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第9話

 すずかが聞くと、澄人は視線をそらし気味に、重く口を開いた。

「…………聞いた通りだ。明日の夜から、第三研究所へ出張することになっちゃったんだ。さっき戻ってきた時に、言おうとは思っていたんだけど……」
「どうしても……行かなきゃダメなの?」
「……仕事、だからね」
「仕事……」
「でも、そんなに長くはない。弥の明後日の昼前には、こっちに帰ってくる。おみやげも買ってきてあげるから」

 明日の夜から、弥の明後日の昼前まで――約六六時間という長い時間。その間、澄人は第四研究所からいなくなる。

 想像するだけで、すずかに恐怖が走った。

「イヤ……いやだ。おとーさん、出張……行かないで」

 持っていたスプーンを床に落とし、すずかは前のめりの態勢で言った。

「俺だって、本当は行きたくない。でも、できないんだ」
「やだ……やだ! 出張行っちゃ、やだ!」
「すずか。ここでは、静かにしないと……」

 澄人はそう言って、大声を出し始めたすずかの肩に手を置こうとするが、彼女はそれを払い除ける。

「やだ! 行っちゃ、やだ――!」

 澄人に出張に行ってもらいたくない一心で、すずかは叫んだ。

 わがままだという自覚はあった。けれど、まだ子供と言っていい精神状態の彼女には、これ以外の方法が思いつかなかった。

 こうしていれば、きっと優しい澄人は出張へ行くのをやめてくれる。やめると言ってくれる。その期待を込めて、すずかは同じような言葉を繰り返し、訴え続けた。しかし――

「――すずか!! 大声を出すのをやめるんだ! みんなに迷惑だろ!」

 澄人が言ってきたのは、叱る言葉だった。

「ぇ…………」

 ショックを受けるすずか。

 前に怒らないと言っていたのに……出張をやめると言ってくれると思っていたのに……。

 すずかが呆然とした表情になっていると、澄人は、我に返ったかのように、はっとなる。

「あっ……ご、ごめんよ、すずか。こんな、怒るつもりはなかったんだ……」

 顔色を変える澄人。だが、もう遅かった。

「……おとーさんは……ワタシより、仕事の方が大事なんだ」
「そんなことはない。俺はすずかのことを、とても大切に思っている」
「なら、なんでいつも仕事ばっかりなの!? どうして出張行っちゃうの!?」
「それは……」

 すずかは、一〇秒ほど待った。しかし澄人は悩んでいるような顔をしたまま、答えない。

「やっぱり、おとーさんは仕事が好きなんだ。ワタシよりも……」
「違う! 今回の出張は、仕事だからってだけじゃない。大切なお前のため――」
「もういい!!」

 すずかはテーブルを叩いてイスから立った。

「……きらい。出張行っちゃう、おとーさんなんて……仕事ばっかりする、おとーさんなんて……大嫌い!!」

 すずかは涙を流しながら、その場から走り去って行く。

「すずか、待っ……!」

 澄人はそれを追いかけようとしたが、足がイスに当たって倒れ、それに気を取られているうちに、すずかの姿は見えなくなってしまった。

「すずか…………」

 残された澄人は、テーブルの上に置いてある、アイスの器に目を向ける。

 すずかが食べていたアイスの器は空になっていたが、澄人が渡した器には、バニラとストロベリーが半分ずつ乗っていた。

 それは、澄人にもアイスを食べてほしいと思って、すずかが分けておいたものだった。

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