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第六十二話 勘違い

 いまだ疑り深い目で睨みつけてくる茜音に、焔は笑いながら問いかける。

「するってーと、あんたは俺のことを宇宙人かなんかだと思ってるってことかよ?」

 茜音には悟られないように、注意深く次の反応に注目する焔。茜音はゆっくりと首を縦に振った。


 なるほど。これで合点がいった。野田茜音も俺と同じようにスカウトされたってことか。さて、シンさんからはこのことは他言無用って言われてるしなー。どうしたもんか。


 焔が言い訳を考えているとき、

「ハーハッハッハッハ!! 茜音ちゃん、冗談はその辺にしとこうよ。何訳の分からないこと言ってんの? 焔が宇宙人なわけないじゃん」

 茜音の真剣な表情に若干恐ろしく思いながらも、何とかなだめようと優しい口調で語りかけるも、

「冗談なんかじゃないわよ!! 何も知らないデブは黙ってなさい!! あなたみたいな力のない人には知ることのないことでしょうけどね」

 そんなことを言われても笑みを浮かべる龍二だったが、明らかに落ち込んでいた。そんな悲しげな龍二の背中に、焔の拳には自然と力が入る。

「おい、調子に乗るのも大概にしとけよ。野田茜音」

「は?」

「あんたがどれだけ強いのか知んねえけど、それが他人を見下していい理由になんかならねえぞ。今すぐ龍二に謝れ」

 焔の怒りのこもった口調に少し怯むが、茜音は自分の言ったことを訂正することはなかった。

「うるさいわね!! 宇宙人が人間様に説教しようって言うの? デブにデブって言って何が悪いのよ」

「へー、そんなことも分からないなんてお前、今まで何学んで生きてきたの?」

「あー!?」

 焔の煽るような口調にますます怒りが込み上げる茜音。

「もう許さない。その化けの皮はがしてやる!!」

 そう言って、茜音は戦闘態勢に入る。焔は大きくため息をし、ダルそうにブレザーを脱ぎ、リュックを一緒に龍二に渡す。

「焔、お前……」

「俺の予感的中しただろ。案外冷たい性格かもよってね」

 少しの間、龍二は素っ頓狂な顔をしていたが、途端に笑い出した。

「……ハハ!! 冷たい通り越して凍えそうだけどな」

 焔の言葉に少し龍二の目にも明るさが戻った。

「さてと」

 龍二に背を向け、茜音と対峙する焔。

「準備はできたの? 宇宙人さん」

「あー、バッチリ」

 何とか平然を装う焔だったが、内心はとても緊張していた。


 さー、世界チャンピオン、更にはあの組織にスカウトされるほどの実力者ともなると……出し惜しみしてちゃ、絶対に敵うわけないな。


「ロック解除」

 そう呟くと同時に、焔は膝を屈め、手を肩幅の広さに広げ、地面につける。その体制を見るや否や、茜音の構えにも力が入る。

(馬鹿なの? あの構えからして突進してくることは明白。それなら一度攻撃をいなし、確実に急所を突く!! それで……終わり!!)

 2人の間には、沈黙が鎮座し、その緊張感は周りに伝播する。龍二たちも不安そうに焔の後ろ姿を眺める。

 覚悟を決めたのか、焔は大きく息を吐き、そして思いっきり吸い込んだ。

(大丈夫。あれだけ距離があれば、しっかりと対応―――)

 油断していたつもりは一切ない。ただ、その少しの安心が命取りとなった。

「え?」

 1、2回ほどの瞬き、その間にもう焔は目の前にいた。

「取った」

 そう呟くと、焔の拳はものすごいスピードで茜音の顔面に迫る。

 だが、急にその拳は止まったかと思うと、後ろの方へ戻って行った。

 後ろに吹っ飛び、倒れこむ焔に、一気に緊張が解けたのか、茜音は腰が抜けたように後ろに倒れ込む。

 その2人の間には1人の男が焔に向けて掌底を向けて、佇んでいた。

 ヌッと立ち上がると、茜音の方に顔を向ける。逆光から顔の表情は読み取れなかったが、その鋭い眼光に情けない声を上げ、後ずさりをするが、

「ごめんねー、うちの弟子がなんかちょっかいかけたみたいで」

 目線を合わせて軽い口調で謝るその姿からは先ほどの迫力は皆無だった。茜音は一先ず警戒を解き、呼吸を整えると、さっきの言葉の意味を聞く。

「い、いえ……それよりも弟子とは一体……」

「あ、ちょっと待ってね。龍二くーん、綾香ちゃーん、焔君のことちょっと見ててくれるー」

 さっきのことでまだ動けないでいた龍二たちだったが、その言葉をきっかけに倒れている焔の元へ駆け寄る。

「は、はい!!(間違いない。あの後ろ姿に軽ーい口調からして焔の師匠だな。まさかこんなところまで追いかけてくるなんて過保護すぎるでしょ)」

 少々苦笑いを浮かべながらも龍二たち3人は倒れている焔に近づき、顔を覗く。最初に反応したのは綾香だった。

「りゅ、龍二……これって!!」

「あーこりゃ完全に……」

「伸びてる」

 3人は焔のだらしない顔を見て完全に伸びていることを確認すると、道の真ん中に置いとくのは酷だと判断し、木陰に焔を移した。

「さてさて、話は戻るけど、青蓮寺焔は俺の弟子なんだよ」

「弟子……ですか。ですが、彼の力はいささか人間離れしていますが、あれは何らかの技なんですか?」

「ま、詳しくは言えないけど、そんなもんかな(嘘だけど)」

「そうですか……ちなみにどんな流派なんですか? 失礼ですが、私はあなたたちを存じ上げておりません。これほど強いのに私たちの耳に何の情報も入らないなんてちょっとおかしいと思うんですけど」

(いまだ疑いの目は晴れない……か。ハー、これだから強い子は嫌なんだよね。プライドが高いったらありゃしない)

「家の流派は門外不出。おずおずと赤の他人に教えることはできないんだよ。ただ知っておくといい。案外世界には君の知らない強者はたくさんいるってことを。勝つために己を磨くのではなく、他者を守るために己を鍛え上げる者もいるということをゆめゆめ忘れるな」

「は……はい」

 最後はその勢いに圧倒され、しばらくはその場を動けなかった。

「さて焔君の様子はどうかな?」

 焔たちのいる場所へ歩きながら現状を龍二たちに聞く。

「完全に伸びてますね」

「そっか、いやあまりにも焔君が本気だったもんだから加減する暇なかったんだよねー。後で謝っとかないと」

「う、うー……俺は一体……」

「お! 焔ー、目覚ましたか」

「ハー、あんまり心配させないでよ」

「一瞬焔君が負けたのかと思った」

「……てことは何で気なんか失ったんだ俺?」

「あー、それはー……」

 そう言って、苦笑いを浮かべる龍二の目線を辿ると、その先にいた人物に完璧におぼろげだった意識も覚めた。

「シンさん!! 何でこんなところに!?」

「いやー、俺も東京観光したいなーとちょうど思ってたところでね(ていうのは冗談で本当はAIから焔君と野田茜音が何やらよからぬ雰囲気になったと聞いて駆け付けたんだけどね……ま、彼ならもう理解できると思うけどね)」

 シンは龍二たちに席を外してもらい、焔と2人きりで話をした。

「正直、戦うとまではいかないと思ってたんだけどね。彼女の頑固さには本当驚かされたよ」

「そうですね。ま、俺も悪いんですけどね。自分の実力を測りたいって言う欲求が出ちゃいました」

「なるほどね。だから、一番威力のある技でいったのか」

「で、どうでしたか? 俺、勝てましたかね?」

 期待の眼差しでシンのことをジーっと見る焔にシンは少し困ったように頭を掻き、

「ま、それは言えないけど……確実に絶望しただろうね(茜音ちゃんがね。というか、あれ食らってたら、絶望どころの話じゃなくなってたけどね……考えるだけで恐ろしい)」

 そして、シンの思惑通り焔はちゃんと勘違いしてくれた。

「ハ……ハハ、ちょっぴり期待はしてたんですけどね。やっぱり甘くないですね。世界は」

「そゆこと。ま、これに懲りたらもう実力なんか測ろうとするんじゃないよ。君は何のために己を鍛えているのか……今一度よく考えるんだね」

「……はい」

 
 そうこうするうちにあっという間に2泊3日の修学旅行は幕を閉じた。ほとんどの生徒は2日目の夢の国が一番印象に残っているようだった。もちろん、焔も存分に楽しんだが、今回の修学旅行ではやはりこの出来事が一番焔の脳裏に根強く残った。

 どんなレベルの人たちが自分の競争相手になるのか、そして今一度己のなすべきことを再確認できた出来事として。だが、そのレベルを自分が優に超えていることなんて焔は知る由もなかった。

 
 

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