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リグドと、指輪

 この日、リグドは街中へ買い物に出かけていた。

「とりあえず、客用のフォークにナイフ、手拭きに……あと、皿も補充しときたいな」
 自ら記したメモを確認しているリグド。

 酒場と同じ、シャツの上にオーバーオール姿である。

 その後方、きっちり3歩後ろをクレアが歩いている。

『いい奥さんは、常に旦那様の3歩後ろを歩くものなのよ』

 傭兵団時代に、同僚の女から聞いた、
『いい奥さんの条件』
 を愚直に実践しているクレア。

 もっとも

 ……あぁ……リグドさんと手をつなぎたい……腕に抱きつきたい……

 一見、すまして見えるものの、内心そんな事ばかり考えているクレア。
 その目はリグドの腕を凝視し続けていた。

 ジャージの上下姿のクレア。
 化粧もしていない、いつもの飾り気のない姿であった。

「こっちです~、私が酒場をしていたときに買い物をしていた雑貨屋さんは~」
 2人の前を、カララが先導していた。

 幼少の頃からこの街で暮らしているカララ。
 それだけに、商店街にとても詳しかった。

 夜、お店で頑張るために、いつも昼間は横になって過ごしているカララ。

 だが

『店の消耗品を買いに行きたいんだが、いい店を教えてもらえねぇか?』
 リグドにそう尋ねられ
『で、でしたら、この私がご案内いたします~』
 そう申し出たカララ。

 ……いつもお世話になってばかりですからね~、こういう時に少しでもお役に立ちませんと!

 縁が大きな白い帽子を被っているカララは、その細腕で小さくガッツポーズし、気合いを入れていく。
 もっとも、水色のワンピースからのぞいているその細腕では、あまり気合いが入っているようには見えなかった。

◇◇

 3人が雑貨屋へ向かっている頃……

 ウェニアの姿は酒場の一階にあった。

 昨夜、ハープを弾き、歌を歌った場所。
 同じ場所に座り、ハープの手入れを行っている。

 リグドが買い物に出かける際、
『お前ぇも行かねぇか? 生活するのに必要な物があれば一緒に買ってやるぜ。昨夜はいい歌をたんまり聞かせてもらったしな、そのお礼ってことで』
 そう声をかけられたウェニア。

 だが

「……ハープの手入れをしたい」
 そう言って、その申し出を断り、ここに残っていた。

 その顔には、昨夜被ったマスクがそのままになっている。
 それは、リグドが傭兵時代に、正体を隠して活動する際に着用していた物である。

『呪いがかけられてるんだし、とりあえずこれで隠したらどうだ? 今度ヴェールか何か買ってやっからよ』
 リグドにそう言って手渡されたものである。
 
 見た者全てが不快になる表情しか浮かべられなくなる
 ……そんな呪いをかけられているウェニア。

 かつて、人気の吟遊詩人だったウェニア。

 その人気を妬んだ同御者の仕業だったのかもしれない
 専属契約するかわりに夜の相手を強要してきた貴族を歌にして蔑んだ、その仕返しだったのかもしれない。

 思い当たる節こそあるものの、本当の原因は今もわかっていない。

 歌えばお金がもらえる。
 歌声は以前のままなんだから

 だが

 誰もがウェニアを追い出し。
 誰も、その歌を聴こうとしなかった。

 生まれ故郷から遠く離れたこの街でもそれは同じだった。

 そんな中……
『お試しの1つもさせないまま追い出すのは、俺の主義に反するんでな』
 リグドだけは、そう言ってウェニアの歌を聴いた。

 そして、酒場で歌うことを許可した。

 そのことを、ウェニアは深く感謝していた。
 
 同情されるのが人一倍嫌いなため、いつもおどけた仕草をするウェニア。

 ……だが

 一人しかいない酒場の中。
 ウェニアは、一心不乱にハープを磨き続けていた。

 時折、顔に被ったままのマスクに手をあてながら。

……リグド……このご恩、一生かけて返すわ……

 そんなウェニアの脳裏に、クレアの顔が浮かぶ

……そうよね、あんないい男だもの、いい奥さんがいて当然……

 そう思いながらも、深いため息をつくウェニア。

「……やっぱり不幸だわ」

◇◇

「ん? どうしたクレア?」
「……なんか、ちょっと……あ、いえ、何でもないっす」

 ……不幸がどうとか聞こえた気がしたっすけど……気のせいっすね

 顔を左右に振りながら、クレアは、リグドと買い物を続けていく。

 雑貨屋の中で、リグドは大量の買い物をしていた。
「しかしあれだな。さすがカララが贔屓にしている店だけあって、品揃えがいいな」
 感嘆の声をあげるリグド。

「そりゃそうさ。このグラコッタ雑貨屋をなめんじゃないよ」
 リグドに、女主人のグラコッタが笑いながら声をかけていく。
 リグドよりも年上らしい人種族のその女~グラコッタは、灰色の前掛けをスカートの上につけている。

「グラコッタさん、今日もお世話になりますね~」
 グラコッタに、笑顔で頭を下げるカララ。
「娘みたいに思っているカララちゃんのお願いじゃあ、聞いてあげるしかないねぇ」
 グラコッタは、笑いながらカララの頭を撫でていく。
 
 その光景を横目で見ながら、リグドはさらにあれこれ買い物カゴに詰め込んでいく。

「……ウェニアにヴェールでも買って行ってやるか。いつまでもあのマスクじゃまずいだろうし」
 棚から女物のヴェールを手にとるリグド。
 
「賛成っす。ぜひそうするっす」 
 リグドの言葉に頷くクレア。

 ……そして、回収したマスクは自分が……

 そんな事を考えていくクレア。
 その尻尾が、小刻みに左右に振れていた。

 しばらく店内を物色して回り、メモしていた商品をあらかたカゴにつめ終えたリグド。

「よっしゃ、美人の姉さんよ、会計をたのむ」
 ニカッと笑いながら、レジの上にカゴを置くリグド。

「はん、そんなお世辞を言ったって、代金をまけたりしないからね」
 クスクス笑うグラコッタ。
「まぁ、そう言うなよ、美人でセクシーなお姉さん」
 再度ニカッと笑みを浮かべるリグド。

 しかし、グラコッタは今度は返答すらすることなく、鼻歌を歌いながら精算を続けていく。
「ちぇ、駄目か」
 そんなグラコッタに、苦笑していくリグド。

 しばし後……

 会計が済むと、グラコッタは
「全部で金貨8枚と、銀貨12枚……と、言いたいとこだけど、金貨7枚にしといたげるよ」
 そう言いながら、荷物を買い物袋につめていく。
「お、おい、いいのか?」
 予想以上に安くしてもらえたため、リグドの方がびっくりしてしまう。

 そんなリグドに、グラコッタは、
「カララちゃんをエンキ達から助けてくれたお礼さ……ただし、今回だけだよ」
 そう言いながらクスクス笑う。

 そんなグラコッタに、リグドは
「そういうことなら、ありがたくまけてもらおう」
 ニカッと笑みを浮かべた。

◇◇

 精算を終えた3人は、酒場に向かって歩いていく。

 リグドが袋4つ
 クレアが袋2つ
 カララは小袋を2つ

 それぞれ手にしている。


 その途中……

「あ、クレア」
「なんすか?」
 クレアを呼び止めると、リグドは小さな箱を手渡した。

「なんすかこれ?」
 首をひねるクレア。

 開くと、中には指輪が入っていた。

「……その……適当に買った品で悪いんだが……まぁ、なんだ……」
 クレアが手にしている箱の中から指輪をとると、リグドはそれをクレアの左手の薬指にはめていく。

「……え?」
 困惑するクレア。

 よく見ると、リグドの左手の薬指にも、クレアと同じデザインの指輪がはめられていた。

「まぁ、なんだ……結婚指輪ってことで……こないだ渡したのはあまりにもあれだったからな。気に入ってくれるか?」
 照れくさそうに苦笑するリグド。

 指輪を凝視しているクレア。

 一瞬の後

「う、うれしいっす!」
 リグドに抱きつくクレア。
 そんなクレアを抱き抱えるリグド。

 互いに荷物を手にしたまま、その場で口づけを交わしていく。

 ……きょ、今日くらい、いいっすよね……悪い奥さんでも

 クレアの尻尾が激しく左右に振られている。
 そんなクレアを抱きしめ続けているリグド。

「は、はわわぁ~!?」
 そんな2人を見ないように、両手で顔を覆っているカララ。

 だが、その指が大きく開かれており、その隙間から2人が口づけている姿を凝視していた。

 街道のど真ん中。
 リグドとクレアはしばらく口づけを交わしながら抱き合い続けていた。

しおり