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第286話 死神ちゃんと司書③

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、そこはさながら海水浴場のような雰囲気を醸していた。ダンジョン内にそんな場所はあったかと首を傾げていると、死神ちゃんは背後から声をかけられた。


「夏ね」

「お、おう。そうだな……」


 そこには、麦わら帽子にビキニという出で立ちの白エルフが水筒片手に立っていた。彼女は水筒の中の水をひと煽りすると、不服そうな目で死神ちゃんを舐めるように見た。


「どうして黒ずくめなの? 見ているこっちが暑苦しくなってくるったらないわよ」

「そうは言っても、これ、一応制服みたいなもんなんで……。そういうお前は、どうしてダンジョン内でビキニなんだよ」

「私、今、夏季休暇中なのよ。だから、ちょっと大会に出ようと思って」

「大会? こんな水辺で、お前が? そもそも、本の虫干しとかレファレンスの速さとか、そういうのを競うような大会なんてあるのかよ?」


 死神ちゃんが顔をしかめると、エルフの彼女は苦笑いを浮かべて「そういうのじゃないわよ」と答えた。
 彼女は王都の図書館で働いている図書館司書で、まとまった休みがとれるたびに〈暗闇の図書館〉やダンジョン産の特殊な本を探しに探索に来ていた。彼女の本への愛は凄まじく斜め上を行っており、彼女は本を傷つけることなく掃除をするために風魔法を習得したり、本をお探しのお客様に素早く対応すべく侍特有の縮地という〈瞬時に間合いを詰めて、敵の懐に飛ぶこむという技〉を習得したり、特殊な本のために闘士に転職してみたりしていた。そんな彼女のビキニ姿を、死神ちゃんはまじまじと見つめた。そしておもむろに手を伸ばすと、何の気なしに腹筋を撫で回した。


「おう、さすがは闘士に転職しただけあるな。いい具合に引き締まっている。白いエルフは薄っぺらいのが多いが、お前はいい感じに盛れているぜ」

「いやだ、死神ちゃん。いくら女同士だからって、ちょっと破廉恥よ」

「何だよ。ただ筋肉触ってるだけで、破廉恥な意味など無いだろうが」

「そんなに触るなら、触り返すぞこのこのぉ!」


 司書はニヤリと笑うと、死神ちゃんに詰め寄った。死神ちゃんは盛大に苦い顔を浮かべると、スポンと服を脱がされてギャアと叫んだ。そして死神ちゃんは両手で顔を覆い隠しながら、スンスンと泣き始めた。


「無理矢理は、よろしくないと思います」

「いやあ、替えの水着を持ってて良かったわ。生地小さめだし紐で調整する系のヤツだし、おかげでちょうどいい感じね」


 司書はつやつやとした笑みを浮かべると、死神ちゃんの手を引いて大会受付に向かった。どうやら、この大会では〈どこまで滝を登っていけるか〉を競いあうらしい。司書は受付を済ませると、死神ちゃんを見下ろして得意気に笑った。


「最近ね、私、すごい技を編み出したのよ。縮地と風魔法を組み合わせて、水の上を()()()ようになったの。おかげさまで、どう渡っていったらいいか分からない中洲とかにも探索の足を伸ばせるようになったんだけれど」

「その技は()()から逃れるためか。それとも、本を愛しすぎてか」

「もちろん、後者に決まっているじゃない!」

「おう、そうか。前者でもどうかと思うが、それはそれで……」


 死神ちゃんが頬を引きつらせると、司書は気にもとめずに胸を張って誇らしげに笑いだした。とりあえず、その新技がどこまで通用するのか、大会に出場して試してみようと思ったのだそうだ。死神ちゃんは相槌を打つと、不思議そうに首を傾げた。


「それにしても、何でこんな大会が催されているんだよ」

「なんかね、先日、この辺りで鯉という魚が滝を登ってドラゴンになったっていう噂があってね。遠い国では、縁起物として信じられているそうなんですけど。そんな事が実際にあって本当に縁起がいいっていうんで、それにあやかって〈ドラゴンのような大物になろう!〉とかなんとかで」

「大物になろうって、実際どういう意味なんだよ」

「この大会、どこぞの貴族さんがギルドに無断で独自開催しているらしくてね。優勝者は貴族とパトロン契約を結ぶ権利を得られて、かなりの支援金をはずんでもらえるみたいね。まあ、私は全く興味ないけれど」


 へえ、と返事をしながら、死神ちゃんは会場を見渡した。すると、見覚えのある執事が眠たそうな目をこすりながら、主催者の代理として主賓席に座っているのを発見した。どうやら、どこぞの貴族さんは息子だけにダンジョン探索を任せても成果が上がらないことに頭を抱え、とうとう一芸秀でた者をお抱え冒険者としようと思い立ったらしい。死神ちゃんは思わず呆れ顔を浮かべると、小さくため息をついた。
 司書の出番が回ってくるまで、死神ちゃんは彼女と一緒にのんびりと大会見物を行った。どの冒険者も五階まで易々と降りてこられるほどの猛者とあって、自信たっぷりに滝に挑んでいった。流れ落ちる水流に抗ってクライミングをしようとしたり、魔法で水流を止めてその隙に泳ぎきろうとしたりなど、彼らは様々な方法で滝登りに挑んだ。しかし、どの者も半ばで力尽き、水の流れに押し戻されていた。
 順番が回ってくると、司書は死神ちゃんに親指を立てて水辺へと旅立っていった。死神ちゃんも、彼女に親指を立てて見送った。彼女は滝から少し離れたところで手首足首の柔軟を行いながら、深く息をついた。そして足に風魔法を集中させてホバリングすると、腰を落として今にも走り出さんばかりのポーズをとった。すると、どこからともなく地鳴りのような笑い声が響いてきた。


「夏だな、尖り耳よ! 分かっているぞ、尖り耳よ! 俺と『渚で捕まえて❤』とキャッキャウフフしながら追いかけっこしたいんだな、尖り耳よ! 俺は! 俺は嬉しくて仕方がないッ! 待たせたな、今そっちに行くからなあああああ!」


 会場にいる一同は、遠くの方にいる〈褌姿で妄言を放つポニーテールの男〉を怪訝な眼差しで見つめた。司書と死神ちゃんだけは「げっ、()()が現れた」と言いたげに顔を歪めた。思わず死神ちゃんが「誰もお前なんか待ってない」とボソリとこぼすと、彼――尖り耳狂は苦々しげに「お前に聞いてはおらん」と吐き捨てた。そしてすぐさま彼はデレデレとだらしなく笑い出すと、颯爽と走り出した。――水の上を。


「ええええええ!? お前、今、魔法や特殊な技なんて何も使っちゃあいないよな!?」

「はーっはっはっはっはっはっ! 足が沈みきらないうちに、もう片方の足を出す! こんなこと、尖り耳への愛があれば造作も無いことよ!」

「爬虫類かよ!」

「俺はッ! この愛でッ! ビッグウェーブだろうが滝だろうが、乗り切ってみせるぞおおおおおお!」


 声高らかに笑いながら、尖り耳狂は死神ちゃんの前を通過してどんどんと司書に近づいていった。司書は悲鳴を上げると、滝に向かって走り出した。必死に彼女が滝を逆上していくのを、尖り耳狂は笑い声を絶やすことなく追尾した。会場にいる一同はどよめきながらも、記録が更新されていくのを呆然と見守った。
 とうとう滝を登りきった彼女は、追いかけられているということを一瞬忘れて達成感で頬を上気させた。しかし、会場を見下ろすべく振り返ってみると、視界に広がったのは絶景ではなく尖り耳狂のキス顔だった。彼女はこの日一番の悲鳴を上げるとともに、ありったけの魔力で彼に魔法を叩き込んだ。ヘブッという男の無様な声が聞こえてすぐに、滝周辺の岩盤がミシミシと音を立てた。直後、一帯は緑色のスライム――ダンジョン修復剤――を撒き散らしながら崩壊し、参加者達はスライムに流されていった。

 後日、ダンジョン入り口にはギルド職員手製の立て看板が追加された。そこには〈滝を登るべからず〉と記されていた。また、裏世界のゲームセンターの景品キーホルダーに新作が加わった。それは〈死神ちゃんのスライム漬けキーホルダー〉で、可愛いビキニを着た夏限定バージョンだったという。




 ――――なお、スライムの中の死神ちゃんをプルプルと揺らしながら、ぼんやりとした声で「俺も水面を走れるカッコイイ爬虫類になりたい」とグレゴリーさんが呟いていたそうDEATH。

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