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リグドと、ドンタコスゥコ続

 その日の朝、リグドの酒場の前に複数の荷馬車が停車した。
 先頭の荷馬車の操馬台から1人の女が降りてくる。

「やぁやぁやぁ、ちゃんとまだお店が残っていましたねぇ」
「あぁ、ドンタコスゥコ。お前ぇも約束通り来てくれてありがとよ」
 酒場の前で出迎えたリグドと、握手を交わすその女~ドンタコスゥコ。

 前回からほぼ1ヶ月ぶりの来訪だった。

◇◇

 早速、荷馬車から荷物が酒場の中へ運びこまれていく。
「あそこからここまでがタクラ酒ですねぇ」
 その横で、ドンタコスゥコから内容の説明を受けているリグド。
 
 手渡されている書類を片手に、荷物を照らし合わせている。

「……しかし、馬鹿ですねぇ。初日にタクラ酒を全部タダで振る舞うなんて」
「ははは、面目ねえぇ」
「まぁ、リグドらしいといえば、そうなんですけどねぇ」
「お褒め頂き、ありがとよ」
 ニカッと笑うリグド。
 クスクス笑い返すドンタコスゥコ。

「……あ、それとドンタコスゥコよ」
「なんですかねぇ?」

 ここで、ドンタコスゥコの耳元に口を寄せるリグド。

「お前ぇ、前回ウチのかみさんに変なもん渡しやがっただろう?」
「変なもん? あぁ、あのバニースーツのことですかねぇ? 確かリグドさん、そういう姿の女性が接客してくださる酒場がお好みではなかったですかねぇ?」
「うぐ……ひ、否定はしねぇが……あ、あんまり変なもん、渡すなって」
「おやおや、お喜び頂けたと思ったんですけどねぇ?」
「い、いや……た、確かに喜んだんだが……って、何、言わせやがる!?」

 顔を赤くし、慌てるリグド。
 そんなリグドに、ニヤニヤ笑みを向けるドンタコスゥコ。

「まぁ、クレアさんはそっち方面に関してはとことん疎いようですしねぇ、少々配慮させて頂くとしますかねぇ」
「……あぁ、すまねぇが、よろしく頼む」
 ドンタコスゥコの言葉に、苦笑を返すリグド。

 2人の眼前では、荷物が次々と運ばれ続けていた。

◇◇

 リグドの酒場には、1階の奥と地下に倉庫がある。

 地下倉庫は大工のヴァレスに依頼して広くしてあり、前回ドンタコスゥコがやって来た時よりも、全体的に多くの荷物を収納出来るようになっていた。

 前回、大型の魔石冷蔵庫も購入していたおかげで、今回仕入れた食材の多くをそこに保存することも出来ている。

「あとな、この地下倉庫の壁に、魔石保冷庫を置きてぇんだ。次回来る時にでも……」
 地下倉庫に運びこまれた荷物を確認しながら、リグドがドンタコスゥコに説明していく。
 それを受けてドンタコスゥコも
「はいはい了解ですねぇ。まいどありですねぇ」
 ニコニコ微笑みながら、太い手帳の中に、書き込んでいく。

 およそ半日で、全ての荷下ろし並びに確認作業が終了した。

「いやぁ、ドンタコスゥコがタクラ酒を余分に持って来てくれていて助かったぜ」
 倉庫に入りきらず、店の壁際に山積みにしてある酒の木箱を見つめながらニカッと笑うリグド。
「いえいえ、この酒を買ってもらえると、こちらも助かりますんでねぇ」

 そう言いながら、ドンタコスゥコはポケットからいくつかの瓶を取り出した。

「あと、これ……個人的に頼まれていた魔法薬ですねぇ」
「あぁ助かる。このあたりは辺境すぎていい魔法薬が出回ってないんでなぁ」
「効果は折り紙付きですからねぇ。安心してお使いくださいですねぇ」
 
 そう言いながら、一枚の紙を手渡していく。

「うぐ……け、結構いい値がするんだな」
 思わず渋い顔になるリグド。
「これでも王都の取引価格より、お安くしているんですよねぇ」
 クスクス笑うドンタコスゥコに、リグドは、
「わかったわかった」
 ポケットから金貨を取り出し、それをドンタコスゥコに手渡していく。

「ん?……少々多い気がしますねぇ?」
「あぁ、こんな辺境くんだりまで来てくれたんだ。気持ちだけだが、まぁ受けとってくれ」
 ドンタコスゥコの肩をポンと叩くリグド。
 そんなリグドに、ドンタコスゥコは、
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴いたしますねぇ」
 ニコニコ笑いながら、リグドの背中をポンと叩き返した。

◇◇

 その後……

 リグドは、ドンタコスゥコをウェニアの元に連れていった。

 いつものように酒場の隅に座ってハープの手入れをしていたウェニア。
「……ふぅむ、呪い……ですかねぇ」
「あぁ、こいつをどうにか解くことが出来ねぇかと思ってなぁ」

 しばらくウェニアから症状を聞いていくドンタコスゥコ。

「……ふぅむ……症状はだいたいわかったですねぇ。そういうのに大変詳しい魔法使いの方を知っておりますので、戻ったら相談してみますねぇ」
「あぁ、すまねぇがよろしく頼む」
 
 荷馬車に戻っていくドンタコスゥコ。
 リグドは、それを見送っていた。

「……無理よ」
 リグドの後ろで、ウェニアがぼそっと呟いた。
「……今まで何人もの魔法使いに見てもらった……でも、みんな不可能……そう、みんな言った……伝説の魔法使いでもなければ解けるはずがないって……」
 マスクを被りなおし、うつむいているウェニア、

 近くの机の上に、瓶が置かれていた。
 それは、先ほどリグドがカララの治療用に購入した魔法薬の瓶だった。

「……え?」
 その瓶を見つめながら、ウェニアは首をひねった。

 魔法使いが作成する魔法薬には、ある特徴がある。

 中級・上級の魔法使いによって、使用する瓶の形状が定められているのである。
 さらに、特にすぐれた魔法薬を精製すると中央魔法局に認定されているごくごく一部の魔法使役者は、自分専用の瓶を登録し使用することが認められている。

「……何、あの瓶?……見たことがない」
 瓶の蓋に、三本の水晶が突き出した独特の装飾があるその瓶を見つめながら、ウェニアは首をひねり続けていた。

 ……いえ、ちょっと待って……そういえば、1人……でも、まさか……あの魔法使いは何百年も昔の……

 古い書物で見かけた事がある、ある魔法薬の瓶の形状を思い出しながら、ウェニアは首をひねり続けていた。

◇◇

 ドンタコスゥコは、昼過ぎには出立の準備を整えていた。

「では、また次回ですねぇ」
「次回は酒場でのんびり飲んでいってくれよな」
「そうしたいのは山々なんですけどねぇ、この山向こうにもう一箇所取引先がありますんで、そこまで行っときたいですよねぇ」
「あぁ、仕事ならしょうがねぇ。道中気をつけてな」
 ドンタコスゥコを、笑顔で見送るリグド。
 きっちり3歩後方に、クレアの姿もあった。

 その左手の薬指を確認したドンタコスゥコは、その顔に笑みを浮かべた。

「ではでは、また次回お会いしましょうねぇ」
 手を振りながら、ドンタコスゥコ一行は街を後にしていった。

◇◇

 街を出た荷馬車の操馬台。
「いやいや、リグドさんってば、無頓着に見えて結婚指輪にまで気を回すことが出来ていたんですねぇ」

 別れ際に、クレアとリグドが結婚指輪をはめていたことを視認していたドンタコスゥコ。

 そのことに、ドンタコスゥコは満足そうに頷いている。
「この指輪が無駄になってしまいましたけど……まぁ、またどこかで誰かに売りつけることにしますかねぇ」

 その手には、対になっている結婚指輪が入っている小さなケース。
 自動で指のサイズに合うよう魔法がかけられている。

「……まぁ、本当なら自分に使いたいんですけど……そっちはまったく予定がないですしねぇ……トホホ」

「私もです……」
「わ、わたしも……」
「どっかにいい人いないかなぁ……」
 後方の荷台に座っているドンタコスゥコの部下達が涙を流しながら頷いていた。

 そんな一行を乗せた荷馬車隊は、街道を進み続けていた。

◇◇

 その夜……

「なんだありゃ?」
 風呂からあがったリグドは、クレアの机上に見慣れない本を見つけた。

 何気なく、その表紙を覗き込むと、そこには、

『素敵な奥様が旦那様を喜ばせるための100のテクニック ニカレイン著 魔女魔法出版発行』

 と、書かれた本が置かれていた。

「……ドンタコスゥコのヤツだな……」
 その顔に苦笑を浮かべるリグド。

「あ、あぁ!?」
 室内に入ってきたクレアが、リグドの視線に気付き、慌てて机に駆け寄っていく。
 すさまじい勢いで引き出しをあけ、その中に本をつっこんだ。
「あ、……え、えっと、その……」
 その顔を真っ赤にし、しどろもどろな様子のクレア。

 リグドは苦笑すると
「そんなに無理しなくてもいいんだって」
 そう言いながら、クレアを抱き寄せていく。

 風呂上がりのため、バスタオルを巻き付けただけだったクレアの体から、そのバスタオルが落ちていく。

「じ、自分……す、すこしでもリグドさんに喜んでもらいたくて…」
「じゃあ、お手並み拝見といこうか」
 クレアの唇を塞いでいくリグド。

 そのままベッドの上にクレアを押し倒していく。

◇◇

 翌朝……

 いつものように、リグドに絡みつくようにして横になっているクレア。

 ……結局、何にも出来なかったっす……

 リグドの寝顔を薄目をあけて見つめているクレア。

 ……でも、いっぱいいっぱい可愛がってもらえたっす……

 その頬を赤くしながら、リグドの胸板に頬を寄せていく。

 その尻尾が嬉しそうに左右に振られていた。

しおり