スアさんのお引越し
僕はスアの言葉を思わず聞き返した。
「……今、『家を連れてきたい』って言ったかい?」
エルフの魔法使いスアは、僕の言葉にコクコクと頷いた。
僕は、そんなスアを見つめながら頭の中にクエスチョンマークが並んでいくのを感じていた。
スアは、そんな僕の顔を見ながら
「ここ……コンビ……ニ?……おもてなし……とても、カガク……とても……思ってた以上……まずは……少し……だったの……つもり……
え~、要約しますと
『スアは最初、コンビニおもてなしに変わった設備があると聞いて少しだけ見学するつもりだった。
ところが、ここに来てみるとみたこともないカガクが満載であり、じっくり研究する価値のあるものが山のようにあふれいる。
そこで、店の裏に元々住んでいた家を連れてきて、この地にじっくり腰を落ち着けて研究したい』
……と、まぁ、こんなところで間違いないかい? スアさん。
コクコク
と、まぁ、そういうことらしい。
確かに、店の裏手には若干広めの空きスペースがあるにはある。
ただ、スアの言う『家を連れてきたい』という言葉のニュアンスに若干の不安を感じる……
普通、こういうときは
『転居したい』とか『移築したい』とか言わないだろうか?
とはいえ、スアは、すでに我が店の貴重な店員だしね。
アナザーボディでの商品補充もなかなかな物になってきてるし
……たまに気になった品物を持ち出してる気がしないでもないんだけど
ちょっとスアさん、何そっぽ向いてんのさ!
まぁ、そんなわけで許可することにした。
「で? 家の移動には何が必要なんだい? 家を解体して移築するんなら、人手がいるんじゃ……」
僕の言葉に、スアはフルフルと左右に首を振る。
「歩いて……こさせる」
は?
歩いて? こさせる??
「……多分……明日の朝には……到着……」
そういうと、スアは店の後片付けのために、アナザーボディを手慣れた様子で操り始めた。
……チョット待て、アナザーボディ3号、その手の消臭スプレーをどこに持って行く!
-翌朝未明
僕は、昨日スアが言っていた『歩いてこさせる』の意味を、身をもって体感していた。
いつものように、店の2階で寝ていた僕は妙な振動を感じて窓を開けた。
そんな僕の眼の前を、巨大な木が文字通り歩いていたのである。
根の部分が4つに別れ、それらがまるで四つ足のように前後に動き、街道を歩いてきたそれは、街道から器用に店の裏手へと回り込んでいった。
ってか、ちょっと待て
城門はどうした!? この時間はまだ閉まってるだろうが!
そこでなんで悪い笑顔を浮かべるかな、スアさん!?
その巨木は、店の裏手の一角に到着すると、その場でしっかりその足を土中に埋め込み、しばしもぞもぞ動いた後、まるで、ずっとそこに生えていたかのようにおさまってしまった。
……正直、呆気にとられるしかない
スアに連れられて、僕はその巨木の根元にあるドアから、その中へと入っていった。
木の中は広い空洞になっていた。
その壁にあたる木の幹部分は、全面が本棚となっており、そこにびっしりと書物が並んでいた。
中央にらせん状の階段があり、それを上ると、2階部分にあたる、大きな木の実の中に出た。
そこは、スアの研究室件寝室となっているらしく、ハンモックが1つ吊り下げられている以外は、すごい量の薬剤やガラス瓶などが所狭しと並んでいた。
スアによると、ここで色々な薬剤の研究も行っているとのことで、傷薬や飲み薬なんかも調合出来るそうだ。
この世界の薬事法的な物がどうなってるのかよくわからないけど、今度組合のエレエにそのあたり確認してみよう。
販売可能なんだったら、店で売れる物が増えるしね。
最近、店の在庫が目に見えて減っていってるので、僕的にもこれはありがたい。
しかし、こうしてみると、スアって本当に数百歳のエルフの魔法使いなんだなぁって感じるなぁ。
あ、なんかスアさんがドヤ顔で胸はってる……胸は相当に控えめなのにすっげぇ偉そうだ
ー開店準備中
店で販売するための、いつもの弁当を調理・作成していると、
窓の外からは、鬼人(オーガピープル)・イエロと、騎士団の団員である、ゴルアとメルアの剣の鍛錬の音が響いていた。
先日、辺境駐屯地から、この辺境都市ガタコンベの護衛任務に回された2人は、
こうして真面目にイエロの指導を受け、鋭意鍛錬の真っ最中なのであった。
とはいえ、イエロは
「さすがです、お姉さま!私とメルア2人の攻撃をものともされない、その剣技!」
「もう……ぞくぞくしてしまいますわ、お姉様」
「で、あるからして!そのお姉さまはやめるでござる!!!」
2人が、事あるごとに「お姉様」を連呼することに、相当困惑しているようだ……
すっごい男らしい女なのに、百合属性は皆無らしい
ちなみに、このゴルアとメルア
王都の下級貴族の出身なのだそうだが、2人とも読み書きや計算の技能をしっかり身に着けており、
店でレジ作業をこなせたのである。
おかげで、レジ対応がすっごく時間短縮出来た。
いや、これ、マジでありがたい。
この調子で2人が慣れてくれたら、組合から来てもらってる有料助っ人を、今後頼まなくてよくなるかもしれないわけで。
「これも、剣の鍛錬をさせていただいている上、住居まで提供いただいているお礼でございますし……」
「……お姉様のお役にもたてますし」
チラッとイエロを見て、頬を住めるゴルアとメルアであった。
なんというか、一切ぶれないな、この百合百合しいお二方は。
-夕刻
15時頃になると、僕は辺境駐屯地への宅配業務に出発する。
その間、店はゴルアとメルア、スアの3人にお願いし、イエロに用心棒を兼ねて同乗してもらったのだが。
ゴルアとメルアに、すっごい睨まれた。
「……お姉様と2人きりだと……」
「……なんとも許しがたいですわ……」
いや……そこは、彼女以内歴=年齢の、俺のヘタレっぷりを信用してよ。
先日から承ったこの業務は、電気自動車・おもてなし1号のおかげで、遅延することなくきっちりと実施出来ており最近では辺境駐屯地のほぼ全員が出迎えてくれるほどになっていた。
まぁ、数量限定の弁当をゲットするのがメインの理由なんだけどね。
とはいえ、
この駐屯地に所属している騎士らの技量は、相当ひどいといわざるを得ないようだ。
というのも、相変わらずこの駐屯地は、主に夜間に盗賊団の襲撃を受け続けており、しかも撃退出来ないばかりか、僕がおもてなし1号でせっせと運びこんでる荷物の大半を根こそぎ奪われているらしい。
こんだけ好き勝手やってる盗賊団は、当然のようにガタコンベの街の近隣でも、城壁の外にある畑や、行商人らに被害を及ぼしているらしい
組合にも苦情は相当数寄せられているらしいので、近いうちに何か動きがあるかもしれない。
-夜
この世界に、店が移転してすぐの頃は、上下水道施設が完全に途中で切れてしまっていて、使用不能になっていた。
下水道は公共下水管が店のすぐ前まで来ていたおかげで、すでに接続出来ているのだが、上水道に関しては2,3日に1回、店の裏の小川から巨大な水桶にバケツで水を入れる作業を繰り返していた。
まぁ、イエロに加えてゴルアとメルアも、この作業を喜んでやってくれているので、僕的には助かってはいたのだけど。
この水道なのだが
スアの木の家の思わぬ機能が役にたつことになった。
木の根で、川の水を吸い上げそれを木の枝部分から排出することが出来るというのだ。
これを利用し、水桶に川の水を入れる常時給水出来るよう、根と枝の位置をスアに調整してもらったところ、ほぼ完全自動水桶水補充システムが構築出来たわけで。
ちなみに
電気温水器で、水がすぐに湯になる仕組みは、皆もびっくりだったらしく
ゴルアとメルアも
「ひ、ひねったらすぐにお湯が出るだと!?」
「そんな仕組み、城でもないぞ!」
と、まぁ、すっごい驚かれたわけで。
ちなみに、
「ここで……水が……熱く……なる……カガク……」
店の裏手にある電気温水器をマジマジと見つめるスアの姿があったのは、もう必然というか、約束なわけで……お~い、炎の部分触ってやけどすんなよ~。
と、まぁ
スアのお家のお引っ越しも無事終わったわけだったんだけど
武器屋の猫人(キャットピープル)・ルアが、やってきた巨木を見上げながら目をぱちくりさせてる。
「すげぇな……魔女の嫁入りなんて初めてみたよ」
は?
ルアさん、今なんて?
「タクラは知らないのか?
100年以上生きた魔女はな気に入った男が出来ると、その男の元に家ごと嫁入りするって話しだ……これ、まさにそれだろ?」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
ルアさん、何言ってますか。
今回のこれはあくまでスアが、自分の知的探究心を満たすために行っただけであってですね……なぁ、スア。ちゃんちルアに説明してくれ。
……ふいっ
ちょっと!? そこでなんでそっぽ向くの!
余計な誤解招いちゃうでしょ! ねぇ!
って、しつこくその肩を揺さぶってた僕を、スアは
「乙女……の……敵」
とか言った途端に、僕に電撃食らわせやがったわけで……
どうやら、まだ当分、誤解は解けそうにない。
……だから、なんでそこで僕を睨むの!? スアさん。