バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第301話 死神ちゃんとライバル農家⑥

 死神ちゃんはダンジョンに降り立つなり、胃袋に訴えかけてくるような極上の香りにうっとりと目を細めた。思わず「美味そうな香りが」とこぼすと、横合いから男の快活な声が聞こえてきた。


「まだ完成ではないからな。もう少し待ってくれ」


 死神ちゃんは、驚いて声のするほうへと首を振った。すると、よく知る農家の男が鍋をぐつぐつといわせていた。


「やあ、死神ちゃん! 野菜、食べているかい?」


 にっこりと白い歯を剥き出して笑う男に、死神ちゃんは目を(しばた)かせた。そして呆れ顔を浮かべると、死神ちゃんはぼやくように言った。


「何で、こんなダンジョン内で鍋なんて悠長なことをしているんだよ、お前は」

「野菜はもちろん、うちの畑で今朝採ってきたばかりの旬のものだ。白菜に大根、冬瓜、人参、里芋。肉も、うちの山から降りてきた鹿を使用している。きのこはここで調達したんだが、正直そこまで種類が豊富なように感じなかったからな。いろいろと、植菌しておいたぞ」


 農家は死神ちゃんの態度の悪さを気にすることなく、田舎汁の具材について説明を行った。「植菌?」と言い顔をしかめながら死神ちゃんが辺りを見回してみると、丸刈り状態にされた切り株お化けたちが群れていた。切り株達は、きのこを根本からしっかりと引き抜かれてしまうと泣きながら襲い掛かってくる。しかし、何故か嬉しそうにムイムイと鼻歌混じりに揺れ動いていた。()()()にされたものはどうやら他の切り株と生えているきのこが被っているものだったらしく、他とは違うファッションを装えることが今から楽しみで仕方がないようだった。

 農家は自家製の醤油と塩、酒で味付けをして味見をし、納得するようにうなずくと鍋を火からおろした。死神ちゃんは驚いて目を丸くすると「醤油?」と思わず口にした。すると、農家はきょとんとした顔を浮かべて言った。


「おお、死神ちゃんは醤油を知っているのか。この国には無い調味料だというのに」

「おう、雰囲気的にそういうのは無いと思っていたからびっくりしたんだよ」

「この国には生魚を食べるという習慣がほとんど無かったんだ。食べるヤツがいるとするなら、漁師町の者や、俺ら農家で近くに川が流れているとかだな。なにせ、魚なんて、わざわざ魔法を使ってまで新鮮な状態を保たせて運ぼうってヤツはいないからな」


 ここ一年くらいの間に、ダンジョン内で食品や食材が産出されるようになった。その一環で釣りもできるようになり、この街でも〈食べようと思えば、新鮮な生魚が食べられる状態〉となった。しかしながら、街の人々はオリーブオイルやスパイスで和えるくらいしか調理方法が思いつかなかった。そんなとき、遠い国からやって来た〈芸者〉という女性が「刺身を食べるなら醤油ははずせないねえ」と言ったという。
 このダンジョンのある国は、死神ちゃんが前世を過ごした世界で当てはめるとするならば、西洋の文化を持った国である。しかしながら他国の文化にも寛容で、だからこそ冒険者職に侍や忍者などといったものが存在しているというわけだ。そして〈醤油〉という調味料を知らない彼らは、侍や忍者を受け入れたときと同様に醤油も受け入れようとしたのだとか。


「銀賞の子のところでも大豆は作っていたんだが、あの子の作る大豆はほら、魔改造されているから。醤油を使ったものを食べるたびに筋肉がモリモリになったり、胸が大きくなっても困るということで、うちの大豆で試作を作ることになったんだよ。中々よくできていると思うんだ。是非、味見してみてくれ」


 そう言って、農家は椀に醤油をひと垂らしした。それをぺろりと舐めた死神ちゃんは、程よい辛さと香ばしさにうなずいた。農家は嬉しそうに笑うと、返ってきた椀にでき上がった田舎汁をよそってやった。
 素材ひとつひとつの旨味が引き立っているだけではなく、調和がとれた至高の味の田舎汁を死神ちゃんはたっぷりと堪能した。毎度ながらの良い食べっぷりに満足した農家は、死神ちゃんのポーチにこれでもかというほどお土産の野菜を詰め込んだ。

 満腹の心地よさに浸りながら、死神ちゃんは〈本日の目的〉について尋ねた。すると、彼は死神ちゃんに顔を寄せて「ギルドの依頼で」と耳打ちした。死神ちゃんが驚いていると、彼は「ほら、今、収穫祭だろう?」と苦笑いを浮かべた。

 彼は、お騒がせなノームの農婦のライバルだ。毎秋に行われるマンドラゴラ品評会で金賞を受賞するこの彼こそが、あの角が最も打ち倒したいと思っている相手なのだ。そして彼は、ダンジョンの地下三階に住むアスフォデルの生みの親でもある。
 去年、農婦はダンジョン内で南瓜を育ててジャック・オ・ランタンを大量発生させるという騒ぎを起こした。それがきっかけで、街では仮装ありの大々的な収穫祭を行い、今までにない活気に包まれたという。今年はさらに、ダンジョン側とギルド側で協力して、冬のチョコレートイベントのときのようなことをしようということになっていた。

 イベントの内容(あらすじ)は〈とあるお騒がせ農家がダンジョンの至るところに南瓜を植えてしまったせいで、大量のジャック・オ・ランタンが発生した。このままにしておいてはダンジョンの管理に支障が出るので、冒険者の総力を上げて駆逐して欲しい〉ということらしい。
 ダンジョン内に元々いるジャック・オ・ランタンとは違い、野生のジャック・オ・ランタンは討伐すると小さな南瓜に戻るそうだ。それを〈討伐の証〉として集めて地下一階に設けた特設会場に持っていくと、パティシエがチョコイベントのときと同様に魔法でアレコレとしてくれ、お菓子を作ってくれるそうだ。南瓜の個数に応じて、プリンやパイになるという。もちろん、チョコに同じく食べれば魔法支援効果が得られるらしい。

 何故それで彼にギルドから依頼があったかというと、筋書きにある〈お騒がせ農家が植えた南瓜〉の仕込みがノームの農婦だけでは追いつかなかったからだ。彼は苦笑いを浮かべながら、遠慮がちに言った。


「緊急ミッションをギルドが自作自演するというのはどうかと思うんだが、まあ、楽しそうではあるし、報酬はそれなりにもらっているからな。それに、堂々と〈耕すべからず〉〈植えるべからず〉を破れるんだから、またとないチャンスだろうと思ってな」

「あいつはいつだって〈ギルドからのお願い〉を破って、そこら中に植えまくるけどな」


 皮肉っぽく鼻を鳴らした死神ちゃんに、農家は乾いた笑いを浮かべた。
 本日の作業場所に到着すると、彼は満面の笑みで南瓜の種をポーチから取り出した。畑作りは死神ちゃんと遭遇する前に終えていたらしく、その一帯は〈後は植えるだけ〉の状態となっていた。
 彼は手にした種を愛おしそうに眺めながら、得意気にプレゼンをし始めた。


「いいかい、死神ちゃん。銀賞の子が被っているあの南瓜はね、ペポっていう種類なんだ。有名どころで言えば、ズッキーニも、ペポの仲間だな。風変わりな風味で淡泊な味だから、肉と煮込んで調理するのが一般的だ。そして、今回の依頼で彼女が植えたのも、やはりペポだ。――だから俺は、別の南瓜を植えるぞ。それが、これだ」

「悪いんだが、種を見せられても、違いなんて分からないよ。俺は農家じゃあないからな」

「おっと、悪い悪い。こいつは〈刺身に合う大豆は、本場で手に入れたほうがいいのでは〉と思って、他国から大豆を取り寄せた際に一緒に入手したものだ。甘くてホクホクしていて、これ単体で煮物にしてもよし、お菓子作りに使用してもよしのものなんだ。――俺はこの南瓜をきっかけに、冬のチョコレートイベントのときと同じように、今回のイベントも〈愛を伝えるイベント〉にして頂きたいなと思っている」

「はい……?」


 死神ちゃんが理解し難いとばかりに眉根を寄せると、農家はこの南瓜について熱弁を振るった。何でも、この南瓜には〈思いが通じ合う〉的な意味の名前がついているらしい。しかも〈ホクホクしていて甘みがあり、どんな調理方法でも美味しく頂ける〉というのは、ラブというほっこりとした甘い気持ちにぴったりなのではないかと思ったそうだ。


「そもそもが、収穫祭というのは〈無事に収穫できた〉ということを神に感謝し、お祝いするというお祭りだからな。つまり、我々の愛を神に伝えるイベントなんだ。――どうだい、まさにこの南瓜がぴったりだろう?」

「ああ、はい。そうですね……」


 ぞんざいに相槌を打った死神ちゃんのことなど気にもとめず、彼はさっそく種を愛情込めて植え始めた。そして回復の泉から汲んできたという水を辺りに撒くと、南瓜はするすると芽を出し葉を広げ、花を咲かせた。


「おお、さすがはダンジョンの魔力。成長が速いな。――お、もう実がなった。この〈愛の南瓜〉からは、一体どんなジャック・オ・ランタンが生まれるんだろうな」


 そわそわとする農家の隣で、死神ちゃんは膝に頬杖をつき、どうでも良いという体で憮然と座っていた。しかし、ジャック・オ・ランタンが生まれると、きょとんとした顔を浮かべて感心するように言った。


「へえ、ジャック・オ・ランタンもお国柄が出るんだなあ」


 あの農婦が作った南瓜のジャック・オ・ランタンは、南瓜をフルヘルメットのように被った短パン姿だった。しかし、目の前にふわふわ浮かんでいるジャック・オ・ランタンは、南瓜の笠を目深に被った和服姿だった。


「可愛らしいなあ。品種によって、姿が変わるというのも大発見だなあ。これは他のものもいろいろと植えて、見比べてみたいよ。個性があるって、素晴らしいよな」

「面白そうだな。――ところで、作業も終わったことだし、このまま死んでくれるんだよな?」

「いやだなあ、死神ちゃん。なんて物騒なことを言うんだい」

「いやだって、お前、そもそも、これ以上この場にいたら確実に死ぬから」


 へ、と間抜けな声を上げた農家に、死神ちゃんは周りを見てみるようにというかのようにあごをしゃくった。ゆっくりと死神ちゃんから視線を外した農家は、あまりの驚きに目を剥いて息を飲んだ。
 農家は、産みの父親を慕って集った南瓜精霊による熱烈なおしくらまんじゅうの海に溺れて果てた。死神ちゃんはその光景を「懐かしいな」と思いながらぼんやりと眺めた。そしてまだ精霊化していない南瓜をいくつか拝借すると、鼻歌交じりに帰っていったのだった。

 なお、持ち帰った南瓜のうちのひとつを、死神ちゃんはさっそく薄味に煮付けたりお菓子にしてもらったりして堪能した。うっかり恋に落ちてしまいそうなほど甘くて美味しく、死神ちゃんは大変ご満悦だったという。




 ――――同種のものでも、見た目が違わぬものでも、それぞれに個性がある。それはとても尊く、愛しいものなのDEATH。

しおり