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リグドとクレアと、ヴァレスとボア鍋

 翌日から、酒場の裏に小屋を建てる工事が本格的に始まった。
 主な工事はヴァレスの弟子達が行っている。

 エンキ達はもっぱら木材や資材の運搬を任されていた。

「ったく、なんで俺たちがこんなことをしなきゃならねぇんだ……」
 愚痴をこぼすエンキに対し、ヴァレスが
「ほほ? 今何か言ったか? 無駄口を叩いたなら追加請求じゃな」
 そう言いながら、メモを取り始める。

「だー!? やるよ! やりゃあいいんだろ! ちゃんとやっからリグドのおっさんに告げ口とかするんじゃねぇぞ」
 慌てた様子で荷物を運び始めるエンキ。
 その様子を、ヴァレスは楽しそうに笑みを浮かべながら見つめていた。
「なるほどの……確かに楽しめそうな奴らだの……まぁ、どこまで持つかはわからんが」

◇◇

 ヴァレス達が酒場の裏で工事を行っている中、リグドは街の門の前にいた。
 その後方、きっちり3歩後ろにクレアが続いている。

 そんなリグドの前に、ジュレスの姿があった。
「なぁ、狩りに行くんだろ、俺も連れていってくれよ」
 リグドに向かって懇願するジュレス。

「……おいおい、ヴァレスの爺さんにこっぴどく怒られたばっかだろうが?」
 呆れた口調で苦笑するリグド。
 
「すごい獲物を持って帰れば、きっと爺ちゃんだって考えを変えてくれるさ、だから頼むよ」
 リグドに、さらに懇願するジュレス。

 そのしつこさの前に、リグドは一度大きなため息をついた。
「……なぁ、お前。武器はその弓か?」
「そうさ、この弓が俺の武器さ。今までずっと一人で練習してきたんだ」
 そう言うと、ジュレスは街を覆っている柵へ駆け寄っていき、そこに丸印を書き込んだ。
 再びリグドの前に戻ると、
「いいか、見てろよ」
 弓を引き、丸印に向かって矢を射た。

 パシィ

 矢は、その円の真ん中あたりに命中した。
「な、すごいだろ?」
 満足げな笑みを浮かべるジュレス。
 そんなジュレスへ、リグドが視線を向ける。
「……なんだ、もう終わりか?」
「え?」
「まさか1発当てて終わりってこたぁねぇんだろう?」
「え?」
 リグドの言葉の真意がわからず、ジュレスはぽかんとしていく。
 その様子に苦笑するリグド。
「おい、クレア。ちょっとお手本を見せてやれ」
「うっす」
 クレアはスタスタと移動していくと、立ち止まり、背負っていた弓を構えた。
 その位置は、ジュレスが弓を射た場所よりもかなり後方だった。

 ヒュン……カッ

 クレアが射た矢は、すさまじい速さで、ジュレスが書いた円のど真ん中に突き刺さった。
 先ほどジュレスが命中させた位置よりも真ん中よりである。

 ヒュン……カッ

 ヒュン……カッ

 ヒュン……カッ

 ヒュン……カッ

 ヒュン……カッ

 ヒュン……カッ

 休むことなく連続で弓を射るクレア。
 その矢は、寸分違わず円の真ん中を射貫き続けており、先に刺さっていた矢を破壊しては円の真ん中に突き刺さっていく。

 10発……

 20発……

 クレアは休むことなく弓を射続けていく。
 そのリズムは常に一定で、矢は常に円のど真ん中を射貫き続けている。

 クレアを姿を見つめながらジュレスは息をのんでいた。
 そんなジュレスの肩をリグドがポンと叩いた。
「いいか、狩りで弓を射るには最低でもあれぐらい出来なきゃ話にならねぇ。
 一度森に出たら何匹魔獣が襲ってくるかわからねぇんだからな。
 弓を射すぎて疲れたからといって、魔獣は待ってはくれねぇ。
 何十発も、寸分違わず射続けるだけの体力、技術、精神力がなかったら、狩りに出る資格はねぇ。

 エンキ達みてぇに、俺とクレアにおんぶに抱っこされて狩りしてる気になりてぇってのなら、まぁ話は別だが……おめぇは、それで満足なのか? ん?」
 リグドはジュレスの顔を覗き込んだ。
 しかし、ジュレは呆然としたまま、返事を返すことが出来なかった。
 
 リグドは、ジュレスの肩をポンと叩くと、ジュレスをその場に残し、クレアと共に街の外へと出ていった。

「……少し、見所あるっすね」
「ん? そう思うか?」
「あそこで、ムキになって弓を射なかったっす。自分の力量が私(自分)の力量にはるかに劣っていると判断出来てた証拠っす」
「あぁ、そうだな」
 
 自分の力量を見極めることが出来ないヤツぁ、だいたい死ぬ……

「……そういやぁ、昔、ムキになりすぎて、魔獣の群れのど真ん中で動けなくなったヤツもいたっけな」
 リグドの言葉に、クレアが顔を真っ赤にした。
「……そ、その節は……ご迷惑おかけしたっす……」
 シュンとなり、耳と尻尾を垂れ下がらせるクレア。
 そんなクレアを、リグドが抱き寄せた。
「……もう、あんな無茶すんじゃねぇぞ」
「……うっす」
 2人は、一度視線を交わしあうと、そのまま森の奥に向かって進んでいった。

◇◇

 その日。
 リグドとクレアは、2人で合計6頭の魔獣を仕留めてきた。
 
 灰色熊が3頭
 マウントボアが3頭

 ともに大型の魔獣である。

 その気になればもっと狩れたのだが、商店街組合にしろ冒険者組合にしろ、あまり多く持ち込み続けていると買い取り値が下がってしまうため、あえてセーブしたのである。

「さて、今日はマウントボアで何か作るかな」
 商店街組合で灰色熊3頭とマウントボア1頭を買い取ってもらったリグドは、マウントボア2頭を担ぎ上げて酒場へ向かっていた。

 そんなリグドの後方、きっちり3歩後ろを歩いていたクレアは、
「鍋! 鍋がいいっす! リグドさん絶品のあの鍋が食いたいっす!」
 目を輝かせ、尻尾を振っていく。

「そうだな、お前ぇがそこまで言うんなら、久しぶりにボア鍋でもしてみるか」
「はいっす! 嬉しいっす!」
 リグドの言葉に、クレアは更に尻尾を振っていく。

 ……リグドさんのあのボア鍋マジ絶品っす。あぁ、久しぶりにあの味を堪能出来るっす

 リグドを後ろから見つめがら、クレアは鍋の味を思い出し、その口の中に唾液を溜めていった。
 そんなクレアの様子に、思わず笑みを浮かべるリグド。
「かみさんにそこまで喜んでもらえたとあっちゃ、俺も張り切らないといけねぇな」
 嬉しそうにクレアに話かけるリグド。
 
 クレアは、リグドに『かみさん』と呼ばれたことに歓喜し、その瞳をハート型にしながらリグドの後を歩いていた。
 こんな時でも、きっちり3歩下がって歩くことを忘れていない。


◇◇


「……そういえば、リグドさん」
「ん?」
「あの……酒場はまだはじめないんすか? 店の方はもういつでも再開出来る状態になってますけど」
 怪訝そうな表情を浮かべるクレア。
「ん、あぁ、それに感してはな、ちょっと手をうっているんだが……そうだな、ナカンコンベに手紙が届いて、あと半月ってとこか……」
 そんな会話を交わしながら、2人は夕焼けに染まった街道を酒場に向かって歩いていた。





------------------------- 第15部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
リグドと、ドンタコスゥコ

【本文】
 酒場裏の工事が始まって半月。

「どうだリグド。なかなかな出来だろう?」
 出来上がった小屋を前にして、ヴァレスが胸を張りながら腕組みしている。
 猿人らしく隆起した胸筋から両腕の筋肉が、老齢であることを忘れさせていた。
「あぁ、確かにいい出来だ。あんたに頼んで正解だったぜ」
 ニカッと笑い、リグドはヴァレスとガッチリ握手を交わした。

 この半月、毎日現場で顔を合わせては言葉を交わしていたリグドとヴァレス。
 今では長年の友人であるかのように意気投合していた。

 小屋は2階建て。
 エンキ達10人は2階の個室に1部屋2人ずつ入る。
 1階はリビングになっており、厨房と物置が併設されている。
 リグドの許可なく外出することは今までどおり禁止になっており、欲しいものがある場合リグドに申しでることになっている。

「これでようやくあいつらを酒場から追い出せるな」

 リグドの言葉通り、エンキ達は今まで酒場を部屋代わりにして寝起きしていたのである。

 酒場の中に荷物を取りに入っているエンキ達を見ながら、リグドは顎を右手で触っていた。

「……あとは、あいつが到着してくれれば酒場を開けるんだが……」
「そのあいつっていうのは、どいつのことですかねぇ?」
 リグドの後方から女の声がした。
 その声に、リグドはニカッと笑みを浮かべていく。
「相変わらず良いタイミングで現れるじゃねぇか、ドンタコスゥコ」
 小柄で男装、茶色のポンチョを身につけているその女~ドンタコスゥコは、右手で書状をひらひらさせていた。
「リグドさんには片翼のキメラ傭兵団時代に儲けさせてもらったですからねぇ。お呼びとあらば即参上なのですよ」

 リグドがドンタコスゥコと一緒に酒場の前に移動していくと、そこには荷馬車が並んでいた。
 車体には全て『ドンタコスゥコ商会』と書かれている。

「この荷馬車を見るのも久しぶりだな」
「片翼のキメラ傭兵団が代替わりしてから、あの若い団長さんの気に入った商会しか出入り出来なくなったですからねぇ」
「まぁ、そう言ってやらんでくれ。アイツなりに考えてやってたと思うしな」
 バツが悪そうに笑うリグド。
「賄賂に接待の要求にと、特にリグドさんがいなくなってからは色々考えているみたいですけどねぇ……ま、昔なじみのリグドさんに免じてこの話はここまでにしときますねぇ」
 クスクス笑うドンタコスゥコ。
「……面目ねぇ」
 リグドは苦笑しながら頭をかいていく。

 ……俺がいた時は俺が目を光らせてたからそんなこたぁなかったんだが……そこまでになっちまってたか

 その胸に一抹のやるせなさを感じるリグド。


◇◇

 ドンタコスゥコの部下達が荷馬車から荷下ろしを始めたところで、酒場の中からクレアが駆け出してきた。
「リグドさん、これはなんすか?」
「あぁ、酒場で出す酒や、料理に使う食材、それに大型の魔石冷蔵庫なんかも持って来てもらったんだ」
「もちろんタダじゃないですけどねぇ」
 そこに、荷下ろしの指示をしていたドンタコスゥコが歩み寄った。

「でも、まけてくれるんだろう?」
 ニカッと笑うリグド。
 
「ふふふ、それはどうでしょうねぇ」
「ははは、何言ってやがる」
 互いに笑いながら視線をぶつけ合うドンタコスゥコとリグド。

「……ところで、そちらクレアさんとお見受けしますけどねぇ、確か片翼のキメラ傭兵団の弓士だった」
 ドンタコスゥコがクレアへ視線を向けた。
「あ、はい、お久しぶりっす」
 軽く頭を下げるクレア。

 片翼のキメラ傭兵団にクレアが所属していた頃、ドンタコスゥコには弓の調達などで世話になっていたため、2人は面識があった。

「クレアさんも片翼のキメラ傭兵団を辞めたとはお聞きしておりましたですけど、まさかここにおられたとは思いませんでしたねぇ。とにもかくにも、お元気そうで何よりですねぇ」
 笑顔のドンタコスゥコ。

「はい、すべてリグドさんのおかげっす」
 そう言うと、クレアはリグドの後方、きっちり三歩後ろに移動した。
 基本無表情なクレアだが、その顔にうっすらだが笑みを浮かべており、頬を赤く染めながらリグドを見上げている。

 ……んん?

 その姿に、ドンタコスゥコは首をひねった。

 ……傭兵団時代にクレアさんは、あんな顔したことがなかったですけどねぇ

「あぁ、改めて紹介しとこう」
 リグドは、クレアの肩に腕を回した。
「俺のかみさんのクレアだ。改めてよろしくな、ドンタコスゥコ」
 ニカッと笑うリグド。
「か、かみさんっす……」
 その顔を真っ赤にしているクレア。

 そんな2人を見つめるドンタコスゥコ。
「おやおやまぁまぁ、リグドさんも隅におけませんねぇ、若い奥さんもらっちゃって」

「ははは、まぁな」
 その言葉に、照れくさそうに笑うリグド。

 そんなリグドに抱き寄せられているクレアは

 ……ふ、ふぉぉ、リグドさんに……リグドさんに抱き寄せられてるっす……

 その顔を真っ赤にしたまま、その場で固まっていた。
 その瞳が、ハート型になっていたのは言うまでもない。

◇◇

 その後、ドンタコスゥコ商会の面々によって様々な荷物が酒場の中に運びこまれた。

「酒は、ここいらでは手に入らない良質で美味なタクラ酒をお持ちしてますねぇ。
 食材もですねぇ、タテガミライオンやデラマウントボアのお肉、それにエビランのような海産物や調味料なんかも魔法袋で大量にお持ちしてますねぇ」
 ドンタコスゥコの説明を、リグドは厨房で聞いていた。

「フライパンに鍋、それに、大型の魔石冷蔵庫も申し分ねぇな。うん、助かった」
 ドンタコスゥコ達が運び込んだ品々を確認したリグドは満足そうに頷いた。

 厨房に新たに並んだ調理器具は、いずれもこのあたりでは入手が困難な品々であった。
 酒や食材も同様である。

「これで、他の店じゃ出せねぇ酒と料理で客を呼び込めるってもんだ」
 楽しそうに笑うリグド。
「あとは、リグドさんの腕次第ですけっどねぇ」
 クスクス笑うドンタコスゥコ。
「それは絶対大丈夫っす! 自分が保証するっす!」
 ドンタコスゥコに歩み寄り、力強く断言するクレア。

 クレアは、リグドへ視線を向けると
「リグドさん、自分、この酒場を流行らせるためならなんでもするっす。なんでも言ってほしいっす」
 そう言いながらリグドの元へ駆け寄っていく。
 
 そんなクレアに、リグドはニカッと笑った。
「あぁ、期待してるぜ。かみさん」
「は、はいっす!」
 その言葉に、満面の笑顔を浮かべるクレア。
 その尻尾は、千切れんばかりに左右に振られていく。

◇◇

 荷物を降ろし終え、リグドから代金を受け取ったドンタコスゥコ。
「今日は他に用事がありますので、ここで失礼するですけどねぇ、月に1度、卸売りにきますねぇ」
「あぁ、すまねぇがよろしく頼む」
 ニカッと笑うリグドと握手を交わしたドンタコスゥコ。

「あ、そうそうクレアさん」
「なんすか?」
「素敵な奥さんに、これをプレゼントしますねぇ」
 そう言うと、大きな紙袋をクレアに手渡した。
「あ、ありがとうございますっす!」
 『素敵な奥さん』と言われ、嬉しそうに顔をほころばせながらクレアは深々とお辞儀をした。

 そんな2人に見送られながら、ドンタコスゥコは街を後にしていった。

◇◇

 その夜……

「クレア……なんだ、その格好は?」
 ベッドの入っているリグドの前。

 クレアはバニー姿をしていた。
 かなりきわどいハイレグの衣装に網タイツ。
 頭には兎耳をつけている。

「ドンタコスゥコさんがくれたっす。寝る前にこれを着たらリグドさんが喜ぶってメモが入ってたっす」
 露出が激しい衣装のためか、恥ずかしそうにモジモジしながら真っ赤になっているクレア。

 そんなクレアを見つめながら、苦笑するリグド。

 ……ドンタコスゥコの野郎……俺の好みを誰から聞いてたんだ……

 片翼のキメラ傭兵団時代から、バニー姿で接客する店を好んでいたリグドなのであった。


「あの……自分じゃ似合ってないっすか?」
 苦笑し続けているリグドを前にして、不安そうな表情になるクレア。
「……そんなこたぁねぇ、うん」
 リグドは、そんなクレアを抱き寄せ、自分の横に押し倒していく。

「……あぁ、確かに、よく似合ってらぁ……興奮しちまうくらいによ」
 そう言うと、いつもより荒々しく口づけていく。
「ん、んん……」
 声をもらしながらリグドの首に腕を回すクレア。

 この夜……2人はいつもより長く抱き合っていた。

しおり