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vs, ボクらのファイナルバトル Round.8

 
挿絵


 中学校生活に推移したとしても、星河ジュンの有様(スタンス)は何ら変わるものではないだろう。
 受験も苦戦した覚えは無い。
 コツコツと日々続けている勤勉さを維持していれば、周りのように一夜漬けだ塾だのといった(わずら)わしさに振り回される事など無いのだ。
 (むし)ろ、逆に思う──「何故、普段から(いそ)しまないの?」と。
 学生の本分は〝学業〟だ。
 それに他ならない。
 小学生とて同じだ──()してや、高学年ともなれば。
 その事を失念して遊び(ほう)けるなど、彼女の目には愚の骨頂にしか映らなかった。
 アニメ──ゲーム──アイドル──お笑い────総てが低俗だ。
 興味すら()かない。
 だから、クラスメイトとの会話は無い。
 (いな)、会話すらする気が無い。
 それでいい。
 古典的な教訓だが『アリとキリギリス』という童話がある。
 好例だ。
 児童向けながらも、人生の真髄を突いている。
 皆が人生を無駄に浪費している間に、自分はしっかりと地盤を固めればいい。
 それだけの事だ。
 そして、その正当性の片鱗は、今回の受験成績が立証したではないか。
 俗物無関心の代価として、他人から距離を置かれるようになったが、もう()れた。
 そんな当然の価値観を、あの娘(・・・)は易々とブチ壊した……。

「星河さぁぁぁーーん!」
 いきなり背後から騒がしく呼び掛けられた。
 入学式を終え、帰路に着こうと下駄箱へ差し掛かった時の事だ。
 何事かと思って振り向くと、血相を変えた女子生徒が猛ダッシュで駆けて来る。
「キミってば〝(かしこ)さん〟なんでしょーー? ちょっと()きたい事がぁぁぁーーーーッ?」
 そのままスケート(まが)いに通り過ぎた。
 どうやら床のワックスで(すべ)ったらしい。
 数秒後には派手なクラッシュ音。
 どうやら掃除用具のロッカーに激突したらしい。
「あの……大丈夫?」
 ()()ずと声を掛ける。
 正直(かか)わりたくはないが、眼前の惨状を見れば仕方ない。
 バケツやら雑巾やら(ほうき)やら……頭から(かぶ)っている。(かなめ)のロッカーですら、彼女の封印とばかりに押し潰していた。
「……あの?」
「きょだいもんがぁぁぁーーッ!」
「うわッ?」
 (たくま)しく憤怒(ふんぬ)で復活した。
(すべ)るわッ! (すべ)り過ぎるわッ! ってか、どんだけワックス掛けが好きだッ? この学校ッ!」
 何やら(ひと)りクレームに荒れている。
「あの?」
「うん? 待てよ? って事は、屋内スライディングOKじゃん? ベストスポット見~っけ ♪  うん、こりゃ『災い転じて福助』ってヤツだね ♪  とりあえずボール(・・・)バット(・・・)もあるし……あ、後はベースか」
 丸まった雑巾と(ほうき)を両手に、何やら珍妙な事をブツクサ思案し始めた。
「あの!」
 強い語気で呼び掛ける!
「ふぇ?」
 ようやく気付いた様子だ。
 振り返ってこちらをジッと見つめた(のち)、彼女は(つぶ)らな正視にこう返してきた。
「何さ?」
「こっちの台詞ですけどッ?」


「一兆度って、どのぐらい?」
 これが彼女の質問だった。
 とりあえず「太陽の表面温度を超えている」とだけ教えてあげた。
 すると、彼女は瞳を輝かせて感嘆した──「ゼッ ● ン、スゲーッ!」と。
 正直、意味が分からない。
 そもそも〈ゼッ ● ン〉なる単語も初めて聞いた。何を指すのかも知らない。
「ねえねえ? キミは、どんな怪獣が好き?」
 屈託なく意味不明な質問をしてくる。
「興味ない」
 素っ気なく本音を返して、ツカツカと歩くスピードを上げた。
 帰り道、ずっと付いてくる。
 付き(まと)ってくる。
「ねえねえ? じゃあ、どのロボットが好き?」
 背後からそそくさと追って来ると、顔を(のぞ)き込んできた。
「興味ない」
 ペースを上げる。
 追い付かれた。
「んじゃさ? んじゃさ? いま、どのゲームやってるの?」
「ゲームなんかしない」
 足早に引き離す。
 追い付く。
「ハマってる音楽は? バズッた芸人は? 好きな番組は? あ、インスタとかやってる?」
 矢継ぎ早な質問の嵐!
 しかし、どれもこれも彼女には無縁な物だ。
 意味不明にして理解不能な状況に置かれ、何故だか苛立(いらだ)ってくる。
 それを自覚すると、珍しく憤慨(ふんがい)を吠えていた。
「ああん! もう(うるさ)い!」
「ふぇ?」
 キョトンとしている。
 何を怒られているのか──(ある)いは、そもそも()が原因なのか──まったく理解していない態度だった。
 その無責任さが、ますます感情の暴発に(つな)がる。
「いったい何なの? アナタ! 何故、私に付き(まと)ってくるのよ!」
「何故って……何故だろう? 何故かしら?」
 本気で首を(かし)げていた。
 まるで〈宇宙人〉と会話している気分だ。
「う~ん、そだなー……何かね? ちょっと話したら、キミの事もっと知りたくなった ♪ 」
 明るく「にひっ ♪ 」と笑う。
 一瞬、息を呑んだ。
 どうしてだろう?
 ただし、その戸惑いは、すぐに癇癪(かんしゃく)へと転化されたが。
「ゲームしない! 怪獣もロボットもアイドルも芸人も興味無い! テレビは教養番組しか観ない! これが()の全部! 分かった? 満足でしょ!」
「ねぇねぇ? キミってば〝ウル ● ラマン〟派? それとも〝仮面ラ ● ダー〟派?」
「話聞いてたッ?」
「ええ~? コレも興味無いの~?」
 普通は興味無いと思う……()してや、女の子なら。
 そのぐらいは、俗物娯楽に(うと)い自分でも判る。
「じゃあ、趣味は何さ?」
 突然掘り下げられて、言葉を詰まらせた。
 その時になって初めて気付かされる──自分の個性として示せる物(・・・・)が何も無い事に……。
 ばつ(・・)悪く視線を落とし、(かろ)うじて紡ぐ。
「……勉強」
「他には?」
「無い」
「……うわぁ」
「ちょっと待ちなさいよ! 何で(あわ)れんだ顔をされなきゃいけないわけッ?」
「それだけ? 他には無いの?」
「必要無いもの! 学生は勉強が本分でしょ!」
「んじゃ、もしも学校が無くなったら?」
「え?」
 ドキリとする指摘だった。
 そんな事は考えた事も無かったから……。
「仮に明日〈キングギ ● ラ〉が学校を破壊したら、勉強どころじゃないじゃん」
 ……それは無い。
 てっきり「社会人になったら?」と来るかと思っていたが、予想外に斜め上へと飛んで行った。
 この()の脳内、どうなっているのだろう?
「勉強が趣味なのは、いいけどさ? 他にも色々やってみようよ? きっと楽しいよ ♪ 」
 また明るく「にひっ ♪ 」と笑う。
 二度目の破顔一笑を見て、自分が苛立(いらだ)つ原因が分かった気がした。
 この()の〝人懐っこさ〟や〝壁の無さ〟を見て思い当たった。
 あまりにも自分(・・)と対極過ぎるのだ。
 だから、自分に無いもの(・・・・・・・)を、まざまざと突き付けられる──ともすれば、これまでの己の在り方を否定されたかのような気持ちになる──そこに腹が立ったのだろう。
 それを『嫉妬』とも言うが……。
「け……けど……」
 戸惑いに(くち)を開く。
「うん?」
「……やり方……分からない」
 恥ずかしさにモジモジと吐露する。
 どうして、さっきまでの負けん気で突っぱねなかったのだろうか?
 自分でも意外であった。
 何よりも、こんな〝素直な自分〟を(さら)け出せる事が……。
「平気だよぉ? みんな最初は初心者だし ♪  それに、友達に()けば、意外とサクッと進められ──」
「……いない」
「──ふぇ?」
「……友達なんて、いない」
 何故だか泣きたくなった。
 何故だか哀しくなった。
 改めて自分(・・)を見つめ直してみれば、意外と〝空っぽ〟であった事を思い知ったから……。
 その事実を直視してしまったから…………。
「友達、いないの?」
 コクリと(うなず)く。
「どうして?」
 悪意無き真っ直ぐな瞳。
「どうして……って……」
「小学校で作んなかったの?」
「……う」
 言葉に詰まる。
 これ以上は勘弁して欲しかった。
 持ち前の気丈で(こら)えているものの、涙腺が熱っぽくなっている事が自覚できる。
 恥ずかしい──。
 (みじ)めだ──。
 逃げ出したい──。
 そんな感情に(さいな)まされた直後、唐突に彼女(・・)が勝利を叫んだ!
「よっしゃーーッ! んじゃ、ボク(・・)が、友達第一号もらいーーッ!」
「え?」
 戸惑いを物ともせず、彼女は嬉しそうに詰め寄る。
「んじゃさ? これからボクが、たくさん『楽しい事』を教えてあげるよ! 一緒に、いろいろやろう? きっと楽しいよ?」
「な……何で?」
「友達と遊ぶのに『何で?』なんか無い!」
 迷いなく断言した。
「で……でも『友達』って……私達、会ったばかりで……」
「友達になるのに『時間』なんか関係ない!」
 根拠不明な自信で断言した。
 本当に、この()の頭は、どうなっているのだろう?
 そして、何故……何故、こうも胸が温かくなるのだろう?
「楽しみだね? 明日からボクとキミとの女子中学生(JC)ライフの始まりか ♪  まず何しようか? カラオケ? マドナ? あ、そだ! この間オープンした〝グラウンド・ワン〟なら、短時間で娯楽制覇できるかも!」
「で……でも」
「ふぇ?」
「私……何も返せない」
「要らないもん」
「え?」
「見返りなんか期待するワケないじゃん? 友達なんだし」
「でも、それじゃ……」
「んもぉ、堅苦しいなぁ? 一緒に楽しめればいいじゃんさ? その瞬間が『ギブ&テイク』の『ウィンウィン』だよ?」
 自分には理解不能な表現が返ってきた。
 それと同時に不思議と嬉しく思うのだ──「これからも、この()は知らない世界を教えてくれるのかな」と。
 そう思った時、ようやく恩返しの糸口が見えた気がした。
 彼女と自分は、総てに()いて両極端。
 そして、彼女は〝自分の知らない分野〟を教示してくれると言う。
 ならば、自分も〝彼女の不得意分野〟を補佐してあげれば良いのではないだろうか?
「そうだわ! じゃあ、お礼に、私はアナタの勉強を見てあげ──」
「ええ~? 勉強キライ~……」
「──…………」
 露骨にイヤな顔で脚下された。
 いや、先程(さきほど)「色々やってみた方が楽しいよ」とか何とか言っていなかっただろうか?
「あ! お礼だったら、コレ(・・)がいいや ♪ 」
 ──ふにん!
「ひぁう!」
 いきなり胸を()まれた──この頃は、まだ〝Cカップ〟だったが。
 思い返せば、この直後に放った顔面ストレートが人生初ツッコミであった。



「……ああ~……長い夢見た…………」
 カーテンから差し込む日射しと小鳥のさえずりをモーニングコール代わりに、星河ジュンは目を覚ました。
「何で今更、夢見るかな……初めて会った頃を…………」
 起床の気だるさながらにベッドから決別すると、制服へと着替えるべくパジャマを脱ぎ捨てる。
 白い朝陽が柔肌の白さを強調し、健康的な(なまめ)かしさを演出した。
 心なしか、またブラがキツく感じた。
 何だか親友に申し訳なくもあり……。
 ふと机の上に飾っているフォトスタンドに目が留まった。
「……友達……か」
 思わず回顧の続きに浸りたくなり、そっと手に取る。
「……ホント、馬鹿なんだから」
 そこに写る笑顔は、現在(いま)と何も変わっていない。
「底抜けの馬鹿で、考えなしで、お人好しで……いつも明るくて…………」
 込み上げる親愛のままに、軽く優しいキスをする。
 初めて一緒に撮ったプリクラは、ずっと彼女の宝物だ。

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