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結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑨~




翌日 学校


いつもと変わらない日常が今日も始まる。 たった一日では理玖がいない生活には慣れなく、夜月たちはぎこちない生活を送っていた。
未来は空気を悪くしないよう必死に明るく振る舞っているのが物凄く伝わってくるし、悠斗もこの空間には上手く馴染めていない。
結人も必要以上に、夜月たちには関わってこなかった。 頭の中は理玖のことでいっぱいだが、皆はあえて彼の名を口にしない。 それも、みんななりの気遣いだ。
だけど、そんな時――――
「夜月くん、正臣くん!」
授業を終え挨拶をし終わった直後、担任の先生が夜月たちを手招きする。 二人は何も言わずに席を立ち、先生の方まで足を進めた。 そして――――

「理玖くん、さっき目覚めたみたいよ」

―――・・・え。

先生が笑顔で口にすると、夜月は思わず言葉に詰まってしまう。 理玖が目覚めたという喜びを、素直に表現できない。
だけど結人は、そんな夜月とは正反対の様子を先生に見せた。
「え、先生それは本当ですか!?」
「えぇ、さっき病院からそう連絡が来たの。 理玖くんと仲がいい二人には、先に報告をしておこうと思ってね。 理玖くん、目覚めてよかったわね」
「はい! 目覚めてよかったです! 安心しました!」
「・・・」
その言葉に、物凄く嬉しそうな顔を見せながら返す結人。 そんな彼のことを横目で睨み付けながら、夜月は思った。

―――色折・・・その言葉は本心からなのか?

一度結人を偽善者だと思ってしまえば、彼から出る言葉全てが嘘に思えて仕方がない。
―――でも、まぁ・・・理玖が目覚めてくれて、本当によかった。
確かに夜月も、理玖が目覚めたことには喜んで心から安心していた。 そして先生からの話が終わり、自分の席へ戻ろうとする。 
理玖の報告を受けても結人から話しかけてくることはなく、当然夜月からも話しかけることはない。 だから当然のように、一人で席に戻ろうとすると――――
「夜月、聞いたか!」
席へ着いたのと同時に、急に現れた未来。 どうやら焦っているのか、彼の表情からは余裕が感じられなかった。 
そして時間差で、未来の後ろからひょっこりと悠斗も顔を出す。
「聞いたって何を」
なおも冷静さを保ちながら、目の前にいる少年に尋ねた。 すると夜月のことをキラキラとした目で見つめながら、顔を近付けてくる。
「理玖が目覚めたっていうこと、聞いたか!」
「ッ・・・。 あぁ、さっきな」
気持ち悪い程に距離が近くなった友達に少し引きながらも、視線をそらしつつ答えた。 そして彼は夜月からいったん離れ、今の思いを素直に紡いでいく。
「本当によかったよなぁ! 理玖が目覚めて! もうマジで安心した! 本当はもっと早く目覚めてほしかったけど、二日目で目覚めたのはまだいい方なのかな?
 でもまぁとりあえず、理玖が目覚めてくれて本当によかったぁ・・・!」
最後の言葉を徐々に小さくしながら、その場にしゃがみ込んだ。 そして未来の身体が僅かに震えているのが分かると、夜月はそっと尋ねる。

「・・・未来、泣いてんの?」

―バッ。

「ッ・・・」

その言葉を聞くなり、勢いよく顔を上げてきた。 そんな急な動作に少し驚くと、彼は涙で溢れている顔を夜月に堂々と見せ付けながら、突然声を張り上げた。
「泣いちゃ悪いかよ! 理玖が目覚めないことは夜月が一番心配していたんだろうけど、俺もかなり心配していたんだぞッ!」
「・・・」
その発言に何と返したらいいのか分からず、思わず口を噤んでしまう。 
しばらく泣いている未来をそのままにしておくと、彼は涙を拭いてゆっくりとその場に立ち上がった。
「よし! 早速今日の放課後、理玖のところへ行くぞ! 久しぶりに理玖と話せるんだ。 すっげぇ楽しみ!」
そう言って――――今度は先程とはまるで違う顔を、夜月に向かって見せ付けた。





放課後 帰り道


今日も未来は、別れ際に結人に向かって昨日と同じことを尋ねてみた。
「ユイ! これから俺たちは理玖の見舞いへ行くけど、今日はどうする?」
その発言により、夜月と悠斗の視線は自然と結人へと集中する。 
「・・・ごめん。 ちょっと、今日も」
思った通りと言うべきか、その返事を聞いても何も突っ込みを入れない彼ら。
「・・・そっか。 分かった。 じゃあ、また明日な」
「うん、またね」
未来ならここは無理をしてでも結人を誘い理玖の見舞いへ行かせようとするのだが、この時は違う。 
流石に彼も夜月と結人の事情は何となく分かっていたため、互いのことを思い変に口を出すことができなかったのだ。 

―――今日は理玖が目覚めたっていうのに、色折は来ないのか。
―――俺がいるから気まずいっていうのが一番の理由だろうけど、せめて今日くらいは行ってもいいだろ。
―――・・・腹立つ。

夜月も色々なことが矛盾しているが、夜月の心も、あまり余裕がなかった。





数十分後 病院 理玖の病室


心を落ち着かせる、真っ白な色。 そんな色に囲まれた廊下を、3人の少年は静かに歩く。 そして一つの病室の前で立ち止まると、3人は一度深呼吸をした。
そして小さくノックをすると、中からは理玖の母の声が聞こえてくる。
「どうぞ」
それを合図に、代表して真ん中にいる未来が病室の扉を開けると――――真っ先に目に飛び込んできたのは、ベッドの上に座ってこちらを見ている、理玖の姿だった。
「理玖!」
「みんな!」
未来が大きな声で名を呼ぶと、理玖は少し驚いた表情を見せるがすぐ笑顔になり、優しくみんなを迎える。
「理玖、体調は?」
未来と悠斗は走って理玖のもとへ駆け付け、悠斗は彼に向かって口を開く。 夜月はそんな彼らのやり取りを、少し離れたところで黙って見ていた。
「動くと身体はまだ痛むけど、安静にしていると平気だよ」
その言葉を聞くと、未来の目には再び薄っすらと涙が浮かび始める。
「理玖本当によかったよ、マジで安心した・・・」
「えぇ、ちょ、未来!? 何で泣いているの!?」
目覚めている理玖を実際目の前にすると、心から安心をしたのかそのまま静かに涙を流し始めた。 
「安心したからかな・・・。 理玖を見たら、余計にさ。 つーか・・・今日何回泣いたら気が済むんだ、俺は・・・!」
泣き顔を見せないように俯いて放たれた言葉に、悠斗は小さく笑って付け足していく。
「泣いたのは今ので3回目だね。 先生から『理玖が目覚めた』って聞かされた時と、夜月の目の前。 そして今」
それを聞いた理玖は驚いた表情を見せつつも、申し訳なさそうに返した。
「何か、その・・・。 ごめんな」
「いいんだよ! 理玖が目覚めてくれたならさ!」
謝りの発言に、未来は顔を上げ涙を流した状態で笑顔を作り、そのまま見せる。 そんな彼を見て、理玖も優しく笑みを返した。 
そんな彼らのやり取りを微笑ましそうに見ていた理玖の母は、区切りがいいところで口を挟む。
「今日もみんな、来てくれてありがとうね。 本当に嬉しいわ。 じゃあお母さん、お花のお水を交換してくるね」
「あ、なら俺がやります! な、ほら、悠斗も!」
花の花瓶を持って病室から出て行こうとする理玖の母に、未来は積極的に手伝おうとした。 幼馴染である悠斗も誘い、彼女のもとへと駆け寄る。
「ここにいてくれてもいいのよ?」
「いえ、大丈夫です!」
そのようなことを話しながら、理玖の母は未来と悠斗と一緒に、この病室から出て行ってしまった。 これは、未来の気遣いなのだろうか。

夜月と理玖だけをこの病室に残し、二人きりにさせようとしたのは――――

「夜月も、来てくれてありがとう」
「あ、あぁ・・・。 いいよ」
二人きりになり気まずくなって動揺している夜月に、先に静かに口を開いた理玖。 そして続けて、言葉を発する。
「お母さんから聞いたよ。 僕が目覚めていない間でも、来てくれたんだってね」
「あぁ」
そして――――ここで理玖は、一人の少年の名をそっと口にした。
「でも・・・結人は、来なかったんだね」
「・・・」
ここで結人の名が出て、何も返事ができなくなる夜月。 そんな夜月をよそに、理玖は視線を窓へ移して外の景色を眺めながら、小さな声で呟いた。

「・・・結人に、会いたいな」

「ッ・・・」

その発言に少し悔しい思いをしながらも、歯を食いしばってこの場を必死に耐える。 そして彼は夜月の方へ視線を戻し、笑顔で言葉を紡ぎ出した。
「ねぇ夜月! 僕、結人に会いたい!」
「は?」
「明日、結人をここへ連れてきてよ!」
「は、何を言って・・・」
「結人が『嫌』って言うなら仕方がないけど、僕がどうしても会いたいからって!」
「・・・分かったよ」
「ありがとう!」
あまりにも笑顔で頼み込んでくる理玖に逆らうことができず、思わずそう返してしまった。 それでも理玖は、結人に会えることを心から楽しみにしていた。





翌日 放課後


「ユイー、今日も理玖の見舞いには行けない?」
「あぁ、うん・・・。 ごめんね」
「そっか。 じゃあ、また明日な」
これが日常の会話と言っていい程、同じ会話を繰り返す今日の放課後。 
未来からの誘いを断り、彼がこの場から離れていく後ろ姿を見ても――――夜月は、結人を誘うことができなかった。





病院 理玖の病室


扉をノックし中へ入ると、病室にいた理玖の顔は一瞬だけ引きつった。 その理由が分かるのは、当然夜月だけ。
彼は結人が来ていないということにショックを受けながらも、無理に笑顔を作って未来たちとの時間を楽しんでいた。 そして未来と悠斗は今日用事があるため、早めに帰宅。
理玖の母も一度家へ戻ったため、今は理玖と夜月、二人きりである。
「今日も・・・結人は、来てくれなかったんだね」
「・・・」
寂しそうに小さく呟いた理玖と目を合わすことができず、夜月は顔を背けた。 だけどここで意を決し、あることを尋ねようとする。
「理玖は、さ・・・」
「うん?」
「理玖は・・・どうしてそんなに、色折にこだわるんだよ」
問いを聞いた理玖は、視線を外へと向けた。 そして質問に対し、迷いもなく答えを綴っていく。
「んー・・・。 僕と似た雰囲気を持っているからかな。 あ、もしかしてこれが“類は友を呼ぶ”ってヤツ? ははッ」
「・・・」
答えを聞いて、何も言い返せない夜月。 だけどそんな夜月の気持ちを感じ取ってくれたのか、彼は優しい口調でこう言葉を発した。
「・・・でも、いいよ」
「え?」
聞き返すと、理玖はゆっくりと夜月の方へ視線を戻す。 そして――――

「結人が来てくれなくても、僕はいいよ。 夜月が来てくれるなら、寂しくはないからさ」

その言葉を聞いて――――夜月は結人のことをより邪魔だと思い“色折はこのまま俺たちから離れていけばいい”と、改めて思った。


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