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第258話 死神ちゃんと農家⑧

小花(おはな)(かおる)よ。お前、先を越されてしまったな」

「はい……?」


 ビット所長は待機室に現れるなりしんみりとした口調でそう言うと、憐れむようにポンと死神ちゃんの肩へを手を置いた。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、ビットは「行けば分かる」とだけ答えた。死神ちゃんが露骨に面倒くさそうな顔をすると、ビットがさらに続けて言った。


「さすがにこれはまずいからな。なので、厳重注意すべく私の部下も現場に向かっている。しかしながら、事を収めるには、どうしてもお前の助力が不可欠なのだ」

「まずいと言うわりに、とても楽しそうに話しますね」

「まあ、行けば分かる」


 ビットには珍しく、声が笑っていることに死神ちゃんは首を捻った。

 死神ちゃんはダンジョンに降り立つと、〈小さな森〉の中を突き進んでいった。そして拓けた場所に出るなり、死神ちゃんは「何だこりゃあ!」と素っ頓狂な声を上げた。何故なら、まるで服を着ているかのごとく全身が草に覆われた泥ゴーレムが体育座りをし、木漏れ日を一身に浴びて日向ぼっこを楽しんでいたからだ。
 死神ちゃんに背を向けて座っていたゴーレムは、死神ちゃんの声に気づいて振り返ってきた。


「おう、嬢ちゃんじゃあないですかい! お久しぶりでごぜぇます!」


 死神ちゃんは口をあんぐりと開けたまま、声が出なかった。ゴーレムの頭には、まるで首をすげ替えたとでもいうかのような形で根菜(マンドラゴラ)が刺さっていたのだ。
 根菜がにっこりと笑うと、ゴーレムの体が手を振った。死神ちゃんが愕然としたまま目を(しばた)かせていると、ゴーレムの影から誰かがこちらを覗いてきた。その者は死神ちゃんと目が合うなり苦い顔で「げっ」と踏み潰されたカエルのような声を上げた。


「『げっ』じゃあねえよ、この馬鹿角! お前、一体何を企ん――」


 死神ちゃんは()()に近づくと、頭に被っている南瓜を殴りつけた。すると目のようにくり抜かれた部分からビームが発射され、死神ちゃんのお腹を貫通し、死神ちゃんは話している途中で言葉を失った。死神ちゃんは身を硬直させると、怯えた様子で声を震わせた。


「お前、また魔改良したのか……? もう、南瓜じゃあないだろ、それ……」

「これ、この前から被ってるやつだよ? 私の目論見通りに育って収穫できたの、残念ながら、結局これだけだったんだよねえ。むしろ、目論見以上? だって、鋼のように硬いだけじゃあなく、何か発射するだなんてねえ! いつか大量生産したいところだけど、今はマンドラゴラ品評会に向けての作業と、他のビジネスで忙しいからね! だから、南瓜は一旦おあずけかな」

「角の生え際無視してめり込むように頭にくっついている時点で、その効果も含めて、呪われているような気がするのは気のせいか」

「気のせいだよ、失礼だなあ!」


 彼女――ノームの農家は眉を吊り上げると、口を尖らせてプンプンと怒った。死神ちゃんは頬を引きつらせると、彼女から根菜へとゆっくりと視線を移した。


「〈めり込むように頭に〉がここにもいるが、こりゃあ何だ」


 農家はニヤニヤと笑うと「よくぞ聞いてくださいました」と言いながら、手を揉み始めた。死神ちゃんが〈話したくて仕方がない〉という雰囲気を出しまくる彼女を辟易とした表情で睨みつけると、彼女は媚びへつらうかのようにヘラヘラと笑った。


「いやだなあ、聞きたいんでしょ? 聞いてくれるんでしょ? 死神ちゃん、何だかんだ言って優しいもんね。だから、聞いてくれるよね? 仕方がないなあ、話しちゃうよ? ――あのですね。毎度毎度〈ダンジョンを耕すべからず〉ってうるさいから、耕すのをやめたんですよ!」

「でも、この様子だと〈栽培するべからず〉は守っていないということだよな?」

「まあ、そこは大目に見てくださいよ! いいですか、これは画期的かつ効率的な素晴らしい新農法なんですよ!」


 ギラギラと光らせた目を見開き、頬を上気させ、鼻息を荒くして農家は捲し立てた。それによると、先日、彼女はとても久々にダンジョン探索をしていたそうだ。そのときに泥ゴーレムと戦闘になり、戦いの最中に偶然ゴーレムを気絶させたのだとか。そこでは特に何も思わなかったそうなのだが、さらに別の日にマンドラゴラたちのもとを訪れた際にふと閃いたのだそうだ。


「それはまるで、こう、閃光が差すかのように。パアッと鮮やかに、ヴィジョンが見えたというか! もうね、私は天才なんじゃあないかと!」

「その結果が、これか?」


 死神ちゃんは苦い顔でゴーレムと合体した根菜を指差した。すると、農家は得意気に胸を張り、大きく頷いた。死神ちゃんは額に手を当てると、大げさにため息をついてがっくりとうなだれた。
 ゴーレムを気絶させている間に根菜に〈根を下ろしてもらう〉ことにより、ゴーレムを意のままに操ることができるようになるのだそうだ。そうやって乗っ取ったゴーレムの体に、現在引き受けているビジネスの野菜を植えているのだとか。


「これなら〈畑を連れて歩ける〉から、知らない間に荒らされてるとか、知らない間にモンスター化してるとか、そういうことも防げるんだよ! それに、水をあげたかったら泉で水浴びしてもらって、肥料をあげたくなったらマンドラっちに肥料を食べてもらって、日差しが必要になったらこうやって日向ぼっこしてもらって。本当に、管理が楽なんだよ。ね、すごいでしょう!?」

「すごいとは思うが、ゴーレムを人に置き換えて考えると、凄まじくグロいな。ていうか、根菜はゴーレムと合体したままなのかよ? 大丈夫なのか、それは」

「根を張っていると言っても、ヒゲ根をちょろっと伸ばしているくらいですからね。大したこたあないですよ。これもシノギのうちでございやしてね、あたしら三下は(あね)さんの下請けとして、きちんと給料を頂いて働いているんですよ。シフトを組んで、時間になったら次のヤツとゴーレムが起きる前に交代するんです。この〈脱毛タイム〉は悲鳴必至でさあ」


 カラカラと笑う根菜に、死神ちゃんは適当に相槌を打ってため息をついた。そして農家にビジネスの内容を聞いた死神ちゃんは、再び頭を抱えこんだ。ビジネスの相手はあのお薬屋さんだそうで、支援お豆が上手くいかなかったために別の方向で攻めようということになったらしい。


「この強化作物で作ったご飯を食べると、()()()体力が回復するの」

「一応なのかよ」

「うん、一応。なんかね、回復するっていうよりは〈前借りする〉って感じなんだよね。お腹が減ったころには、食べる前以上に疲れちゃって」

「エナジードリンクかよ。ジャパニーズビジネスマンの味方にして、悪魔の飲み物の。多用すると真面目に死ぬぞ、それは」

「ですよねー。そこをクリアするのが、現状の課題なんだよね。じゃないと、お薬の原材料として使って頂くにはちょっとギャンブルっていうか。……っていうか、えなじいどりんくって、何? じゃぱに? 何それ?」


 死神ちゃんは、農家からの質問に答えることなく目を逸らした。すると、根菜がおもむろに立ち上がった。どうやら、そろそろ交代の時間らしい。農家は頷いて立ち上がると、二階を目指して歩き始めた。
 道中、すれ違う冒険者が揃いも揃ってギョッとした表情を浮かべて根菜ゴーレムを注視していた。新手のモンスターかと武器を構える者もいた。そのたびに農家が「私の畑なんです」と笑顔で説明し、根菜が「すいやせん」と腰を低くして、冒険者達は一層混乱した。
 〈根菜の巣〉に着くと、ギルド職員を装った〈あろけーしょんせんたー〉の所員が親分根菜と話していた。どうやら親分は〈ダンジョン運営に支障が出るから、こういう形でシノギをするのは認められない〉と注意を受けたようで、みかじめ料を多く納めれば問題ないかだの、罰金などは発生するのかだのと尋ねて肩を落としていた。


「おやっさん、何か問題でも!? ――ここはひとつ、おやっさんの代わりには到底なれやしないでしょうが、あたしが腹を切って詫びを……」


 そう言って、ゴーレムと合体していた根菜は身じろいだ。所員は、すかさずポケットから何かを取り出して耳に詰めた。その直後、根菜は全身脱毛の痛みに震えながら絶叫した。もちろん、すぐ側にいた農家は逃げる余裕もなく灰と化した。
 ゴーレムの頭の上に立つと、根菜はどこからともなく小刀を取り出した。そして親玉が止めようとするのも振り切って、それを腹に突き立てようとした。マンドラゴラの悲鳴の呪いを何故か受けずに生きていた所員はポーチからフリップボードを取り出すと、まさに腹を切らんとする根菜に見えるように掲げた。そこには〈叫ぶな。ゴーレムに戻れ〉という指示が書かれていた。


「オーガニック合身・クレマンドラレムを連れてこいって、所長に言われたんですよね」

「あの人、これをそんなにも気に入ったのか。だから、珍しく笑っていたのか」


 ビット特製耳栓を外してそう言いながら、所員が苦笑いを浮かべた。死神ちゃんはぐったりと肩を落とすと、深くため息をついたのだった。




 ――――後日、似たような合体系モンスターが実装された上に、強化作物もアイテム産出されるようになったという。収穫祭のときにコスプレイベントで〈アイデア料〉をがっぽりとせしめたことのある農家は、「私の畑と作物がモンスターとアイテム化しているのだけど、これのアイデア料はここに請求すればいいの?」とギルドに詰め寄って、逆に罰金を支払わされたそうDEATH。

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