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第297話 死神ちゃんと生物学者②

 死神ちゃんはダンジョンに降り立ち、地図を確認するなり辟易とした顔を浮かべた。〈担当のパーティー(ターゲット)〉の現在位置のマークが、根菜の巣にあったからだ。きっと、どこぞの角かそのライバル辺りが今回のターゲットなのだろう。
 死神ちゃんはしぶしぶながら根菜の巣に向かった。しかし、そこでお茶を頂きながら談笑に耽っていたのはどの農家でもなく、学者風の男だった。


「おう、嬢ちゃん! お久しぶりでございやすなあ!」


 死神ちゃんが何かを言う前に、マンドラゴラの方から声をかけてきた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべて、手を振り上げ挨拶を返した。すると、学者風の男がこちらを振り返ってきた。彼は「あっ」と声を上げると、死神ちゃんを指差して驚嘆顔で言った。


「ふてぶてしい、死神幼女!」

「誰が〈ふてぶてしい〉だ! あと、人に指をさすんじゃあねえよ!」


 死神ちゃんは不機嫌に男へと近づいていくと、さされた指を思い切り叩き落とした。男はポケットからいそいそとメモ帳を取り出すと、一心不乱に文字を書きなぐった。


「〈死神幼女はマナーにうるさい〉……っと」

「お前、どうしてここにいるんだよ。お前の専門は生物学だっただろ」

「だからだよ。この〈マンドラっちさん〉は、ただ普通にマンドラゴラの苗を植えただけで発生したんだろう? だから、果たして植物なのか、それとも動物なのか、とても気になってね。絶賛取材中だったんだよ」


 男が爽やかにそう言うと、根菜の親玉は照れくさそうにあごを掻いた。そしてニヤリと笑いながら、得意気に言った。


「まさか取材が入るたあ、俺らも有名人になったもんでさあ。人気者はつらいねえ」

「いや、今の話、ちゃんと聞いていたか? その取材、雑誌掲載用じゃあなくて、研究資料としての情報収集だから」


 死神ちゃんが呆れ返ると、根菜は気にすることなくカッカと快活に笑った。その傍らでは、男が「死神幼女はツッコミ癖がある」と呟きながらメモに書き足していた。
 彼は精霊や魔法生物などが専門の生物学者である。彼は以前、農家(マンドラゴラ品評会金賞の方)からムークについて調べて欲しいと依頼を受け、有用な資料を得るべく〈暗闇の図書館〉を目指してダンジョンにやって来た。そのついでに、泥ゴーレムと根菜が合体した〈クレマンドラレム〉を探してみたり、この世界ではこのダンジョン内だけの存在らしい〈空間に住まう黒豹のような魔物さん〉に珍妙なダンスを披露したりしていた。その際に散々な目に遭ったはずなのだが、どうやら彼はめげることなく冒険者を続けていたようだ。彼は根菜にお茶のお礼を言うと、おもむろに席を立った。


「お、なんだ。帰るのか? 教会に寄って、俺を祓うことを忘れるなよ」

「いや、まだ帰らないよ? 今日は他にも目的があってやって来たんだよ」

「だったらなおのこと、俺を祓ってからにしろよ。ここからだったら、一階層上に戻るだけじゃあないか」

「いやだなあ。せっかく君の生態について知るチャンスだっていうのに、どうして君を祓いにいかなくちゃあならないんだよ」


 死神ちゃんがあからさまに嫌そうな表情を浮かべたが、生物学者は動じることなく颯爽と根菜の巣をあとにした。そして奥へと進みながら、彼は朗らかに「今日はゴーレムを調査するよ」と言った。
 一般的に、ゴーレムとは土や泥で作られた傀儡とされている。しかし、このダンジョンの中のゴーレムには錬金術や魔法の形跡が認められない。そのため彼は、〈ここのゴーレムは、ゴーレムを模した魔法生物なのではないか〉と考えているそうだ。

 そもそも、このダンジョン内に存在するモンスターは全てがコンピューター管理された人工物である。しかも討伐されたらアイテムへと姿が変わるようにプログラムされているので、生物であるとも言い難い。質量を伴った幻影とでも言ったほうがいいだろう。なので正直なところ、生物学者よりも魔法学者や科学者のほうが専門とすべき研究なのではないかと、死神ちゃんは思った。
 しかしながら、モンスターたちは生物的な行動を見せるようプログラムを施されており、程度に差はあるものの知能も備えられている。きっと生物学者の行う研究でも、いろいろと攻略に役立つことも見えてくるだろう。

 死神ちゃんは何やらに納得するようにうなずくと、生物学者に「ゴーレムの何をどう調べるんだ」と尋ねた。すると、彼はダンジョン内にいる様々なゴーレムに個体識別用の札を付けて回ると答えた。その際に知り得たことはどんどんメモをとっていき、以後数度に渡って札付きのゴーレムを追跡調査していくそうだ。


「識別票を付けるのはいいんだが、そいつが他の冒険者に倒されたらどうするんだよ」

「だから、一体にだけではなく数体に札を付けたいと思いまして。でも、泥ゴーレムや石のゴーレムには付けられるだろうけど、溶岩ゴーレムには付けることができるかなあ? 札、溶けちゃいそうだよね」

「その札、何製?」

「木製」

「特殊な魔法でもかかっていない限り、一瞬で燃え尽きるだろ」

「だよねえ……」


 死神ちゃんが呆れて鼻を鳴らすと、生物学者はしょんぼりとうなだれた。しばらくして、彼は順調に札を付けて回り始めた。珍妙な踊りを踊ってゴーレムの気を引きつけつつ、華麗にパンチの雨を回避しながら近づいていく。そして高々とジャンプしてゴーレムの肩にまたがると、手早く札を取り付けた。思わず、死神ちゃんは手際の良さに感心の眼差しを向けると、低く唸るように「おお」と漏らした。
 途中、彼はゴーレムにばかり気を取られていて他にもモンスターが居ることに気づかず、取り囲まれた。そのゴーレムは鉄製の(アイアン)ゴーレムで、他のゴーレムとは違って胸部に何やら文字が刻まれていた。その見た目からも、他のゴーレムとは違って〈従来通りの、傀儡であるもの〉であるだろうと予想できた。しかし、結果を急くのはよろしくないと言って、彼は札を取り付けようと試みた。だが、周りのモンスターに阻まれて、彼はゴーレムに辿り着くことができなかった。
 彼は一旦引いて立て直しを図ることにした。モンスターたちから少し離れたところに移動すると、彼は落ち着き払った様子でポーチから一冊の本を取り出した。


「手こずっていたわりに、随分と余裕そうだな」

「僕ほどファンタスティックな学者になるとね、他の世界に住まう生物を召喚できるようになるんだよ。――さあ、いでよ!」


 彼が得意げに本を開くと、その中から飛び出すように五匹の〈猫の獣人(フェルパー)〉が飛び出した。死神ちゃんは驚いて目を見開いた。


「すごいな! 複数人を召喚できるヤツなんて、初めて見たよ!」

「どうだい? ファンタスティックだろう? さすがは生物学者だろう!?」

「いや、学者として凄いんじゃあなくて、これは純粋に召喚士としての腕の問題なんじゃあないのか?」


 疑問を口にして首をひねる死神ちゃんに、彼は特に何も答えなかった。彼は意気揚々とフェルパーたちをモンスターにけしかけようとしたのだが、猫たちは召喚主の命令を聞くことなく思い思いの行動を取り始めた。一人はゴーレムに勢い良く背を向けて脱走をし、一人は逃げそびれて嫌々周りのモンスターと戦い始めた。もう一人は死神ちゃんの横でお昼寝を始め、さらにもう一人は死神ちゃんにじゃれついて遊んでいた。真面目に戦っているのは、たった一人だけだった。


「うーん、あんた、同族の香りがするのにゃ。あたしらの仲間の誰かと知り合いなの? ねえねえ、黙ってないで答えてよう。――まあいいにゃ。遊ぼ遊ぼ遊ぼ」

「ねえ、ちょっと君たち! 三毛ちゃんにばかり責任を押し付けてないで、働こうよ! 幼女にじゃれついてないでさあ!」

「えー、やだ。めんどくさい」

「面倒臭いじゃあないよ! さあほら、行って!」


 死神ちゃんにまとわりついていたフェルパーはしぶしぶゴーレムに近づいていったが、戦おうとはしなかった。そして何故か、煽るように左右にぴょんぴょんと飛び跳ねたり、ちょろちょろと走り回ったりした。結果、混乱していた戦場にさらなる混乱を招くこととなり、生物学者は為す術もなく灰と化した。
 彼が灰化するのと同時にフェルパーたちは元の世界に返され、辺りは一気に静かになった。その静かさは、死神ちゃんのため息がはっきりと聞こえるくらいだった。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、にゃんこが不機嫌な顔を浮かべて走り寄ってきた。彼女に飛びかかられた死神ちゃんは、おでこスリスリの洗礼を受けた。


「あたい以外のにゃんこの匂いがするとか、許しがたいのねーッ!」

「だからって、においつけするなよ!」

「失礼なッ! これは愛情表現でもあるのねッ!」


 ぐりぐりとされ続けながら、死神ちゃんはグレゴリーを見上げて首を傾げた。


「ところで、ゴーレムのレプリカの〈本物さん〉っているんですか? 俺、会ったことないんですけど」

「あー、〈ご本人さん〉がいるのは、ほとんどが()がモデルのものだけだ。〈蠢くヘドロ(クレイウーズ)〉とか〈空飛ぶ硬貨(クリーピングコイン)〉とか、スケルトンとかゾンビとか、そういうのにはモデルはいねえよ。もちろん、ゴーレムも」


 つまるところ、知能指数が低くて意思疎通が出来ず獣として扱われているようなものや付喪神的なもの、魔法生物でも自我を持たないものなど〈どこの世界においても()のカテゴリーに属されることのないもの〉はビット所長手持ちの資料からレプリカを作成しているらしい。もちろん、アルデンタスのサロンの看板マスコットであるバクのユメちゃんや、第一死神寮のうさ吉のような例外はあるが。
 死神ちゃんが相槌を打っていると、グレゴリーは目を瞬かせながら付け加えた。


「ちなみに、アイアンゴーレムは実際にいるぞ。ダンジョン創設時の、まだ社員も少ないころにビット所長が人手不足を補うために作ったそうでな。そういう理由で作られたから、簡単な会話くらいならできる程度の知能も備えられていたな」

「へえ。そいつも胸に文字が刻まれているんですか? たしか、あれって〈真理〉っていう意味でしたっけ」


 死神ちゃんが興味深げに目を瞬かせながら尋ねると、グレゴリーは首をひねりながら「いいや」と答えた。死神ちゃんが関心を無くすかのように小さく鼻を鳴らすと、グレゴリーは続けて言った。


「でも、いつも何故か変なTシャツを着ているんだよな。胸に一言書いてある系の。この前は〈冷やし中華はじめました〉って書いてあったな。AIとやらはよ、ときとして作り手が想像もしないような進化を遂げることがあるらしいが、その趣味もそういうのの一環なのかね」

「単に、所長の変な趣味が反映されただけなんじゃあないですか……?」


 後日、死神ちゃんは百貨店のパーティーグッズ売り場横にある〈おもしろTシャツコーナー〉にて、パチもん臭漂うロゴと文言がプリントされたTシャツを着たアイアンゴーレムと遭遇した。彼(?)は〈田中〉と書かれたTシャツと〈夜露死苦〉と書かれたTシャツを交互に見つめながら物思いに耽っており、死神ちゃんは思わず口をあんぐりとさせたという。




 ――――同じ種族といえども、人が変われば性格ももちろん変わる。作り物といえども、知能が備われば思いもよらぬ進化をすることがある。どちらも、ファンタスティックなことなのDEATH。

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