に辿りついた。


「おお、すげえ! 猿が何か飲みながら湯に浸かってる!」


 残念は目を輝かせると、先客をまじまじと見つめて嬉々とした声を上げた。そしていそいそと装備を解き服を脱ぐと、嬉しそうに温泉へと向かっていった。しかし慌てて戻ってくると、彼はクロが重たい鎧を脱ぐのを手伝った。


「クロも入るのか。大丈夫なのか?」

「うむ。こう見えて、我は湯に浸かるのが好きなのだ」

「へえ。ていうか、前にも思ったんだが。残念、お前、意外と面倒見がよくて優しいよな」


 死神ちゃんがぼんやりとした口調でそう言うと、残念は居心地悪そうに顔をしかめた。それを見て死神ちゃんがムッとすると、残念は憮然とした表情を浮かべて苦々しげに返した。


「だって、お前、俺の顔見りゃ残念しか言わないくせに。急に褒められても、なあ? ――で、お前は入らないのかよ?」

「だって、タオルの持ち合わせなんてないし」

「我が多めに持参している。安心するといい」

「クロさん、準備がおよろしいですね……」

「備えあれば憂い無しだ。――さあ、行こう」


 死神ちゃんはクロに促され、渋々服に手をかけた。ワンピースを脱ぎにくそうにしていると、残念が「はい、手を上げて」と言いながら手伝ってくれた。つくづく面倒見がいいなと思いながら、死神ちゃんは彼らと一緒に温泉へと向かった。
 死神ちゃんは彼らと一緒に思う存分温泉を楽しんだ。残念とクロは先客の猿に酒を進められ、一杯ずつ頂いていた。この姿でお酒を飲むのは駄目ということになっている死神ちゃんは、代わりに温泉卵を頂いた。猿はにこにこと笑うと、死神ちゃんたちの頭を撫でてから出ていった。残念は幸せそうな息を漏らすと「定期的に通おうかな」と呟いた。どうやら、温泉の気持ちよさがくせになったようだ。


「病や傷を癒やすと聞いてはいたが。温泉とやらは、心も癒やしてくれるのだな」

「だな。すげえ、癒される……。もう、南瓜に埋もれる日々が遠く感じられるくらいには……」


 身も心もほっこりと温まった彼らは、本日は探索せずに良い気分のまま帰ろうと決めたようだった。湯から上がり支度を整えると、彼らはもと来た道を戻っていった。途中、何度か戦闘するはめになったのだが、彼らは何とかやり過ごし、少しばかりレアな品を手に入れていた。温泉の〈幸福に包まれる〉効果が現れている証拠だと、残念は小躍りしながら喜びを露わにしていた。
 しかし、やはり残念は残念だったようで、もう少しで〈極寒地区〉を抜けるという辺りで、彼は誰かが連れてきてしまったユキジョロウの雪像作りに再び巻き込まれた。瞬間冷凍で出来上がったエルフ像が完成した端からボロボロと灰となって崩れ落ちていくのを残念そうに眺めると、死神ちゃんは肩をすくめてその場から姿を消したのだった。



   **********



 後日。死神ちゃんは寮長室に顔を出すと、マッコイに「霧吹きって、ある?」と声をかけた。マッコイは目を瞬かせながら、不思議そうに否と答えた。少しして、第三死神寮の住人たちは、死神ちゃんが玄関先で南瓜に霧吹きをしている場面に遭遇した。彼らは不思議そうに首を傾げると、何をしているのかと死神ちゃんに尋ねた。すると、死神ちゃんはきょとんとした顔で当然とばかりに言った。


「いやだって。カボ太郎に付いてる葉っぱ、なんとなくだが萎れてきているだろう? だから、日光浴と水やりが必要なのかなと思って」

「もしかして、その霧吹き、わざわざ買ってきたの?」

「おう。マコに聞いたら寮の備品でそういうのはないっていうから。――リビングに置いとくからさ、お前らもこいつがしなびてきてたら水やりしてやってくれよ」

「カボーッ!」

「おお、お前、鳴けるようになったのか! すごいな! ――どうだ、ん? もう少し、水が欲しいか、カボ太郎」


 カボカボと鳴く南瓜ににこやかな笑顔を向ける死神ちゃんをぼんやりと眺めながら、彼らは「あんなに被害被って辟易としていたはずなのに、何だかんだ言って面倒見いいよな」と心中で呟いた。
 なお、余談ではあるが、あの温泉には〈幸福に包まれる〉という魔法効果はなく、そう感じたのは単なるプラセボ効果だということだった。しかしながら、あの猿に頭を撫でられるか尻を叩かれると、夏の間中、病気にはならないらしい。死神ちゃんはその話を聞いて、素っ裸で尻を叩かれるという屈辱を受けなくて本当に良かったと心から思ったという。




 ――――人がいいがために損をすることもあり。でも、小さなことでも幸せを感じられて。だからこそ、残念なことに見舞われても、毎日が楽しそう。……〈残念と死神ちゃんは、意外と似た者同士かもしれない〉と、周りの人たちは思ったという。もちろん、死神ちゃんは「俺はあんなには残念じゃあない」と憤慨したそうDEATH。

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