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リグドと、吟遊詩人? その2

「……満足だわ」
 ウェニアは、空の皿の前で口を拭いている。

「……まぁ、そりゃそうだろうな」
 そんなウェニアを厨房から眺めるリグド。
 苦笑しながら腕組みをしている。

 それもそのはず……
 ウェニアは、出されたスープカレーを一瞬で平らげると
「……もう終わり」
 リグドへ悲しげな表情を向ける。
「……不幸だわ」
 目に涙をためて……

「わかったわかった」
 ウェニアに仕草に負けたリグド。

 その後、新たに野菜スープを作成しウェニアに提供した……その数5杯。

 苦笑し続けているリグド

「……ずうずうしい」
 怒りで首の毛を逆立てているクレア。

「……ふにゃあ……も、もう食べられません~……」
 椅子に座って眠りこけているカララ。

 そんな3人の前で、ウェニアは丁寧に口元を吹き続けていた。

◇◇

 口元を拭い終え、ハンカチをしまうウェニア。
「で、お前さん、マジで金がないのか?」
 苦笑しながら問いかけるリグド。

「えぇ、ない……」
 真顔でこくりと頷くウェニア。

「……リグドさん、こいつ叩き出すっす!」
 全く悪びれていないウェニアの態度に、クレアが両腕をワキワキさせながらその背後へ移動していく。
 近くのテーブルには、追い出した後にまくための塩の壺まで用意してある。

「……あぁ、やっぱりここでも追い出される……不幸だわ」
 その顔に悲しげな表情を浮かべるウェニア。
 同時に、ハンカチを再度取り出し、目頭を押さえる。

 だが……その仕草はどこか芝居じみていた。

 その仕草を前に激怒するクレア。
「追い出すっす! 今すぐ追い出すっす!」

「まぁまて、クレア」
 そんなクレアを、羽交い締めにして引き剥がしていくリグド。

 その途端

 顔が真っ赤になり、動作が止まり、固まるクレア

 ……り、リグドさんが背後から……背後から抱きしめてくれてるっす……

「おうウェニア。とりあえず歌声を聞かせてもらおうじゃねぇか」
「……あら、聞いてくれるの?」
「だってお前さん、吟遊詩人なんだろ? 金がとれるかどうか聞いて見なきゃわからねぇだろうが」
「……ふぅ……ん」
 ウェニアはゆっくりと小型のハープを構えていく。
「……ホントにいいのね」
 ニヤァっと笑みを浮かべるウェニア。

 まるで呪いでもかかっているかのように醜悪極まりないその笑顔は、見る者全てに不快さを与えていく。

 ……こりゃあ……呪いか……見る者を不快にさせる類いの……

 その事に気付いたリグド。
 すぐにその事をウェニアに聞こうとした
 
 だが

 質問の言葉をあえて飲み込んでいく。

 ……こんな呪いをかけられてるってこたぁ、よっぽどのことがあったんだろうしな……

 自分から質問することを辞めたリグドは
「あぁ、やってくれ」
 苦笑しながら、ウェニアに声をかけていく」

「お試しの1つもさせないまま追い出すのは、俺の主義に反するんでな」

 この時……
 リグドは昔の事を思い出していた。

 若い頃……粗暴な性格と根も葉もない噂が災いしまともな働き口が見つからなかったリグド。

 そんな中

『いいよ、入団テストを受けさせてやろう』
 ただ1人、そんなリグドにチャンスをくれたのがグランドだった。

 当時、有能な傭兵団として噂になっていた片翼のキメラ傭兵団の団長である。

「グランドさん、こいつは駄目に決まってます。絶対暴力沙汰を起こします」
「悪い噂も多いただの喧嘩屋ですよ、こんなやつに傭兵団の仕事が務まるわけがない」

 反対する団員達に対し

「お試しの1つもさせないまま追い出すのは、私の主義に反するんでね」
 そう言い張り、リグドに入団テストを受けさせたのである。

 その後、入団テストをクリアし試用期間を経た後、正式に団員となったリグド。
 やがてグランドの片腕となり、長年彼とともに戦い続けることになった。


「……へぇ、この笑顔を見て……でも、歌わせてくれるんだ……みんなこの顔で私を追い出したのに」
 ウェニアは、少し意外そうな声をあげた。

 椅子に座り直し、改めて小型のハープを構えていく。

 ポロロン……

 歌声が店内に響き始めた……

 透き通る歌声が、リグドの耳をくすぐっていく。

 ハープの音色が歌声と調和し、さらなるハーモニーを奏でていく。

 その歌で紡がれるのは、古の勇者の英雄譚。


 ♪聞けよ、その勇者、その名はマックス……

  ♪龍を駆りし白銀の姫騎士を従え、向かうは第2の門(ゲート)……

   ♪その窮地に、駆けつけるは至高の魔法使いステルアム……

 時に激し
 
 時に優しく

 時に哀しく

 ウェニアは歌い続けていく。

「……こりゃ、すげぇ……」

 その歌声に聞き惚れながら、感嘆の声を漏らすリグド。
 リグドを感嘆させたのは、もう1つ。
 
 ウェニアが歌っている英雄譚を、リグドは聞いた事がなかった。

 吟遊詩人の歌には必ず元ネタがある。

 それは古の伝承だったり、どこかで起きた事件であったり、何かの本の記述だったり……

 吟遊詩人が各地に出向き
 伝承を調べ、事件を見聞きし、本を熟読し……
 それを歌にまとめていくのが常なのである。

 長年、酒場で数多の吟遊詩人の歌を見聞きしてきたリグド。
 そんな彼ですら、今、ウェニアが歌っている英雄譚は、はじめて聞くものだった。

 それは、ウェニアが歌の題材を得るためにいかに努力してきたかの証ともいえた。

 感心しながらウェニアへ視線を向け続けているリグド。

 その視線の先のウェニア……その笑顔は、相変わらず醜悪だった。

「……だ、台無しじゃねぇか」
 思わずガクッとなり、苦笑するリグド。

◇◇

 翌日……

 酒場の一角にウェニアの姿があった。
 酒場の賑やかさの邪魔にならないよう、バックミュージックのようにハープを奏でながら膝の上の書物に目を通している。

 時折、

「よぉ、新顔の吟遊詩人よ、何か1曲やってくれよ」
 酔客から要望を受けると、
「……えぇ、いいわ」
 即興で歌を奏でていく。

 その歌声が店内に響き始めると……酒場の皆が話を辞め、その歌声に聞き入っていく。

 ……ポロロン

 ウェニアが歌い終えると、

「いいじゃねぇか吟遊詩人!」
「いい声してるなぁ、思わず聞き入っちまったぜ」

 客達が感嘆の声をあげながら、チップをウェニアに渡していく。

 そのチップはみるみるたまっていき、あっという間に昨夜のスープ代を越えていった。

 その光景に、クレアもカララも思わず目を丸くしていた。

 ……なお

 ウェニアはリグドの指示でマスクを被っていた。
 口元は、歌声が皆に聞こえるように薄手の布地になっている。

「……これ、歌うのにちょっと邪魔……」
 不満そうな声をあげるウェニア。

「まぁそう言うな。歌は認めるんだが……」
 そんなウェニアに、申し訳なさそうに頭を下げるリグド。
 
 マスク越しにその顔を見つめるウェニア。

「……いいわ。従う」
「いいのか?」
「……えぇ」
「すまねぇ、恩に着る」
 ウェニアに向かって両手を合わせると、飲み物を手渡し厨房へと戻っていく。

 その飲み物には、マスク超しでも飲めるようにストローがさしてあった。

 それを手にしたウェニアは、そっと立ち上がった。
 リグドの背に向かって深々と頭をさげていく。

 ……いつか、この呪いを解くことが出来たら……雇ってくれた恩……もっともっと返すわ

 ほどなくして、椅子に座り直したウェニアは再びハープを奏で始めた。


 ……こうして、リグドの酒場に吟遊詩人が加わった。

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