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リグドと、嫁

 何度かの野宿を経て、リグドとクレアの2人ははるか南方にあるドレの街へと到着した。

「……結局ここまでついてきちまったか」
 荷馬車の操馬台に座っているリグドは、諦めにもにたため息を漏らしながら隣に座っているクレアへ視線を向けた。

 道中、
「こんなおっさんについてきても、何にも楽しいこたぁねぇぞ」
 そう言っては、引き返すように即し続けたリグド。
 
 そんなリグドに対し
「自分、絶対帰らないっす」
 そう言っては、リグドの側から離れようとしなかったクレア。

 そして、ついに目的地に到着したのである

「当然っす。自分、リグドさんの所有物っすから」
 いつものように、ニコリともしないで答えるクレア。

 元々表情が豊かでないクレア。
 そのため、傭兵団では「クールビューティー」などと揶揄されることも少なくなかった。

 だが
 
 ……口の端が少しあがったし、耳が少し赤くなってるな……こいつなりに一緒にこれたことを喜んでるってことか

 リグドには、そんなクレアの表情を読み取る事が出来ていた。

 リグド的には意識しての行為ではなかったものの、不思議とクレアの表情を読み取れていたのであった。
 ……もっとも、今のクレアは、

 あぁ、リグドさんとここまで一緒にこれたっす。感動です。自分これからも絶対に離れないっす。
 ずっと一緒っす、好きっす好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き……
 
 脳内でそこまで盛大に歓喜しつつ、その瞳をハート型にしていたのだが、さすがのリグドもクレアがそこまで歓喜していることまでは読み取れていなかったのだった。

◇◇

 ドレの街……
 辺境に位置している山間のこの街は、四方に伸びている街道のちょうど中間点に位置しており、道中の宿場街としてかなりの賑わいを見せていた。

「ここがリグドさんの目的地っすか?」
「あぁ……傭兵団の遠征でな、何度か滞在したことがあるんだが、結構いいとこなんだぜ」
 周囲を見回しながら、リグドは胸が躍るのを感じていた。

 ……まぁ、過程はともかくとして……まさかこの街で五体満足なまま余生を過ごせることになるとはなぁ……

 傭兵団の一員として、常に体を張り、最前線で戦い続けていたリグド。
 それだけに、五体満足なまま余生を過ごせるとは思っていなかったのである。
 グランドが死んだ際にも、自分も近いうちのその後を追うのではないか……そんなことまで大真面目に考えていただけに、この街へこうして足を踏み入れることが出来たことを、リグドは素直に喜んでいた。

 そんな事を考えているリグドの腕を、クレアが引っ張った。
 その顔には不服そうな表情が浮かんでいる。

「……ずるいっす」
「は? 何が?」
「……自分、この街に来たのはじめてっす」
 
 ……あぁ、こいつ……俺と一緒にこの街に来たことがなかったのが不満なのか

 リグドは、クレアの肩に腕をまわして抱き寄せた。
「まぁなんだ、過程はともかくとして今日こうして俺と一緒にこの街にこれたじゃねぇか……それで納得しとけ」
「……うっす」
 リグドに抱き寄せられたまま、クレアは小さく頷いた。
 その顔は、誰にでもわかる程に真っ赤になっていた。

◇◇

「今日はもう遅いし、どっかで宿でもとるか。今後のことは、まぁ、明日考えることにしよう」
 リグドの提案を、クレアも了承した。

 リグドは近くの宿へ向かって荷馬車を移動させていった。
 裏手の荷馬車停泊所に荷馬車を預けると、宿泊の手続きを行うために宿の中へ入っていく。
 宿は、1階が酒場になっており、2階と3階が宿になっていた。
 宿泊の受付は2階にあるとのことだったので、リグドはクレアをともなって2階へ移動していった。

 2階の受付には兎人の女の子が1人立っていた。
 周囲には他の従業員も客の姿もない。

 受付の兎人の女の子は、近づいてきた2人を見るなり
「父娘さんですね、では相部屋で……」
 そう言いかけたのだが、そこでクレアがずいっと身を乗り出した。

「自分、所有物っす」
「はい?」
「だから、自分はリグドさんの所有物っす」
「え……えっと、じゃあ、あなたはこちらの男性の方の奴隷ということで……」
「えぇ、それでいいっす」

 ボカ!

 ここで、リグドがクレアの後頭部をぶん殴った。
 加減なしに殴られたため、受付のカウンターにつっぷし、後頭部を押さえるクレア。
「ったく……何勝手に自分を奴隷にしてんだよ」
「……だ、だって、自分はリグドさんの所有ぶ……」
「馬鹿野郎」
 そう言うと、リグドはクレアの左腕を引っ張り上げた。

 腰につけている布袋の中から指輪を取り出すと、それをクレアの左手の薬指にはめていく。

「……え?」
 指先の感触に、慌てて顔を上げるクレア。
 
 リグドは、事態が飲み込めずにぽかんとしている受付に女の子へ向き直ると、
「あぁ、すまないな、騒がせちまって。見ての通りこいつは俺の嫁さんだ」
 指輪を指さしながらニカッと笑うリグド。
 それを見て、納得したように頷く兎人の女の子。
「あ、はい、了解しました」
 女の子は、改めてにっこり笑うと、部屋の鍵の準備を始めた。

「……り、リグドさん?……え?……よ、嫁って……」
 そんな受付の前では、クレアが唖然としながらリグドの顔を見上げていた。
「あぁ……まぁ、なんだ……お前がどういうつもりで自分のことを俺の所有物だと言い張ってたのかは知らねぇが、これから一緒に暮らしていくわけだし、この方が何かと都合がいいだろう?」
 そう言うと、少し照れくさそうにそっぽをむいていくリグド。
「……まぁ、お前がこんなおっさん相手でいいっていうのならだけどよ……」
 
 その横顔を、クレアはジッと見つめていた。

 呆然としたまま、ただ見つめ続けていた。

 やがて、その頬に大粒の涙が伝っていく。

 そして

 

 どごぉ!



 クレアはいきなり自分の額を壁にぶち当てた。
「ば、馬鹿野郎!? いきなり何やってやがんだ!?」
 慌ててクレアの両肩を掴むリグド。
 引き寄せられた格好になったクレアは、まっすぐにリグドを見つめていく。

 その額は真っ赤になっており、少し腫れていた。

 だが、それ以上にその顔全体が真っ赤に染まっていた。

「……痛いっす」
「そりゃ痛いだろうよ、こんだけ派手にぶつければよ」
「……じゃ、じゃあ……やっぱ夢じゃないっすね?」
「あ?」
「……自分、マジでリグドさんの嫁にしてもらえたんすね?」
「あ、あぁ……まぁ、お前ぇが良ければだけどよ」
 照れくさそうに、再度そっぽをむくリグド。
「その……なんだ……俺みたいなおっさんで、ホントに良ければ……」

 そう言うリグドの首に、クレアが抱きついていった。

 人犬族特有の尻尾が、千切れんばかりに左右に振れている。

「いいに決まってるっす! 自分、すっごい嬉しい……う、うああああああああああ」
 リグドに抱きついたまま、号泣しはじめたクレア。

 その顔は、笑顔だった。

 いつも無表情なクレアが、その顔に満面の笑顔を浮かべながら、大粒の涙をこぼし続けていた。

 リグドは、そんなクレアを抱きしめた。
「なんか……ありがとよ。そんなに喜んでくれて」
 そう言うと、リグドはクレアの真正面に顔を向け、そのまま唇を……

 ここでリグドは、受付の女の子の存在を思い出し、そちらへ視線を向けた。
 すると、その女の子は気を利かせて後ろを向き、長い耳を両手で押さえ込んでいた。

 そして、カウンターの上には2人の部屋のものらしい部屋の鍵と、部屋の位置を書き記したメモが置かれていた。
 
「……ありがとな」
 リグドは、女の子に軽くお礼の言葉を述べると、今度こそクレアと唇を重ねていった。

 周囲に他の客がいなかったこともあってか、2人はかなり長い時間、その場で唇を重ねあった。

 壮絶な歯のぶつかり合いだったはじめてのキス。
 それとは比べものにならないほど、自然で情熱的な口づけを交わしあっている2人。

 この、宿の受付での口づけが、後に
『この宿の受付の前で誓いの口づけをすると永遠に幸せになれる』
 という言い伝えに発展していくのだが、それはまだ先のことだった。

しおり