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第302話 死神ちゃんとクレーマー⑤

 ダンジョンに降り立つなり、死神ちゃんは体当たりをするような勢いで捕獲された。突然の出来事に驚き間抜けな声を上げると、突撃してきた相手が死神ちゃんの顔を覗き込んできて辟易とした表情を浮かべた。


「チェンジ! チェンジだ! チェンジを要求する!」

「はあーッ!?」


 ものすごい剣幕で退場を要求され、死神ちゃんはいまだ自分を抱え込んでいる侍に向かって怒りを露わにした。侍は不服そうに眉根を寄せると、死神ちゃんをペイと放り投げた。


「先日、教会にて、お前に似たピンク髪の幼女が仲間の聖騎士の手を取り泣いていたのだ。その傍らに、ムチムチボインなダークエルフの魔法使いがいたのだ! だからッ! 幼女を手に入れればッ! 尖り耳ももれなくついてくると思っていたのにッ! どうしてお前なのだッ!! あの僧侶の幼女とチェンジしろッ!」


 死神ちゃんは口をあんぐりと開けたまま硬直すると、心の中で「こいつ、あの場にいたのかよ」と呆れ果てた。どうやら彼は、死神ちゃんたちがソフィアに依頼された〈お芝居〉を披露中、尖り耳の香りに釣られてやって来ていたようだった。
 侍――エルフなら黒白関係なくどちらでもイケる口で、尖り耳が大好きな〈尖り耳狂〉は悪態をつきながら「空気を読んで〈声をかけにいかない〉なんていう選択をしなければよかった」などというようなことをブチブチと毒づいていた。しかし、すぐさま気を取り直したかのようにグッと拳を握ると、鼻息荒く意気揚々と話しだした。


「だが、こんな〈一方通行の愛〉も本日限りなのだ!」

「おお、とうとう尖り耳を諦める決心がついたか」

「何を言っているんだ、お前は。馬鹿なのか? 俺が尖り耳を諦めるだなんて、そんな、神に背くようなことをするはずがないだろうが」

「はあ……。じゃあ、どうして〈本日限り〉なんですかね」


 死神ちゃんが面倒くさそうに尋ねると、彼は不敵に笑いながらポーチの中から何やらを恭しく取り出した。それは、小さな南瓜だった。しかも、ペポ種ではないものだった。


「この南瓜はな、今回ギルドで緊急ミッションとして発令されたジャック・オ・ランタン討伐の証なのだ。しかもだな、ただの南瓜ではない。……なんと、これを食えば相思相愛の仲になれるらしいのだ!」

「なんとまあ、都合のいい尾ひれがついたもんだなあ……」


 ぼやくように呟いた死神ちゃんの言葉は、彼の耳には届いてはいないようだった。彼はクツクツと怪しく笑いながら、とても楽しそうに話を続けた。


「この相思相愛南瓜は、とても希少なもののようでな。これの化身に遭遇するのですら、中々難しいのだ。その希少南瓜のみを、俺は必死に集めている。何故ならば、この南瓜のみでお菓子を作ってもらったほうが、その効果も確実と言えようからな。――というわけで、あとひとつあればパイにしてもらえるのだ。その〈あとひとつ〉を手に入れるまでは、俺は一階には戻らん。死ぬつもりもない。残念だったな、死神よ!」


 何故か勝ち誇る彼に、死神ちゃんはげっそりと肩を落とした。彼はそんな死神ちゃんの腕をむんずと掴むと、高笑いを辺りに響かせながらダンジョンの奥へとるんるん気分でスキップしていった。
 尖り耳狂は血走った目を皿のようにして、必死にジャック・オ・ランタンを探した。彼の眼力の禍々しさに、思わず辺りのモンスター達も逃げていった。彼はフンと鼻を鳴らすと、「根性なしどもめ」と吐き捨てた。そして(ほの)かに発光しながらふよふよと漂うものを見つけると、喜々としてそちらのほうへと飛んでいった。


「チッ、コモン南瓜のほうだったか。レア南瓜の精は一体どこに隠れているのだ。俺の愛は! 一体どこに隠れているというのだ!」


 チンと音を鳴らしながら、尖り耳狂は不機嫌に刀を納めた。ころりと床に転がったペポを拾い上げると、彼は死神ちゃんに押し付けてきた。そして彼はまた、遠くのほうに浮かぶ発光体へと走っていった。そんなことを繰り返しているうちに、死神ちゃんのポーチの中は大量のプリンが作れるほどの量のペポでいっぱいになっていた。パイにしても数個は余裕で作れそうだった。
 パンパンに膨れ上がった死神ちゃんのポーチをじっとりと見つめながら、尖り耳狂は不服そうに漏らした。


「何故だ。どうしてお前ばかり南瓜が集まっているんだ」

「そりゃあお前が『こっちは要らん』と言って押し付けてくるからだろうが」

「まあ、そうだが……。――おっ、あの光は! 今度こそ、レア南瓜に違いない!」


 彼は喜び勇んで走っていくと、ジャック・オ・ランタンをひと思いに一刀両断した。その様子をぼんやりと眺めながら、「〈相思相愛〉を真っ二つに断ち割ったら、逆に縁切り効果がありそうだよな」と死神ちゃんは思った。
 尖り耳狂は満足げにうなずくと、死神ちゃんを小脇に抱えて一階に向けて猛ダッシュした。


「今なら! あの〈尖り耳の皮を被った悪魔〉もいないはずだ!」

「どうしてそんなことが分かるんだよ」

「邪魔立てされないように、あの女のシフトを確認しておいたのだ!」


 特設会場には、たしかにギルド職員の女性エルフはいなかった。尖り耳狂は小さくガッツポーズをすると、さっそく南瓜を係員に手渡した。せっかくなので、死神ちゃんも南瓜を全てプリンにしてもらうことにした。パイも捨てがたかったが、プリンのほうが多く食べられるからだ。
 死神ちゃんは、尖り耳狂と二人でそわそわとしながら出来上がりを待った。すると、ちょうど休憩が明けたのか、エルフさんが会場に現れた。尖り耳狂が絶望の表情を浮かべていると、彼に気がついたエルフさんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべて小さく「うわ」と呻いた。

 作業場にいたパティシエは、何気なくエルフさんに話しかけた。エルフさんはその話を聞いて、チラチラと尖り耳狂のほうを見ては苦い顔を浮かべていた。どうやら彼女は〈レア品である相思相愛南瓜だけを集めてきた〉ということを聞いたらしい。彼女は出来上がったパイを尖り耳狂の元へと運んで来すらせず、係員のひとりである男性エルフを呼びつけて「食べていいよ」と言った。
 男性エルフが嬉しそうにパイを頬張るのを愕然と見つめている尖り耳狂の元に、大量のプリンを抱えたエルフさんがやって来た。エルフさんは死神ちゃんに天使のような笑顔を向けてプリンを手渡したあと、皮肉めいた表情で鼻を鳴らしながら吐き捨てるように言った。


「良かったわね。これで尖り耳と相思相愛ね」

「俺の愛をッ! よくもおおおおおお!」

「全エルフ女性の純潔を守るためならッ! 私は何度だって、それを打ち砕いてみせるわよッ!」


 雄々しく吠えたエルフさんは、血のような涙を流す尖り耳狂と睨み合った。死神ちゃんは敢えて空気を読むということをせず、至って呑気にエルフさんにプリンのお裾分けをした。エルフさんは再び天使のような美しい笑みを浮かべると、幸せそうにプリンを頬張った。尖り耳狂は「悪魔め!」と捨て台詞を吐くと、死神ちゃんを抱えて教会へと駆け込んだのだった。



   **********



「ということがあったんだが、さすがに容赦なさすぎじゃあないか?」


 お裾分けのために友達たちにプリンを配り歩いていた死神ちゃんは、首を傾げるとサーシャに思案顔を向けた。すると、サーシャは死んだ魚のような目で淡々と返した。


裏世界(うち)には、見かけ次第討伐していい冒険者をリストアップした〈ブラックリスト〉があるでしょう? それと同じようなものが、私たち〈エルフ女子協会〉にもあってね。〈あの男は排除すべし〉という取り決めがあるんだよ。だから、容赦も何もないんだよ」


 ダンジョン近郊は様々な種族が移り住んでいることもあり、どの種族も親睦団体を作って交流しているそうだ。エルフ族ももちろんそういう団体を結成しており、サーシャはその団体の女子部に籍を置かせてもらっているらしい。死神ちゃんはその話を聞きながら「取り決めがなされるほどだなんて、あいつは一体どんな迷惑を彼女たちにかけたのだろう」と苦い顔を浮かべた。


「で、このプリンはラブ南瓜製なの?」


 もくもくとスプーンを運びながら、一班クリスが首を傾げた。いいや、と死神ちゃんが答えると、心なしか残念そうな素振りを見せた。そしてニヤリと笑うと、彼女は死神ちゃんの腰に腕を回して引き寄せた。


「まあ、そんな南瓜を食べなくったって、僕は(かおる)と相思相愛だけど」


 死神ちゃんの頬にキスをしようとする一班クリスと死神ちゃんの間に、三班クリスが抗議の悲鳴を上げながら割って入ってきた。言い合いを始めたクリスたちの間からするりと抜け出ると、死神ちゃんはサーシャを伴い、何事もなかったかのようにプリン配りの旅を再開させたのだった。




 ――――相思相愛になるためには、まずは相手を思いやるところからだと思うのDEATH。

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