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リグドと、内緒の場所 その1

 早朝……

「さぁ、とっとと走るっす!」
「わ、わかってるってクレアの姉さん」

 クレアとエンキの、毎朝恒例になっているやり取り。

 その声と同時に、エンキ達が街道に駆け出していく。
 すぐ後を、弓を構えたクレアが追走していく。

 いまだに狩りで戦力にならないエンキ達。
 その体力強化を兼ねたジョギングが、こうして今朝もはじまった。

 朝からリグドと濃厚な口づけを交わしたクレアは上機嫌であった。

「さぁ、いつも以上に気合い入れていくっすよ」
 その言葉通り、いつもより2割ほど早いペースのクレア。
「くそう。理由はわからねぇけど、クレアの姉さん、今朝もすげぇ気合いだ」
 そんなクレアに追走されながら、必死に走るエンキ達。

 その姿はあっという間に街道の向こうへ小さくなっていく。

◇◇

「クレアのやつ、張り切ってやがるな」
 酒場の入り口からその光景を眺めていたリグド。

 寸胴鍋がその手に握られている。
 中には、流血狼のスープカレーがなみなみと入っている。

 相当な重量がある寸胴鍋を軽々と担ぎ、リグドは裏の小屋へ移動していく。

 これはエンキ達の朝食であった。
 エンキ達がクレアとジョギングに行っている間に、毎朝リグドが小屋へ運びこんでいる。
「狩りじゃまださっぱりだが、ジョギングとゴミ拾いはそれなりに頑張ってるみたいだしな」

 酒場の裏へ出ると、そこに小屋が2つあった。

 1つは、エンキ達の住んでいる2階建ての小屋。
 街の大工、ヴァレスが建築したものである。

 1つは、ワホの小屋。
 リグドがクレアと一緒に作った仮設の小屋である。

 傭兵時代から野営のために簡易の小屋をよく作っていたリグドとクレア。
 この程度の小屋を仮設するのはお手の物であった。

 リグドがエンキ達の小屋に近づいていく、
 するとその隣、出入り口に『ワホ』と書かれた名札が設置されている小屋の中からワホが飛び出してきた。
「ワホ! ワホワホ!」
 嬉しそうに尻尾を振り、飛び跳ねながらリグドに駆け寄るワホ。
 
 寸胴鍋の匂いに反応しているらしく、時折鼻をクンクン鳴らしては、その場にお座りしていく。

「まてまて、お前のは次だからよ」
 ワホに一声かけると、リグドは寸胴鍋をエンキ達の小屋の中へ運びこんだ。
 1階にあるリビングの机の上にそれを置くと、リグドは小走りに酒場へ戻っていく。

 厨房に準備してあるもう1つの寸胴鍋、
 ワホ用に、薄味に仕上げてあるそのスープカレーをタライに移すと、リグドはそれをワホの元へ持って行った。

「よぉし、ワホ、待てだ」
 リグドの指示を受け、駆け寄ろうとしたワホはその場でお座りしていく。
 早く食べたくて、時折腰を浮かせ気味にするワホ。
 ハッハッハ、と、激しく呼吸を繰り返してもいる。

「いいか、待てだぞ……待て……よし!」
 リグドの合図と同時に、ワホはタライに顔を突っ込んだ。
 ガツガツと、一心不乱に平らげていく。

 その食いっぷりの良さに、
「ははは、そんなに美味いか?」
 リグドは嬉しそうに微笑みながらワホの背を撫でていく。

 スープカレーに夢中なワホは、それに答えることはなかった。

 そんなワホの背を、リグドは撫で続けていた。

◇◇

 1時間ほどすると、エンキ達とクレアが戻って来た。

 後片付けを終え、エンキ達を小屋に戻したクレアと、ワホの朝ご飯後のじゃれあいを終えたリグドは、一緒に酒場へ戻っていく。

 リグドが準備していた朝食を、カララも交えて3人で食べる。

「今日はちょっと遠出してくるけど、開店までには戻るから」
「了解しました~、お店の掃除をばっちりしておきますね~」
 リグドの言葉に、笑顔で答えるカララ。
 その言葉にニカッと笑みを返すと、リグドはその視線をクレアへ向けた。
「んじゃ、いくぞクレア、ワホ」
「うっす」
「ワホン!」
 リグドの言葉に、クレアと、その後方のワホが返答する。

「行ってらっしゃいませ~、お気をつけて~」
 カララの声に送られながら、リグド達は出発した。

◇◇

 日中の街の近くの森は、冒険者達が恒常的に狩りを繰り返していることもあり大型の魔獣は少ない。

 以前、クレアが大型魔獣を狩ったのも、離れた場所まで駆けて行って狩ってきたものであった。
 そのため、今日の2人と1頭は少し遠出することにしたのである。

 ちなみに……
 これを受けて特訓を兼ねた狩りが休止になったエンキ達。
 替わりに、小屋の中でバケツ10杯分の野菜の皮むき作業を言い渡されていた。

 城門を出ると、ワホがその身を低くした。
「ワホが、魔獣が多くいるあたりまで連れて行ってくれるみたいっす」
 犬系亜人ゆえに、ワホが何を言っているのか理解出来るクレア。
「ほう、そりゃありがたい」
 それを受けて、ワホの背に乗るリグド。
 続いてクレアもその後方に乗り込んでいく。

 クレアは乗り込むなりリグドに抱きついていた。

「頼むぞワホ」
「ワホン!」
 リグドの言葉に一鳴き返すと、ワホはすごい勢いで森の中を疾走し始めた。

 クレアには劣るものの、リグドよりはかなり速い。

「こりゃ助かるな」
 リグドは、嬉しそうに声をあげた。

 ……そんな中

 リグドにぴったり抱きついているクレア。
 その豊満な胸がリグドに押しつけられている。

 その感触に、年甲斐もなく頬を赤らめるリグドであった。

 一方のクレア。

 ……あぁ、堂々とリグドさんに抱きつけるっす! 最高っす! たまらないっす!
 
 リグドにぴったり抱きつき、歓喜の表情とともにその顔を真っ赤にしながらリグドの背に顔を埋めている。
 普段、3歩下がって歩くことを常としているだけに、堂々と密着出来ることが嬉しくて仕方なかった。
 
 その瞳が、ハート型になっていたのは言うまでもない。

◇◇

 そんな2人を背に乗せたワホは、街からかなり離れた場所にある渓谷へと到着した。
 
 切り立った山の合間にあるこの渓谷の奥底は、昼なお暗い。
「……なるほど、ここなら夜行性の魔獣がうろついてそうだな」
 リグドとクレアは早速狩りを始めていく。

 リグドの読み通り、この渓谷の中にはかなりの数の魔獣がいた。
 流血狼が多く棲息していたこともあり、それを特に重点的に狩っていく。

 流血狼は危険度こそ高いものの、ここいらでは最高級の高級食材である。

 クレアの弓
 リグドのハンマー

 ワホも巨体と牙で参戦する。
 1頭では流血狼の群れに敵わないワホだが、リグドとクレアと一緒に難なく仕留めていく。

 その結果、渓谷に到着してから1時間も経たないうちに、2人と1頭の前に獲物が山積みになった。

「これ以上狩っても持ち帰れねぇな」
 リグドは、持参してきた紐で獲物を縛り上げると、

 一番大きな塊をワホの背に
 残りの塊を自ら担ぎ上げていく。

 荷には消臭効果のある魔石をくくりつけている。
 この魔石の効果で、血のにおいを嗅ぎつけられる心配もない。

 ワホが背に獲物を満載したため、帰路は徒歩になる。
 そのためクレアは、周囲の哨戒と万が一の魔獣の急襲や遭遇に備えるため荷は持っていない。

「さて、帰るとするか」
 リグド達は早足で帰路についた。

 すると

「ワホ! ワホン!」
「……ワホが、『こっちに寄ろう』と言ってるっす」
 クレアの翻訳を受けて、ワホの案内に従っていく一行。

 渓谷を離れ、少し山に登ると、岩場に広大な湯だまりが出来ている場所へと到着した。

 突き出した岩に囲まれているため、周囲から見ただけでは気づかない場所にこの湯だまりはあった。
「ひょっとして、こりゃ温泉か?」
 リグドの言葉に、ワホが一鳴きして頷く。

「温泉って、リバティコンベにあったあれっすか?」
「あぁ、どうやらそのようだな」
 クレアの言葉にこたえると、リグドは荷を降ろし、服を脱ぎ始める。
「どれ、せっかくワホが教えてくれたんだ。ちょっくら堪能させてもらおうじゃねぇか」

 リグドの体は、年齢に見合ず筋骨隆々である。
 その裸身に釘付けになるたクレア。

「おい、どしたクレア? お前ぇは入らねぇのか?」
「……え、あ、はい、入るっす」
 リグドの言葉でハッと我に帰ったクレアは、慌てて服を脱いでいく。

 リグドがワホの荷を外してやると、ワホは我先にと温泉に入っていく。
 広大な湯だまりは、巨体のワホが入ってもまだかなり余裕がある。

 次いで、リグドとクレアも温泉に入っていく。

 湯は適温。
「昼間から温泉か……こりゃたまらねぇな」
 湯の中の岩に腰を下ろすと、リグドは気持ちよさそうに背伸びしていく。
「……はい、最高っす」 
 その横にぴったり寄り添うクレア。

 2人と1匹は、しばし温泉を堪能していった。

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