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外堀から埋められとる



「まあ、パンですね……それもこれは……」
「ええ! エラーナさんが提供してくださったレシピで作りましたの!」

 サラダの次に出てきたのは小麦パンだ。
 これはラナが時折焼いてくれるバターロール。
 艶々の表面には溶き卵が塗ってあり、中はほくほくのふわふわ。
 ほんのり卵の風味がするので俺もこれは好き。

「もしかして、ロザリー姫様がお作りに?」
「! な、な、な、なぜ分かりましたの!?」

 いやぁ、なぜもなにも〜……。

「は、はい。実はわたくしが作りましたの。自分で作ってみた方が、現場の者たちの事が分かると思いまして」
「偉い!」
「お父様はお黙りあそばせ」

 テーブルを殴って半泣きで叫ぶオトウサマに「うわぁ……」と思いつつ、引き続き食事を頂く。
 ファーラは少しもたついていたが、日々の練習の成果がまあ、まずまずの様子。
 ……しかし、ファーラを引き取る、ね。
 俺とラナにそれぞれ爵位を与えたところでとも思うが……それはつまり「どっちも逃す気がない」という事だ。
 そんな俺たちの『養子』としてファーラを『緑竜セルジジオス』国内に縛りつける。
 いや、まさか俺とラナまでその束縛対象になるとは。
 想像以上に手が早いというかなんというか。
 まあ、この国は食べ物に困らない。
 のんびり過ごすにはいい国なのだが……。

「…………」

 ラナの方を見ると、多分同じ事を考えていた感じ。
 目が合う。
 そして少し困った顔をされた。
 だよねぇ、多分食事が終わったら返事を求められるだろう。困ったなぁ。
 ラナは陛下に、話し合う時間が欲しいと言ったけど……。

「さて、今夜はもちろん泊まっていくのだろう?」
「「…………」」

 あ、これは本当に話し合う時間をくれるようだ。
 満面の笑みのゲルマン陛下に、思わず愛想笑いを浮かべつつ「光栄です」と返事をする。
 ……カールレート兄さん、震えて笑うのやめろ。
 絶対あとで殴る。

「そうだわ。ファーラ、明日、わたくしの部屋にいらして? エラーナさんもよ。お茶会をしましょう!」
「まあ、それはいいですわね。是非」

 とりあえず帰るタイミングを着々と引き伸ばされているな。
 ラナとしては、小麦パンを出された事で商売の匂いを嗅ぎつけている。
 多分またなにかモノにしてくるのだろう。
 それにまあ、若干嫌そうではあるが、ファーラもお茶会の作法とかは覚えていて損はないはず。
 ラナや姫様に存分に叩き込まれてくればいい。
 男爵の爵位に関しては逃げようもないから、次に聞かれた時に観念する他ないだろう。
 問題はそのあと、ファーラを養子に迎えるかどうか、だなぁ。
 正直年齢的に兄妹なのだが、俺もラナも成人しているのとゲルマン陛下的にはサクッと『緑竜セルジジオス』の貴族学園にファーラを入れたいから手続き的に『親子』の形の方が楽なのだろう。
 こっちは実に面倒くさい。
 この引き延ばし行為の手際のよさを思うと、俺たちの貴族化、ファーラとの養子縁組、ファーラを学園に入れる手続きまで流れでやろうとされかねないんだが。

「…………」

 だが、それはファーラが望まなければ王家といえど無理強いは出来ないはず。
 食事が終わると、ファーラが「疲れた」と言ったので皆慌てて部屋へと促した。
 その様子がなんとなく、リファナ嬢が『青竜アルセジオス』の貴族学園に通い始めた頃を彷彿とさせる。
 アレファルドたちが彼女に声をかけて、世話を買って出るまでの短い期間だが、リファナ嬢もこのように……どこか人から怯えられていたのを思い出す。
 それはそうだろう、貴族からすれば『いつ守護竜の怒りに触れる分からない爆弾』のようなもの。
 リファナ嬢にあまりいい印象はないが、それでもファーラが同じような目で見られていると彼女にも多少、同情はする。

「もう着替えたい。おうちに帰りたいよ、エラーナお姉ちゃん」

 案の定部屋に帰ると、ファーラが疲れ切った顔で懇願した。
 しかし、ラナは「明日のお茶会だけは出ましょう」と説得する。

「お金の気配がするから!」

 ……と、ガッツポーズつきで。
 豪華なドレス着てる元公爵令嬢のセリフとは思えないな〜。

「お金の気配……!」

 ……えー……ファーラそれに釣られちゃうの〜?
 早くも心配なんだけど〜……。

「ふむ、しかし『愛し子』が帰りたいのなら準備はしておくか!」
「あ、ねえおじ様」
「なんだ!」
「『聖なる輝き』を持つ者って……つまり瞳の色が金色になる事が基準、って事でいいの?」

 相変わらず声がでかい。
 しかし、俺が質問すると急に黙りこくって首を傾げる。
 ……うーん、おじ様でも分からないのか。
 いや、おじ様も『加護なし』のファーラが『聖なる輝き』を持つ者になったのは驚いてたしな?

「分からんな。しかし、王族の持つ『竜の眼』がそうと断じたのならそうなのだろう」
「んん、やっぱり……?」
「……あ、そういえば王様の目が光ってたわよね。あれがそうなの?」

 と、ラナが混ざってきた。
 王族の持つ『竜の眼』の事は知ってるのか?
 まあ、公爵令嬢だし、前世の物語の中にも出てきてたのかも?

「竜の、め? なぁに、それ」
「国の王族が持ってる『守護竜の加護』の事よ。胴体大陸の国々や、ファーラがいた『赤竜三島ヘルディオス』の族長一族は各国の守護竜に仕えている存在だと言われてるの。だから普通の人とは違う『守護竜の加護』をもらってるのよ。それが『守護竜の眼』! 国の守護竜様の片目と繋がる事が出来る加護だと言われてるわ」
「守護竜様の目と……? 繋がるといい事あるの?」
「んー、まあ……守護竜様の意思が分かる、っていうわよね」

 まあ、まさか直接見られるとは思わなかったけどな。
 貴族は話しか聞いた事がない者が圧倒的大多数。
 守護竜の神聖性を高めるために、年始の挨拶の時以外は、どの王家も『竜の眼』は使わないというし。
 まあ、竜の立場で考えても突然片目が人間の王家と繋がってしょうもない治世の相談とかされ続けたら「ざけんな、うぜぇ、自分たちでなんとかしろ」ってなるのは無理ないと思う。
 そんな感じ。
 しかし『聖なる輝き』を持つ者は別という事だ。
 やはり守護竜にとっても急ぎで連絡して欲しい案件って事なんだろう。
 そうでなければ平民、貴族の前で本来なら新年の挨拶時以外で使わない『竜の眼』を使ったりはしない。

「そうなんだ。だから王様や族長は偉いって言われてたんだ」
「まあ、そういう事よ」

 ファーラは理解が早くていいなぁ。
 そこまで分かれば貴族社会でもやっていけるかもしれないが……さて。

「ラナ、爵位の件だけど……」
「そうねぇ、まあ逃げられないだろうし、もらえるものはもらっておけばいいんじゃないかしら!」
「…………そう」

 ノリでもらえるものではないけどなー。
 それでこそラナという感じもするので、まあいいか。

「でも、多分陛下的に俺とラナにファーラを引き取らせて……」
「ええ、男爵令嬢にするつもりでしょうね」

 あ、良かった。
 そこまでは理解しててくれた。
 当のファーラは首を傾げているけれど。

「ファーラを貴族にしよう、という王様の企みの話をしてるのよ」
「ええ!? ファーラ、貴族とか分からないからやだ!」
「まぁね。でも…………ファーラが大きくなったら王都の小麦パン屋を任せるという手もあるし……」
「ラナさん?」
「すみません、なんでもありません」

 ロザリー姫のお店を乗っ取る気だぞこの人。
 お、恐ろしい……!
 そんな事考えるから『悪役令嬢』なんじゃないの?
 いや、それでこそとも思うけど。

「でもファーラ、わたくしたちの手伝いをしてくれるのなら、教養はあると助かるわ。教養は持ってて邪魔になるものでもなくてよ?」
「う……」
「そうだなぁ。まあ、俺とラナと養子縁組にするしないに関わらず、貴族の教養はあると便利なのは間違いない」
「うわぁ、やっぱりそこまで気づいてたのかぁ……」
「はあ? カールレート兄さん、なに言ってるの? 気づかない方がおかしいから」

 頰を掻きながら、そんな事を言うカールレート兄さん。
 おじ様も複雑そうな顔をしてる。
 まさかバレてないとでも思っていたのか?

「よーしえんぐみってなに?」
「えーと、わたくしとフランは夫婦でしょう? 平民には一般的ではないのだけれど、貴族……特に家の後継がいないと困るところは、身寄りのない子を家族として引き取る制度があるのよ。それが養子縁組」
「んんー?」
「まあ、ファーラが俺とラナの妹か娘になるって事。法的にね」

 その方が色々都合のいい『緑竜セルジジオス』王家と貴族たち。
 まあ、娘しかいない家は養子に欲しいと言うだろうが……。

「でもちょっと意外。ゲルマン陛下はファーラを養女に迎えたいって言うかと思った」
「ああ、当然お考えにはなっただろう。だが、まあ……その辺りは『緑竜セルジジオス』の内情に突っ込む事になる。今の時点で首を突っ込んでもいい事はないぞ」
「そう……了解〜」

 おじ様が真顔でそう言うのであれば、そうなのだろう。
 まあ、おおよその予想はつく。
 今の時点で『聖なる輝き』を持つ『守護竜の乙女』が現れては困るのだ。
 多分ロザリー姫やその下の妹姫たちの婚約云々にものすごーく関わっている事だろう。
 ロザリー姫は現時点で次期女王が確定しているので、婚約者は次期女王の夫。
 妹姫たちは他国も視野に嫁に出す予定のはずだから、この時点で『守護竜の乙女』が養子に入ると他国の有力候補たちはこぞって『守護竜の乙女』に殺到してしまう。
 むしろ、候補に手を挙げる者が増える。
 ……うん、考えただけで面倒くさい……。
 ファーラだって突然政略結婚の道具にされたら……ああ、考えただけで守護竜の怒りの咆哮が聞こえてきそう……。
 そこまで考えられる陛下で良かった。

「ファーラ、ユーお兄ちゃんとエラーナお姉ちゃんの家族じゃなかったの?」
「法的な話よ。家族だけど、ファーラはクラナたちとも家族でしょう? でも、法律ではそうじゃないの。分からないだろうし、それならしっかり勉強しないとね!」
「え! えーと! よく分からないけど! 分かった!」
「あらあら、そうなのー? 遠慮しなくていいのよー?」
「だいじょうぶ!」

 ……ラナのファーラの扱いが天才か。

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