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城下町デート 4

「では、例のものを持ってきてくれ」
「ああ、そうでした。少々お待ちくださいませ」
 深く一礼して店の奥に消えた店主だったが、ほどなくして、荷台のようなものを押しながら帰ってきた。
「お待たせ致しました。どうぞご確認くださいませ」
 そう言った店主が持ってきた荷台の上に乗っていたのは、毛足の長い生地で縫製された、やたらと大きなテディベアだった。
 珍しい赤銅色の毛並みをしたそのぬいぐるみは、少年の胸の高さほどはあるだろうか。とにかく、これまで少年が見たことがない程度には大きかった。両目の部分に縫い付けられている、金色の中に赤が滲んだような不思議な色合いの瞳は、恐らくガラス玉ではなく宝石の類だろう。サイズも素材も規格外と称せる部類のものである。
「……この子、陛下に似てる……」
 赤銅の毛は王の髪を思わせるし、金の瞳だって、王の瞳にはとても及ばないが、揺れる炎のような色をちらつかせていた。
 そんな少年の呟きに満足そうに微笑んだ王が、台車に乗ったぬいぐるみを抱え上げる。そして彼は、抱えたそれを少年に差し出してきた。
「え、あ、あの……?」
 ものすごく困惑した声を出した少年だったが、そんな彼に、笑顔のままの王はテディベアをぐいぐいと押し付けてきた。
「あ、あの、」
 もふもふの毛並みが少年の頬を撫でる。さすがは高級品だ。肌触りが極上である。しかし、だからといって押し付けられても困るのだ。一体これをどうしろと言うのか。もしかすると、会計を済ますから持っていてくれと言うことなのかもしれない。なるほど、確かにこんな大きなものを抱えていては、財布を取り出すのも一苦労だろう。
(でも、だったら台車に置いておけば良いのになぁ)
 そう思いつつ、少年がおずおずとぬいぐるみに腕を回す。両腕を使ってなんとか抱え上げたところで、するりと王の腕が離れていった。やはり、持っておいて欲しいということだったのだろう。こういった綺麗なものに触れると汚してしまいそうで嫌なのだが、仕方がない。
「手触りはどうだ?」
「え? ええと……、とってももふもふしてます」
「そうか! 気に入ったか?」
 全く話が見えない少年だったが、気に入ったか気に入らないかで言えば気に入ったので、素直にそう答えておいた。
「それは良かった! いや、無理を言って展示品を譲って貰った甲斐がある」
「展示品……?」
 少年の疑問には、優しそうな笑みを浮かべた店主が答えた。
「このテディベアは、ロステアール国王陛下が即位されたときに記念として製作し、この店に飾ってあった展示品なのですよ。販売目的で作った訳ではない一点ものなので、本来であれば売りに出すことはないのですが、国王陛下がどうしてもと望まれたので、この度お譲りさせて頂くことになったのです」
「は、はあ……」
 そこまでしてこのテディベアが欲しかったのだろうか。なんというか、見た目に似合わない趣味をお持ちなんだなぁ、と少年は思った。
「キョウヤが気に入ってくれたようで何よりだ。非売品ゆえ値段はつけられぬという話だったが、その心遣いに対する感謝の気持ちとして、受け取って貰いたい」
 そう言って、王が小さな布袋を店主に渡す。迷うような表情を見せた店主だったが、王の厚意を無下にする訳にはいかないと思ったのだろう。深く頭を下げてから受け取っていた。
(きっと、あの袋の中には、僕が思っている以上のお金が入っているんだろうな……)
 少年は庶民なので具体的な金額までは判らないが、このぬいぐるみを商品として買おうとすれば、かなりの値段になる筈である。国王はやはりお金持ちなのだなぁなどと呑気に思っていると、王に頭を撫でられた。
「では、それはお前への誕生日プレゼントだ」
「…………は?」
 言われた意味が判らず、間の抜けた声が出てしまった。
「ええと……今、なんて……?」
「だから、お前への誕生日プレゼントだ。私ばかり祝って貰うというのは不公平だろう?」
「……えっと……、」
 色々とつっこみどころが多すぎて、何から指摘すれば良いのだろうか。
「あの、僕、別に今日が誕生日とかでは……」
「知っているとも。誕生日を訊いたら判らんと教えてくれたのはお前ではないか。ただ、冬生まれなのだろうと思うとは言っていただろう?」
 そうなのだ。少年は自分の誕生日を知らない。冬生まれだろうというのも、冬になると母の機嫌が普段以上に悪くなった気がしたので、きっとそのあたりが自分の生まれた時期なのだろうと感じただけだった。だから、本当は冬に生まれたというのも真実かどうかは判らない。だが、この前王に誕生日を尋ねられた時はそこまで詳しく話す気にはなれず、正確な日付は判らないが多分冬に生まれたのだと思う、という旨を伝えたのだった。
「日付が判らぬのは仕方がない。しかし、判らぬからと言って祝わぬ訳にもいくまい。という訳で、これは誕生日プレゼントなのだ」
「は、はぁ……。え、いや、でも、こんな高価なものを頂く訳には、」
「私が受け取って貰いたいのだ。……駄目か?」
 悲しそうな顔をした王が少年を覗き込み、金の瞳が真っ直ぐに隻眼を見つめる。
「っ、」
 ああもう、その目で見つめられてしまったら、否定なんかできる筈がないのに。
「……あなた……ずるい……」
 少年がその金の瞳に弱いことを知っているのかいないのか。それは判らないが、ほんの僅かだけれど非難するような呟きに、王はとても幸せそうに微笑んだのであった。

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