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リグドと、吟遊詩人? その1

 リグドの酒場が開店して1週間……

 今夜も酒場の看板を魔法灯のあかりが照らしていた。

 カランカラン

 入り口のドアに設置されている鐘が新しい客の来店を告げる。

「いらっしゃいっす。さ、どうぞこちらへ」
 目にもとまらぬ速さでクレアが駆け寄っていく。

「おう! いらっしゃい! 今日も来てくれてありがとよ」
 カウンターの奥にある厨房から、リグドの陽気な声がそれに続く。

 他の客と話をしていても、新たな客が来店する度に声をかけるリグド。

「はいはいはい~、ブラッドステーキとお酒、お待たせしました~」
 店の奥では、カララがテーブルに料理を運んでいる。

 その手の皿から、芳醇な香りが周囲に振りまかれていく。

 その途端に
「おい、リグドさん、俺にもあのステーキを頼む!」
「こっちもだ! あと酒も追加してくれ」
 そんな声があちこちからあがっていく。

「お、御注文ありがとよ! すぐ調理するからちょっと待ってくれ」
 リグドはニカッと笑みを浮かべると、後ろに設置してある魔石冷蔵庫の中から流血狼(ブラッドウルフ)の肉を取りだしていく。

「……っと、こっちも揚がったな」
 火にかけている油鍋。
 高温の油の中に棒状の物体が多数浮かんでいた。

 それを、鉄製の網杓子ですくいあげていく。
 2,3度上下させ、余分な油を落とすと、リグドはそれを皿の上に盛り付けた。
 そこに、耳近くまで上げた指先から優雅な手つきで塩を一振りした後、
「お先に、ジャルガイモフライがあがったぜ」
 豪快な声をあげ、その皿をカウンターの客に手渡していく。

 ちなみに、このジャルガイモ……
 根の部分が拳大サイズの実になる茶色の野菜である。
 その皮剥きを担当しているのは、裏の小屋に住んでいるエンキをはじめとした元チンピラ達だった。

「おぉ、これも美味そうだな」
「店長、こっちにもこれと同じ物を!」

 他の客からそんな声があがっていく。

「あいよ! 新規注文ありがとさん」
 ニカッと笑うと、リグドは手際よくその手を動かしていく。

 カウンターに座っている客の多くが、その手際を感心しながら見つめている。

 時に感嘆の声をあげ、
 時に、出来上がった料理と同じ物を注文していく。

「リグドよ、お前さんの料理の手際は、酒の肴に最適じゃな。いい腕をしておるわい」
 1日もかかすことなく店に通い続けているヴァレスが、楽しそうに笑い声をあげていく。
 その言葉にリグドも
「ありがとよ。でもまぁ、あんたの大工の腕には遠く及ばねぇんだがな。これから精進して、少しでもその足下に近づけるように頑張るよ」
 ニカッと笑みを返していく。

 長年大工を生業にしているヴァレス。
 趣味の延長で酒場をはじめたばかりのリグド。

 そのことを理解し、ヴァレスに敬意を表しているからこそのリグドの言葉だった。

 カウンターを挟んで、笑顔を交わし合う2人。

「がっはっは、期待しとるぞ。どれ、そんなリグドに乾杯じゃ!」
 ヴァレスは再び笑い声をあげ、同時にジョッキを飲み干していく。

「おぉ、リグドさん、乾杯!」
「リグドの酒場に乾杯!」
 
 店のあちこちから、その声に呼応した声があがっていく。

 次いで
「おい、酒の追加を頼む」
「こっちもだ。あとジャルガイモフライと、ブラッド唐揚げも追加で」
 そんな声があちこちから上がり始める。

「うっす」
 クレアが店内を疾走し、厨房脇においてある木箱から酒を取りだし、それをジョッキにそそいでいく。
 そそぎ終わると同時に、目にもとまらぬ速さでそれを客の元へ届けるクレア。
「お待たせっす」

 その間、1分も経っていない。

「いやいや、全然待ってないって」
「クレアちゃん、相変わらずいい仕事してるねぇ」
 酒を受け取った客に、
「お客さんをお待たせしないのは、当然っす」
 そう言い、軽く頭をさげるクレア。

 その後方。
「働き者のうえにべっぴんさんで、さらにスタイルもいいときた」
 酔って赤ら顔の客が右手を伸ばす。

 その先は、クレアのお尻。

 ……だが

 その手を、クレアの尻尾がはたき落とす。
「……お客さん、うちの店はそういうのお断りっす」
 肩越しにその客を睨み付けるクレア。

「あぁ、悪いな。ウチのかみさんが可愛いからって手を出すのはやめてくれよ。俺が嫉妬しちまうから」
 そこに、リグドの豪快な笑い声が響いていく。

 その声に、ドッと笑い声があがっていく。

 そんな中、次の注文に対応すべく高速で移動していくクレア。

 そんなクレアの後ろ姿を、手をはたかれた客が見つめていた。

 ……あ、あの氷のように冷たい視線……うひょお、マジでたまんない

 体をゾクゾクさせながら、その客は歓喜の表情をその顔に浮かべていく。
 ……一部に、こういったファンを持つクレアであった。

 一方……

 ……可愛いかみさん……リグドさんが可愛いかみさんって言ってくれたっす

 歓喜の気持ちを心の中で爆発させながら接客を続けているクレア。
 その尻尾が激しく左右にふられ、同時にその瞳がハート型になっていた。
 
◇◇

「ありがとよ、また来てくれよな」
 この日最後の客を見送ったリグド。

 店内ではクレアとカララが後片付けをはじめていた。

「カララ、あんま無理しなくていいんだぞ」
 リグドの声に、
「いえいえ~、最近とっても体調がいいんです、お任せください~!」
 両腕で力こぶをつくりながら笑顔のカララ。

 細腕すぎてまったく説得力のないその力こぶを、リグドは苦笑しながら見つめいた。
「わかった。じゃあよろしく頼む」
 リグドはニカッと笑いながらカララに向かってガッツポーズを返していく。

 こちらは筋骨隆々、申し分のない力こぶである。

 看板を照らしている魔法灯を外すリグド。
 店の周囲が途端に暗くなっていく。

「さ、とっとと後片付けを終えて俺たちも休むとしようか」
「うっす」
「了解です~」
 リグドの言葉に、クレアとカララが返事を返していく。

 その声に笑顔を浮かべながら、リグドは店内へ移動していく。

「……あ、あのう……」
 背後から声が聞こえた。

「あン?」
 振り向くリグド。

 暗闇の中、そこに1人の女が立っていた。

 薄汚れた外套で全身を覆っている小柄な女。
 背に巨大なリュックを背負っている。
 長髪が顔を覆っているため、その表情はあまり見えていない。

「悪いな、今日はもう閉店なんだが……余り物でよければ少しは出せるぜ」
「……あぁ、違う……要件はそれじゃない」
 慌てて左右に首を振るその女。

 背のリュックから小型のハープを取り出すと、それをポロンとかき鳴らしていく。

「……私、吟遊詩人のウェニア……このお店で営業したい」
「は?」
 その言葉に、リグドは首をひねった。

 吟遊詩人……
 各地の酒場を回っては、音楽を奏で、歌を聴かせ、おひねりで生計を立てる冒険者のことである。
 歌の内容には、古の戦記や、最近の出来事が盛り込まれていることが多い。
 歌のネタを仕入れる過程で、様様な情報を入手することもあり、そういった情報を金で売ったりもしている。

 ウェニアの姿を見つめるリグド。

 極端に前屈みな姿。
 黒の長髪と、黒で統一されているその服装が、どこか死霊系な印象を醸し出している。

「営業って言っても、ウチの店はまだ開店したばかりだぞ?」
 リグドの言葉に、ウェニアは
「……あの……他の酒場は全部断られた……追い出された」
 自嘲気味に笑うウェニア。
「……不幸だわ」

 同時に、ウェニアのお腹がなった。

 その音を耳にしたリグドは、
「……まぁあれだ。営業を認めるかどうかは別にして、とりあえずなんか食っていきな」
 店内にウェニアを呼び込んでいく。

「……えっと……お金、あまりないというか……」
「あぁ? そんなの後でいいって。なんなら体で払ってくれてもいいぜ」
「体!?」
 途端に後ずさるウェニア。
「……あなた、この私のナイスバディが目当てってこと?」

「あぁ?」
 呆れた声をあげるリグド。
「馬鹿野郎、こういうときの体ってのは皿洗いや店の掃除と相場が決まってるだろうが。
 だいたいだな、俺にはお前以上にナイスバディなかみさんがいるんだ。そういうのは間に合ってる」
 そう言うと、ウェニアの首根っこを引っ張って店内へ無理矢理引き込んでいく。

 そこにクレアがいた。

 ウェニアの『体が目当て』発言を受けて、ウェニアをぶん殴ろうとして駆け寄ってきたクレア。

 ここで、

 リグドの『ナイスバディなかみさん』発言を受けて、

「取り合えず、席はここっす」
 そう言いながら、ウェニアをそそくさと席に案内していった。

 その尻尾が激しく左右に振られていたのは言うまでもない。

しおり