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リグドの煙草と、クレアの本気

 真夜中……

 ベッドに横になっているリグド。
 その左腕でクレアを抱き寄せている。

 先ほどまで体を重ね合っていた2人。

 クレアはどこか満足したような笑顔をその顔に浮かべながら、リグドの腕の中で寝息をたてているように見える。


 窓からの星明かりがクレアの顔を照らしている。

 リグドは、クレアの頭を優しく撫でながらその顔を見つめていた。

 ……まさか、こいつを嫁にもらうことになるとはなぁ

 右手を枕元に伸ばすリグド。
 その手が、巻き煙草を手にとった。

「……っと、いけねぇいけねぇ」
 
 そう言うと、リグドは一度口にくわえた巻きたばこをベッド脇に置いてあるゴミ箱に向かって放り投げた。

「煙草はやめたんだったな、うん……」

 再びクレアの顔を見つめるリグド。

 自分よりも二回り以上も若いクレアの顔を見つめながら、リグドは苦笑した。
「……まさかこの俺が、かみさんのために健康に気を遣うようになるとはなぁ」
 優しくその頭を撫でるリグド。
「クレア……お前のために、長生きすっからよ」
 クレアの頬に軽くキスをすると、リグドはやがて目を閉じていった。

◇◇数刻後

 ようやく日が昇り始めていた。

 朝日がわずかに酒場の中を照らしていく。
 床の上には、エンキ達が思い思いの姿勢で横になっている。

「起床! 即刻起床するっす!」
 いきなり酒場に駆け込んで来たクレアが声を張り上げた。

 その声に、飛び起きるエンキ達。

「な、なんだぁ!?」
「こ、こんな朝っぱらから!?」
 寝ぼけ眼のまま立ち上がったエンキ達を、クレアが酒場の外に押し出していく。

「いつまで寝てるっすか? さ、朝の訓練に行くっすよ」

「はぁ?訓練!?」
「な、なんでだよ」
「俺たちゃ酒場で働く約束はしたけど、訓練なんて……」
 文句を口にするエンキ達。

「問答無用!」
 それを、クレアが一喝した。

 その迫力の前に、一斉に気をつけ状態になるエンキ達。

「いいっすか? リグドさんの元で働くことになった以上、それ相応の気力体力が必要とされるっす。
 魔獣を狩る際には特にこれが要求されるっす。
 だからこそ、自分がなまりきった貴様らをゼロから鍛え上げてやるっす」
 
 そう言うと、クレアは背負っていた弓矢を取り出した。

「さぁ、走るっす。走らないヤツはこれで射るっすよ」

 弓を構えたクレア。

「うぇ!?」
「わ、わかったって」
「走るよ、走ればいいんだろ」

 その迫力に気圧されたエンキ達は慌てて走りはじめた。

「遅いっす! 最後尾のヤツから射るっすよ」
「ひえぇ!?」
「待てって、マジで待てって」
 クレアに追い立てられながら、エンキ達は徐々に速度を上げながら街道を走っていく。

「途中ゴミがあったら拾うっす。街の人の役にもたつっすよ」
 エンキ達を最後尾から追い立てながら、クレアは次々に指示を出していく。

 ……自分のために大好きだった煙草まで辞めてくれたリグドさんのために、目一杯役にたって見せるっす……

◇◇

 街中を5周した一行は、その後酒場と、その周囲の掃除を行った。
 酒場前だけでなく、向こう三軒両隣の前まで、エンキ達に掃き掃除をさせていくクレア。

 ちょっとでもサボっているとクレアの矢が飛んでくるため、エンキ達は必死に形相で、言いつけられた仕事をこなしていく。

 ……そして2時間後

「……どうしたんだこりゃ?」
 1階に降りてきたリグドの眼に、ヘトヘトになって床の上に倒れこんでいるエンキ達の姿が飛び込んできた。

 そんな一同を尻目に、クレアがリグドの前に駆け寄っていく。
「おはようございます、リグドさん」
 キリッと引き締まった顔で挨拶するクレア。

 だが

 その尻尾がうれしさのあまり千切れんばかりの勢いで左右に振られているため、クレアが内心大喜びしているのが誰の目にも明らかだった。

「あぁ、おはようクレア……ところで、そいつらはどうしたんだ?」
「はいっす。新兵訓練メニューをこなさせたっす」
「ほう、あのメニューに全部ついてこれたのか?」
「全体の10分の1っす」

 そんなリグドとクレアの会話を聞いたエンキは

 ……う、嘘だろ……あれで10分の1とか……

 目を丸くしていた。

「そうか、まぁ初日じゃ仕方ないか」
 そう言うと、リグドはエンキ達を見回していく。
「じゃ、朝飯を食ったら森で狩りの特訓だな。しっかりついて来いよ」
 ニカッと笑うリグド。

 その言葉はエンキ達に向けられたものだったのだが、
「うっす!頑張ります!」
 その言葉に、クレアが真っ先に返答を返していった。
 腰を90度折っての最敬礼であった。

 そんなクレアとは対象的に

 ……狩りの訓練って……
 ……ま、まだ何かやらされるのか、俺たち……

 エンキ達は真っ青になっていた。

◇◇

 朝食は、リグドが作った。

 メニューは

 目玉焼き
 野菜のスープ
 生野菜のサラダにリグド特製ソース
 パン
 
 傭兵時代から、好きで料理番をよくこなしていただけあって、料理はシンプルだったものの、そのどれもなかなかの味だった。

 特に一晩寝かせた生地で作成したパンは
「な、なんだこれ、うめぇ!?」
「こんなパン、はじめてくったぞ」
 エンキ達が思わず感嘆の声をあげるほどだった。

 ……とはいえ

 いくら味がいいとはいえ、朝一からクレアにしごきまくられているエンキ達は、どうにか1食分を口にするのがやっとだった。

「なんだなんだ、お前ら若いんだから遠慮しなくていいんだぞ? お代わりだってしっかりあるからよ」
 リグドの言葉に、若干青くなるエンキ達。

「そうっす、こんなに美味いんす、お代わりしないなんてあり得ないっす」
 そう言いながら、リグドにお代わりを要求するクレア。

 ちなみに、これで5回目のお代わりである。

 自分達と同じ訓練をこなしていながら、平気な顔をして食事を続けているクレアを前にして、エンキ達は目を丸くし続けていた。

 そんなエンキ達の視線の先で、クレアは、

 ……リグドさんの手料理最高っす、あぁ、いつ食べてもこのパン絶品っす。マジ神っすリグドさん

 心の中で、リグドの料理を絶賛しながら、一心不乱にそれを口に運び続けていた。
 その瞳がハート型になっていたのは言うまでも無い。

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