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第285話 世界に一人だけの小花③

「では、小花(おはな)(かおる)よ。試してみるがいい」


 そう言って、ビットは白衣のポケットからメタリカルなリングを取り出した。緊張で強張った表情を浮かべた死神ちゃんは、おずおずとそれを受け取った。
 死神ちゃんを元の姿に戻そうプロジェクトにより開発されたこの指輪は、前回試用した際に不具合を起こした。なんと、使用した途端に死神ちゃんが増えてしまったのである。その不具合を直しつつ改良も行ったそうで、試用にこぎ着けるまでに時間がかかったそうだ。前試作品では一ヶ月かかることになっていたエネルギーチャージが、今作では三週間に短縮されたという。もしこれで実験が成功したら、死神ちゃんは三週間後にも〈元の姿〉での生活を堪能することができるというわけである。
 逸る気持ちを抑えながら、死神ちゃんは指輪の起動スイッチを押し込んだ。すると、ビットが何かを確認するかのようにゆっくりと首を左右に振り、少ししてからポツリとこぼした。そして、被験者は声を揃えてあらん限りに悲鳴を上げた。


「うむ。またもや、不具合発生だな」

「何だこりゃああああああああ!」



   **********



 第三死神寮の住人たちは、少々疲れた表情を浮かべて帰ってきたマッコイを見てギョッとした。彼は車椅子に死神ちゃんを乗せて連れ帰ってきたのだが、そこには死神ちゃんだけでなく十三も乗っていたからだ。眠る死神ちゃんをしっかりと抱きかかえ寝息を立てている十三に、住人達は困惑顔で声を震わせた。


「えっ、薫ちゃん、また増えたの!? しかも、片方だけ十三様状態……!?」

「さすがに、自分よりも重たいのをおぶさった状態で抱っこもというのは無理だったわ」

「いやいや、そういうことじゃなくて。まあ、そりゃあそうだろうけども」


 戸惑う住人たちを他所(よそ)に、マッコイは十三の肩を揺さぶった。すると、十三と死神ちゃんが同時に目を覚ました。


「あ、何、もう寮に着いたのか? 悪いな。今回もまた、こんな迷惑をかけて」

「予期せぬ不具合だもの、仕方ないわよ」


 天使のロリ声と地獄の番犬のような野太い声をハモらせて、死神ちゃんたちはしょんぼりとうなだれた。マッコイは苦笑交じりに返しながら、手早く車椅子を片付けた。そして彼はそのまま、夜勤のために出かけていった。
 同居人たちは改めて「もしかして、またなの?」と尋ねた。死神ちゃんたちは不機嫌に眉根を寄せると、一言「はい、そうです」とだけ答えた。

 翌日、騒動に居合わせなかった住人たちは共用のリビングに顔を出すなりギョッとして呻き声を上げ、その場で立ち止まった。彼らの目の前では渋ダンディーなおっさんが膝に可愛らしい幼女を乗せ、二人で仲良く新聞を読んでいたからだ。〈居合わせなかった住人〉の一人であるクリスは、その光景を目にするなり愕然として「どうして!?」と叫んだ。


「おう、おはようさん。――どうしてって、またひどい言い草だな」

「だって! 前に見せてもらった夏期休暇の写真の中でマコ(ねえ)と仲よさげにしてたあのガチムチの()が! 私の薫を膝に乗せて!」

「だから、どちらも()なんですって。ていうか、いつ俺がお前のモノになったんだよ」


 死神ちゃんたちが呆れ眼でため息混じりにそう言うと、クリスは「いやあ!」と悲鳴を上げながら崩れ落ちた。


「私の王子様が! 私の王子様が!! どうせ増えるなら、()()()()はガチムチじゃあなくて、あの理想の王子様だったら良かったのに!」

「そもそも、その王子様とやらのほうが〈本来は存在しない姿〉であって、事故の産物なんだから。いい加減、現実を見てくれませんかね」

「いやあああああ! そんなこと言われたって、諦めないんだからああああああ!」


 死神ちゃんが心なしか〈気分を害した〉という顔を浮かべたものの、衝撃覚めやらぬクリスには伝わっていないようだった。そして彼は絶叫しながら、ドタドタと慌ただしくリビングから出ていった。束の間呆然としていた死神ちゃんたちはボリボリと頭を掻くと、再び新聞に視線を落とした。


「――で、今回も意識を共有しているんだよな?」


 同居人の一人から出し抜けにそう声をかけられて、死神ちゃんたちは新聞を読むのを諦めると十三が新聞を折り畳み、死神ちゃんが「そうだよ」と答えた。


「試作第二号が出来上がったから来てくれって言われて、勤務明けに行ってみたらこのザマだよ。意識を共有しているせいか何なのか、幼女のほうが眠たくなると、おっさんのほうまで眠たくなるし」

「ああ、それで昨日、車椅子に乗せられて帰ってきたのか」

「そうそう。昨日も、プツッと何かが切断するように眠っちまってさ。勤務中にそういうことが起きても困るから、念のために休めって言われて」


 死神ちゃん達は同居人たちからの質問に交互に答えると、腹の虫を同時に鳴らしておなかを抱え、同時にしょんぼりとうなだれた。幼女とおっさんの感覚が同時にあるというのは心身ともに結構疲れるようで、その分空腹にもなるようだった。


「そろそろ、十時のおやつの時間かあ。――誰か、一緒に食いに行ってくれないか? 食べている間に眠たくなって、帰ってこられなくなるのも怖いし。同行して、寝ないように励ましてくれよ」


 情けない表情を浮かべるおっさんと、不憫な雰囲気を醸し出す幼女を見つめて腹を抱えて笑うと、同居人たちは死神ちゃん達とお茶をするべく出かけていった。

 みんなでお茶をしに出かけると、死神ちゃんたちは好奇の目で周りから見られた。〈薫ちゃんがお父さんらしき人と一緒にいる〉という噂は一気に広まり、お店に入って軽食をいただくころには天狐の耳に入ったようだった。


「ふおおおおおお! お花が! 本当に! お父上と一緒なのじゃ!」


 やって来た食事をいただいている最中に、天狐がおみつを伴ってやって来た。彼女は開口一番に歓声を上げると、目をキラキラと輝かせて頬を上気させた。おみつが「どちらも小花様ですよ」と窘めてくれたのだが、天狐には通じていないようだった。死神ちゃんたちは苦笑いを浮かべると、せっかくだから一緒にお茶でもどうかと誘った。
 一緒に来ていた同居人たちが笑いたいのを堪えながらぷるぷると震える中、死神ちゃんたちは天狐と十時のおやつを堪能した。死神ちゃんと普段どのように遊んでいるのかや死神ちゃんの武勇伝を〈お友達のお父上〉に楽しそうに語って聞かせる天狐に、死神ちゃんたちは思わず頬を緩めた。

 天狐と別れたあと、死神ちゃんたちはそのまま昼食の買い出しに出かけた。十三様が調理するとあって、ご相伴にあずかりたいという者が多かった。そのため、たんまりと食材を買い込んでから寮へと戻った。
 少々の仮眠をとったのち、死神ちゃんたちはさっそく調理に取り掛かった。手際よく作業を進めていく死神ちゃんたちを見物した者は一瞬「まるで親子みたいだな」と思ったが、異様に手際がよいのを見て「そうだ、これで()()()だったんだっけ」と思い直した。
 食事の準備ができたころ、夜勤明けで仮眠を取っていたマッコイが起きてきた。彼は死神ちゃんたちの姿を見て、ホッと胸を撫で下ろした。


「良かった。増えていなくて」

「念のため、水は一滴も飲んでないからな。幼女が増えるならまだしも、おっさんが増えたら万が一のときに運べなくて最悪だろう」


 死神ちゃんたちが苦笑交じりにそう言うと、マッコイも苦笑いを返してきた。
 食事が始まってしばらくして、十三はマッコイに〈口の端にソースが付きっぱなしになっている〉と指摘された。十三は慌ててソースを拭ったが拭いきれてはおらず、マッコイはそれを拭い取ってやった。そのまま死神ちゃんに手を伸ばすと、彼は死神ちゃんの口も拭ってやった。死神ちゃんも十三と同じ場所にソースを付けていたのだ。その様子を見て、一同は腹を抱えて笑った。


「同じタイミングで同じ場所にソース付けて、同じように〈お母さん〉に世話焼かれてさ。どんな姿をしてても、増量したとしても、やっぱり薫ちゃんは薫ちゃんなんだな」

「そんなこと、ずっと前から言っていることじゃあないか。俺は俺だよ」

「うん、今、改めて思い知ったよ。さっきもふ殿を相手にしてたときもさ、同じタイミングで同じことしだして『ふおお! さすがは親子なのじゃ!』って言われてたけどさ。キッチンで作業してる薫ちゃんたちを見て、正直『親子みたいだな』って思ったんだけどもさ。――違うんだよな、どっちも薫ちゃんなんだよ」

「当たり前だろう? 俺は世界に一人だけ。オンリーワンなんだよ」


 死神ちゃんたちが得意気に胸を張ると、一同は笑ってうなずいた。そして彼らは一個体ではなく一種族のように捉えて、勝手に増やしたり間引いたりしようとした前回について謝罪した。死神ちゃんは、笑顔で謝罪を受け入れた。
 和やかな昼食を終えた死神ちゃんたちだったが、しかし、前回と違ってこのまま何事もなく一日が終わるということは残念ながら無かった。

 食後、死神ちゃんたちがリビングでゆったりとした時間を過ごしていると、噂を聞きつけてピエロと一班クリスがやって来た。ピエロはホウと甘ったるいため息をつくと、十三をツンツンと突きながら(しな)を作った。その横で、一班クリスもまんざらでもなさそうにニヤニヤと笑った。


「ああん、やっぱりあちしのツバメってばファビュラスゥ!」

「ふーん。渋系に興味はなかったんだけど、案外良いかもしれないな」

「ちょっと、クリスドゥラ! 薫にちょっかい出すの、本当にやめてよね!」

()()()()な薫になんて、クリストスは興味ないだろう? どうしてそう突っかかってくるのさ。何? やっぱり僕のこと、愛してくれているのかい?」

「うわ、寒い。本当に反吐が出るったら。どうせ、私や薫にちょっかい出すのも〈より良い音楽のため〉だけなんでしょう? 申し訳ないけど、私の創作活動に凄まじく悪影響だから、そういうのはやめてもらいたいんだけど」

「それは困るな。君の作品は転生前(むかし)も今も、僕の音楽性を高めてくれてるっていうのに」


 辟易とした表情を浮かべるクリスに、一班クリスは肩をすくめた。何でも、彼らは芸術家が集うアパートメントに住んでいた住人同士だったそうで、愛称が〈クリス〉であるという共通点をきっかけに、そこそこ仲良くしていたらしい。そして二人には〈芸術のために人目を忍んで罪を犯していた〉という、さらなる共通点があった。もちろんどちらもそんな一面は一寸たりとも見せはしなかったが、二人とも薄々そのことに気がついた。それ以降、一班クリスが同族愛を見せる一方で、クリスは同族嫌悪を示すようになり、二人の関係は歪んでいったそうだ。最終的に、最高の音楽を求めて行動に出た一班クリスによって、クリスは殺されたのだという。
 死神ちゃんたちは呆れて目を細めると、二人のクリスを見つめて言った。


「何だよ、〈被害者と加害者〉かと思いきや、〈似た者同士〉だったのか」


 クリスはショックで顔を青ざめさせた。その様子を見て、一班クリスがケラケラと笑った。クリスがギャアギャアと何やら捲し立て始めると、十三は死神ちゃんを抱きかかえて立ち上がった。急に眠気がやって来たのである。死神ちゃんたちは一同に断りを入れると、お昼寝をするべく自分の部屋へと帰っていった。

 目を覚ますと、目の前にはアリサのにこやかな笑顔があった。思わず、死神ちゃんたちは悲鳴を上げた。


「何でお前、一緒に寝てるんだよ!」

「別にいいじゃない。とって食おうってワケでもないんだし。――あなたが増えた上に、片方だけ元の姿に戻ってるって聞いてね。これは、家族ごっこができるんじゃあないかと思って! ね、ジューゾー、二人の明るい未来のために練習しましょう!? 衣装も用意したのよ。ほら、素敵でしょう!?」

「はあ? 何言ってるんだよ、お前。この際だからはっきり言うが、俺はどんな姿をしていても男として扱われたいんだよ。頼むから、幼女の俺を〈我が娘〉扱いしてくれるなよ。それに――」

「二人とも、楽しそうね」


 ベッドの上で、フリフリのワンピースを見せながら詰め寄ってくるアリサを十三と死神ちゃんが二人がかりで押しやっていた。そこに、お茶のセットをお盆に載せたマッコイがやって来た。彼は淡々とカップにお茶を注ぎながら、死神ちゃんたちのほうを見ることなく続けて言った。


「アリサ。寝込みを襲うだなんて、破廉恥よ」

「いやだ、別にやましいことなんて何もしていないわよ」


 はい、と言いながらマッコイは笑顔でお茶の入ったカップをテーブルに置いた。続けて、彼はまるで不思議と言わんばかりに首を傾げた。しかしほんの少しだけ、視線が冷たかった。


「ところで、どんな姿をしていようが薫ちゃんは薫ちゃんのはずなのに、家族ごっこだなんておかしな話よね」


 アリサはハッと息を飲んで顔を強張らせた。そして、気まずそうにゆっくりとベッドから降りながら「ごめんなさい」と小さな声で謝罪した。自分が重ね重ね、失礼なことをしていたということに気がついたのだ。マッコイは表情を和らげると「あんたのそういうところ、好きよ」と言って苦笑いを浮かべた。アリサはとても申し訳なさそうに縮こまると、死神ちゃんたちのほうを向いて再度謝罪の言葉を口にした。
 彼女はお茶を飲んですぐに帰っていった。死神ちゃんたちはがっくりとうなだれてため息をつくと、思わず「疲れた」とこぼした。そして気分転換に甘いものでも食べに行こうと、マッコイを誘った。

 死神ちゃんたちは本日のあれこれについて、ため息混じりにぼやいた。帰り道の途中で、死神ちゃんはようやく元通り一人に戻った。そのとき、ふと死神ちゃんは気がついた。十三と死神ちゃんに分かれた際、死神ちゃんに合わせて歩くと遅すぎるため、十三が死神ちゃんを抱えて歩いていた。そんな十三の横を、みんなはぞろぞろと並んで歩いていた。今思えば、幼女(いつも)の姿でも友人たちは死神ちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれていた。合わせるのが面倒であれば、十三がしたように死神ちゃんを抱えることもできたであろうに、友人たちは誰もそうしなかったのである。つまるところ、どんな姿のときでも、死神ちゃんは友人たちと同じ速度で一緒に並んで歩いていたのだ。
 死神ちゃんが立ち止まると、隣を歩いていたマッコイも立ち止まった。そして彼は「どうしたの?」と死神ちゃんに尋ねた。死神ちゃんは今気がついたそのことをマッコイに話すと、照れくさそうに笑いながら続けた。


「勝手に増やされたり間引かれたり、お子様扱いされたり。いろいろあったけどさ、それでもみんな、俺と一緒に歩いてくれていたんだなと思ったら、それは素直に嬉しいなって。何だかんだ言って、みんなきちんと俺を〈一人の人間〉として見てくれてはいるんだな。何か疲れることや正直嫌なこともあったが、これはこれで収穫だな。いい思い出になりそうだ」


 マッコイが笑顔でうなずいて返すと、死神ちゃんは〈どんなことが起ころうとも、いつも変わらず接してくれている彼〉に感謝の言葉を述べた。とても温かな良い気分だったのだが、ビットからの「今すぐ検査に来い」という無線連絡に水を差され、死神ちゃんはぐったりと肩を落としたのだった。




 ――――どんなに嫌なことが起こったとしても、その中で一つでも心温まるようなことや自身の成長に繋がることがあれば、いい思い出になり得るのDEATH。

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