バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

城下町デート 3

 ほどよい明かりに満たされた店内には、アンティークなのだろう木製家具がセンス良く置かれており、床は複雑な模様が織り込んである絨毯で覆われている。そして、机や棚には予想以上に多くのぬいぐるみが置かれていた。よく見回せば、ぬいぐるみ以外にも女性が好みそうな櫛や手鏡などの雑貨もある。
 見ているだけで楽しくなるような空間だったが、一応は職人のはしくれである少年には、並ぶ品々が全て高価なものであることがよく判った。やはり、あまり庶民が馴染めるような店ではなさそうだ。そしてそのことに気づいてしまうと、なんだかこの絨毯を踏んでいることすら申し訳なくなってしまう。
 もういっそ外で待っていようかなどと考え始めたあたりで、店の奥から初老の男性が出てきた。
「いらっしゃいませ、ロステアール国王陛下」
「先日は世話になったな、店主。今日はあのとき約束したものを取りに来たのだが、準備は終わっているだろうか?」
「勿論でございます。……そちらのお方が、陛下の恋人様でいらっしゃいますか?」
 男性の問うような視線を受けた少年は、一瞬固まってから、対外向けの白熱電球のような笑みを返した。
「あの、皆さんそう勘違いされているのですが、恋人ではないです」
「おや、そうなのですか?」
「そうなのだ。私の精進が足らぬようで、なかなか振り向いて貰えなくてなぁ。どうすればもっと魅力的な男になれるのだろうか」
 至極真面目な表情で言われた言葉に、少年は慌てて王を見た。
「あ、あの、貴方、僕、そういうつもりはなくて、あの、だって、貴方は十分すぎるほど魅力的だと思いますし、その、」
 国王陛下に失礼な態度を取ったなどと思われては、自国の王が大好きらしい国民たちからなんと罵られるか判らない。そう思っての弁明だったのだが、王は嬉しそうな顔をして少年を見下ろしてきた。
「そうか、魅力的だと思うか」
「え、ああ、はい」
「では、美しいだろうか?」
 そう言った王が、少年の頬に手を当て、顔を覗き込んで来る。咄嗟のことに回避することもできず、少年は炎の滲む瞳を真正面から受け止めてしまった。これでも随分慣れてきた方ではあるのだが、それでもこの金の瞳は毒である。結局思考が鈍ってしまった少年は、王の瞳を見つめたまま、とろりと小さな声を漏らした。
「……うん、あなた、すごくきれい」
「……ああ、私もお前を愛しているよ」
 心地よい低音が少年の耳を擽り、薄く開かれた唇に、王のそれがそっと重なった。
 相変わらず、熱のこもった唇だ。この人は手も温かいから、もしかすると体温が高い人なのかもしれない。
 ぼんやりとそんな考えが浮かんだ少年だったが、口づけと同時に王の目が閉じられたことで、はたと我に返った。そして、自分が今いる状況を思い出して、羞恥にぶわりと頬を紅潮させる。だがその直後、国王が汚い自分に口づけている現場を国民に見られてしまったという恐怖に、今度はさっと青褪めた。
 赤くなったり青くなったりとしている少年の様子に、王も気づいたのだろう。名残惜しそうに唇を離した王は、少年を落ち着けるように優しく頭を撫でた。
「どうした?」
「あ、あの、ぼく、」
「こらこら、そう恥ずかしがるものではないし、怯えるものでもないぞ。キョウヤは忙しい子だなぁ」
 全く納得がいかない評価を下された気がするが、今はそれどころではない。とにかく弁明と謝罪をしなければと、慌てて店主の方を見れば、初老の彼は、何故だかとても穏やかな表情を浮かべていた。
「あ、て、店主さん、あの、本当に申し訳ありません。僕、こんなつもりじゃなくて、」
「いやはや、陛下は本当に貴方様を想っていらっしゃるのですね。お二人の幸せそうなご様子を拝見することができ、私もその幸福をひと欠片分けて頂いたような心地です」
「え、……あ、……はあ……」
 幸せそう、だっただろうか。いや、国王の方はそうだったのかもしれないが、少なくとも少年は寧ろ死にそうだった。
「その通りだとも。これほど誰かを愛しいと思ったことはないのだ。私は間違いなく、世界で最も幸せな男だ」
 うんうんと頷く王に、大変申し訳ないけれどちょっと黙ってて欲しいなぁと少年は思った。
「ふふふ、恋人様も自身を恋人ではないとおっしゃいますが、照れ隠しのようなものなのでございましょう。確かに、国王陛下の恋人というのは重圧でしょうから。躊躇われるのも無理はないことです」
(あ、この台詞、前にどこかで聞いたことあるな……)
 聞いたことがあるもなにも、ほぼ同じ台詞をレクシリアにも言われている。
「重圧など感じなくても良いのだがなぁ。私など至る所で馬鹿王だのポンコツ王だのと罵られているのだし、そう構えることもないだろうに」
「何を仰られますか。陛下は間違いなく、円卓の連合国始まって以来の最高の王陛下であらせられます。これ以上の重圧もありますまい」
「こらこら、これではますますキョウヤが構えてしまう。キョウヤ、何も心配をすることはないのだぞ? お前がいてくれれば、私はそれだけで良いのだから」
「は、はあ……」
 こうなるともう、勘違いを正そうなどという気は欠片も起きなくなってしまう。というより、恐らく正そうと思って正せるものではないのだろう。
 曖昧な微笑みを浮かべた少年の頬に、王がもう一度キスを落とす。この王がやたらとキスをしたがる性分なのはなんとなく判っていたが、せめて人前ではやめて欲しいと少年は思った。思ったが、言っても多分無駄なので言いはしない。色々と諦めているのだ。

しおり