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リグドと、追いかけてきた女 その1

「……やれやれ、まさかこんな事になるとはなぁ」
 リグドは荷馬車の操馬台で手綱を握ったままぼやき声を上げた。

 この日、すでに12度目のそのぼやき。

 だが、それを聞く者は誰もいない。

 ただ一人、身の回りの荷物を積み込んだ荷馬車を操って街道を進んでいるリグド。

 長年所属していた傭兵団において、仕事を知らされないという事実上のクビを言い渡されたも同然のリグドは、再び大きなため息をついていった。

「大恩あるグランドの子息だけに、なんとかその役にたってやろうと思って頑張っていたつもりだったんだが……ま、年寄りが出しゃばりすぎたってことか」
 自分に言い聞かせるようにそう言ったリグド。
 鞭を振るい、馬の速度を速めていく。

「……ま、今更どうにもならねぇか」

 そんなリグドをのせた馬車は、街道を南に向かって進んでいた。

◇◇

 その日、夕方まで荷馬車を走らせたリグドは、通りかかった宿場町で宿をとった。
 宿の裏にある馬車止め場に荷馬車を預けたリグドは、少し町中を歩くことにした。

 宿の1階にある酒場で酒を飲んで早々に寝てもよかったのだが、どこか気持ちが沈んでいたリグドは気晴らしとばかりに町中を歩いていた。

 ……とはいうものの……

 リグドは再びため息をついた。

 ……知った顔が一人もいない町中を、たった一人で歩いても……なんか気が滅入るばかりだな

 それでもしばらく街道を歩いていたリグドだったのだが……むなしさが勝ったらしく、ほどなくして宿に向かって戻り始めた。

◇◇

 宿に戻ったリグドは1階の酒場へ通じている扉へ手をかけた。

「……見つけたっす」
「は?」
 
 肩を掴まれたリグド。
 少し面食らいながら振り向いた彼は、そこに知った顔を見つけて、思わず目を丸くした。

「……おめぇ、クレアじゃねぇか」
 
 人犬(ワードッグ)族のクレア。
 片翼のキメラ傭兵団のメンバーである彼女は弓士として活動していた。
 まだ20代前半という若さでありながら、その弓の腕前は相当なものであり、口さがない傭兵団のベテラン達までもがその腕前を手放しで賞賛していたほどであった。

 なお、
 この世界の亜人種族には大きく分けて2つの種族があり
 人亜人(ワーデミ)族は魔獣8割・人種族2割
  例えるなら、魔獣が人の姿をしている種族
 亜人人(デミピープル)族は魔獣2割・人種族8割
  例えるなら、人種族に魔獣の耳や尻尾が付属している種族
 ともに、魔獣化出来る者もいるが、全員出来る訳ではない。

 人犬(ワードッグ)族ゆえに、全身白い毛で覆われている、キリっとした美しい容姿のクレア。
 彼女は、息を切らしながらリグドを見つめていた。
「見つけたって……お前、まさか俺を探しにきたのか? まぁ、そんなバカなこたぁねぇか」
 そんなクレアに、リグドはおどけた仕草でそう言った。
 だが、そんなリグドに対し、クレアは
「そのバカなことっす」
 真剣な表情のまま、そう言った。

 酒場の出入り口で、思わず見つめ合う格好になっている2人。

 他の客の往来の邪魔になっていることに気付いたリグドは
「ま、まぁ、入ろうか。酒でも飲みながら話を聞こうじゃないか」
 そう言って、クレアを酒場の中へと誘った。
「……うっす」
 クレアは、真剣な表情を崩すことなく、その後にしたがった。

◇◇

「は? 傭兵団を辞めてきただぁ?」
 クレアの言葉に、リグドは思わず声をあげた。

 その声があまりにも大きかったため、周囲の視線がリグドに集まってくる。
 それに気付いたリグドは、その顔に作り笑いをうかべ
「あ、すんません、なんでもないんです……」
 へこへこ頭を下げながら、改めてその視線をクレアへ向けた。
「……お前、マジなのか?傭兵団を辞めたってのは?」
「……はい、まじっす」
「なんでまたそんな事を……おめぇの弓の腕があれば、傭兵団で食いっぱぐれるこたぁねぇだろう?」
「……意味がないっす」
「は?」
「……意味がないんです」
「ちょ、そりゃどういうことだ?」
「……」
 クレアは、ここで一気に酒をあおった。
 リグドの記憶の中には……クレアが酒を飲んでいる記憶はない。
「おい、おめぇ……酒飲めたのか?」
「……さぁ?」
「さぁ、っておめぇ……現に今、すげぇ勢いで……」
「産まれて始めて飲んだっす」
「はぁ!?」
「……な、なんか……回って……」
 そう言うと同時に、クレアは机につっぷしてしまった。
「お、おい、クレア」
 テーブルの向かいの席に座っていたリグドは、慌ててクレアに駆け寄っていく。
 よく見ると、その顔は真っ赤になっており、視線も宙を泳いでいた。
「……おいおい、酒を産まれて始めて飲んだって、マジだったのかよ」
 そんなクレアの様子を見つめながら、リグドは顔をしかめていった。

 完全に酔い潰れてしまったクレアをそのままにしておくわけにもいかず、リグドは酒場を早々に立ち去ると、自分が借りている部屋へと移動していった。
 その際、クレアをお姫様抱っこして同行させている。

「やれやれ……ホントにこいつ、何を考えてんだ?」
 ベッドの上に横にならせたクレアを横目で見つめながら、リグドはため息をついた。

 ……しかし、こうして見るとクレアってばかなりのべっぴんさんなんだよな……

 真っ赤になったままのクレアの顔を見つめながら、リグドはそんな事を思っていた。

 人犬族のため、獣の特性が強く出ている容姿をしているクレア。
 同じく、熊の特性が強く容姿に出ている人熊のリグドは、クレアのことを実の娘のように可愛がっていた。

 傭兵団に加盟してすぐの頃から、何かとクレアの事を気にかけ、戦闘の仕方や傭兵団の昔の話などをよく話して聞かせていたのであった。
 二回り以上も年齢が離れているリグドとクレア。
 リグドは、そんなクレアのことを女としてよりも実の娘のように意識していたのであった。

「……まぁ、俺にしてみれば娘みたいなもんだしな……傭兵団を辞めたっていうのなら、いい人を見つけてやって結婚でも……」
 ベッドの端に座ったまま、そんな事を口にしていったリグド。

 その手を、クレアがつかんだ。

「お、目が覚めたのか? 水でも飲むか?」
「……いるっす」
「は?」
「……いい人ならいるっす」
「おいおい、何の話を……」
 起き上がったクレアは、困惑した表情のリグドに抱きついていった。
 そのまま、唇を重ねていく。

 とはいえ

 キスの経験がまったくないらしいクレアは、前歯をリグドの唇に思いっきりぶつけてしまう。
「あだだ!? って、おいクレア何を……」
 慌てるリグド。
 クレアは、そんなリグドの頭に両腕を回すと
「……自分、リグドさんがいるから傭兵団続けられてたっす……リグドさんがいない傭兵団にいる意味ないっす」
 そう言うと同時に、再びリグドに唇を重ねていく。
 相変わらずぎこちないものの、今度は前歯がぶつかることはなかった。

 だが

 ここでリグドは慌ててクレアを引き離していく。
「おいおいクレア。気持ちは嬉しいがな、俺はお前の親父並の年のおっさんだ。こんな事をだな一時の気の迷いでしちゃならねぇって」
「……気の迷いじゃないっす……気の迷いで、ここまで追いかけてこないっす」
「お、おいクレア……」
 リグドの手を押しのけ、三度クレアはリグドに唇を重ねていく。
「……自分、本気っすよ……自分の事を、ずっと見守ってくれたリグドさんのこと、自分、本気で思ってるっす」
「だ、だからだな、それは一時の気の迷いというかだな……」
「……怖いんすか?」
「は?」
「ひょっとしてリグドさん、女はじめてっすか?」
「ば、馬鹿野郎そんなわけねぇだろう!?」
「なら、いいじゃないっすか。自分もその一人に加えてくださいっす」
「あのなぁ、若い女がそんな事を言うもんじゃ……」
「自分だって、それなりに経験あるっす……気にしなくていいっす」

 え?

 その一言は、リグドにとっては少々ショックだった。
 十代の頃に傭兵団に加わったクレア。
 世間もよく知らず、ひたすらリグドの言うことを聞き続けていた……そんなイメージをクレアに持っていたリグドは、クレアは当然まだ乙女だと思っていたのである。

 困惑しているリグド。
 そこに、クレアが四度唇を重ねていく。

 ……そうか……はじめてじゃねぇのか……

 リグドが、今度はクレアを抱き寄せた。
「……おっさんを誘惑しやがって……困ったヤツだ、ホントによ」
「……っす」
 リグドは、クレアをベッドの上に押し倒すと、その上にのしかかっていった。

 まぁ、始めてじゃねぇっていうのなら……

◇◇

 ……なんてこった

 朝日の中。
 ベッドの端に腰掛けたリグドは、顔を両手で覆っていた。

 その後方……ベッドの上で横になっているクレア。
 その下半身のあたりには、血のあとがこびりついていた。

 ……クレアの野郎……はじめてじゃねぇか

 思わす大きなため息をついていくリグド。
 すでに男性経験があるといった口ぶりだったからこそ、クレアを抱いたリグド。

 ……おいおい、こんなおっさんがはじめての相手って……

 そんな事をリグドが考えていると、目を覚ましたクレアが、リグドの背中に抱きついてきた。
「……自分、うれしいっす」
「うれしいって、お前……」
 リグドが振り向くと、クレアは目から大粒の涙をこぼしていた。
「……これで自分、リグドさんのもんになれたんすよね?」
「ちょ、ちょっとまて、一回抱いたくらいでそんなに……」
「……一回じゃ駄目っすか?」
 そう言うと、クレアはその手をリグドの股間へ伸ばしていく。
「なら、所有物にしてもらえるまで抱いてほしいっす。自分的にはもうリグドさんしか見えないっすから」
「だ、だからだな、ちょっと待てって……」
「所有物にしてくれるのなら待つっす」
「いや、だからだな……」
「なら、待たないっす」
「こ、こら!?」

 そんなやり取りが延々と続いていく。

 結局、2人が食事を取るために一階の食堂へ姿を見せたのは翌朝になってのことだった。

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