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第五十話 銀ちゃん

 10月も半ばとなり、ちらほらとブレザーを着てくる生徒も増えてきた。会長のおかげもあり、放課後は文化祭の準備でいつもよりも騒がしくなった。規制の改正があったため、いつもなら作品展示や、しょぼい縁日ぐらいしかやることがなかったが、今年はメイドカフェ、お化け屋敷、迷路など色々なことが他のクラスで出た。

 3年生しか出店を開くことができなかったが、今年からは全学年開くことができるようになったから、色んなものを食べ歩きできそうだ。有志のバンドもいつも以上に出たから今年は忙しくなりそうだ。

 俺たちのクラスはカジノをすることになった。なぜこれになったかと言うと、先生がカジノに詳しいってのとディーラーの服装なら男子も女子にも抵抗感がなかったからだ。

 トランプゲーム、サイコロ、ルーレット、ダーツ、おまけに花札まである。ババ抜きと簡単なものからブラックジャック、ポーカーなどの本格的なものまである。今俺たちは休み時間返上でトランプをやりまくっている。放課後も小物づくりと中々忙しく、シンさんも文化祭が終わるまで特訓を中止してくれた。

 その代わり、自動負荷装置がいつもより本当にきつくなった。寒くなってきたのに体を動かすとすぐに汗が噴き出す。

 そして、会長が企画した俺との鬼ごっこ&ドッジボールはもうすでに予約が埋まってしまったらしい。
それに合わせて当日は鬼ごっこ1回とドッジボール2回だったところを鬼ごっこ2回、ドッジボール4回となった。つまり合計600人が参加する。高校、中学、そして地元の人たちを巻き込んだ大プロジェクトへとなってしまった。レッドアイを倒したことと体育祭での活躍が思いのほか広まってしまい、こんなことになってしまったのだ。

 会長はご満悦だったが、こっちは胃が痛い。聞けば、高校と中学の運動部は全員参加しているらしい。本当にたまったもんじゃないよ。全く。

「焔君、私も手伝うよ」

 1人黙々と自分の席で小物づくりをしていた焔に絹子が声をかけた。

「そりゃ助かるわ。そんじゃそいつ切っといて」

「わかった」

 そう言って、絹子は焔の前の席に座り、一緒の机で作業し始めた。

 黙々と作業している2人に綾香が割って入る。

「ね、ねえ。私も何か手伝おっか?」

 少し引きつった笑顔で聞いてくる綾香に焔はきっぱりと言い放つ。

「いや、こっちはもう人数は足りてるからいいわ。それよりも綾香は龍二のところを頼む」

「……はーい」

 トボトボとした足取りで綾香は後ろの方で作業している龍二の所に向かった。

「はあ……」

「どうしたそんな大きなため息ついて。焔にでもフラれたか。ハハハ!! なんちゃって……」

 そう言って、笑いながら綾香の方に振り向く龍二だったが……

「……はあ……!」

 その言葉で綾香は更に深く落ち込んでしまった。

(え? まじで)

 驚いた龍二は焔がいるほうに目を向ける。すると、何か納得したようにニヤッと笑う。

「なるほどなー。焔にもう絹子ちゃんがいるから他のとこ手伝ってこいみたいなこと言われたんだな」

 図星だったようで更に落ち込む綾香。

「焔と絹ちゃんって最近仲良くなってない? もしかして付き合ってるとか……」

 不安そうな顔をする綾香に龍二は即座に反応する。

「それはないな。俺から見れば綾香や絹子ちゃんに対する焔の態度は全然一緒だからな。ただ何となく焔と絹子ちゃんの雰囲気が似てるからそうやって綾香が錯覚してるだけだよ」

「そう……そうよね! あの2人に何かあるわけないか……そうと分かれば早く取り掛かろ龍二!!」

「お、おう!!」

 元気を取り戻す綾香だったが、それと同時に浮かない表情を浮かべる龍二。

(焔は誰に対しても同じように対応する。当然、絹子ちゃんに対しての対応もいつも通りなんだが……1週間前ぐらいかな。焔がちょうど顔に傷を作ってきた時だ。その時から、時々絹子ちゃんが焔に向ける視線が綾香のそれと同じように感じるんだが……気のせいにしとくか)

 龍二は何食わぬ顔で作業に戻った。

「龍人は元気にしてるか?」

 作業をしている中、焔は唐突に口を開いた。

「元気にしてる。鬼ごっこ行くって」

「そうか。そんじゃ、見つけ次第全力で捕まえるって言っといてくれ」

「うん。わかった」

「絹子は参加しないのか?」

「私は見てるほうがいいから」

「なるほどね」

 会話は終わり、また黙々と作業を始める。

 そんな中、1人の男が焔たちのクラスに現れた。

「よお焔。お前たちのクラス前の廊下、まともに踏めるとこなくて大変だったぞ」

 そう言って、焔の方に寄って来る男は服装がだらけており、首からヘッドフォンを垂れ下げ、いかにもチャラそうだった。

「何だ銀ちゃんか……」

「おいおい。連れないこと言うなよ」

 そう言って、焔の肩に手を回すが、すぐにみぞおちに焔の肘が入る。

「グフッ……相変わらず容赦ねえな」

 そんなやり取りを絹子はキョトンと見ていると、それにチャラついた男が気づいた。

「お! 焔この子があの時いた子か?」

「ああ、そうだ」

「どうも初めまして。瀧藤銀次(たきとうぎんじ)と言います。以後お見知りおきを」

 そう言って、銀次は絹子に向かって丁寧に自己紹介をする。

「あ、どうも」

「絹子、前に話しただろ。あいつがあの動画を拡散してくれた本人だ」

 絹子は焔の言葉にビックリしたような表情を浮かべると立ち上がり、深々と銀次にお礼した。

「ありがとうございました。おかげで弟も平穏な学校生活を送ることができました」

「あ、いいのいいの。同い年なんだし敬語なんて必要ないって。それに俺はただ単に動画を明るくして、SNSにアップしただけ。あの動画撮ったのは焔なんだからお礼は焔にしといてよ」

「いや、焔君にはもう何十回もお礼してるから。それに銀次君がいなかったらここまでうまく事が運ぶことはなかったって焔君が言ってたから」

「焔……お前……」

 感動の眼差しを向ける銀次に少し恥ずかしくなったのか焔は席から離れる。

「トイレ行ってくるから銀ちゃんちょっと俺の代わりにやっといて」

「えー……ま、暇だしいっか」

 焔と入れ替わるように銀次が席に座る。

「確か……絹子ちゃんであってるかな?」

「うん。あってる」

「そう。良かった。君も焔に助けられた1人ってわけか。あいつはどれだけの人間を救えば気が済むのかな」

「うん。焔君は本当にすごい……も……ってことは銀次君も焔君に助けられたの?」

「俺はそのつもりなんだけど……きっと焔はそんな風に思ってないんだろうな」

 絹子は銀次のその言葉を聞き、興味津々な様子を見せる。その様子を見てニヤニヤしながら絹子に問いかける。

「聞きたい?」

「聞きたい!」

「フッ……あれは中学2年生のころだったかな―――」

―――俺は中学時代ネットにドハマりした。その中でも特にSNSに。いつもは気弱な俺もネットの中でなら強くなれた。他人とも普通に話をすることができた。自分のちょっとした恥ずかしい趣味のことも話し合うことができた。日頃の嫌なことも吐き出すことができた。

 次第に俺のフォロワーは3000人以上になった。学校にはスマホを持ってきては行けないことになっていたが、俺は持っていっていた。もちろん、学校では携帯をいじらなかったけど、下校中に誰にも見つからないようにいじっていた。

 そんなある日、俺はあまりに携帯に夢中になっていたせいかクラスのやつらが来たのが分からなかった。案の定、俺の携帯は奪われ俺のアカウントを知られてしまった。

 当然、学校中のやつらに知られてしまい、俺はいい笑いものになった。気持ち悪い、オタク、イキリ。Mr.シルバーって言うアカウントの名前で呼ばれてたこともあったな。いじめとまでは言わないが、俺に居場所はなくなった。唯一のネットの世界も皆から見張られていると思うととてもできなかった。かと言って、別のアカウントに変えるとまた何か言われると思った。

 先生、親にはSNSなんかするんじゃないと言われた。俺の生きる楽しみは完璧になくなった。

 そんな俺に焔だけは『お前すげえな』って言ってくれた。

『俺もSNSやってるんだけど、フォロワーなんて1桁しかいないわ。それに比べたらお前マジですごいな』

 それから焔とは話をするようになった。そんな時、俺は自分について焔に聞いた。ネットと現実でまるっきり人格が変わってる俺って変なのかな? って。そしたらあいつは素っ気なく『どうでもいいんじゃね?』って言ったんだよ。

『人間、表裏あるのは当たり前だ。そして、お前の表は多分ネットの中なんだろうな。だってあんなに楽しそうにしてんだもん』

 そこで俺は初めて知った。そうか、ネットの中の俺が本当の俺だったんだって。

『ネットの中が本当の俺……焔、現実でも本当の自分出してもいいかな!?』

 俺は期待を込めて焔に聞いたんだけど……あいつはあっさり『そんなもん自分で決めろ』って言ってきたんだよ。あいつはそう言った後、しょんぼりした俺を置いて自分のクラスに戻ろうとしたんだけど、

『だけど、3000人以上は本当のお前のこと認めてくれてるみたいだけどな。そんじゃ』


 ―――「あれはかっこよかったなあ」

「そして、銀次君は本当の自分を現実でも出すようになったんだ」

「そゆこと。そしたら皆には変人みたいな目で見られたけど、心底どうでもよくなった。だって、俺のことを認めてくれてるやつはいっぱいいるんだからな」

「うん。そうだね……でも、昔から焔君は素っ気ない人なんだね」

「ああ、そうだな。でもそれがあいつの良いとこなんだよ。いい意味でも悪い意味でもあいつは冷たい。だからこそ逆に気兼ねなく接することができるんだよな」

「何かわかるかも」

「フッ……そんな絹子ちゃんにいいものを見せてやるよ」

「何?」

 気をよくした銀次はカッターシャツのボタンを全部外し、バッとカッターシャツを広げ、中に着ているシャツを見せた。

「……アニメの……キャラクター?」

「ピンポーン!! 正解。これは俺の嫁のティアちゃんでーす!! どう? 可愛いでしょ!?」

「可愛い」

「でしょでしょ!! こんなかわいい顔して背も小っちゃいのに胸Gカップもあるんだよ!! しかも……痛!!」

 饒舌になる銀次に背後から焔が頭をぶっ叩いた。

「おい銀ちゃん。ちゃんと作業してたんだろうなー?」

「……テヘペロー」

「てめえ……!!」

 もう一発殴ろうとするが、銀次は素早くドアの方まで逃げる。

「ごめんごめん。また今度何か手伝うから。あ! 絹子ちゃんまたねー。また話そうねー」

「うん。わかった」

「ほんじゃこれで」

 そう言って、銀次は去っていった。それを見届けると、焔は疲れたように席に座る。

「はあ……あいつは本当に面倒だな。で、銀ちゃんと何話してたんだ?」

 絹子は考えるしぐさを見せるが……

「フフッ……秘密」

「……あっそ」

 それから2人は何食わぬ顔で作業に戻った。
 

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