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第277話 死神ちゃんとマリアッチ③

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、遠くのほうからギターの音色が響いてきた。思わず、死神ちゃんの頬は緩んだ。何故ならこの地域でギターを所有しているのは、とある異国から来た男一人だけであり、死神ちゃんはその彼の奏でるギターが結構お気に入りだったからだ。
 死神ちゃんはいそいそと、音のする方へと向かった。すると、思っていた通り、ギターを弾き鳴らしながら歩く〈麦わらのソンブレロを被ったマント姿の男〉と鉢合わせた。男は演奏を中断すると、腕を広げ、満面の笑みで死神ちゃんに駆け寄った。


「お嬢ちゃん! めっちゃめちゃ久しぶりだなあ! ハハハッ」

「おう、マリアッチ。お前も相変わらずそうだな!」


 死神ちゃんは男――異国の吟遊詩人・マリアッチと熱い抱擁を交わした。そしてさっそく、景気いい感じの曲を一曲お願いした。彼は自信たっぷりに大きくうなずくと、ギターを片手に力強い美声をダンジョン内に響かせた。
 彼が歌い終わると、死神ちゃんはやんやと拍手を送り、おひねりを投げた。彼は被っていた麦わらを手に取ると、茶目っ気のある笑顔を死神ちゃんに向けておひねりをキャッチした。
 一息つくと、死神ちゃんは彼に〈本日の目的〉を尋ねた。彼はこの街で本屋を営んでいる女性とお付き合いをしており、彼女のために特殊な本や〈暗闇の図書館〉を探し歩いている。その傍らで、自分用にと珍しい楽器の収集も行っているのだ。本日の彼の目的は後者のほうだそうで、何でも最近、竪琴を所持したモンスターの一部が〈竪琴でないモノ〉を奏でているのだという。


「やっぱ、楽器奏者としては、その点ちぃーっとばかし気になっちゃうわけよ。一体何を持って、どんな曲を奏でてるのか、知りたくなっちゃうわけよ。分かる? お嬢ちゃん」

「おう、分かるぜ。俺も趣味程度ではあるが、楽器を嗜む身だからな」

「だよなあ! さすがはお嬢ちゃんだ。――うっし。じゃあ、そのモンスターが無事に見つかることを祈ってってわけでもねえが、いっちょ景気づけにセッションでもしようぜ」


 マリアッチは快活に笑うと、魔法のポーチからミニギターを取り出して死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんはニヤリと笑って受け取ると、さっそく調弦をし始めた。
 二人で楽しくギターを弾きながら、ダンジョンの奥に向かって進んでいった。すると、ほの明るい光をまとった精霊が二人にスウと近づいてきた。その精霊は、竪琴を持っていた。


「お、竪琴持ちがやって来たぜ。てぇことは、この近くを彷徨(うろつ)いてりゃあ、もしかしたら〈別の楽器持ち〉に会えるかもしれねえな」


 そう言って不敵に笑うと、マリアッチは精霊と音楽対決を行った。彼は情熱燃え盛る曲を堂々と歌い上げ、見事精霊を打ち負かした。勝利を収めた彼は意気揚々と辺りを練り歩いた。しばらくして、彼はとうとう〈別の楽器持ち〉と遭遇した。思わず、死神ちゃんはその精霊を見て目をパチクリと(しばた)かせた。


「何ていうか、雰囲気が厳かだな。さっきまでのリリックさは、一体どこに行ったんだよ」

「同じような顔して、同じように()()()()して楽器構えてるってのによ。どうしてこう、楽器が違うだけで空気感まで変わるんだろうな。――ま、そんなこたあ、どうだっていいわな。あのヴァイオリン、さっそく頂くとしますかね」


 マリアッチは首を回してゴキゴキと鳴らすと、軽妙な口調で「一発でドロップしてくれるといいんだがねえ」と呟いた。すると、精霊が弓をマリアッチに差し向けながら皮肉めいた笑みを浮かべた。


「異界より響くストラディバリウスの音色に、あなたも魅入られたいようですね。――良いでしょう。では、弦楽の彩りをあなたに。あなたの悔恨の思いを添えて」

「うっわ、キザくせえ! 珍しく饒舌にモンスターがしゃべったと思ったら、クールを気取っちゃって。女に手を上げるってえのは信条に反するが、ダンジョン内のモンスターには容赦しなくていいよな。てぇことで、後悔するのはオネエサンのほうだぜ!」


 彼は鼻を鳴らしてギターケースに手をかけると、肩に担いで容赦なくぶっ放した。その光景を見ていた死神ちゃんは思わず声をひっくり返した。


「ストラディバリウスに発砲とか、恐ろしいことするなあ!」


 彼ご自慢の特注ギターケースバズーカの弾丸が爆発を起こし、辺りが煙に包まれた。顔の前を手で扇ぎゲホゲホとむせせ返りながら、マリアッチが不思議そうに首を傾げた。


「恐ろしいって、何が?」

「あのヴァイオリン、すごく高価な品なんだぜ。それこそ、街の楽団が持っているようなものとは比べ物にならないほどのな。あれひとつで一財産余裕で築けるぞ」

「ええええっ! マジか! あちゃー、大丈夫かな? アイテムに変化する際には新品に戻っててくれるかなあ? それとも、傷つけた状態であいつを倒しちまったら、ヴァイオリンも壊れちまうかな?」

「いやでも、ちょっと待て。こっちの世界にもストラディバリウスってあるのか? 腕のいい職人は名前が共通しているもんなのか?」

「ん? ()()()()()()? どういうことだ?」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、「何でもない」と言って慌ててごまかした。ちょうどそのタイミングで、爆煙が晴れてきた。例の精霊はなんと無傷で、バリアを張り、その中で悠々とヴァイオリンを構えた。マリアッチも慌てて次の攻撃を行うべく攻撃用の特殊な楽器を構えたが、彼よりも先に精霊が演奏をし始めた。途端に、マリアッチはしょんぼりとうなだれて大袈裟に膝をついた。


「ああ、愛しのキャロライン。違うんだ、俺は断じて浮気なんてしていない! ただちょっと、親切にしただけなのさ!」

「はい……?」


 死神ちゃんは顔をしかめると、怪訝そうにマリアッチを見つめた。彼はというと、ほろほろと涙を流しながら虚空を見つめて懺悔を始めていた。どうやら、幻覚でも見せられているらしい。後ろめたいことがあるのか、いつもの明るさを失い、彼はどんどん憔悴していった。死神ちゃんは呆気にとられると、涼しい顔でヴァイオリンを奏でる精霊を見つめて呟いた。


「悔恨の思いって、そういう……?」


 精霊は死神ちゃんに答えることなく、一層熱心に演奏に取り組んだ。するとマリアッチはとうとう後悔の念に押しつぶされ、その場から逃げ出してしまった。追いかける間もなく〈灰化達成〉の知らせを受けた死神ちゃんは、腑に落ちないと言わんばかりの表情を浮かべた。しかし、精霊の演奏は本当に素晴らしかった。一体誰の演奏がモデルなのだろうと思い首をひねりながら、死神ちゃんは壁の中へと消えていった。



   **********



 待機室に戻ってくると、死神ちゃんはケイティーに「あの精霊さんって、ヴァイオリンも弾けるのか?」と尋ねた。すると、彼女はあっけらかんと否と答えた。死神ちゃんはきょとんとした顔で目を瞬かせた。


「じゃあ、演奏のモデルは他にいるのか。一体、誰なんだ? お前、知ってる?」

「ほら、今月から中途入社してきて、第一班(うち)の所属になったのがいるだろう? その子だよ。入社してすぐ、ビット所長に〈せっかくだから演奏のデータも取らせろ〉って言われたみたいで。ついこの前受けた健康診断でひたすら弾かされたって言ってたよ」


 死神ちゃんが感心するように相槌を打つと、すぐ側にいたクリスが何故か顔を青ざめさせていた。どうしたのかと尋ねると、彼は頬を引きつらせて小さく呟くように言った。


「あの演奏、すごく聞き覚えがある。あのキザったらしいセリフも。知り合いの音楽家にそっくりなんだけど……」


 ケイティーは苦笑いを浮かべると、気まずそうに頭を掻いた。


「ああ、うん。実はそう。性別っていうか何ていうかがちょっと特殊だから、狂狐(きょうこ)ちゃん案件かなって思ってたんだけど、お前と関係があるって分かったもんだから〈これは同居させないほうがいいね〉ってなって。まあ、そもそも一班(うち)に欠員が出る予定が出てきたから、途中増員したんだけど」

「嬉しい! すごく嬉しい! ありがたいよ! それでもって、今後も会うことなく済んだらなおのこと良いよ!」

「悪いね。鉢合わせないようにシフト組むのって、結構大変なんだよ。だから、事実を知ったからには、腹を括って受け入れて、共存していってくれないかな。――大丈夫大丈夫、小花(おはな)とマサが和解できたんだから、お前たちもいつかは仲良くなれるって」


 ケイティーがポンとクリスの背中を叩くと、彼は両手で顔を覆い隠して「無理、そういう問題じゃあない」と呻いた。すると、鉄砲玉が「呼びました? 何の話っすか?」と鉄砲玉のごとき俊足で顔を出した。死神ちゃんは〈一体、新入りとクリスにどんな因縁があるんだろうか〉と考えるのをやめて、鉄砲玉に笑顔を向けた。


「マサちゃんが俺に逆恨みをするのを止めたどころか、俺の舎弟として使いっぱしられてるっていう話」

「は!? 舎弟なのは小花の方だろ!? なにせ、この俺様の後輩なんだからよ!」

「そうです、後輩です。先輩、さすがです。俺、先輩の気前のいいところ、見たいなあ」

「はっ、そんなもん、いつだって見せてるだろ!? ――何が食いたいんだ。ほら、早く言いな」


 その場にいた一同は、どこまでいっても鉄砲玉が三下パシリだということを再認識したという。そしてもちろん、鉄砲玉がそれに気づいて憤ったり悔恨したりすることはなかったという。




 ――――精神攻撃すら効かないポジティブさは、ある意味で恐ろしいと思うのDEATH。

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