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リグドと、追いかけてきた女 その2

 宿場町を出立してから数日後……

 宿場町を出立したリグドは、湖畔で荷馬車止め、馬を休ませていた。
「……やれやれ、えらいことになっちまったなぁ」
 湖に、膝まで足をつけながらリグドは大きなため息をついていった。

 あの日……クレアを抱いたあの日以降、クレアはリグドと行動を共にするようになっていた。

『だからあれはだな、一時の気の迷いというかだな……』
 リグドにとって、それはある意味嘘ではなかった。

 あの日、一人住み慣れた町を離れたリグドが言い知れぬ孤独感にさいなまれていた。
 グランドが死んだ時ほどではなかったものの、リグドの心の中にぽっかりと穴があいたような感じになっていたのは間違いない。

 そこに、クレアが現れた。

 俺の事を追いかけてきた……そう言ってもらえたのがどこか嬉しかった。

 俺の所有物にしてほしい……そう言ってくれたクレアを愛おしいと、少し思ってしまった。

 娘のように可愛がっていたつもりのクレア。
 そのクレアに対し……リグドは人恋しい恋情をあてがってしまった。
 ぽっかり開いた穴の中にクレアを埋め込んでしまった。

「……いや、言い訳はよそう……なんせ、あの後、次の日の朝までやっちまったんだしな……」
 大きなため息をついたリグドは、意識を足下に集中していく。

 すでに水に入って半刻あまり。

 完全に気配を消しているリグドの足下には、魚たちが悠々と泳いでいる。

 気配を消しているリグドの足を、木の棒程度にしか思っていないのは明らかだった。
 それを視認したリグドは、
「……っふ!」
 小さく息を吐き、同時に右腕をふるっていく。

 わずかに水面が揺らめき、

 パシャ

 小さな水音が周囲に響いた。

 高速で横薙ぎにされたリグドの右腕は、水面をわずかに揺らめかせただけに見えた。

 しかし

 どさっ、どさっ、どさっ

 一瞬後、リグドの後方の岸辺に魚が3匹落下していく。
 先ほど、リグドが右腕で水中からすくい上げ、後方に放り投げたのである。

 あまりにも早業だったためか、他の魚たちは特に変わりないままリグドの足下を悠々と泳ぎ続けていた。
「……さて、もうちょい狩るとするか。2人分だしな」
 リグドは、再び右腕をふるっていった。

「……まぁ、理由はどうあれ、あいつを抱いちまったのは事実なわけだし……おっさんとはいえ、俺も男だしなぁ……責任をとれって言うのなら、取らなきゃならねぇ……」

 いつもは軽口をたたき、傭兵団のムードメーカー的な存在であったリグド。
 そんな彼なのだが、かなり生真面目な一面も持ち合わせていた。
 
 曰く、
 乙女は抱かねぇ

 曰く、
 抱いたなら責任は取る

「今時流行りませんぜ、そんなの」
 傭兵団の仲間達からも散々からかわれたそれらの信条。
 だが、リグドは
「こんなむっさいおっさんだぞ? 乙女に相手にされるわけがねぇんだからよ、せめてこっちが振ったことに出来る言い訳を先に言わせておいてくれって」
 そう言っては、皆の笑いを取るのが常なのであった。

 冗談めかしてそう言っていたものの……リグドは大真面目にそう心に決めていた。

 リグド
 すでに50を越えている人熊の彼は、そんな生真面目な性格故か、今までずっと独り身であった。

◇◇

 森の中。
 木の上に昇っているクレアは、木の葉に隠れるようにしながらリグドを見つめていた。

「……自分、やったっす……」
 そう言いながら、自らのお腹をさすっているクレア。

 子が出来た確証はない。
 ただ、数日前、この中にリグドを迎え入れることが出来たことが、この上なく嬉しかった。

 その時のことを思い出したクレアは顔どころか、頭部の耳まで真っ赤になっている。
 尻尾にいたってはぶち切れてしまわんばかりの勢いで左右に振り回されていた。

 クレアにとって、リグドは命の恩人であり、長年思い続けていた最愛の相手でもあった。

 幼い頃、住んでいた村を山賊が襲った。
 家族は殺され、自らも床に押しつけられていた。
 周囲を山賊達が囲んでいる。

 怖い……怖い……怖い……

 涙をこぼし、ガタガタ震えているクレア。
 そんなクレアを山賊達は淫猥な笑みと、だらしなく垂れ流している涎とともに見下ろしていた。

 誰か、助けて……助けて……助けて……

 誰もこないのはわかっていた。
 それでも、必死にそう願った。

「うらあああああああああああ」

 そこに、来るはずのない男が現れた。

 それは偶然だった。
 傭兵団の仕事を終え、知り合いのドワーフに届け物をするために1人だけ迂回していたリグド。
 そんな彼は、偶然にも山賊に襲われているこの村を発見し、即座に救出に向かったのである。

 リグドのおかげで、村を襲っていた山賊は壊滅した。
 村人達も、半数近く助かった。

 その中に、クレアの姿もあった。

「嬢ちゃん、すまなかったな……俺がもう少し早く着いていればよ」
 リグドは、クレアの両親を救えなかった事をわびた。

 その時……

 トゥンク

 クレアは恋に落ちていたのかもしれない。

 それからの彼女は、リグドの事ばかり考えるようになっていた。

 命の恩人
 優しい人
 格好いい人
 
 いろんな思いを胸に抱きながら

 やがて、リグドがあの有名な片翼のキメラ傭兵団の一員であることを知ったクレアは、自らもその一員になるために、リグドの側で働くために、元々得手にしていた弓の腕をさらに磨いていった。

 その努力の甲斐あって、数年後、クレアは片翼のキメラ傭兵団に入団。

 その後、クレアは意図的にリグドと行動を共にしていった。

 生真面目過ぎる性格と、まっすぐ過ぎる性格のため
「うっす」
「了解っす」
 などのように、およそ女らしさとは無縁の話し言葉を使うクレア。
 
 もう少し女らしくした方がいいのだろうか?

 そう考えたこともあった。

 だが

「おめぇはおめぇじゃねぇか? 何そんなことを気にしてやがんだよ」
 そう言って笑ってくれたリグド。

 日々、リグドと行動を共にし、同じ時間をすごすうちに……

 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
 リグドさんマジ好きっす
 リグドさんマジ嫁にしてほしいっす
 リグドさん一生養ってあげたいっす

 生真面目ゆえに、やや無表情に見えるその表情の奥底で、日々そんな事ばかり考えるようになっていたクレア。

 だから、あの日……

 仕事に向かう傭兵団の中にリグドの姿がない事を不振に思ったクレア。
「あぁ、リグドのおっさんなら首にした」
 ベラントにそう教えられたクレアは、

 その場で即座にベラントをぶん殴った。

「自分もやめるっす。世話になったっす」
 短くそう言うと、クレアは走りさった。
 
 馬上から落下し、気絶したベラントの事を振り返ることなく、ひたすら街道を走っていった。

 頼りになるのは勘とかすかな記憶だけ。

『リグドさんは、傭兵団を引退したらどうするっすか?』
『そうだな……あったかい南の町にでも行って冒険者御用達の酒場でも開くかな』

 何気ない会話。
 記憶の隅に残っていたその記憶だけを頼りに南への街道を全力で走っていったクレア。

 そして

 宿場町でリグドにい追いつき
 酒の勢いを借りて告白し

 そして……

「……我ながら、こっぱずかしかったであります……」
 顔を両手で多いながらも、その指の隙間からリグドを見つめているクレア。

 ……リグドさん……自分、一生ついて行くっす

 その瞳がハート型になっていたのは、言うまでもない。

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