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第292話 死神ちゃんと寝不足さん④

 死神ちゃんは我が目を疑った。〈担当のパーティー(ターゲット)〉と思しき冒険者が、植物型モンスター(プラント)の花(口?)の部分に頭を突っ込んでいたからだ。プラントが花(口?)の部分をもぐもぐと動かして美味しそうに冒険者を堪能しているのをつかの間ぽかんと見つめると、死神ちゃんは慌てて冒険者にとり憑きに行った。
 とり憑くために冒険者の体に死神ちゃんがタッチすると、彼は突然ビクリと身を跳ねさせた。そして何やらぎゃあぎゃあと喚きながら、彼は植物から頭を懸命に引っこ抜いた。


「ふう、危うくお花畑が見えるところでした……」

「お前かよ! 懐かしい遭遇の仕方だなあ、おい!」

「いやあ、眠気で朦朧としていたせいか、植物型モンスター(プラント)がアスフォデルさんに見えたんですよ……」


 執事風の男は面目なさげに苦笑いを浮かべながら、片眼鏡(モノクル)を取り、顔中を一生懸命にナフキンで拭った。死神ちゃんは呆れ気味に目を細めながら、同情するように声を落とした。


「この前、見たぜ。滝昇り大会で主賓代理として参加しているお前を。アルデンタスの施術を受けても効果ないのか?」


 プラントの粘液を何とか拭い終えた彼は、深くため息をつきながらモノクルを身に着けた。そしてげっそりと青い顔を浮かべると、情けない声でポツリと言った。


「効いてます。効果は、出ておりますとも。でも、それに勝るストレスで、すぐに元通りなんです。滝昇り大会にいらしたのでしたら、察しはつきますでしょう? おかげさまで、もう眠たくて眠たくて。それなのに、寝たいときには眠れなくて……」


 言いながら、彼は寝息を立て始めた。死神ちゃんは慌てて、彼の頬を叩いて起こした。今ここで寝られてもプラント以外のモンスターには遭遇しないし、いつ帰ろうとしてくれるかも分からなくなるからだ。彼は起こしてくれたことに感謝し眠気に抗いながら、本日の目的を話し始めた。

 この執事風の出で立ちの男は、見た目の通り執事である。彼の奉公先は、M奴隷な性癖を持つ冒険者〈ご主人様〉の実家だ。家から降された命に尽力することなく、自己の性癖に磨きをかけることに暇がないボンクラ三男が起こしたアレコレのせいで、この執事は仕える主と〈その息子が起こすトラブル〉の間で板挟みとなり常にひどい寝不足を強いられていた。
 寝不足問題はとうとう彼だけのものではなくなり、使用人はもちろんのこと主も患うようになった。そのため、彼はアスフォデルに睡眠薬を大量に調合してもらっていた。しかしそれも服用上限に達し、今度はアルデンタスの施術を試すようになった。彼の施術は素晴らしく、彼がブレンドするアロマオイルやハーブティーも施術同様だった。そのため、寝不足さんは家を代表して足繁く通い、オイルやお茶を定期的に大量購入しているのだとか。もちろん、それらの品々はとても効果があった。しかし、三男のせいですぐにストレスフルとなる。おかげで、寝不足改善の光が見えてくるのと、寝不足がいたちごっこでやってくるというわけだ。

 使えない三男に半ば見切りをつけ、彼の主は〈腕の立つ冒険者のパトロンとなろう〉と決めた。そのためのスカウト作業を、主はダンジョンでの冒険にすっかり明るくなった執事に任せた。さらなる責任を負ったことで、執事の寝不足は加速した。


「パトロン計画が軌道に乗るまでは旦那様も気が気ではないようで。おかげさまで、〈二人して寝不足な日々〉再来ですよ。そんなわけで、本日はとあるモンスターを探しに参りました。何でも、寝かしつけが上手なモンスターがいるらしいんですよ。どんな者でもコロッと眠ってしまうそうで。バクを連れて帰ることができず、睡眠薬もドクターストップならば、寝かしつけ術を少々学んでみようかと」


 寝不足さんはうとうととするたびに頬を叩かれながら、何とか説明を終えた。死神ちゃんは頬を引きつらせて心なしか首をひねると、「睡眠罠ですら効かなかったんだから、モンスターの寝かしつけだって効かないんじゃないか」とぼんやりと思った。
 寝不足さんは事前に仕入れた情報を頼りに、火炎地区へと向かった。やって来た場所は、先日〈金の亡者〉が入りに来た温泉の辺りだった。辺りには腰蓑をつけた人型のモンスターがうようよとしていた。どうやら、この中に寝かしつけが上手なモノがいるらしい。彼は手当たり次第、モンスターにちょっかいを出した。そして腰蓑の中のものをチラチラと見せられて不幸を背負い込んだり、両端が燃え盛っている木の棒を投げつけられて危うく火だるまになりそうになったりと散々な目に遭った。そしてようやく、彼はそれと思しき腰蓑を発見した。
 トーテムポールに連なっていそうな面構えのそいつは、片足を上げ両手を広げた。ワアオと言いながら片足立ちでひょうきんに腰を振るモンスターをじっとりと見据えながら、死神ちゃんは歯切れ悪く言った。


「本当にこいつなのか? どう見ても、こちらに枕を差し出してくれるよりは、こちらから座布団一枚を頂こうと狙ってきそうな感じじゃあないか」

「何ですか、座布団狙ってくるっていうのは。こちらが接待をせねばならぬということですか?」


 死神ちゃんと寝不足さんが話しているのもお構いなしに、トーテム腰蓑は踊りだした。踊るトーテムに視線を移した死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、ボソリと呟くように言った。


「こいつ、見た目の割に可もなく不可もなくなダンスを踊るな……」

「ええ、そうですね……。はっきり言って、全然つまらない……」


 がっかりとしながらも、寝不足さんはトーテムの踊りを漠然と眺めた。そしてしょんぼりと肩を落とすと、うなだれながらこぼした。


「これを覚えて帰ったところで、きっと旦那様を安眠させられない……。そもそも、全然魅力も魔力も感じられないです、し……」


 言いながら、彼はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。思わず、死神ちゃんは素っ頓狂な声を出した。


「うおっ、寝てる!? すごいな、効果は抜群じゃあないか!」


 どうやら、あまりにもつまらなすぎて眠気が一気に襲ってきたようだ。死神ちゃんがうっかり大声を出したことにも気づくことなく、寝不足さんは夢の中へと落ちていった。しかし、完全に落ちきるか否かのところで、彼は踊っていたモンスターに思い切り頬を叩かれた。


「いったーッ! 痛い痛い! ちょっ、何なんですか! 人がせっかく寝そうだってときに!」


 寝不足さんが目を覚まして怒りを露わにすると、モンスターは満足げにうなずいて再び踊りだした。寝不足さんもまた、再び船を漕ぎ始めた。そしてもちろん、寝不足さんは張り手を食らって目を覚ました。そんなことが何度も続き、寝不足さんは見るからに弱っていった。


「踊りを覚えて帰りたいのに、あまりにつまらなすぎて眠たくなるし。眠ろうとすれば叩き起こされるし。しかも、知っていますか? 叩き起こされるときって、通常よりも痛く感じるんですよ、何故か。感覚的に言ったら、二倍のダメージですよ。でも、気分的には四倍も八倍ものダメージですよ。眠いのに眠れないって、すごく気力も体力も削がれますから!」


 寝不足さんは〈もう我慢できない〉と言わんばかりに憤慨して立ち上がると、武器を片手にモンスターに襲いかかった。怒り任せに渾身の一撃を食らわせて退治することはできたものの、それが最後の力だったのか、それとも先ほどの〈小汚い中具をチラチラと見せられたことによる不幸〉を引きずっていたのか、彼は足をふらつかせた。そして、そのままの勢いで温泉に落下した。


「あ、この温かさ、いい……。しかも、このお湯、何だか疲れがとれま――」


 完全なリラックス状態となり幸せそうに頬を緩ませた彼は、そのまま寝始めてしまい沈んでいった。彼が浮かんでこないことを確認すると、死神ちゃんはため息とともに姿を消した。



   **********



 天狐の城にて。死神ちゃんは温泉に浸かりながら、おっさん臭い〈至福の吐息〉をついた。すると、隣にいたソフィアが幸せそうに相好を崩しながら「温泉って、とても気持ちがいいのね」と呟いた。死神ちゃんはうなずいて返すと、ぼんやりとした口調で言った。


「温泉っていうのはな、疲れをとったり病気を治したりするような効果があるんだよ」

「凄いわね! それじゃあ、魔法が使えない人や貧しくて教会に寄付ができない人でも、常に健康でいられるのね!」

「何にでも効くっていうわけではないがな」

「それでも凄いわよ! ソフィア、大きくなったら世界を回って見てみようと思っているのよ。どんな()でも笑顔でいられる楽園を作りたいから、そのために。その旅に出るまでに温泉について勉強して、旅に出たら絶対に温泉を探そうっと。そしたらきっと、みんなの笑顔が増やせるわ!」

「わらわの温泉は色々な世界からひいてきておるのだがの、お湯の選定はお抱えの温泉博士にお願いしているのじゃ! お勉強したいのであれば、その博士に教えてもらうといいのじゃ!」


 天狐が胸を張ると、ソフィアは嬉しそうに目を輝かせて何度もうなずいていた。死神ちゃんはキャッキャとはしゃぐ可愛らしい彼女たちを眺めながら、ほっこりとした気分になった。

 一方そのころ、寝不足さんは主に温泉の素晴らしさを語って聞かせていた。温泉とやらを手に入れる方法が分からなかった主は、とりあえず〈お風呂〉というものに心血を注いでみることにしたという。その後それは公衆浴場運営にも波及して一大お風呂ブームが到来し、他国からの観光客もかなり増えたそうだ。その話を人づてに聞いた死神ちゃんは「王国衰退の危機で経済もあまりよろしくない中でも、眠れないほどの悩みを抱えている中でも、人というのは強く図太く生きていけるものなのだな」と感心するとともに呆気にとられたのだった。




 ――――興味のない、つまらないものでうとうとするよりも、幸せ気分でリラックスしてまどろみたい。そして、それによって出来た〈余裕〉を明日への活力にしたい。〈気持ちに余裕ができる〉というのは、大切かつ最強への道なのDEATH。

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