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第267話 死神ちゃんとまさこ②

 死神ちゃんは三階の〈担当のパーティー(ターゲット)〉がいるはずの場所へとやって来ると、地面に降り立ちキョロキョロと辺りを見回した。すぐ近くにいるはずだというのに、ターゲットらしき者の姿はどこにもなく、死神ちゃんは眉根を寄せて首をひねった。すると、物陰から山羊に似た角が覗いているのが見えた。そちらのほうへと行ってみた死神ちゃんは、隠れていたものを目にして思わず「げっ」と呻き声を上げた。


「んー? なあに? 誰よ? ――あらあ、お嬢ちゃん、お久しぶりねえ。うふふ」

「まさこ、お前、どうしたんだよ。酒臭いぞ?」

「おいこら、何度言ったら分かるんだ。口の利き方!」


 まさこと呼ばれた〈悪魔と人間のハーフ(デビリッシュ)〉の彼女は起き上がって死神ちゃんに掴みかかると、死神ちゃんを小脇に抱え直してお尻をぺんぺんした。死神ちゃんはギャアギャアと悲鳴を上げながら、必死に謝罪の言葉を繰り返した。
 刑を終えて解放された死神ちゃんはスンスンと鼻を鳴らすと、まさこに〈どうして酔いつぶれて寝転がっていたのか〉を尋ねた。すると彼女は死神ちゃんを抱き締めて頬ずりしながら、メソメソと声を落とした。


「お嬢ちゃん、聞いてよ~。うちの宿六ったら、珍しくダンジョンにも行かず、店のお酒にも手を出さないで仕事に精を出していると思ったらさあ、冒険者に〈お使い〉させてこっそりダンジョン産のお酒を集めてたのよお」

「ああ、はい。そうらしいですね。でも、仕事をしっかりとやっているなら、いいじゃあないですか……」

「ところがどっこい、やってるフリして実はこそこそ飲んでたのよ。それでうっかり飲みすぎて潰れて、配達すっぽかしてさ。いつもお酒の臭いをプンプンさせてたから、もう臭いが染み付いちゃっててシラフでも香ってくるのかなとか思ってたら、実際に飲んでたっていうね! はーっ!」

「それで、憂さ晴らしに〈夫に隠れて飲酒〉か。まるでキッチンドリンカーだな……」


 死神ちゃんが顔をしかめると、まさこはにっこりと笑って首を横に振った。


「ううん、違うのよ~。お酒を所持したモンスターがいるのが悪いんだと思って、そいつシバき倒しに来たらさあ、手に入ったもんだから。そんな〈お使い〉を繰り返し頼んでまで飲みたくなるほどのお酒って、どんなものなのかなって思って飲んでみたら。これがまたすごく飲みやすくて、あははははは!」

「痛ッ、痛ッ、痛ッ! ちょっ、まさこさん、痛いッ! 叩くな! やめてくれ! 叩くなら自分の膝を叩けよ!」


 まさこは笑いながら、死神ちゃんのお尻をぺしぺしと叩いた。どうやらお箸が転げても笑ってしまう状態らしく、彼女は涙ぐむ死神ちゃんをぽかんとした顔で見つめると再びケラケラと笑いながらお尻をぺしぺしと叩いた。
 まさこは笑い止むと、死神ちゃんと抱え込み直した。死神ちゃんが豊満な肉まんをグイグイと押しつけられて困っていると、まさこはそんなことなどお構いなしに唐突に〈あたしとダーリンのときめきメモリアル〉を語りだした。


「あたし、こう見えてここらを仕切る、いわゆるスケバンってやつだったんだよね」

「でしょうね」

「あれは、隣の街との抗争の日だったの。決着のつけ方は、ケイドロだったんだけどもね」

「随分と健全だな」

「あたし、秘密基地を作って身を潜めていたんだけど、アジトにがさ入れされて、そこからの流血バトルのすえ、連行されたのよ」

「全然健全じゃあなかったな」

「でね、そんなあたしの窮地を救ってくれたのがダーリンだったの。『三丁目のペーターさんちの山羊が、何でこんなところに』とか言いながら、あたしを連れ出してくれてね」

「それ、ただ単に酔っ払ってただけなんじゃあないのか?」

「あたしの角を、うっとりとした目で見つめて愛おしげに撫でて。『ああ良かった。見つかって。これはきっと、運命だな』って。顔を真っ赤にさせてさあ……」

「ああうん、酔ってたんだな。やっぱり……」


 その後も、死神ちゃんは延々と〈ダーリンの素敵エピソード〉を一方的に聞かされ、再現寸劇を見せられ、その流れで何度も頬にチューされた。死神ちゃんはチューをされるたびに頬を拭いながら、苦い顔を浮かべて「まあ、これでも飲めよ」と言って自分のポーチから取り出した水を飲ませた。
 しばらくして、水を飲ませ続けた甲斐があり、まさこは正気を取り戻した。まさこは土下座すると、死神ちゃんに謝り倒した。まさこは悔しそうに顔を歪めると、ギリギリと歯ぎしりしながら拳を地面に打ちつけた。


「くっ。お酒の魔力、恐ろしいわね……」

「正気に戻ってくれて嬉しいよ」

「本当にごめんなさいね……。ていうか、うちの亭主はいつだってこういう状態ってことじゃない。あたしはもう慣れてるからいいけどさ、改めて考えると、とてつもなく迷惑よね。皆様にさあ。これ、困ったら瞬間的にすっきり酔い覚ましさせることってできないのかしら? あるんだったら、あの人に常に飲ませるんだけど」

「炭酸水を飲むといいとは、聞いたことがあるな」


 まさこは勢いよく顔をあげると、目をキラキラと輝かせて「それだ!」と叫んだ。そして立ち上がり死神ちゃんを抱き上げると、五階目指して一目散に走り出した。
 やってきたところは水辺地区のとある場所で、知る人ぞ知る下階層唯一の〈回復の泉のある場所〉だった。回復の泉があるとは言っても、二階のもののように石造りの井筒が組まれているということはなく、地面から滾々と湧いているという状態だった。しかも、ここにはこの泉の他にもたくさんの〈小さな泉〉がここかしこに湧いている。そのため、ひとつひとつ水を掬って飲んでみないことには〈回復の泉がある〉ということには気づけない。だから、その存在を知っているのはほんのひと握りの冒険者だけだった。
 まさこは目の前に点在する泉を見渡すと、自信たっぷりにうなずいた。


「初めてアルちゃんのお店に行ったあの日以降、せっかくだからということで、ちょこちょこ()()して回るようにしてるんだけどさあ。そのときに、ここを見つけてね。さっきお嬢ちゃんに言われて、ピンと来たのよ。このダンジョンの中の泉って、飲んでみたら回復したり、逆に毒を盛られたりとバリエーションが豊富でしょう? ここはこれだけ泉が点在しているんだもの、きっとひとつくらい、炭酸水が湧いている泉もあるでしょう。ダンジョン産の炭酸水なら、飲んだ瞬間に酔いが冷めてすっきりするはずだわ!」


 そう言って胸を張ると、まさこはひとつひとつ丁寧に泉を見て回った。毒々しい色の泉を見ては「これはきっと、毒だ」と顔をしかめ、綺麗な色の泉は炭酸泉らしくなくても掬って飲んでみるということをした。
 いくつめかの泉の水を口に含んだまさこは顔を歪めると、慌てて口の中の水を吐き出した。


「何よこれ、お酒じゃない! ここはお酒も湧いているというの!? 絶対にうちの人には教えらんないわ、この場所は!」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべて、まさこのうしろをついていった。そしてうっかり足を滑らせて、死神ちゃんは泉の中にドボンと落ちた。血相を変えて戻ってきたまさこは、泉から上がってきたものを見てギョッと目を見開いた。


「あなたが落としたものは、この〈あざとい幼女〉ですか? それとも〈クールな幼女〉ですか?」


 泉の水面に立った女神らしい者は、キャピキャピとした笑顔の死神ちゃんとインテリそうな物静かな死神ちゃんを差し出してきた。まさこは困惑して頬をかきながら、心なしか首を傾げた。


「あの、もっと普通の幼女はいないんですか? ――いや、あまり普通ではないわね。気を抜くとすぐに口が悪くなって、大食いで、何だか少しおっさん臭い感じの……」

「あなたは正直者ですね。全て差し上げましょう」


 女神らしい者はにっこりと微笑むと、三人の死神ちゃんをその場に残して泉の中へと去っていった。まさこは呆然と死神ちゃんたちを眺めると「どれが本物?」と眉根を寄せた。そして、彼女はかがめていた腰を伸ばすと、笑顔で元気よくうなずいた。


「まあ、いいわ。きっとそのうち一人に戻るでしょう。ていうか、そんなドボンと派手に落ちれるくらいの深さの泉もあるだなんてね。これは、しっかりと気をつけて歩かな――」


 言った側から、まさこは派手にドボンと落ちた。どうやら、まだしっかりと酒が抜けておらず、足がもつれたらしい。しかもそこは底なしの泉だったようで、彼女は一向に浮いては来なかった。少しして、死神ちゃんの腕輪に〈灰化達成〉の知らせが上がった。それと同時に、死神ちゃんはボンと音を立てて一人に戻った。死神ちゃんはため息をつくと、背中を丸めてうなだれながら姿を消したのだった。




 ――――お水も一緒に飲むなどの〈酔わない努力〉も大事。自分だけでなく、周りが笑顔でいられる程度で留めておいてこそ、〈楽しいお酒〉だと思うのDEATH。

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