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第六十三話 たすけて

 12月に入り、これまたいっそうと冷気が肌に刺さり始めてきた。そろそろ防寒着が必要になってくる時期となった。ちなみに綾香と絹子はタイツを着用し始めた。流石の会長も普段ほどの余裕はなくなり、勉強に本腰を入れ始めた。副会長もしっかりとバックアップしているようだ。と言っても、ほぼ召使状態だけれども。龍二も着実と模試の成績が上がってきているようだ。

 肝心の俺はと言うと、着実とレベルが上がっているのは分かるが、それと同時にシンさんのレベルも上がり、更には自動負荷装置の重さも変わったりで、あまり実感はできていない。

 唯一実感できるのは弾避けぐらいだ。もう完全に弾を避けることはできるようになったから、次は弾を剣で弾く特訓となった。最終的には切るところまで行くらしいが、いまだに半信半疑だ。剣の刃の部分ではなく、側面で銃弾を防ぐという特訓だが、すでにけっこう様になってきている。

 次からは銃2丁にしようかって冗談っぽくシンさんに言われたが……あの笑顔はガチだったな。はあ、本当にどこまで俺を痛めつければ気が済むんだよ、あの人は。


 ―――帰りのホームルームが終わり、それぞれ帰りの身支度を整える。

 焔が早速教室から出ようとした時、

「待てよ焔!! 途中まで一緒に帰ろうぜ」

 龍二がリュックのチャックを閉めながら、焔の方へドタドタと走り寄る。焔は返事はしなかったが、歩くスピードを落とす。追いついた龍二は焔の隣を歩き始める。

 自分たちの教室を通り過ぎようとした瞬間、勢いよく教室の後ろの方のドアが開き、綾香と絹子が慌てた様子で出てきた。

「急ぐわよ絹ちゃん!! 早くしないとあいつ帰っちゃうんだから」

 後ろの絹子を見ながら前に突っ込んだため、歩いている人にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

 とっさに謝り、顔を見ると、

「ほ、焔!! まだこんなところにいたの?」

「ああ……で、だいぶ慌ててたけど、何か急ぎの用事でもあったのか?」

「え……っと、いやー……」

 綾香は顔を赤らめ、目を泳がせながら必死に別の言い訳を考えるが、焔が怪訝そうな顔で綾香の顔を見つめるもんだから、焦って全然良い言い訳を思いつかなず、うなだれていると、

「今日、綾香が頼んでた小説が本屋に届くから。それで急いでた」

 絹子の絶妙なパスにあやかり、綾香も何とか勢いで焔のことを納得させた。そして、素知らぬ顔で焔の隣を綾香と絹子が歩き始め、急がなくていいのか? と聞こうと焔は思ったが、別に良いかと笑い、そのまま歩き出す。

「綾香、お前の頼んだ小説ってどんなのだ?」

「私の大好きなミステリー作家の新作、陽炎に潜む少年ってやつなんだけど」

「へー、何か怖そうだな」

「そう!! これはね、ミステリーにホラーを融合させたとても面白い作品でね!! しかもどっちとも完成度がすごく高いって好評なのよ!! 一見何らかの怪奇現象に見えるんだけど、そこにはちゃんとした根拠とか解釈の仕方があって、しかもストーリーがこれまた陰鬱としててね―――」

 綾香のまくしたてるような小説トークが始まり、焔をはじめ3人とも苦笑いを浮かべながら、相槌を打つ。階段に差し掛かろうとした時、目の前にちょうど良く銀次が現れ、しめしめと焔が声をかける。

「よお銀ちゃん。もう帰るのか?」

「おう! 焔か……」

 そう笑顔で答える銀次だったが、焔が隣に綾香と絹子の2人の女子を連れているのを見ると、

「両手に花か……羨ましい限りだなー、焔」

 からかうように銀次は焔に向かって言う。案の定、綾香と絹子は少し恥ずかしそうにしていたが、

「ああ、1つ雑草が混じってるけどな」

 綾香と絹子の反応を微笑ましく見ていた龍二は突然火の粉が自分の方に飛んできて、動揺する。そして、その反応を見て焔はニヤニヤと笑った。

 銀次はと言うと、てっきり否定して殴り掛かってくると思っていて、少々唖然としていたのと同時に、焔は正直な奴だったと再認識していた。

 だが、綾香と絹子は更に顔を赤らめていた。

 それから銀次も本屋によって今日出た単行本を買おうとしていることを知り、綾香と絹子2人と一緒に行くことになった。そして、『今度は俺が両手に花だ!!』と喜んでいた。もちろん焔から腹パンを食らった。

 いつもの日常とは打って変わり、それぞれが目指すものを見定め、それに向かって忙しくも、充実した日々を過ごしていた。この変化に焔は少ししみじみと耽ることががる。特にこういう何でもないようなくだらなくも大切な時間に。

 分かれ道がやってきて、それぞれ別れを告げると各々の道に進む。自転車をこぎながら、もう少し駄弁っていたかったなと思うも、首を振り、自分を奮い立たせるように両頬を叩く。


 さあ、レベルアップの時間だ!!


 ―――田んぼが見渡せる夜道を1人の少女が歩いていた。その少女の顔には傷があった。その少女、咲の通う学校は今住んでいるところから4駅ほど離れているため、帰りは遅くなる。

 そんな長い時間の間、咲は何をしているかと言うと……

 電車の中では途中まで友達とおしゃべり、後はスマホをいじる。そして、いつもの日課となっている焔へ今日起こったことや面白かったことを報告することだ。焔の反応はいつも素っ気ないものだったが、それでも毎回毎回送っている。

 そして、実は焔も楽しんで見ているのだった。

 今日も帰り道、暗がりの中をスマホの光が咲の顔を照らしていた。今日は何を話そうか、焔とのトーク画面を見つめながら考えていた。

 そんな時、前方に黒のワゴン車が止まっているのが見えた。

(おかしい……こんなところ田んぼと森しかないのに、それに民家はもうちょっと行かないと出てこない。どうして……)

 咲は不審に思い、できる限り慎重に、そして悟られないように近づいていく。できるだけ車から距離を取り、通り過ぎようとする。窓にはカーフィルムが貼られており、咲の不信感はますます上がっていった。そして、咲は1つの結論にたどり着いた。

 悲しいかな、その結論は実際の出来事となった。

 後部座席のドアが勢いよく開き、男が2人出てきた。咲はドアが開いた瞬間に一目散に来た道を猛スピードで戻る……が、1人の男に捕まってしまった。咲は悲鳴を上げながらも冷静だった。

「きゃああああ!!……ってこのクソ野郎!!」

 すかさずスマホのライトを男の目に近づける。一瞬怯んだ隙を咲は見逃さず、男の急所に蹴りを入れ、再び逃げ出す。

(どうしよう!! どうあがいても私の足じゃすぐ追いつかれる!! 何か……何かしなきゃ!!)

 そんな時ふとスマホの画面に目を落とす。

(……焔!!)

 もう1人の男に捕まりながらも何とか片手でスマホを操作し、最後に強く親指でスマホの画面を叩いた。

 その後、その場には咲も車もきれいさっぱり消えていた。


 ―――暗闇の部屋の中で1人の少年がスマホの画面を見ていた。

 その画面には一言


『たすけて』


 少年の目は静かに燃え出した。 


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